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第41話 療護院の侵入者とジルの気持ち



 ガタリ、と階下から物音がした。


 先程治療で使用した布や器具を片付け、療護院で住み込みで働くステラが二階にある自室へ戻ろうと階段を上がった時だった。


 療護院の建物はとても古く傷んでいる。木製で出来た扉は開閉するたび、ギィギィと音が鳴った。そのためわざわざ呼び鈴を鳴らさずとも来客の存在がわかる。


 「? こんな夜遅くに誰かしら」


 そっと階段を下りていくと暗がりの中、月明かりを受けて人影がみえた。それた慣れた動きで奥の部屋へと消えていく。


 だがあそこは、


 薬の保管庫だ。


 ステラは嫌な予感に身を固くした。何故か自分に一切声をかけず、そのままこの療護院で最も大切な場所へ入っていく人間。


 泥棒かもしれない。


 今になって施錠をもっと早くしておけば良かったと後悔した。ステラの全身から汗が吹き出る。


 だがただでさえ(わず)かな薬なのに持っていかれては大変だ。ザドア医師が行方不明になった今、ここを守るのは自分しかいない。


 そばにあった箒を武器代わりに持ち、息を殺し保管庫へ恐る恐る近づいていく。人影は迷いのない動きで次々に薬の入った瓶や紙袋を持っていた袋に入れていた。


 「や、止めてください! そんなもの盗んでもあなたに使い方などわからないでしょう」


 箒を人影に向かって無我夢中で振り回しながらステラは半泣きで叫んだ。


 「出ていってください! ここにはあなたにとって価値あるものなど何一つないの」

 「……うっ、」


 「さぁ早くそれを返し――、……え?」


 暗がりの中、箒で泥棒を思い切り打った瞬間、相手の漏らした呻き声にステラは目を見開いた。





◇◇◇



 ここは王都にあるエドワルド学園。


 今日はとても天気が良い。


 昼食を食べ終えた私はいつも通り食堂を出て中庭に下りていく。そうして木の枝に設えられた巣箱にそっとちぎったパンを乗せた。


 今はまだ姿はないが私がいなくなった後、きっとあの青い小鳥はひょっこり姿を現すのだろう。


 ふと空を見上げる。


 リィリィ、か。


 私と同じ名の不思議な青い小鳥。仲間はいないのだろうか。いつも一羽だ。


 元々の習性なのか、誰にも気づかれず目立たないようひっそりとやってくる。そういう所も何故か自分とそっくり。


 心の中でふふと笑っていたら、向こうから人が近づいて来るのがみえた。


 背の高い、青い髪の青年。あれは特待生のジリアン・タウンゼント――ジル先輩だ。


 「リリアナ嬢、ここにいたんだ」

 「はい。リィリィの巣箱に餌をあげていたんです」


 どうやら彼は私のことを探していたらしい。ジル先輩は私をみてホッと息を吐いた。そうして安心したようにふっと笑う。


 整った容貌。彼もまた攻略対象の一人なのだ。その笑みを見ただけで、やっぱりちょっとドキドキしてしまう。


 一緒に校舎に向かい歩いていると、ジルが呟いた。


 「やっぱり君の言う通り、リアム会長は学園の男子寮にいるようだ」

 「そうですか」


 さすがに私が男子寮へ忍び込むのはまずい。そのため男性であるジルに頼んでリアムの所在を調べてもらっていたのだ。


 「バディリーという、会長の同級生の部屋にいるらしい。夜、そこへ彼が入っていくのを見たと他の生徒が話していた」


 リアムが自分の屋敷ではなく寮で寝泊まりしていることは秘密だ。寮長に知られれば保護者であるガードナー伯爵に報告されるだろう。


 けれどすでに彼を見かけた生徒がいる。この事が公になるのは時間の問題かもしれない。


 私は固くなった表情を緩め、ジルに笑みをつくった。


 「ありがとうございます、ジル先輩。ガードナー様の居場所が確認できて良かったです」


 ホッと息を吐く。するとそれを見たジルが真剣な表情に変わった。


 「それくらいなら大したことじゃない。でもリリアナ嬢、君また変なことに首を突っ込んでないだろうな」

 「えっ、」


 一瞬、動揺した私の姿をみて案の定かと彼が肩を揺らす。


 「ふ、君は女性だ。しかも未婚の。不用意に下町を歩き回るのは良くないよ。……まぁ俺もそのお陰で以前、君に助けられたことはあるけど」


 言いながらジルは一年前の出来事を思い出したのか、何とも言えないような微妙な顔をした。私は気恥ずかしさにうつむく。


 「心配かけてしまってごめんなさい。でもシオンにはちゃんと話しているし、協力してもらっているから大丈――」

 「そう、リュミエール先輩は今回のこと知っているんだね。まぁ当然か」


 「……先輩?」


 シオンの名を口にした途端、先程まで明るいジルの雰囲気がみるみるうちに暗くなった。


 私、何かおかしなことでも言っただろうか。


 すると彼の口がゆっくりと開いた。


 「やっぱり彼は君にとって頼りになる存在かい?」


 「え? は、はい。だってシオンは私の――」

 「婚約者だものね。それにリュミエール先輩は学園を首席で卒業し、今は王宮に務めている。とても優秀で大人だ。…………俺なんかと違って、ね」


 どこか苛立たしげに呟くジル。最後の言葉は彼の声が掠れていたせいか、あまりよく聞こえなかった。


 ほんのわずかの沈黙がジルと私の間に流れる。


 私も彼になんと声をかけてよいかわからず、戸惑う。すると突然ジルが再び真剣な表情でこちらを向いた。


 「リリアナ嬢、」

 「は、はい」


 私は思わず身をすくめた。この目。たしか以前にもあった。この人にこうして見つめられると何故か私は動けなくなる。


 目が逸らせない。


 「君が婚約者である彼を頼りにし連絡を取り合うのは正しいことだ。でもせめてこの学園にいる間だけは俺を頼ってほしい。――君の力になりたいんだ」


 ジルの目に浮かぶ色。それは以前、卒業パーティーで一緒にダンスを踊った時のものとひどく似ていた。


 何故だろう。そわそわと落ち着かない。


 私は早く目を逸らしたくて、あわあわと返事をした。


 「わ、わかりました。でも先輩は特待生ですし、今年は卒業です。勉強もそうですけど侯爵家のこともありますから、無理はしないでくださいね」


 そう返すと満足したのか、ゆっくりとジルの目が和らいでいく。


 「ああ。リリアナ嬢、ありがとう。無理はしない。約束するよ」


 本来、彼は『貴方の吐息で恋をする2』の攻略対象。そのため卒業を迎える今年がとても重要だ。


 ゲームであれば今頃彼は学園内でヒロインのこなす沢山のイベントに登場し、好感度を高めているに違いない。


 それなのに。今、彼は私の目の前にいる。


 こんな大事な時期に私のようなモブと一緒にいるなんてよくない。この人には他にもっとやるべき事があるはずだ。


 「あの、先輩。学園で気になる方が出来たら、私に構わずその方との時間を優先してくださいね」

 「え?」


 唐突に発した私の言葉にジルが瞳を瞬かせた。そして訝しげに眉をよせる。


 どういう意味、と返された。


 「言葉通りの意味です。ジル先輩のような素敵な方と親しくなりたいと思っている女性達がいるはずです。だから先輩もその方との時間を大切にしてほしいんです」


 「リリアナ嬢。悪いが俺はよく知りもしない娘に簡単に心は開けない。時間は大切にしているつもりだよ。……そしてこの気持ちは卒業までの間、大切にしていたいんだ」


 意味深な台詞。最後の言葉を口にすると同時に彼の瞳が少し揺れた。


 「せん、」

 「ああそうだ。君がどうしても心を開けと言うなら。それなら試しに今ここで――打ち明けてみようか?」


 この気持ちを――


 その瞬間、ザアッと風が舞う。


 目の前の青年の青髪が揺れている。魅惑的な雰囲気を感じる。そんな彼に一瞬見惚れそうになったその時、


 ピュイィと何かが飛んできた。


 「わわっ、て……リィリィ!?」


 突然現れた青い小鳥は得意気に羽を広げ、私とジルの間を横切っていく。何度か私達のまわりを周回した後、向こうにある巣箱に戻っていった。


 「び、びっくりした」

 「今の青い鳥。あれがリィリィか」


 ジルも驚いた様子で巣箱の方を見つめている。


 リィリィに気を取られた後、お互いの間に沈黙が訪れた。


 「…………」

 「あの、さっき話していたことなんですが」


 「いや、いい。何でもない。風が強くなってきたね。リリアナ嬢、体を冷やすといけない。そろそろ教室に戻ろう」

 「は、はい」


 表情が柔らかい。いつの間にかいつものジルに戻っていた。校舎へ向かう彼の背中を追いかけ、私も慌てて歩きだした。


 

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