第4話 レオナルド・タウンゼント侯爵との会合とカールトンおじ様の教え子達
シオンという強力な助っ人がついた。
二週間後にあの男達が孤児院にやって来る。それまでに色々準備をしておかなくてはならない。
細かい部分を一人で詳しく調べようとしていたら、シオンが心配だからとついて来てくれた。
私達は今、馬車の中だ。
「シオン、いいのよ。ついて来てくれなくても……」
「リリアナ一人行かせるわけにいかないだろう。あの侯爵は気難しくて偏屈だと有名なんだ。万が一君に嫌がらせしてきたらどうするんだ。……その前に会ってくれるかが問題だけど」
嫌がらせ。私はあまり気にしない、かな。
ただ私は伯爵令嬢。しかも田舎の。相手は侯爵。家格がかなり違う。シオンの言うように会ってくれるかが問題だ。
「とりあえずダメ元で行ってみる。一応手紙も送ったし」
あとねぇ、と私は鞄からガサゴソと一通の封書をだした。シオンがそれに目をとめる。
「? それは」
「お守りよ。エドワルド学園に入学する時にカールトンおじ様がくれたの。身分の高い人に会うとき、それ見せたら大抵通してくれるって」
おじ様の名前を出した途端、なぜかシオンが納得し頷いた。
「先生か。それなら大丈夫だな」
「そうなの?」
ん、まぁ、とシオンが曖昧な返事をする。
おじ様がこれをくれた時、どの家格まで有効かと訊ねたら「王族」と答えが返ってきて「おじ様冗談ばっかり」って私怒ったのよねぇ。
今回せっかくだからダメ元でこれを見せてみようと思っている。使う機会もそんなにないし。
そうしているうちに馬車がある屋敷の前で停まった。とても大きな建物だ。
レオナルド・タウンゼント侯爵。古くから続く家柄だ。昔から高名な音楽家を多く輩出する名家。
ただ現在は名だたる後継もいなくいずれその血筋は途絶えるのではと噂されている。
屋敷の扉の前には老執事が待っていた。
「リリアナ・メロゥ様ですね。事前に連絡をいただいてはおりますが、我が主は誰とも会う気はないとおっしゃっておいでです。どうかお帰りを……おや、貴方様は」
老執事は私のそばにいるシオンに目をとめた。
「私はシオン・リュミエール。父は現宰相。彼女の婚約者だ」
「これはリュミエール宰相の……それでは公爵様ですね」
左様ですか、と老執事はふむ、と少し考えている。
「もう一度主に掛け合ってみましょう。少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「あのすみません。この封書もついでにタウンゼント様にお渡しいただいてもよろしいですか?」
私はおじ様からもらった封書を老執事に渡した。不思議そうに受け取った彼はその名をみて思いきり目を見開いた。
「こっ、これは!申し訳ございません。ただちに主に渡して参りますので、お二人はどうぞ中へお入りください」
玄関前で待つつもりだったのだけど、突然中に入るよう立派な客間に案内される。
慌てて老執事は消えていった。
私は唖然とする。おじ様の封書の力かな。すごい。
横に座るシオンは苦笑している。まるで何もかも読み通りといったふうだ。
「シオンてばおじ様の封書でこうなるって知ってたのね」
「まぁ、ね。なんとなく」
この流れならタウンゼント侯爵に会うことができそうだ。私はホッと息を吐く。
しばらく待っていたら、コツコツと紳士用のステッキをついた老紳士が現れた。背後には先程の老執事が控えている。
この方がレオナルド・タウンゼント侯爵。
私とシオンはすぐに立ち上がると正式な挨拶を行う。相手は侯爵だ。粗相があってはいけない。
侯爵は私達の前のソファーに腰をおろすとゆっくりと口を開く。
「……それでカールトン卿の教え子達が一体何の用かね?」
私は侯爵に渡す予定のもう一つの封書を取り出す。
「こちらを。侯爵様にご覧になっていただきたいのです」
老執事がそれを受け取り、侯爵に恭しく渡す。だが彼がその封蝋をみた瞬間、それまで何の感情も見せなかった顔に色が宿った。
さらに差出人の名をみて動揺したのか手が震えている。
そして私の顔をみる。震える声がした。
「これは……姉上の署名……一体、どこで」
「それは王都にある。とある孤児院に置かれていたピアノの中に挟まっていたものです」
老執事も驚き動揺している。すぐにペーパーナイフで封を開け、侯爵がそれを読みはじめた。
私とシオンはただ黙ってその様子を見守る。
あの時私はピアノの違和感から念のため弦の状態をみた。開けた瞬間一番に目に入ったのがこれだった。
タウンゼント侯爵家の封蝋。そしてそれはレオナルド・タウンゼント侯爵宛になっていた。
孤児院の寮母達に訊ねてもこの手紙が何なのかわからなかった。それで私は直接これを本人に渡すことにしたのだ。
中身はもちろん確認していない。けれど私の中でなんとなく内容はわかっていた。
たぶん私の予想が正しければ、その手紙の内容は――
侯爵が手紙を読み終える。その顔は涙で濡れていた。
「お嬢さん、すぐにこの孤児院の場所を教えてくれないか。それとここに書かれている――」
「ジリアン・ドルチェですね。彼は現在そのピアノの才能を認められエドワルド学園に特待生として在籍しています」
「そうなのか。姉上の……なんということだ」
すぐに手配を、と侯爵が震える声をおさえて老執事にいう。
私は孤児院のこれまでの経緯と現在の状況について話して聞かせた。その横でシオンが書類を取り出し侯爵に渡す。
「タウンゼント侯爵、これは孤児院の寄付金収益そしてオマリア商会への不審な金の流れです」
「……これは」
侯爵が書類をみて顔を歪める。そして顔をあげると私達を真っ直ぐみる。
「事情は理解した。君たちは儂に何を求めるかね?」
「求めるのは――」
私とシオンは同時に口を開いていた。
◇◇◇
帰りの馬車の中。
私はふわぁと欠伸をする。朝早くから動いていたのだ。かなり眠い。
これは本来淑女らしくない恥ずべき行為。けれどシオンは小さい頃からの仲だし気を許せる人だから大丈夫。
あ、でも今は婚約者だわ。
「し、失礼しました」
「いいよ。でもそれは可愛いから俺の前でだけしてね」
あわわと赤面するとシオンがフッと笑った。
「でも本当にありがとう。商会の不正な記録についての確たる証拠がなかなか掴めなくて……」
さすがにオマリア商会に潜入して調査することは私にはできなかった。私ができたのは過去に商会で勤務していた従業員からの話。事務も担当していた人だ。
シオンにその事をいうとすぐに密偵を使って証拠を掴んでくれた。相変わらずの速さでびっくりした。
「それにしてもシオンの所は密偵の人がいてすごいのね」
「ああ。リュミエール家に昔から仕えている者達なんだ。来年俺は学園を卒業するだろう?そうしたら君にも専属の『影』がつけられる」
「え、」
影、と私は初めて聞くその言葉を反芻した。なにそれ。
シオンが教えてくれる。影とは主を全身全霊で守りその手足となって動く存在らしい。
忍者みたいなものなのかな。
「学園でリリアナに虫が寄ってきたら大変だろう。影がいれば追い払ってくれるし安心だ」
「……虫。でもシオンからもらったこの指輪があれば平気よ」
彼のいう虫とは男子生徒のことだろう。指輪など嵌めていなくても特に言い寄られることはなかった。その逆の今だって同じだ。
「それは婚約者の俺がそばにいていつも目を光らせているからだ。君には言っていないけど、これまで色々あったんだよ」
「……色々って?」
私は心の中で動揺した。もしかして私の知らないところでシオン以外の男の人が心を寄せてくれていた?
そんな。
「シオン、どんな人だったの。教えて」
バカ、とこつんと頭をたたかれた。彼はものすごく不機嫌になっている。
「誰が教えるか。そんなの知って意識したら困るじゃないか。……君は俺だけ見ていればいいんだ」
それだけいうとシオンは私を引き寄せた。そしてそっと唇を重ねてきた。空色の瞳がみつめてくる。
「本当はジリアン・ドルチェのことだって気にかけてほしくない。君がそんなふうに意識を向けるだけでも腹立たしいのに」
「…………」
私はその瞳から目を逸らせない。チラチラと映る熱に戸惑う。これも初めての彼だ。
「だから一刻も早くこの件は終わらせる」
シオンはそう忌々しげに吐き捨てた。