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第38話 攻略対象リアム・ガードナーの謎とジルとのお喋り



 療護院の様子を見た後、私は当初立ち寄る予定だった公園へやって来た。


 傍らにはジルの姿がある。本来なら今回の件、彼は無関係なのだけど。説明してほしいらしく、ついてきた。


 二人で木陰にあるベンチに腰かける。やはりというか、ここには誰もいない。不思議と人が近寄らなく、思わず通りすぎてしまう。存在感のない公園なのだ。


 柔らかな風が吹いてきた。さやさやと葉が揺れる。私はふぅと心を落ちつかせ、隣をちらりと見る。そうしておずおずと口を開いた。


 「ジル先輩。その、さっき見たことなんですが……」


 瞳を伏せうつむきがちにジルが答える。


 「療護院の中にいたあの人物はおそらく――ガードナー公爵子息、だろう?」


 私は「はい」と小さく返す。


 療護院の中にいた医師らしき男。彼の背格好や目つきにはどこか見覚えがあった。それはリアムだ。


 リアム・ガードナー公爵令息。学園に在籍し王宮医師を父にもつ青年。


 だが彼の髪色は赤茶のはずだ。さっきの男は茶髪。察するにカツラを被って変装していたのではないだろうか。


 ふと私は瞳を瞬かせジルをみる。彼がリアムを知っている事に軽く驚いたのだ。


 「先輩はガードナー様を知っているんですね」

 「勿論知っているよ。何せ彼は学園の生徒会長でもあるし。あとクラスは違うが合同授業で顔を合わせる事がある。……まぁ特に親しいわけではないけどね」


 ジルの話によるとお互い学園内でそれなりに面識はあるらしい。


 「そうだったんですね」


 考えてみればリアムとジルはゲーム二作目の攻略対象で同学年。合同授業やイベントでも接触する機会があるのだ。


 話している内、そういえばと彼が思い出したように口元に手をやった。


 「ここだけの話、俺は彼のことが苦手だった。でもいつだったか……あれは確か、リアムが生徒会長になってからだな。印象が少し変わったんだ」

 「印象、ですか?」


 リアムの印象。正直私には昨年の学園祭で遭遇した、人を見下すような目つきをする横暴なイメージが今でも記憶に残っている。


 それ以外だとシオンの領地で見た、医師見習いとしての顔か。


 学園祭の件から思うのは、リアムはジルに対しあまり良い感情をもっていない。その事を口にすると、やはり本当のことらしくジルが小さく笑った。


 「そうだよ。元々リアムは何の身分も持たず特待生になった俺を嫌っていた。それは侯爵家の養子になってから、さらに酷くなった」

 「そんな……」


 「仕方ないよ。俺にタウンゼント家直系の血が流れている事を知っているのはごく僅かな人間だけだ。叔父にはこの事を周囲に広く知られる必要はないと言われているし」


 私はそうですか、と呟く。


 つまりタウンゼント侯爵はジルの出生について不用意に語らない方がいいと判断したのだ。


 それはなぜか。少し気になったが私は敢えてその思考を消した。


 「だから周りに訊ねられたら、遠縁の者だったと答えているよ。でも疑いというか、疑惑の目で見る者もいる。リアムもその中の一人だ。だがある時を境に俺を見る目が変わったんだ」


 「ガードナー様が?」


 ああ、とジルが頷く。


 それまでのリアムはジルと顔を合わせても一切言葉を交わすことなく、その上合同授業で接すると露骨に嫌そうな顔をすることがあった。


 けれどある時からこれまでの態度と打って変わり、向こうから話しかけてくるようになったという。


 私はジルを見た。


 「一体どうして。ガードナー様に何かあったんでしょうか」

 「それがわからないんだ。ただあの学園祭を境に彼の中の何かが変わった気がする」


 それでも具体的な原因はわからずじまいだった。私は顔を見合わせ、首を傾げた。


 「それにしてもどうして彼は療護院なんかにいたんだ?」


 貴族の場合、大抵設備の整った王立治療院に赴く。もしくは医師を屋敷に呼び寄せることが多い。


 けれどここは下町。療護院の設備はあまり良いとは言えない。金銭的に余裕のない庶民が診察してもらう場所だ。


 リアムは医術の心得はあるもまだ見習い。学園には医術を学ぶ科目はない。そのため医師である父親や祖父から教えを乞わなくてはならない。


 本来はここに来ず王宮で学ばなければならないはず。それなのに彼一人、療護院にいるということは――


 私は眉を寄せた。


 「何故なのかはわかりません。でもきっと何か事情があるんだと思います」


 そう私はジルに答える。帰ったらシオンに聞いてみよう。彼ならきっと色々わかるはずだ。


 少し落ち着いた所でふと膝上にある紙袋に目がとまった。そうだ、忘れてた。


 「あの、ジル先輩。これ良かったら食べませんか?」

 「ああ、道理で甘い匂いがすると思ったら。焼菓子か」


 私の手にある包みをみてジルが呟く。


 カサカサと包みを開くと、甘い香りが広がった。私は彼にそれを差し出す。


 「実はここで休憩がてらお菓子をいただこうと思っていたんです。沢山買ってしまったので、先輩もどうぞ」

 「本当に君って人は。……ありがとう、いただくよ」


 ジルが呟き、笑みをこぼす。こんな所でつまみ食いするなんて、と。きっと私のことを淑女らしくないと思っているのだろう。


 でも、と思う。


 なんだか嬉しそう。キラキラが一気に増している。眩しい。彼のスチルは見たことないけど、きっとこんな感じなのかな。


 それから私達はお喋りしながら焼菓子をつまむ。


 最近のジルは侯爵様になるため日々勉強を続けている。領地への視察も積極的にタウンゼント侯爵と一緒に行っているそう。


 彼は学園の特待生でもある。今年卒業するにあたり、課題曲の他に自身で作曲したものを披露する。その作業も忙しい。


 それでも、と彼は柔らかな瞳になった。


 「思ったより時間はないけど。でも孤児院の皆との時間は出来る限り作りたい。それにあそこでピアノを弾くと思い出すんだ。……マザーのことを」


 「ジル先輩、」


 胸がじんとする。私は彼をみた。


 マザーとは亡くなった彼の母マリアベル様のことだ。私は彼女に会ったことはないけれど、きっと素敵な方だったに違いない。その証拠に彼女の事を語るジルはとても優しい顔をしていた。


 「子供達にもすごく優しいし慕われて。勉強も沢山されて。マリアベル様も今のジル先輩のこと、きっと誇らしく思っていますよ」


 私はジルに微笑んだ。すると彼の頬がほんのり赤く染まる。そして気恥ずかしそうに、さりげなく瞳を逸らした。


 「ありがとう、リリアナ嬢」

 「ふふ、」


 ジル先輩が照れている。ちょっと可愛らしい。


 なんだかほっこりする気分だ。今日は天気も良いし、暖かいし。


 私は空を見上げる。


 あれ?


 あそこに見えるのは。青い――


 「嘘、リィリィ。え、こんな場所にも来たりしてるの?」

 「何、リィリィ? ……ああ、あの小鳥か」


 私は驚き声をあげた。そして公園の一角にある一際大きな木を指差す。そこには青い小鳥が枝に留まっていた。


 私はリィリィのことを簡単にジルに教えた。


 すると青い小鳥の名の由来を聞いた瞬間、彼がこらえきれずクスクス笑った。


 「へぇ、普段は学園の中庭に。ここまで来るなんて、すごいな。あちこち飛び回っているのか」


 まるで君みたいだなぁとジルが私とリィリィを交互に見比べ苦笑する。


 「えっ、」


 私は瞬く。


 何かこの台詞、シオンも前に言っていたような……。


 お転婆だと思われたろうか。ちょっと落ち込む。


 そんな私を見つめ、ジルがふわりと微笑んだ。


 「リリアナ嬢は不思議だ。君からは貴族特有の匂いがしない。彼らとの会話は気をつけなければいけなくて緊張するんだ。でも君と話しているととても楽でホッとする」


 「ジル先輩、」


 この人はいずれ侯爵になる人だ。それゆえ様々な教育を受けながら、社交の場に出て大人の貴族達と相対することもあるのだろう。


 生まれは高貴な血筋だけれど子供の頃から庶子として育ったのだ。これから貴族であることを余儀なくされ、きっと苦労しているに違いない。


 私は彼に向き直った。


 「あの、私で良かったら先輩の悩みとか愚痴とか聞きます。……だから一人で抱え込まないでくださいね」


 「ありがとう、リリアナ嬢」


 ジルが瞳を開き、やがて嬉しそうに笑った。


 この笑みは私がこれまで見たことのない。まるで花がほころぶような、とても美しいものだった。

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