第40話 魔術師達の作業所とエルディア人、リュートとの再会
更新がかなり遅れてすみません。
しかも久しぶりに更新したら、やり方をかなり忘れていて時間がかかり……(泣)
細々とでも続けていきますので読んでいただけるとありがたいです。
客間に案内された私達はジュドー様に促され、用意された椅子に座った。目の前にあるテーブルには私が渡した焼菓子や出来上がったばかりの美味しそうな果物ののったタルト等がズラリと並んでいる。
わぁ、すごく美味しそう。
ここら一帯は自然豊かな土地だ。収穫される作物はどれも瑞々しくて、他の領地の物とは格段に違うと以前フィオナから聞いたことがある。
そうしてフィオナがやって来た。手慣れた仕草で紅茶を淹れてくれる。それを一口飲み、私は頬を緩ませた。
「この紅茶、とても美味しい。香りも爽やか」
はい、とテーブルを挟んで真向かいに座る彼女が嬉しそうに返してくる。
この紅茶はハーブティだ。魔術師達の住むここは緑豊かで珍しい香草が採れる。それらの種を改良し、飲用できるよう加工しているとのこと。
「リリアナ様が喜んでくださって、私も嬉しいですわ。この茶葉は疲れが取れたり、気分が落ち着く効果がありますの」
「そうなのね。これなら日々のお茶の時間に飲むことで、体を労る事ができるわね」
ただ香草類はあまり採れなく、貴重な物だそう。
横で私とフィオナの話を黙って聞いていたジュドーが、魔法でポンと手のひらにその香草を出現させた。
そばにいるフィオナはその様子に全く驚かない。おそらくこれまで幾度も彼の魔法を見ているのだろう。
彼は魔術師。一見普通の青年に見えるが、やがてはこのフェリシア王国中にいる魔術師達を束ねる長となる者として選ばれた。それゆえ魔力の量や質は他の者達を遥かに上回る。
そうでなければ上には立てないのだ。
「これが二人が話していた香草。茶葉の原料だ。でもこれは水の綺麗な所でなければ育たない。仮に育っても紅茶を抽出後、うまく効能が発揮されないんだ」
まぁ見かけは紅茶そのものなんだけどな。とジュドーが肩をすくめる。
それは薬草についても同様だ。
この辺りの土地で採取された物でなくては、効果が弱まってしまうのだ。
それまで静かだったシオンが口を開く。
「つまり効果の薄い薬草類は粗悪品という事か?」
「いや、実際ここでもそういう性質の薬草が採れる事もあるんだ。やはりそれは効果が薄い。だから安くして、庶民が手に入れやすいように市場に出している」
ストレートなシオンの物言いにジュドーが苦笑いをした。
「薬というものは、効けば良いってものでもないんだ。どんなに効果で良い薬を飲んでも治らない者もいる。またそれとは逆の場合だってあるしな。……結局は本人の力なんだよ」
「本人の、力」
私の呟きに「そうだ」とジュドーが返す。
お茶を飲み焼菓子を食べ一息ついた後、彼の案内で薬を作っている所を見学することになった。
先程までいた屋敷を出て少し歩く。すると向こう側にある数軒の家の煙突から、もくもくと煙が立ち上っているのが見えた。
その中の一つの家の扉をおもむろに叩き、ジュドーが開いた。
「魔術師には様々いる。持つ魔力によって属性も違う。その中でさほど魔力のない者は素材を調合し薬を生成する仕事に就く」
家の中を見渡すと思ったより広い。部屋の向こうに薬を作るための台や大鍋があった。エプロンをした人達が黙々と作業している。
素材を棒で細かくし、擦り潰したり。大きなへらで鍋の中身を混ぜている。
その中に一人だけ子供の姿がみえた。見覚えのある黒髪だ。あれはまさか――
「リュート君?」
思わず声をあげた私に、黒髪の少年が振り向いた。ぱちりと目が合う。間違いない、彼だ。
「? 誰だ、あんた」
「……あ、」
気づいていない。リュートは不思議そうに首を傾げている。そうして周りにいる人達に何かを話した後、こちらへやって来た。
「なぁ、ジュドー様。この人どうして俺の名前を知ってるんだ?」
「ああ、それは――」
ジュドーが気遣わしげにこちらを見た。どうするのかという視線だ。
私は鉱山でリュートと会った時のことを思い返す。あの時、私は男の子の格好をしていたのだ。
その時の名前はリル。
どうしたらいいものか。すぐ横に佇むシオンを見上げると、頷かれた。本当のことを教えてもいいという意味だ。
私は頷き、おずおずと少年に向き直る。
「あの、リルって男の子……覚えてるかな?」
「うん」
勿論だとリュートが返事をする。
あの後リルに助けてくれた礼を言おうとずっと探していたらしい。けれどリルの姿はなく、ジュドーに訊ねても彼に会うことはもう出来ないと言われたそうだ。
当然といえば当然だ。辺境のド田舎出身ではあるが、それでも私は伯爵令嬢。男子に変装していたなんて。結婚を控えた身であるにもかかわらず、淑女としてとんでもない行為なのだ。
だからジュドー様は私のことを秘密にし、リルにもう会うことは出来ないと伝えたのだろう。
「お姉さん、お兄ちゃんのことを知ってるのか?」
「そうなの。――実は、」
私はリュートにリルの正体が自分であることを告げた。話の途中から彼は大きな目を見開き、あんぐりと口を開け固まっている。
その様子に私は居たたまれなくなって、目を逸らし頬を赤くさせた。かなり恥ずかしい。
うう。この子すら、はしたない行為をしていたと理解できるのね。
「嘘だろ。お姉さんがあの時のリルお兄ちゃんなのか!?」
「……はい。…………ごめんね」
恥ずかしい真似をして、という言葉が喉から出かかったが押し留めた。シオンが隣で笑いを堪えている。
「私の本当の名前はリリアナ。リリアナ・メロゥというの」
あの時、事情があり鉱山へ行かなければならなかった。あのような男所帯の場所に若い女性が行くことは危険な上、体裁も悪い。そして自分の事が周囲に知れ渡っても良くない。
リュートに理由を説明すると、何となくだがわかってくれたようだ。そうして改まってこちらを向き、礼を言ってきた。
「お兄、ううん。お姉さん。あの時は助けてくれてありがとう。良かった。ちゃんと礼が言いたかったんだ」
「ふふっ、私は何もしていないわ。あと、リュート君はここで働いているのね。偉いわ」
ジュドーのお陰で穏やかに暮らせるようになったと彼は言い、にこっと笑った。
鉱山で働かされていた頃とは違い、彼の体や顔のつやが良い。それに衣服も清潔でしゃんとしている。
よかった。きっとちゃんと食事もして栄養がとれているのね。
でも、あれ? そういえば――
ふとした違和感に首を傾げる。
するとリュートが嬉しそうに口を開いた。
「あと俺、学校にも通っているんだ」
「学校に?それはとても良いことね。……あっ、そうよ。そうだわ。リュート君、フェリシア語が話せるようになったのね」
うん、と照れ臭そうに彼が返事をした。けれどその表情はどこか生き生きとしていて輝いている。
そうだった。彼はエルディア人。あの頃はあちらの言葉しか話せなかったのだ。
今は言葉が理解できる。周りの人達と意志疎通ができる。
あれからまだ一年も経っていない。きっと沢山勉強したのだろう。もしかしたらこの少年は賢い子なのかも知れない。
心の中で感心する。私は微笑み、リュートの頭を撫でた。突然のことに驚いたのか、彼はパチパチと瞬きし真っ赤になっている。
やがて彼は持ち場に戻るからと私達の元を離れ、戻っていった。
ジュドーがこちらを向いて笑う。
「さて。感動の再会も無事終えたことだし、そろそろこの中を案内してもいいか?」
「はい」
作業場の中は広い。いくつもの部屋がある。私とシオンはジュドー様の後ろについていった。
その中の一つの部屋に入る。先程の所とは違い、沢山の棚や物を掛ける縄が下がっていた。
中身の入った小瓶や薬草らしきものも並べられている。
「生成した物は大体この保管庫に置いておくんだ。ここは乾燥しているから、保存に丁度良いしな」
調合室も見せてもらう。ここは生成した素材を魔術師達の考案したレシピ通りに配合する作業を行う場所らしい。
「ここでお前達も見たことのある薬が完成する。ま、薬を作る最終段階ってヤツだな」
「そうなんですね。あっ、私、あの小瓶見たことある」
見るとメロゥ家に常備薬として保管されている物もあった。学園の救護室でも見たことがある。
完成した薬は木箱に納められ、王都にある診療所、療護院へと運ばれる。
「あの、この薬は孤児院のそばにある療護院へも送られるんですか?」
「孤児院……ああ、あそこか」
私の質問にジュドーが口ごもり、眉を曇らせた。
「ジュドー様?」
「あそこにはもう医者が居ないんだ。だから今は休業しているはずだよ。そのうち閉鎖するってさ」
突然のリュートの声に振り向くと、木箱を抱えた彼が立っていた。
この子は出来上がった薬を配達する仕事も行っているようだ。彼が説明してくれる。
ある時いつものように下町の療護院に薬を持っていくと、医師が不在だった。
療護院を管理する医師が居なければ薬は渡せない。薬品の中には管理方法が特殊なものや、服用の仕方を間違えれば劇物となる品もある。
薬の知識や経験のある者にしか渡すことは出来ない。
リュートが出直す旨を口にすると、その場にいた療護院で働く女性が事情を話してくれた。彼女によると数日前から、突然医師と連絡がとれなくなったらしい。
つまり行方不明になったという事だ。
「助手の人の話だと、あの先生。何か悩んでたって言ってた」
「……悩み」
下町の貧しい療護院だ。もしかしたら資金繰りに苦労していたのかも知れない。相手は庶民。貴族からならともかく、彼らから金を取るには限度があるのだ。
シオンが呟く。
「姿を消した理由、か。その様子からだけでは判断出来ない。原因は他にあるかも知れないしな。……或いは何か事件に巻き込まれたか」
その不穏な言葉に私は神妙な面持ちでシオンを見上げる。彼はわずかの間、沈黙した後こちらを向いた。
「リリアナ、この件はもう少し調べてみる必要がありそうだ」
「……そうね」
私は頷く。
シオンの言う事は正しい。それに療護院の医師が行方不明になったことと、現在リアムが代わりに医師として働いていること。その理由も謎のままだ。
でもきっと何か事情があるはず。
少なくとも薬品類は今、あの療護院に補充されていない事は確認できた。だとすれば完璧に患者を治療することは難しいのではないだろうか。
私が思考しうつむいていると、ふと背後に人の気配を感じた。振り向くとリュートがいた。
何か物言いたげにしている様子だ。
「どうしたの?」
「……あの、俺……」
細々した声。わずかに瞳が揺れている。そうして屈んだ私の耳元へ囁いてきた。
◇◇◇
帰りの馬車の中。
明日からまた学園での授業が始まる。シオンは補佐官の仕事で城に出仕だ。
今日はこのまま学園の寮まで送り届けてくれるそうで、私は彼にお礼を言った。
「ありがとうシオン。その、お仕事もあるのに。せっかくのお休みをこんなふうに使ってしまって……」
「構わないよ。内容はともかく、少しでも長く君と過ごしたかったから良いんだ」
まぁできれば二人きりの方が良いんだけど、とシオンがクスリと笑う。
「――で。さっき、あの少年と何を話していたんだ?」
「シオンたら。やっぱり気づいていたのね」
あの時リュートと隠れるようにこっそり話していたのだが、それは全く無駄だったらしい。
どうやらしっかり見られていたみたいだ。
「たいした話じゃないわ。リュート君のいた国の話を聞いていただけよ」
「国……エルディア国のことか」
私はうんと頷いた。彼はエルディア国で生まれ育った。あそこは軍事国家として有名だ。
先程のリュートとの話を思い出し、私はふと眉を寄せる。
「そう。でもこれは……やっぱり大きな問題かも知れないわ」
「……どういう事だ?」
怪訝そうに訊ねるシオンに私はリュートから聞いた話を語った。