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第45話 癒しの寮長とリリアナの宝物と転入生の攻略対象との遭遇



 「メロゥ伯爵令嬢。少し良いですか?」

 「はい。あっ寮長。おはようございます」


 朝、女子寮の廊下を歩いていると穏やかで耳障りの良い声に呼び止められた。


 相手は私が日頃からお世話になっている人物。エリオット・ハートランド寮長だ。


 穏やかな気質を連想させる緑がかった茶髪の彼は可もなく不可もなくの顔を持つ。所謂典型的なモブというやつだ。


 ただ他の人には大勢の中の一人かも知れないけれど、私にとっては気のおける仲間同然。安らげる存在なのだ。


 「どうかしましたか?」

 「いえ、すみません。急に呼び止めてしまって。先日、妹から聞きました。メロゥ嬢に大変お世話になり楽しかったそうです。その事で私からもお礼が言いたくて」


 「いいえ、お礼を言うのは私の方です。シャーロット様のお陰で楽しい時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございます」


 妹のことでわざわざ礼を伝えに来る。とても律儀で真面目で妹想いの優しい方。ちなみにこの方、何を隠そう先日友人となったシャーロット様のお兄様だったりする。


 ――まぁ、私もシャーロット様に聞かされてビックリしたけど。


 エドワルド学園は男子寮と女子寮がある。その二つをまとめて管理しているのが、寮長たるエリオット様だ。しかも彼はこの学園の三年生でもある。


 エリオット様が柔らかく微笑んだ。


 「これからもどうか妹のこと、よろしくお願いしますね」

 「はい」


 私は彼に快く返事をし、学園の校舎へと踵を返す。その瞬間、廊下の角から生徒の姿が僅かに視界に入る。が、その生徒は私と目が合うなり、そのまま逃げるように去ってしまった。


 「……?」


 首を傾げる。もしかして寮長に何か用事でもあったのかな。


 「……でも今の子。髪、ピンクブロンド、だったような――」


 見覚えのある色彩。ふとよぎる予感。私は「まさかね」と自分に言い聞かせるように呟くと、足早に寮を後にした。



◇◇◇



 開け放たれた窓から心地好い風が流れてくる。


 私は書棚から幾つかの本を選んで取り出すと机の脇に置いた。


 今日の講義は午前で終了。午後からは急遽講師達を集めた会議が行われるらしい。


 その為この時間、学生達は各々好きなことをして過ごしている。私はといえば特にする事もなく暇なので、夕刻まで図書室で次の試験に向け勉強することにした。


 まぁここには最新号の新聞や雑誌、小説等も置いてある。退屈しのぎにはもってこいの場所でもあった。


 さらに尚且つとっておきの一冊をと。私は唇を歪め、それを鞄から取り出した。今なら誰も居ないし見ても大丈夫だろう。


 丁寧に冊子を開く。描かれているものを一枚一枚丁寧に確かめ捲っていく。次第に高揚し手が震えてくる。


 どうしよう、興奮する。


 完璧だ。我ながら満足の出来。人知れず笑みが溢れる。


 「ああ、やっぱり……最、高、」


 そっと感嘆の息を漏らし、一人悦に浸っていると――


 「ふーん。何が『最高』なんだ?」

 「きゃっ!?」


 突然、背後から低い声が降ってくる。男の人のものだ。彼は私の肩越しから冊子を興味深げに覗き込んでいる。


 私はズササッと後ずさった。


 その姿に釘付けになる。


 長身で少し長めの黒髪で制服を着ている。整い過ぎる容姿と煌めくその姿。何だろう、この既視感。まるでシオンのような――


 私は我に返り、どうにか声を絞り出す。


 「あ、あの」

 「へぇ、何だこれ。……?お、ただの絵。いや、肖像画か?」


 その人は動揺する私に構うことなく、開いたままの冊子を手に取ると無造作に頁を捲り始めた。


 やがて一通り見終わると、その手が止まった。静かな沈黙が漂い、時間が過ぎていく。


 何か言って欲しい。その妙な沈黙に耐えきれなくなって、とうとう私から口を開いた。


 「も、もう良いですよね?それ、そろそろ返していただけませんか?」

 「……」


 冊子に手を伸ばし返してもらおうと試みると、何故かサッと体ごと避けられた。


 こちらの戸惑いなどお構い無しに、彼は開いた箇所を食い入るように眺めている。やがて目を伏せ言いにくそうに口元をおさえた。


 「……あんたさぁ、これって」


 ひどい。初対面でいきなりアンタ呼びである。もうとにかく何でも良いから冊子を返してほしい。


 「何かすごい大事そうにしてたからさ。一体何だろうと思って、期待して見たんだけど。ただの肖像画じゃん」

 「……」


 しかも男ばっかり、と彼は乾いた笑みを溢した。


 その瞬間、プチンと私の中の何かが切れる音がした。


 「とにかく返してください。それは貴方が見ても何の益も無いものです。それと誤解しないでくださいね。その肖像画の被写体は男性ばかりではありません。ちゃんと女性も描かれています」


 反論するなど思ってもみなかったのだろう。虚を突かれポカンと口を開けた彼の手から冊子を返してもらった。いや、奪い返したという方が正しい。


 それを私はもう誰にも渡すまいと強い意思を込め胸に抱え直した。


 これは私の宝物。目の前の彼に言うと馬鹿にされそうなので敢えて口にしなかったが、家宝といっても過言ではない代物だ。


 何せこれは『貴方の吐息で恋をする』というゲームの登場人物。攻略対象達の似顔絵が描かれている冊子なのだ。他には彼らの婚約者であるフィオナ達の姿絵も入っている。


 補足として説明すると『1』のメンバーのみだが、所謂蒐集完了(フルコンプ)というやつである。


 今年に入ってからシオンを通じ、肖像画の得意な絵師――画家に依頼していた。それが先日漸く完成したのだ。


 ちなみにこの絵には本人達の直筆記名(サイン)も入っている。有難いことに、私が皆に頼むと変わった趣味だねと言いながらも快く応じてくれた。


 まぁ、シオンだけは自分はともかく他の男の絵なんか蒐集(コレクション)してどうするのとか、ちょっと不機嫌になっていたけど。


 「まぁ、何にしても。アンタ変わってるな。そんなに気が多いと結婚なんて出来ないんじゃないか?」

 「なっ、」


 揶揄(からか)うように言った後、彼はクックッと肩を揺らして笑っている。そしてすぐに妙案を思い付いたとばかりに手を打った。


 「あ、それなら。俺がなってやろうか?婚約者に。アンタなら面白いし退屈しなさそう」

 「! 結構です。私にはもうすでに婚約者がいますから」


 へぇ、と彼が片眉をあげる。一瞬だが表情に翳りが生まれた。


 「もしかしてそいつもアンタの持ってるそれの中に描かれているのか?ははっ、その顔。図星か」

 「……」


 私は何も答えなかった。


 彼がもつ独特の雰囲気もそうだが、シオンに負けず劣らずの容姿。他の生徒とは明らかに違う人となり。おそらく彼は攻略対象だ。そのせいか余計に関わりたくない。


 そしてさらに嫌な感じがするのは、この人が私の反応をみて楽しんでいることだ。何となくだけれど、これ以上自分に興味を持たれるのはまずい気がする。


 そんな私の思考を知ってか知らずか、ふと彼が口を歪める。


 「俺はダリウス。ダリウス・ディートリヒ。先々月ここに転入してきたばかりの三年生だ」


 貴族らしくない、ちょっとふてぶてしい言い方だ。爵位は口にしていないので階級は不明。わざとかも知れない。けれど、向こうから名を名乗った以上、こちらも教えなければ。


 「私はリリアナ・メロゥと言います。二年生です」

 「リリアナ嬢か。学年が違うからあまり会うことはないかも知れないけど、よろしくな」


 初対面からいきなり了承もなくファーストネームで呼ばれてしまった。ダリウスは固い表情の私に構わず、ニヤリとしている。


 ここにシオンがいなくて良かった。いたらきっと激怒する。私は内心胸を撫で下ろした。



 ――けれど、それからというもの。ダリウスはことあるごとに用事を見つけては図書室にいる私に構ってくるようになった。


 

 

◇◇◇



 ふぅと息を吐き、私は教本をぱたんと閉じた。


 そろそろ図書室の閉館時間だ。徐々に生徒達も居なくなっている。自分も早くここを出よう。隣に視線を移す。


 「…………出来ましたか?」

 「う、待て。もう少しあと少しだから……」


 隣で必死にノートを書き写している者が一人いる。先日私にやたら絡んできたダリウス・ディートリヒ伯爵令息、その人である。


 「ゆっくりで良いですよと言ってあげたいのですが、流石にもうここを出ないといけません」

 「分かってる。急かすな」


 そう口を尖らせつつも、彼のペンが止まることはない。


 ダリウス様は今年この学園に転入してきた、黒目黒髪の先輩。必ずしもという訳ではないが、この世界では大体黒髪の者はエルディア出身者が殆んどだ。


 そのことを知っていた私は彼と初めて出会った時から、恐らくはエルディア人の血をひいているのだろうと思っていた。ただ彼の場合、珍しくも髪の先端が青く変化している。それゆえ純血ではないようだ。


 法律によりフェリシア王国は移民を認めていない。ただし婚姻や労働であれば許される。彼の場合は肉親や先祖にエルディア人がいるのかも知れない。


 「家の都合で突然転入が決まってな。しかも三年生だぞ?俺は向こうでは殆んど遊んで暮らしていたから正直勉強などしたことがない。だから暇そうなアンタに勉強を教わることにしたんだ」


 「はぁ、でも私は下級生ですよ?教えられる事なんてありません。それに勉強が遅れているのなら、御屋敷で家庭教師を雇って足りない分を補えば良いのではないですか?」


 それは嫌だと彼は口をへの字に曲げた。まるで子供だ。


 「ここが終わって邸に戻ると、他にやることが沢山あるんだ。寝る時間だってままならないのに、もうこれ以上あそこに縛られたくない。息が詰まって死にそうだ」


 彼はうんざりしたような顔をしてペンを置くと、ぐったりと机に突っ伏した。


 ダリウスの話によるとエドワルド学園にいる間だけは、邸内で強制される跡取り教育から逃れ自由になれるらしい。


 「それに同級生に俺が無能だと思われるのはもっと嫌だ。そういう意味で学年の違うアンタなら大丈夫だろ?……あと何か、アンタといると目立ち辛いし」

 「はぁ。でも私よりもっと優秀な方が沢山いるじゃないですか。ディートリヒ様さえ良ければ、私から彼らにお声をかけてみましょうか?」


 別に生徒でなくとも講師でも良い。事情を話せば何らかの助けは得られるはずだ。


 「……いい。断る」

 「ですが、」


 「いいんだ本当に。なるべく弱みは見せたくない。でもリリアナ嬢、アンタだって相当頭良いだろう?」

 「いえ、私なんて全く」


 まさか、と彼は頬杖をついて笑った。


 「つい最近あった試験。俺、見たんだ。アンタ、五位だったよな。上から。科目は確か数学――」

 「! 順位表、ご覧になっていたのですか?」


 この学園では試験が終わると、その成績を順位表にし掲示している。それは誰でも見ることができた。


 以前、私が意図的に上位にならないよう、試験の点数を調節していたのをシオンに見破られた事がある。あれ以来、彼に約束させられたのだ。どの科目でも良いから、一つだけは必ず実力を発揮する、本気でやること――と。


 それにしてもダリウスはなんて目敏いのか。私は思わず苦虫を噛み潰した表情になった。


 「……でもさ。あれは流石の俺でも良くないと思う。試験で遊んでるだろう?試験があるたびに其々科目を選んで成績を変えてるじゃないか。それじゃ真面目にやってる奴が可哀想だろ」


 それとも自分が有能で他の奴らを馬鹿にしてるからそういう事出来るのか、と彼は瞳を細め薄く笑った。


 ドキリと胸が鳴る。私は慌てて首を振った。


 「ち、違います!あの成績は本当に私の実力です。それに上位になったのは偶然で……」


 バレる訳がない。これはシオンと私だけが知っていること。ダリウス様は私の反応をみるためにかまをかけて言っただけだ。うん、きっとそう。きっと。でも――?


 私がどう答えて良いか逡巡していると、次第に漂ってきた不穏な空気を打ち払うように突如彼が立ち上がって首を振った。


 「あー、もうやめやめ。何か癖があるんだよな、アンタは。事情はよく知らないが、俺は賢い女は嫌いじゃない。きっと婚約者、リュミエール公爵の息子だって同じだ。……だから俺の言いたいことは、だな。その、もっと自分を出して良いんじゃないか?ってこと」


 「……」


 うん? もしかして男子より成績が優秀で賢いと、女である私は周りから何か言われる。だから敢えて本来の学力をおさえている。とダリウス様はそう思ったという事かしら。


 あと今の話で気になる言葉を聞いたような。


 ――私、シオンの名前なんて口にしてたっけ。


 そんな私の様子を見て呆れ顔でダリウスが言う。


 「そんなに驚くことか。アンタの婚約者のことを聞いたら皆知ってたぞ。この国の宰相の息子なんだってな? それもめちゃくちゃ頭良いって」

 「すみません。そうですよね。私が彼と婚約しているのは学園でもとっくに知られていますものね」


 そうだ。冷静に考えたら、シオンは学園では有名人でとても目立つ存在だった。婚約後だって、私が相手と分かるようにいつも二人で居たし。


 「まぁ、いい。とにかく帰るぞ。早くここから出ないとな」

 「あっ、いけない。そうでした」


 もうすぐ施錠しに職員がやって来るだろう。ダリウスに逆に促され、急いで私は図書室を出た。


 

 

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