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第34話 領主の館への訪問と笑うシオン



 翌日。


 雲一つない抜けるような青空。


 窓を開けると柔らかな風が頬をくすぐる。大きく新鮮な空気を吸い込み、その清々しさに私は瞳を細めた。


 今日はリュミエール家の領地を巡る予定だ。


 公爵領はとても広い。短時間で全てを視察しきるのは難しい。そのため今回はお義母様の説明を聞きながら、大まかに土地をみる。


 なんだかちょっとした旅行気分だ。


 ウキウキと胸が踊る。


 生まれてこの方、私は故郷のメロゥ領と学園がある王都しか行ったことがない。ゲームだって王都が舞台だった。


 出掛ける支度を済ませ一階に降りる。そこにはすでにシオンとお義母様が待っていた。


 「お待たせしました。お義母様、シオン」


 「私達もちょうど今来た所なの。それにしてもリリアナさん、その服装とても素敵よ」


 優しげな表情でお義母様が私の姿を褒めてくれる。


 「ありがとうございます」


 今日着てきたのは若草色の外出着。フリルが然り気無くあしらわれている素敵な意匠。


 頭には同じ色のカチューシャも着けている。横のリボンがこれまた可愛い。これは自分でも密かに気に入っていたりする。


 「リリアナさんはどんな色合いも似合うわね。ふふ、シオンも黙ってしまって。珍しいわね、どうしたのかしら」

 「…………」


 こちらを見つめ呆然と立ち竦んでいる彼に視線をやり、お義母様がさも可笑しそうにしている。


 いやでも本当に様子が変だ。私はシオンに近寄り、その整った顔を不思議そうに見上げた。


 「? どうしたの、シオン」

 「あ、いや違う。リリアナが……可愛らしくて。……その、とても似合っている」


 珍しい。いつもなら飄々としているのに。よくみると彼の顔、ちょっと赤いかも。


 その事がわかった途端、何故かつられるように私の顔も一気に赤くなった。二人してもごもごと動揺し(うつむ)く。


 「あ、あの。このお洋服。お義母様が仕立ててくださったの」

 「そうか、」


 いつの間にやら玄関に立っていたお義母様がクスクス笑って私達を呼んだ。


 「さぁ二人ともそろそろいいかしら。出発しましょう。今日は予定が沢山詰まっているのよ」


 「は、はい」

 「……」


 慌てて顔を上げ返事をし、私達は急いで馬車に乗り込んだ。


 「これからどちらへ向かうのですか?」


 動きだした馬車の中で私は訊ねる。


 そうね、とお義母様が教えてくれる。


 向かう先はここから少し走った場所。比較的大きな町らしい。


 「王都ほどではないけれど。大きな市場のある交易の盛んな町よ」


 シオンがその先を続ける。


 「そこには領主の館がある。リュミエール家から直接任じられた者が駐在しているんだ」


 まずは一旦そこへ向かうらしい。


 行く道すがらお義母様やシオンが目の前に見える畑に実る作物の種類や大まかな出来高等を教えてくれる。


 というか二人とも凄い。大体全てを把握している。


 私も覚えようと事前に渡された地図を開く。これは生産物や土地の特徴、注意すべき事柄などが書き込まれたものだ。所謂、虎の巻的なもの。


 真剣にそれをみているとお義母様に止められた。彼女は眉を寄せる。


 「リリアナさん、いけない。ここは揺れるから下を見ると酔ってしまうわ。それにいきなり全部を覚えようとしなくて良いのよ。それより今回はこの地に住む領民達の姿をみてほしいの」


 「領民達、ですか?」


 ええ、とお義母様がにっこりと笑った。


 彼らの仕事ぶりや日常を見てほしい。彼女は車窓の向こうに広がる田園地帯を眺めながら呟いた。


 「土地によって様々風土が違うの。民もそう。平穏で豊かな地を造るためには人の力が不可欠よ。その為にはお互いを知り、そして信頼し認め合わなければならない」


 この領地では催事を殊更大切にしている。それは大勢いる民の不満の捌け口を作るためだ。つまりはストレス発散。


 シオンが隣に座る私を見た。


 「民の声を出来うる限り聞き、不満を溜めないよう心掛けているが。やはり完璧には難しい。彼らが楽しめる催しを定期的に行うことで発散してもらっている、というわけだ」


 「そうね。楽しみがあると、人は頑張れるものね」

 「ああ、」


 二人の話を聞いているうちに馬車は町の中へ入っていった。中心部に近づくにつれ、一際大きな建物が見えてくる。


 シオンがその建物を指差した。


 「あれが領主の館だ」

 「すごい。大きいのね」


 このまま館の敷地内へ入っていく。リュミエール家の紋章のついた馬車ゆえか、不審に見られる事もない。


 むしろ門番や使用人の横を通り過ぎるたびに、にこやかに挨拶をされた。


 この事に驚いてると「視察の件は領主に伝えてあるから」とシオンが返してきた。


 「そんなに驚くことはない。リュミエール家に対しての礼はいつもの事だけど。だがあの顔は珍しいな。……まぁリリアナが来たのが一番嬉しいんだろう」

 「え、私が?」


 どうして。


 というか私が来ることを領主様は知っているのね。


 「ふふ、そうなの。この間バードにとうとうシオンが婚約したと伝えたら、早くリリアナさんにお会いしたいと言ってきかなくて」


 バードとは領主の名らしい。


 彼はシオンがずっと婚約しなかった事をとても心配していたようだ。


 それを聞き私は少し不安になった。


 会いたいだなんて。つまりは何かを期待しているということ。シオンのような優秀な青年の隣に立つ女性がどんな人物なのか知りたいのだ。


 でもそんなふうに思われていても困る。何せ私は平凡な容姿のただのモブ。正直シオンと釣り合いが取れているとは思えない。


 ガッカリされるかも。段々気が重くなってきた。私は内心溜め息を吐く。


 馬車が館の玄関そばに停まった。そこには使用人を背後に従えた領主らしき壮年の男がおり出迎えてくれた。そして彼は深々と頭を下げた。


 「お待ちしておりました。奥様」

 「ええ。バードこそお元気そうで何よりだわ」


 お義母様と領主は親しげに挨拶を交わしている。そしてすぐに彼は私の方を見た。同じように深々と礼をされる。


 「ようこそおいでくださいました。リリアナ様。我ら一同本当に首を長くし貴女様が来られるのを今か今かと心待ちにしておりました」

 「シオン様の婚約者リリアナ・メロゥと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 私も同じく彼に挨拶をする。話の続きは館でお茶でも飲みながら、と中へ案内される。


 客間のソファーに私とシオンが腰かける。すぐに給仕が現れ紅茶を出してくれた。


 領主バードはお義母様と近況について話し込んでいる。この様子なら私の事は特に気にしてなさそう。


 良かった。


 ホッと胸を撫で下ろし紅茶を一口飲む。美味しい。するとそれまで静かだったシオンが悪戯っぽい笑みを浮かべ、茶化すように私の頬に触れてきた。


 「……っ、」

 「ふ、リリアナ。また変なこと考えていただろう」


 「! ……か、考えてない、です」


 実は当たっている。まるで心の中を読んだかのよう。思わずドキリとしたが平常心を装った。


 「ふぅん、」


 私の反応に曖昧な返事を返し、そのままカチューシャに付いたリボンを弄ってきた。これは裾が長くヒラヒラしている。


 彼の指先が髪を掠める。ちょっとくすぐったい。


 私はこらえきれずクスクス笑った。


 「もう、シオンてばリボンに夢中になるなんて、猫みたいね」

 「…………そう? ああ良かった。やっと笑った」


 「え?」


 ふと見るとシオンが安心したように微笑んでいる。優しげな表情だ。


 リリアナ緊張していたみたいだから、と彼は小さく呟いた。


 彼にはお見通しだった。私の頬がほんのり赤くなる。


 どうやらシオンは私の気を紛らわせてくれていたよう。何だか今ので緊張の糸がすっかり解れてしまった。


 すると向こうからコホンと咳払いする音が聞こえた。妙な視線を感じる。


 するとお義母様と領主がこちらをじっと見ている事に気づく。お義母様はいつもの柔らかな表情。けれど隣の領主の方は驚き固まっていた。


 もしかして。


 私は青ざめた。


 今のやり取り……見られてた!?


 恥ずかしい。あわあわと私は彼の手から離れうつむく。だがシオンは全く動じていない。


 「なんと、シオン様が……」


 笑ってらっしゃる、と領主の声がか細く震えている。物凄く驚いていた。


 「まぁバードったら。前にも言ったけれど、うちの息子は鉄面皮ではないわ。ちゃんと笑うもの。ほらこれでわかったでしょう?」

 「はい、確かに。奥様のおっしゃる通りでございました。確かめもせず申し訳ございません」


 即座に謝る彼にお義母様が笑う。


 二人はシオンがあまり人前で笑わない事を言っているのだろう。ふと子供の頃を思い出す。


 そういえば出会ったばかりの頃。彼はほとんど笑わなかったっけ。


 当時と比べ今の彼は随分変わった。基本とても冷静だけど。笑ったり、からかってきたりするのはしょっちゅう。


 ゲームでもこんな姿はほとんど見たことがない。頬を弛め隣をみると彼と瞳が合った。


 「何、」と視線で訴えてきたので私は「ううん。何でもない」と心の中でちょっとだけ笑った。


 


 


 

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