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第36話 新たな攻略対象とシオンの気持ち



 赤茶髪の青年は私達をみて一瞬動きを止めた。その手には茶色の革製鞄、そして白衣を羽織っている。


 その姿につられるように私も彼を見て思いきり固まった。まるで金縛りにでもあったかのよう。冷や汗も出てきた。


 「これはリュミエール先輩。こちらにいらっしゃっていたんですね。……と、失礼ですがそちらの方は」


 青年は驚きつつもシオンに向き直り、その後隣に座る私をチラリと見た。ちょっと不審げな表情だ。


 それとは対照的にシオンが落ち着き払った顔で私を紹介した。


 「彼女はリリアナ・メロゥ伯爵令嬢。俺の婚約者でエドワルド学園に通っている。二年生だ。君とは一学年違うな」


 「メロゥ伯爵家のご令嬢、か。学園の生徒達の名は大体把握しているのですが、貴女の顔は初めて見る」


 返事が出来ない。私は尚も固まったままだ。動けないというべきか。同時に昨年の出来事がまざまざと思い起こされる。


 シオンは知っていたのね。グドルフさんの孫がこの人だということを。


 青年は一瞬考える素振りをして、今度は私に向き直り挨拶をしてきた。


 「どうぞよろしく。俺はリアム・ガードナー。貴女と同じく学園に通っている。三年生だ」


 私はあの時の記憶を頭のすみに押しやった。そうして緊張しているのを微塵も感じさせぬよう、ふわりと笑んで返す。


 「はい。存じております。ガードナー様は学園の生徒会長様でいらっしゃいますもの。こちらこそどうぞよろしくお願い致します」


 忘れもしない。学園祭の時、男子生徒リルに変装していた時に絡んできた生徒達のうちの一人だ。


 私はごくりと息を呑む。


 この人がまさかのグドルフさんのお孫さんだったなんて。


 ん? ということは。


 ちょっと待って。


 リアム・ガードナー公爵令息。


 もしかして彼が攻略対象の一人!?


 チラリと私は彼の姿をもう一度みる。よく見ると彼もなんだかキラキラしてるような……。


 どうしよう。頭の中が混乱する。私は内心飛び上がりそうになりながらも、どうにか平常心を保った。


 けれどそんな私の動揺に気づく事なく、リアムは真剣な顔でグドルフさんの枕元に近づいた。


 「お祖父様、」


 「リアム。診療はどうした」

 「村人の一人がお祖父様がお倒れになったと私を呼びに来たんです。診療の方はあと少しで終わる所でした」


 診療。彼は今まで村の人達を診ていたようだ。


 横になったままグドルフはうむと頷いた。

 

 「心配かけてすまなかった。この腰は昔からじゃ。年を取るごとに痛みが増してきおる。最近は特にな」


 リアムが眉を寄せる。


 「お祖父様。やはり王都のガードナー家にそろそろ戻ってはどうでしょう。この仕事はこんな所でなくとも出来るはずです」


 「……こんな所、か」


 彼の言葉にグドルフはわずかに傷ついた顔をみせた。だがそれはすぐに元に戻る。


 「リアムよ。お前こそ帰りなさい。またいつものように勝手に出てきたのじゃろう。家族も心配しておるはず」

 「お祖父様、」


 それきりグドルフは再び目蓋を閉じ沈黙した。リアムもまた静かになり息を吐く。


 それから彼は診療に戻ると言い立ち上がると、グドルフの家を出ていってしまった。


 リアムがいなくなると部屋の中はしんと静かになった。グドルフが誰ともなしにポツリと呟いた。


 「……時々無性に心配になる。あれは将来のガードナー家を背負って立つ身として自覚が足りん」


 「自覚、ですか」


 私は彼の言葉に首を傾げた。リアムはこの村で医術を学びに来ているのではないのか。


 するとグドルフがこちらを見て小さく笑った。


 「儂は最早隠居しどこへ行こうと自由だが、あの子は違う。以前は王宮で父親の助手につき医術を学んでいたのだが、どうも最近父親とうまくいっていないようでな」


 聞けばリアムは父親と折り合いが悪くなり、週末が来るたびに彼はグドルフのいるこの村にやって来るらしい。


 王宮医師として勤める父親はとても几帳面で真面目な性格。リアムも彼の事を慕い尊敬していたとのことだった。


 「年頃になれば、親に対して反抗的になることもある。あの子も今はそういう時期かもしれんな」


 そうグドルフはふと疲れたように眉尻をさげた。



◇◇◇




 「何かがあったのよ」


 帰りの馬車の中、私は隣に座るシオンにそう告げた。


 あの後、私達は村の皆から歓待され楽しく過ごした。そしてリュミエール家の別邸に戻り再び一泊し、今は王都に帰還する途中である。


 お義母様は少し用事があるため、それを終えてから別の馬車を使い王都に戻るとのことだった。


 よって今は私達二人だけ。


 「何か、とはリアム・ガードナーのことか」

 「うん、」


 腕を組み、なかば呆れたように言うシオンに私は大きく頷いた。それを見て彼は何故か眉を寄せた。


 「…………」


 「シオン?」


 反応がない。


 彼ならきっと他にも色々な情報を知っているはず。そう思い次に発する言葉を期待したのだが、沈黙で返された。


 首を傾げて問いかけるとシオンが肩をすくめ息を吐いた。空色の瞳が私を見る。


 「案の定、絶対こうなると思った。だから嫌だったんだ。今、君は彼のことを意識し始めているだろう?」

 「意識だなんてそんな。私はただ純粋に彼を心配しているだけよ」


 「それが意識するということだ」


 またの名を浮気、とシオンは拗ねたように唇を尖らせる。


 待って。浮気だなんてひどい。


 リアムとは昨年の学園祭以降、顔を合わせることもない。今はただちょっと気にかけただけなのに。


 そんなふうに勝手に決めつけるなんて。行き場のない気持ちになんだか切なくなってきた。


 しゅんと俯いていたら、ふと先程の彼の言葉にどこか引っ掛かるものを感じた。私はシオンに顔を向ける。


 「ねぇ今、案の定って言ってなかった?」

 「…………」


 「もう、やっぱりシオンてばグドルフさんのお孫さんが彼だって知っていたのね」

 「ああ、」


 実は彼はずっと前からガードナー公爵家が代々続く王宮医師の家系であることを知っていた。


 そのままシオンは渋々といった顔で、それでも自分の知り得るリアムのことを教えてくれた。


 リアム・ガードナー公爵子息。性格は父親に似て真面目で勤勉。真っ直ぐな性格のため融通がきかない面がある。王宮医師を目指し日々研鑽している。そして古くから続くものを大切にしている。


 「古くから続くもの、」


 へぇと私はその言葉を反芻した。何だかこれだけ聞くとゲームのコンプリートガイド本に載っている攻略対象の特徴のようにも思えてくる。


 シオンが口を開く。


 「例えば身分。古くから続く家柄とか先祖代々に伝わる品とか。そういったものにリアムは興味を示すそうだ」


 古きものを愛する。骨董品の収集が趣味とか。何だかありそうな予感がする。


 私はシオンに笑みを向ける。


 「そうなのね。やっぱりシオンはすごい。詳しいのね」

 「…………」


 リアムと父親との間に一体何があったのかは、わからない。けれどシオンの言う通り、私はあくまで部外者だ。必要以上に彼に関わるのは良くない。


 そう思い直し私はシオンに声をかけた。


 「あのねシオン、私――」

 「リリアナ、この間のこと覚えている?」


 「えっ、」


 一瞬頭が真っ白になった。彼は突然何のことを言い出したのだろう。


 きょとんとしたままでいるとシオンの形の良い指先が私の頬に触れた。この感触に覚えがあった。


 これはそう。あの時のグドルフさんの家での事と同じ。一瞬で記憶が甦り、私は真っ赤になった。


 「続きを、聞かせて」


 懇願するような声。私の顎に指先が移っていく。いつもは涼しげな彼の瞳が熱を帯びている。


 「ま、待ってシオン。こんな所でまた誰かに見られたら」

 「この馬車には俺達以外誰も乗っていない。御者は外だ」


 いつの間にかシオンの腕に囲まれ私は壁際に寄せられていた。どこへも逃げ場がない。


 「リリアナ、時々不安になるんだ。君は俺にちゃんと恋をしているか」


 他の男に夢中になっていないか、と彼は切な気に私の耳朶に囁いた。この声は反則。そしてものすごい至近距離。


 私は必死に答える。


 「してる! 私、シオンにちゃんと恋してるわ。本当よ。この前だって私、あなたにキスし…………っ、」


 必死で紡いだ言葉は途中で飲み込まれてしまった。温かく柔らかい感触。気がつけば私は彼に口づけられていた。


 そうだ。これはあの時、私がほしかったもの。


 やがてシオンがそっと離れていく。そして私の顔をみて悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 「リリアナ、満足……」

 「もう、シオンてば。私の心読まなくていいから」


 最近の彼は私の顔をみて、からかうのが大のお気に入りらしい。本当に困った人だ。


 もう、と車窓に顔を向けたら不意に彼の手が伸びてきて私の手に触れる。


 「王都に戻ったら、またお互い忙しくなるだろう。こうしてリリアナといる時間を大切にしたい」


 「……うん、」


 私は素直に頷いた。それから私達は王都に着くまでずっと寄り添い手を繋いでいた。


 


 


 

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