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第39話 シオンの嫉妬と餌付けと魔術師ジュドーの屋敷への訪問



 「――で、言いたいことはわかった」

 

 「そうなの。それでね、」


 ここは王都にあるシオンのお屋敷。あの後ジルと別れた私は、寮には戻らず真っ直ぐこちらにやって来た。


 補佐官として働くシオンは今日もお仕事。今は勤務も終わり帰宅し、着替えをすませ自室のソファーで(くつろ)いでいる所だ。


 私は彼の隣に座っている。


 学園の生徒だった頃と違い、シオンとは週末位しかゆっくり会えない状況だ。


 寂しいけど仕方ない。結婚するまでの辛抱だし。


 「……でね。シオン、」

 「とにかくわかった」


 続きの言葉を口にしようとしたら、彼が低い声で私の話を遮った。


 「待ってシオン。私が聞きたいのは――」


 いつもなら一を言えば十を理解する。どんな難題も頭脳明晰な彼なら難なく解いてくれる。そして答えを明確にしてくれる。


 私はそれを期待していた。シオンならきっと何かわかるはず。


 けれどどうしてか今日一日の出来事を話しただけで、さっきまで穏やかな雰囲気だったのが急に変わった。なんだか彼の機嫌が悪くなったように感じる。


 そんな事を思い内心首を傾げていると、不意にシオンの整った顔が寄ってきた。瞳が細められ、形のよい唇が歪んでいる。


 「大体のことはわかった。要は君が一人で王都を散策していたら、偶然にもジルに出会って公園で一緒に焼菓子を食べて楽しい時間を過ごした――だろう?」


 「…………」


 私は何も言えず固まった。違う。そうじゃない。いや半分合っているけれど。私が気にかかっているのは下町の療護院のことだ。


 無言でこちらを見つめるシオン。


 怒っている。これは確実に怒っている。冷ややかな視線に圧を感じる。


 私は震える拳を膝上できゅっと握った。


 「そうじゃなくて。私が言いたいのはガードナー様の、」

 「久しぶりに会った愛しい婚約者に君は他の男の話ばかりするんだな」


 瞳を伏せたシオンに耳元で低く囁かれる。


 どうしよう。とにかく機嫌がすこぶる悪い。


 そうだと私は慌ててテーブルに置いていたお土産の焼菓子を手に取り、彼に渡した。


 「これ、王都にできたばかりのお店の焼菓子なの。シオンにも買ってきたから。良かったらどうぞ」


 とりあえずジルやリアムの話は置いておこう。先にこの気まずい空気をなんとかしないと。


 私はうまく話を変え、お菓子をシオンに渡すとにこにこと笑みを作る。


 「ありがとう。ちょうど甘いものが欲しかったんだ」

 「そうなのね。ふふっ、良かった」


 シオンが包みを開けた。そのままクスリと笑う。なんだろう。イヤな微笑みだ。まるで面白い悪戯を思いついたような。


 空色の瞳が怪しげに光る。


 「リリアナ、食べさせて」

 「えっ、……ひゃ、」


 突然お菓子を渡されたかと思うと、彼の腕が伸びてきた。あっという間に抱えられ、私は膝に乗せられる。


 「シオン、」

 「俺以外の男と二人きりで菓子を分けあって食べた。そんな話、笑って聞いていられるとでも?」


 シオンがやるせない表情を浮かべ、私の瞳を覗き込む。


 「……ごめんなさい」

 「許して欲しかったら、早く食べさせて」


 そして俺のことだけ考えて、と囁いた。


 やっぱり今日のシオンはどこか焦っているよう。いつもと違う。


 私は頬を赤くしながら、言う通りにお菓子をつまみ彼の口に運ぶ。これで機嫌が直るならいいのだけど。


 「ど、どうぞ」

 「ん、」


 そろそろと差し出したお菓子をシオンがパクリと食べる。瞬間、生暖かい感触が指先から伝わり私の体がびくりと揺れた。


 「……っ、」


 食べられた。指先ごと。


 私が動揺してもお構い無し。シオンは平然と口を動かしている。これは明らかに嫌がらせだ。


 いつもは優しい人なのに。時々彼はこうして私の反応をみて楽しむ。


 美味しいかと訊ねようとしたら、ふと彼が真剣な瞳になっている。何かを思考している。そんな感じがした。


 「……ここだけの話。リアム・ガードナーについてだが、最近彼は王都の屋敷に帰っていないらしい」


 「ガードナー様が?」


 ああ、とシオンが頷く。


 これはシオンが王城に出仕した際、耳にしたことだ。


 いつもリアムは週末、王宮医師である父親の助手として常に付き従っていた。最近その姿がないのは祖父グドルフから聞いてはいたが、今度は屋敷に戻らなくなった。


 「たまたま俺が医務室に書類を届けに行ったんだが。その時ガードナー医師とその話になってね」


 ()()()()。私は眉を寄せた。その言葉が少し引っ掛かる。


 シオンはわざとリアム様についての話を誘導し引き出したんじゃないかしら。


 医務室に行く口実も彼ならいとも簡単に作れそう。そして対象から必要な情報を引き出す。その程度の話術、彼ならお手のものだ。


 「リリアナ、」

 「おかわりね。どうぞ」


 甘えるように名を呼ばれ催促される。私はまた彼の口に焼菓子を運んだ。


 「とは言え学園にはきちんと通っているらしい。まぁ生徒会長だしな。生徒達の模範となるべき存在だ。それすら放棄すれば規律が乱れる。由々しき事態だ」


 何となくだが、真面目な彼にそれは無理なような気がした。リアムは与えられた役目は最後まで全うする。そんなイメージの人だ。


 「それならガードナー様は療護院か下町のどこかで寝泊まりしているのしら」

 「いや、それだと学園に通うのに手間がかかるし、目立つ。……学園の寮にいる可能性が高い」


 たしかに、と私は返す。


 同級生に頼めば少しの間なら寮に居させてもらう事は出来そう。ただ寮長に知られれば保護者たるガードナー医師に連絡が入り、所在が知れる。


 「それとなく話を振ってみたが、結局二人に何があったのかまではわからなかった。ガードナー医師は真面目な男だが固い印象をもつ。それは息子であるリアムにも言える事だ」


 もしかしたらお互い些細な誤解が軋轢を生んでいるのかも知れない。そうシオンが思案気に呟く。


 私は瞳を輝かせた。


 「すごいシオン。領地から戻った後、いつも通りに見えていたけど。でもやっぱりガードナー様のこと、気にかけていたのね」


 胸の奥がじんとなる。いつもは他人事のように飄々としているけれど。なんだかんだ言ってシオンは優しいのだ。


 だがふいと不満気に瞳を逸らされる。長い睫毛が揺れた。


 「言っておくが、あの男のことなどどうでもいい。だが君の憂いを取り除いておかないと。……でなければまた一人で勝手に動き出すだろう?」


 シオンの空色の瞳が再び私をみる。わずかに訴えかけるような視線。私はうっと息を呑む。


 「そんな。心配しなくても大丈夫よ。ガードナー様には学園祭の時、リルの姿を見られているし。変装してたなんて万が一気づかれるといけないから、なるべく接触しないようにしているの」


 「ふぅん、」


 その割には下町の療護院をのぞいて、リアムに接近してるんだな。とシオンが皮肉たっぷりに呟く。


 「それは不可抗力よ、……って、むぐ」

 「美味しい?」


 いつの間に手にしていたのか、シオンが焼菓子を摘まんでいる。そしてそれを私の口に寄せてきた。


 「今度は俺が食べさせてあげる」


 シオンがニヤリと笑った。


 私は首を振り慌てて断る。


 「私はいいの。だってさっき沢山食べたか――」

 「しっかり餌付けしておかないと、君はすぐ他のやつに目移りしてしまうだろう?」


 言葉と同時に強引に菓子を口の中に放り込まれる。言いかけた言葉が途中で消えた。


 むぐ。やっぱりこれ、サクサクして美味しい。


 口を動かし私が静かになったのをみてシオンがクスリと笑う。


 「リリアナは食べている時が一番大人しいな」

 「…………」


 この状況はちょっと違うと思う。面白くない顔をしていると、彼の手が私の頬に触れた。いつの間にか真剣な顔に変わっている。


 「リリアナ。もう療護院には行くな。あそこは病を抱えた者が通う場所だ。場合によっては人に感染するものさえある。それに、……あそこはもうじき閉鎖される」

 

 「!? 待って。シオン、閉鎖って……」


 私はぎょっとし瞳を見開く。


 言葉通りの意味だと彼が言う。


 王都にはいくつかの診療所や療養所がある。それらは民の身分によって区分けされている。


 中核の医療機関は爵位のある者や金銭的に裕福な者。下町の療護院は金のない庶民が通う。


 「閉鎖はするが診療所はあそこだけじゃない。あの区域には他にも療護院があるから、患者は新たにそこを利用するはずだ」

 「でも、それでも足りないはずよ。療護院の数や医師。特に彼らは過重な労働の割に薄給と聞いているわ」


 しかも療護院の場合、元手の資金や補助金もないため治療は最低限。いやそれ以下と聞く。


 もしかしてリアムの件もそれと何か関係があるのだろうか。私は眉を寄せた。


 「……シオン。お願いがあるの」

 「断る。絶対そうくると思っていた。……と言いたい所だが、君に勝手に動かれるのはさらに困る」


 それに誰か他の奴に頼られても厄介だと不満気にこちらをじとりと見てきた。


 「それは、手伝ってくれるということ?」


 シオンがはぁと息を吐く。


 「仕方ない。その代わりこの件が終わったら、俺の言うこと何でも聞いてもらうからな」


 「…………」


 いつもちゃんと言うことを聞いていると思う。反論したい気持ちを抑え、私はわかりましたと頷いた。



◇◇◇



 翌日。


 あの後、私は寮には戻らなかった。


 シオンに「いつも会えないし、せっかく来たのだから今日は泊まっていってほしい」と引き留められ、そのままこの屋敷で一晩すごすことになったのだ。


 早めに朝食を済ませた私とシオンは馬車に乗り込む。これから南の森に向かうのだ。


 小一時間ほど移動すると森が見えてくる。


 「すごい。綺麗な所ね」


 鬱蒼と茂る広大な森。けれどおどろおどろした雰囲気ではない。瑞々しく美しい場所だ。


 キラキラと陽を反射し透き通る水をたたえる湖もある。車窓から顔を出した私は思わず感嘆の息を漏らした。


 森のそばには沢山の家が建っている。その中の一際大きい屋敷の門扉に二人の男女が立っていた。


 馬車が彼らの前で停まる。


 男性はジュドー・ランドール。魔術師である。そして隣にいるのは婚約者の伯爵令嬢フィオナ。


 彼女は学園に通う一年生。普段寮で生活しているけれど週末は実家に戻り、こうしてジュドーと会っているのだ。


 私は二人に挨拶をする。


 「リリアナ。久しぶりだなぁ。元気にしてたか?」

 「はい。ジュドー様もお元気そうで何よりです」


 ジュドーと会うのは卒業パーティー以来だ。フィオナとは学園のランチタイムや放課後、寮でも一緒に過ごすことが多い。


 フィオナは父親の経営していた鉱山の事件以降、ジュドーのいる魔術師達の住む地域に引っ越した。以来、だんだんと水による体調不良は無くなっていった。


 「フィオナさんもお元気そう。あと、これ。焼菓子を持ってきたんです。皆で一緒に食べましょう」

 「あら、これは出来たばかりの人気のお店の物ですわね。ふふっ、美味しそう。すぐにお茶にしましょう」


 フィオナは包みを受け取ると、包装をみて嬉しそうに口元を綻ばせた。お茶の準備をしてくると言い、彼女は屋敷へ入っていった。


 「ところでお前達、見学するのは構わないが。一体急にどうしたんだ」


 ジュドーは不思議そうに私達をみる。


 今回の目的は魔術師達の作る薬。その工程や卸先について詳しく知るためだった。


 ふっとシオンが答える。


 「突然連絡してすまなかったな。お前もフィオナ嬢とゆっくりしたかっただろうに」

 「いや、それは大丈夫だ。なにせフィオナはリリアナが来ると知って昨夜からずっと楽しみにしていたんだ」


 以前ここに引っ越すという話を聞き、ぜひ遊びに来てほしいと彼女に言われていたのだ。その時は快く返事をしたが、中々時間が取れなく今日まで来ることが出来なかった。


 昨日シオンが使用人経由でジュドーの屋敷に来訪する旨を連絡しておいてくれたのだ。


 「まぁ、いいさ。とりあえず茶でも飲みながら、ゆっくり話そう」


 そうジュドーは私達を屋敷内に招き入れた。


 


 


 

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