表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/62

第33話 リュミエール領の視察とリリアナの学力



 王都から馬車に揺られ小一時間。


 郊外に続く田園地帯を抜けていく。


 今日から三日間、学園はお休み。私は現在、リュミエール公爵家の所有するカントリーハウスに向かっている。


 「リリアナさん。朝早く出発したから疲れたでしょう。お屋敷に着いたら少しお休みできる時間があると良いのだけど」

 「お気遣いありがとうございます。お義母様。私は大丈夫です」


 ここにシオンは居ない。今回は彼のお母様とリュミエール家の管理する領地に数日滞在し、視察や経営について学ぶ予定なのだ。


 お義母様が私を見てふふと微笑んだ。相変わらずとても美しい。


 「順調に走ればお昼前には着くと思うの。その後は夕方までゆっくりできるわ」

 「はい」


 私も彼女に笑みを返す。


 シオンは学園を卒業し補佐官となった。働き始めたばかりのせいか。それとも職業柄か。とにかくいつも忙しい。


 今日のことを話すと自分も仕事が終わり次第行くと言ってきかなかった。


 大丈夫だからと断っておいたけれど。私は一人ではない。お義母様も一緒なのだ。それなのにシオンはいつも過保護だ。


 そんなふうに色々考えていたらお義母様と瞳が合った。


 「ふふ、ねぇリリアナさん。面白いお話を聞かせてあげましょうか」

 「お義母様?」


 馬車の中でお義母様がシオンの子供時代の話をたくさん聞かせてくれる。これは私と出会う前の彼のこと。こんなふうに知ることが出来るなんて。


 ちょっと嬉しい。


 そうして話が盛り上がっているうちにリュミエール邸に到着した。屋敷から出てきた使用人がテキパキと荷物をおろしてくれる。


 「予定通り着いて安心したわ。リリアナさん。夕食の時間になったら呼びに行くから、それまでお部屋でゆっくりしていてね」


 「はい。ありがとうございます」


 何か他に手伝うことはないかと訊ねたが、今日は特に何もないらしい。明日から領地を視察して回るのでそれまでしっかり休むようにと言い渡された。


 「わかりました。お義母様。それでは少しお部屋で休ませていただきますね」

 「ええ」


 お義母様と言葉を交わした後、私は使用人の後ろについて二階へ上がる。たどり着いた先は客人用の居室だった。


 扉を開け使用人がにこにこと振り向いた。


 「こちらです、リリアナ様。お荷物ですが仕舞うのをお手伝い致しましょうか?」

 「いえ、お気遣いありがとう。あとは私がやりますので大丈夫です」


 使用人が礼をする。


 「承知致しました。何か足りない物がおありでしたら、すぐにご用意致しますのでお呼びください」


 使用人は荷物を置き室内にある調度品や水差し、カップ等の場所を説明すると下がっていった。


 私はぐるりと室内を見渡した。


 ここは王都にあるリュミエール邸と造りが似ている。案内された部屋も明るい色の基調。女性が好む意匠の調度品やカーテン。


 これもきっと彼女が用意してくれていたのだ。


 「さすがお義母様ね、」


 心の中で感謝をしベッドに腰かけてみる。ふかふかで気持ちいい。シーツの手触りも最高。


 朝早くから動き回っていたせいか、やっぱり眠気が襲ってきた。欠伸が出てくる。


 「ちょっとだけ、横になろうかな」


 そうして私は少しだけここで休むことにした。




◇◇◇



 

 どれくらい時間が経っただろうか。ふと私は目を覚ました。


 柔らかな風が流れてくる。窓の外を見ると空はまだ明るかった。バルコニーから下を見おろすと美しい庭園が視界に入る。


 どんな庭だろう。興味が湧いてきたので部屋を出て下におりてみた。


 玄関を出てすぐそこの庭園に足を踏み入れる。


 丹念に手入れされた色とりどりの花々。きっと腕の良い庭師がいるのだろう。


 「すごく、綺麗ね」


 王都にある彼の屋敷の庭園とはまた違う風情だ。ここは元々あった草木を生かし、剪定を必要最低限のみに留め造り上げたように思える。


 感心し、ぼうっとそれらを眺めていると向こうから馬の蹄の音が聞こえてきた。


 あら。誰かお客様が来たのかしら。


 そう思って門の方に目をやると、栗毛色の馬に騎乗した男性がやって来るのが見えた。きっちりした青い制服に身を包んだ青年。その髪は銀色に輝いていた。


 あれは。


 私はハッと瞳を開く。


 間違いないシオンの姿だ。驚いて声も出せずにいたら、馬上の彼も気づいたらしくあっという間にこちらへ近づいてきた。


 そして目の前で馬がとまる。青年が声が落ちてくる。


 「リリアナ、」

 「…………」


 見上げたまま固まる私に「どうした」と彼が首を傾げた。


 「具合でも悪いのか。リリアナ」

 「え。……ち、違うの。そうじゃないの。どうしてシオン、」


 来るとは言っていたけれど、まさか馬に乗ってくるなんて思ってもみなかった。しかも悔しいくらい格好良いし。


 でも、と私は思った。


 勤務が終わってから、まだそんなに時間は経っていない。結構、早駆けしてきたんじゃなかろうか。


 するとこちらの思考を読んだのか、シオンがにこりと笑った。


 「仕事を早く終わらせて馬を走らせてきたんだ。その方が早く着くし」

 「シオンてば、お仕事忙しいんでしょう。無理しないで休んでいて良かったのに」


 眉を寄せて返すと、彼が不意に馬から降りた。優美な動作。目を奪われてしまう。


 そうして彼は馬の鼻面を優しく撫でた。馬はブルルと気持ち良さそうにしている。


 「週末は比較的休みが取りやすい。俺もたまには領地の視察もしたいし。何よりリリアナと少しでも一緒にいたいから」

 

 「……シオン、」


 彼の真っ直ぐな気持ちに私の頬が赤くなる。


 「お帰りなさい」と私は言った。こういう時、本当は何て返せば彼は喜んでくれるんだろう。


 「ん、ただいま」


 シオンが私を引き寄せ抱き締める。そして額に軽くキスされる。


 やっぱりこの人の腕の中はとても温かくてほっとする。私達はお互いに顔を見合せ微笑みあった。


 馬丁に馬を預け、二人で屋敷に戻る。


 気づけばもう夕食の時間だ。身支度を整え食堂へ行くとお義母様が待っていた。少し遅れてシオンもやって来る。


 お義母様が苦笑した。


 「ふふ、シオン。間に合ったのね」

 「はい、母上。ただいま帰りました」


 三人でテーブルを囲む。宰相であるお義父様は王都の屋敷にいる。役割上、彼はそこから離れるわけにはいかないのだ。


 夕食は領地で採れた生野菜。バターを使った白身魚のソテー。香草が絶妙に効いていて美味しい。


 「どう、リリアナさん。これら料理は皆リュミエール家の領地で収穫された物なの」

 「そうなのですね。とても新鮮で味付けも美味しい。どのお料理も素晴らしいです」


 お義母様が食材について説明してくれる。領地には農園がありそこで収穫した物の一部は王都へも出荷されているらしい。


 そしてふと思った。


 「もしかしてエドワルド学園にも出荷されているのですか?」

 「ええ。あそこは公爵家にとっては、お得意様よ。あと王城もね」


 ふふと彼女は笑いワインの入ったグラスを口にした。


 なるほど。あのかなりの数、人間がいる学園や城と契約を交わしているのか。それほどの大口契約なら安定した収益が見込める。


 リリアナの故郷メロゥ領の作物も評判が良い。けれど辺境地にあるため収穫物を遠方に運搬するのは難しい。理由は鮮度を保つことが出来ないためだ。


 ここなら王都から比較的近いし、すぐに運べるものね。


 公爵家の領地は想像以上に広大だ。そしてどこも利便性のある土地ばかり。


 やっぱりリュミエール家は凄い。


 デザートのパウンドケーキを一口食べつつ、私は心の中で頷いた。添えられたベリージャムがびっくりする程美味しい。


 隣のシオンは静かにワインを飲んでいる。これもリュミエール家の特産物だそう。


 そうして和やかな夕食が終わり、それぞれの部屋に戻る。入浴を済ませ明日の準備をしていると、シオンが部屋にやって来た。


 扉を開け、中に招き入れる。


 「いらっしゃい、シオン」

 「ごめん、リリアナ。もう休む所だったのか?」


 ううんと私は首を振った。


 テーブルの上には学園の教本が何冊か置いてある。その一冊を手に取り、彼は頁をめくった。


 実は再来週から試験があるのだ。そのためこれから少し勉強しようと思っていた所だった。


 シオンが申し訳なさそうに息を吐く。


 「そうか、試験だったんだな。ごめん。領地視察などしている場合ではなかったな」

 「いいの、気にしないで。私、特に学年トップを目指している訳じゃないし。中の上位で……」


 ソファーに腰をおろした彼にお茶を出し、私も隣に座る。


 教本に目を落としたまま彼が呟く。


 「……前から聞こうと思っていたんだが、」

 「?」


 ちらと横目で私を見てくる。妙な間だ。


 「もしかして君はわざと点数を落としていないか?」

 「えっ、」


 動揺し、ちょっと声が震えた。


 やっぱりなとシオンが本を閉じる。どうやら彼には全てお見通しだったらしい。


 「だって、その。…………目立ちたくないし」


 何故か気まずくなって、彼から瞳を逸らし(うつむ)いた。


 「リリアナ、俺を見て」

 

 シオンの長い指先が諭すように私の頬に触れた。空色の瞳がこちらを見ている。


 「全く。そんなことで注目されるのが嫌だなんて。君は少し周りを気にしすぎだ」

 「…………」


 その通りかも知れない。私は何も言い返せず押し黙った。でも本当に目立ちたくないのだ。


 しかも万が一成績上位者になれば優秀な生徒と認識され、何か担当に指名され仕事を任されたりするかもしれない。


 それはちょっと面倒……いや大変だ。


 それを聞いたシオンも「そうだな」と理解してくれた。


 「まぁたしかにそれはマズイな。ただでさえ最近デートする時間が少なくなっているのに」

 

 「でしょう。シオンなら仕事を任されてもあっという間に片付けてしまうけど。私なら放課後ずっと残ることになりそう」


 それを想像し私がハァと溜め息を吐くと、仕方ないなと彼が苦笑する。そして手にしていた教本をほらと渡してきた。


 「……シオン?」


 「勉強、するんだろう。見てあげる」

 「いいの?」


 返事の代わりにシオンは優しげな瞳をし、そっと私の髪に触れた。


 私は瞳を輝かせる。


 「ありがとうシオン。あのね、ここがちょっと曖昧で……」

 「ああ、それは――」


 早速、栞を挟んでおいた頁をみせる。


 嬉しい。こんなふうに勉強を教えてもらえるなんて久しぶりだ。実は数式でわからない箇所があったので、どうしようと思っていたのだ。


 そうしてシオンはしばらくの間、勉強を教えてくれた。


 


 

 


 


 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ