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第32話 ゲームの終わりとその先の物語~辺境モブ令嬢は攻略対象の宰相子息に溺愛される~



 エドワルド学園に通うようになって二度目の春。


 私は二年生になった。


 婚約者のシオンは国の補佐官として働いているため、ここにはいない。たしか今日も関連施設へ研修に行くと言っていた。


 静かで代わり映えのしない日々。彼がいないのは寂しいけれど。ある意味これが本来のモブとしての私の姿。


 進級すると同時に組替えがあった。一年生の時知り合った子と同じ組になった事がすごく嬉しい。


 「リリアナさん、ランチご一緒してもよろしいですか?」

 「ええ。ラウンジに行きましょう」


 授業が終わりランチタイム。向こうから橙色の髪をした女生徒が声をかけてきた。私はにこやかに彼女に応じ席を立つ。


 彼女はケイト。攻略対象の騎士リオデルの婚約者だ。リオデルは現在騎士団に所属し日々王国を護るため訓練や警備に明け暮れている。


 私達はどちらも相手がいないためか、自然と行動を共にするようになっていた。


 「リリアナ様、ケイト様。私もご一緒してよろしいですか?」


 ラウンジでランチを楽しんでいると薄紫の髪の可愛らしい女の子がトレイを持ってやって来た。


 彼女は特待生一年のフィオナ。攻略対象の魔術師ジュドーの婚約者だ。ジュドーは現在魔術師団に所属し日々魔術の訓練、研鑽に明け暮れている。


 「フィオナさん。どうぞこちらへ」


 そうして三人でおしゃべりしながら食事をする。今日はハンバーグと取れたて野菜のサラダだ。


 食後のデザートはミニシフォンケーキ。果物も添えてある。ふわふわしていて美味しい。


 同じように楽しく食事をする彼女達をみて私は口元をほころばせた。これこそ私が描いていた風景そのもの。


 

 私はモブ令嬢だ。


 ここは『貴方の吐息で恋をする』という恋愛攻略ゲームの世界。エドワルド学園はその舞台だ。


 そのメインキャラたる攻略対象達は卒業してもういない。


 こうしてモブによるモブだけの可もなく不可もなくの穏やかな学園生活が訪れようとしていた。


 もう彼らの挙動に心を乱されることなく、毎日を穏やかに過ごせるのだ。


 うん。この二年間は落ち着いて過ごせそう。私は心の中でホッとする。


 シオンには悪いが攻略対象といると色々と気を遣ってしまうのだ。周りの目も気になるし。


 けれどそんな私達の和やかな空気を破り、頭上から低い艶のある声が落ちてきた。


 「フィオナ嬢。ここ空いているだろうか」

 「はい。あら、タウンゼント様。どうぞこちらへ」


 ありがとう、と青い髪に整った容姿の男性がフィオナと私の間に座った。ラウンジにいる女生徒達がきゃあと黄色い声を出した。


 その瞬間、私の表情が固まる。


 しまった。この人の存在をすっかり忘れていた。彼の名はジル・タウンゼント。ゲーム二作目の攻略対象。ピアノが堪能な侯爵令息である。


 ジルが私の心の声を読んだかのように苦笑する。


 「どうしたんだ。リリアナ嬢。そんな顔して」

 「いえ。ただジル先輩が来るととても目立つのでつい……」


 どうやら顔に出ていたよう。気をつけないと。


 最近のジルは特待生の後輩フィオナに懇切丁寧に色々教えてくれている。ただそれはなぜか昼休みまで超過され、私達はこの時間を共に過ごすようになっていた。


 まぁ特待生になる彼女に目をかけてあげてほしいとジル先輩に頼んだのは、他でもない私だ。彼は快く請け負ってくれた。


 でもまさかそこまでフィオナに四六時中ベッタリになるとは予想できなかった。ジュドー様怒らないのかしら。


 そう一人悶々としながらシフォンケーキを食べていたらジルと瞳があった。一瞬ドキリとする。もしかしてずっと見られていたのだろうか。


 優しげな瞳で私を見つめるジル。今年に入って彼のキラキラオーラがさらに増したような。


 「リリアナ嬢は本当に美味しそうに食べるんだな」

 「ここのランチはすごく美味しくて。つい夢中になってしまって……」


 これはあとで知った話だが。ここの料理は全ておじ様が国中から呼び寄せた腕利きの料理人達が調理しているらしい。食堂スタッフも精鋭揃いだそう。


 これで腑に落ちた。


 だから今まで休暇でおじ様と会うたび、学園のことを聞きたがったのだ。ラウンジや寮の食事についてもやたら知りたがっていた。


 創始者がおじ様なのだから学園の事が気になって当然だ。


 「ふふ、夢中になるお気持ちわかりますわ。私もここのお食事がすごく美味しくて仕方ないですもの」


 ケイトが同調しシフォンケーキを一口食べた。口元をほころばせ「美味しい」と笑みを浮かべる。


 「でもやっぱりリュミエール様がいらっしゃらないせいか、リリアナ様は寂しそうですわ」

 「それを言うならケイトさんもフィオナさんも、ですね」


 私達三人はお互い顔を見合せ小さく笑った。そのわずかに沈んだ空気を払うようにジルが微笑む。


 「そうだ。リリアナ嬢。久しぶりに放課後、音楽室で連弾しないか?フィオナ嬢達も喜ぶだろう」

 「まぁ。それはぜひ聴きたいですわ。お二人のピアノ、それはそれは美しい音色ですもの」


 フィオナが両手を合わせ瞳を輝かせている。彼女は何度か私のピアノ演奏を聴いているが、中でもこの連弾がすごくお気に入りなのだ。


 「私も聴きたいです。リリアナ様の演奏はすごく気持ちが穏やかになります」


 ケイトもそれに賛同する。


 「お二人が聴きたいなら。喜んで弾かせてもらいますね」


 私も彼らに合わせにっこり笑う。実はシオンにジルと二人きりでいることを禁止されている。けれど彼女達がいるなら大丈夫だろう。


 ふとあの日のシオンのことを思い出す。


 忘れもしないあの卒業記念パーティーの夜――


 「ジル先輩、」

 「どうしたんだリリアナ嬢」


 私は不意に彼を見る。あの時シオンは何度も私に。


 「その、シオンと喧嘩しないで仲良くしてくださいね」

 「…………」


 唐突に向けた言葉が彼の表情をわずかに曇らせた。それは本当に微か。私にしかわからない程度だ。


 そしてジルは困ったように笑った。


 「喧嘩なんてしていない。……でも仲良くは出来そうもないな」


 どうして、と私が反論しようとした時、背後に妙な気配を感じた。


 「――それは同感だ、」

 

 「……!」


 この声。私は反射的に振り向く。


 銀髪が視界に入る。そこには眼鏡をかけ講師然とした冷たい表情のシオンが腕を組み立っていた。


 ジルも彼を真っ直ぐ見据えている。その瞳からは何の感情もうかがえなかった。


 私は震えた。


 これを喧嘩と言わずして何というのか。


 「シ、シオン。どうしたの。何でこんな所に……」


 彼はもう補佐官として働いているはず。なのになんで。今日だって国の関連施設に――


 「あ、」

 「忘れてたのかリリアナ。そう俺は今日から一週間エドワルド学園に研修に行くと伝えておいたはずだ」


 ここの所彼は研修と称し王国中の関連施設をあちこち巡っている。


 その中の一つがここ。エドワルド学園だ。私は肩をすくめる。全然わかってなかった。そうよね、ここは国立だものね。


 「それはともかくリリアナ。研修が終わったら直帰だから。今日は会議もないし一緒に帰ろう。それを伝えに来たんだ」


 「……」


 それはつまり今日は彼のお屋敷にそのまま泊まるという事を意味していた。


 「リリアナ様。それでしたら今日の約束はまた今度にしましょう。ね、タウンゼント様」


 シオンとのやり取りを聞いていたフィオナが放課後の予定を取り消してくれる。ありがたい。


 横でちょっとジルが面白くない顔をしているような。気のせいかな。


 私はごめんなさい、と謝った。


 そうしているうちお昼休みがもうすぐ終わりそうな事にハッと気づく。いけない。これから頼まれてる事があるんだった。


 慌ててトレイを持って立ち上がる。


 「ごめんなさい。私もう行きますね。中庭に行ってリィリィにご飯あげないと」

 「ああ。あの小鳥ですわね。ふふっ行ってらっしゃい」


 トレイはケイトが下げておいてくれるそうで、お言葉に甘え礼を言うと私はそのまま駆け出した。


 手にはハンカチにくるんだ柔らかいパンがある。それを持って私は中庭に向かう。


 リィリィ。私と同じ愛称の青い小鳥。ディア様が名付けた。卒業して自分がいなくなったら、代わりに餌を与えてやって欲しいと頼まれたのだ。


 中庭にある大きな木の枝の間に巣箱がある。そのそばに小さくちぎったパンを置いておく。


 ただディア様仕様なのか、少しだけ背伸びが必要だ。


 パンを持ち手を伸ばして、足の爪先を立てる。もう少し。あと少しで手が届く――


 「……と、」

 「リリアナ、無理するな。ほらこれを使え」


 「え?」


 振り向くとシオンがいた。木製の頑丈な箱を抱えている。彼はそれを木の下の平らな場所に置いた。


 「これって足台?」

 「そうだ、」


 使ってみろと言うので試しに乗って巣箱に手をやると簡単に届いた。足台は重さがあるのか傾く事もない。


 私は彼に微笑んだ。


 「ありがとうシオン」


 危ないから降りる時、気をつけてと注意される。彼が手を添えてくれた。


 台から降りるとちょうど小鳥がやって来た。今日は天気が良い。シオンの瞳と同じ色の空。


 小鳥は巣箱に来てパン屑を啄んでいる。


 「良かった。食べてくれてる」

 「殿下に頼まれたのか?」


 「うん、」


 二人並んでその様子を眺めていたら、小鳥が羽を広げふわりとシオンの肩に乗った。


 私はそれを見て驚く。


 「すごい。リィリィをこんなにすぐそばで見たのは初めてかも」


 いつもこの青い小鳥は私がいなくなった後、こっそり餌を食べにくる。人間に懐かない、いやその様子を見られたくないのだ。


 シオンがそれを聞き笑った。


 「殿下はいつもこの小鳥を愛でていた。そうか、リリアナに似ていたんだな」


 「わ、私に?」


 ぎょっとする。


 小鳥と私を面白そうに交互に観察するシオン。目立ちたくないのもそうだが、ちょこちょこと気ままに動き回る所も似ているらしい。


 ちょっと複雑な気分だ。


 シオンが瞳を細めてその指先を小鳥のくちばしにそっと近づける。


 「……リィリィ、か。これは飼い慣らすには一筋縄ではいかないな」


 ぐ、と私は瞳を逸らす。気まずい。何だかシオンはわざと言ってるんじゃなかろうか。


 ちらと隣をみるとシオンが人の悪い笑みを浮かべこちらを見ている。


 「シオン。やっぱりわざとね!」

 「ははっ、悪い」


 「もう、」


 彼が肩を揺らし笑った直後、リィリィが羽を広げ飛び立った。あっという間に目の前に広がる空へ消えていく。


 私達は吸い込まれるようにその姿を見送った。ぼんやりとしたまま、私はあの夜のことを思い出す。


 「あのね、シオン」

 「ん?」


 「そんなに不安にならなくても大丈夫よ。私はずっと貴方のそばにいるわ。そうね、たとえ離れていても気持ちは一緒よ」


 だからあまりジルのことで心配しないで、と私は呟く。


 どうしてかあの夜シオンはジルのことで心乱されていた。それでずっと私を離してくれなかった。何度もジルに近づくな、心を許すなと言い聞かされた。


 シオンの手を握り、私は顔を上げる。


 「だって私は卒業したらあなたと結婚するんだもの。不安なのはきっとそれまでの間よ。それに、もし何かあってもシオンなら絶対大丈夫。私だって協力するし」


 二人で乗り越えましょうと私は言った。


 「リリアナ、」


 いくぶん柔らかくなった表情でシオンは私の手を握り返してくれる。


 もうすぐ午後の授業が始まる。もう行こうと互いに手を繋いで校舎まで歩き出す。


 きっとこの先、色々あるけど。私達はずっと一緒だ。こうして日々を送っていく。


 そう、この物語は。ゲームの終わりから始まる。私達のお話はこれからもずっと続く――





                   fin,



◇◇◇




 「……所でシオン。その眼鏡どうしたの」


 さっきから視界にちらつくその眼鏡。気になって仕方ないので、敢えて聞いてみた。


 というのもその姿、格好良すぎだ。その眼鏡でさらに彼を理知的に魅せている。初めて見たけどめちゃくちゃ似合っている。


 ずれた眼鏡をシオンが指先でスッと上げる。危険な仕草に胸がドキドキした。


 「ああ。この間まで生徒だったし目立つといけないから変装してみたんだ」


 「…………そう、」


 目立ちたくない。シオンのような誰からも見られて当たり前の攻略対象がモブになりたいだなんて。ちょっとおこがましくないか。


 少しだけムッとする。


 むしろ眼鏡作戦は失敗だ。逆に物凄く輝きが増して目立っていた気がする。


 眼鏡に関心を示したのが嬉しかったのか、シオンがわざとらしく私の顔を覗き込む。かなりの至近距離だ。


 「何、これが気に入ったのか?」

 「う……」


 素直に「そうです」と私は頬を赤くする。


 彼が頬を緩めた。ちょっとご機嫌かもしれない。


 「ふうん。それなら今日は一日これで過ごすか」


 実は彼の中で眼鏡による変装の効果があるのかないのか、よくわからなかったらしく。午後から外そうかと思っていたらしい。


 「よし、リリアナが気に入ったのなら屋敷に帰ってもそのままでいよう」


 「えっ、」


 それからしばらくの間、彼は私の反応を面白がり。眼鏡をかけては私に接近してきて大変だった。 


 

 



 第一部は完結です。


 お読みくださりありがとうございました。


 第二部もゆっくりですが更新しています。


 読んでくださると嬉しいです。

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[一言] お疲れ様でした あれ?終わっちゃうんです? 残念‥‥
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