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第30話 カールトンと攻略対象ジリアン・タウンゼントの恋



 「さて、」


 カールトンがパーティー会場を見上げる。


 久しぶりに講師達と最近の学園の様子や指導内容について話し合っていたら、こんな時間になってしまった。


 音楽が遠くから聞こえる。すでにダンスパーティーは始まっているようだ。


 中央の広間では正装姿の生徒達が楽しそうに踊っている。それを見てカールトンは笑みを浮かべた。


 これは大人達の行う夜会とは違う。たしかに今夜は国から派遣された各部署の責任者も出席している。だがあくまで学園内のこと。特に評価されるわけではない。


 まぁこれを機に彼らを品定めしている人間もいるにはいるが。


 「うん。まぁとにかく楽しそうで何より。ええと、シオン君達は……」


 ぐるりと辺りを見回す。すると向こう側に二人の姿があった。シオンとリリアナが踊っている。傍目から見てもとても良い雰囲気だ。


 彼に直接祝いの言葉をかけようと思ってきたのだが、それはもう少し後にした方が良さそうだ。


 その間、学園長と話でもしようか。そう思い振り返ると目の前を青い髪の青年が通りすぎていった。


 おや、とカールトンは目をとめる。


 その端正な横顔にはどこか見覚えがある。それは自分のよく知る人物のものと似ていた。あれはたしか。


 ああ、マリアベル様の――


 気がつけばカールトンは彼――ジリアン・タウンゼント侯爵子息に声をかけていた。


 「今晩は。君がタウンゼント侯爵の甥、ジリアン君だね?」

 「えっ、誰。あ、貴方は。カールトン様!?」


 当然ジルも在校生として卒業式に参加している。よって目の前にいる男がこの学園の創始者である事は知っていた。


 ただまさか彼が自分に声をかけてくるなど思いもよらなかったのだろう。ジルの瞳が驚きに見開かれている。


 「カールトン様が声をかけてくださるなんて。私に何か?」

 「いや特別君に用があったわけではないのだけど。たまたま姿を見かけたから。……そうだね少し話そうか」


 ちょうど良い。ジリアンにはいくつか聞きたいことがあった。カールトンはにっこりと笑った。


 特待生として学園生活は順調に送れているか。もうじき三年生になるが将来についてどう考えているのか。


 その話にジルが痛い所を突かれたという表情をした。


 「カールトン様がご心配されている通りです。これまでずっと自分は天涯孤独の人間だと思い生きてきました。ですが唯一の肉親である叔父の存在で私の人生は変わりました」

 

 「タウンゼント侯爵は君に良くしてくれるかい?」


 「はい。とても」とジルは瞳を伏せた。


 そしてどうしたら彼が喜ぶでしょうと訊いてきた。


 ジルはおそらく学園を卒業したら侯爵家を引き継ぐ。同時にフェリシア王国内の広大な領地を預かることになる。そして家格の合う令嬢と結婚し後継を作らねばならない。


 聞けば侯爵子息としての教育や領地管理についてはもう学び始めているらしい。


 「何も難しく考えることはないと思うよ。侯爵の望みは君が幸せになることだ。そして後継を作ること。まぁまず婚約者を持たなければいけないな」


 「……婚約者、ですか」

 「君はどういう女性が好みなんだい?」


 曲が終わりまた次の曲が流れ始める。


 不意にジルが中央をみた。そこは皆が踊っている場所。彼の視線の先には仲睦まじく寄り添う男女の姿があった。


 それはシオンとリリアナ。


 「……好みの女性。そんなこと今まで考えたこともなかった」

 「そうだね。ジリアン君はつい最近まで庶民だった。学園の生徒は皆自分より階級が上。恋愛対象外とみるのは当然。だがもう君は貴族になった。……ふふ、それで欲が出てきたのだろう?」


 その意味ありげな言葉にジルはハッと振り向く。そこにはカールトンの瞳があった。彼は笑みを崩さない。


 「彼女は君の理想なんだね。けれどもう決まった相手がいる。すぐに諦めろとは言わないけれど、他を見た方がいいね」

 「それは、わかっています。もういくつか縁談も受けて。でも叔父上には申し訳ないが、まだ私は……」


 瞳を伏せジルが呟く。


 彼は知るよしもないが。タウンゼント侯爵から薦められる縁談はどれもこのカールトンが選んだものだ。


 ジルと同じくピアノや音楽に精通し家庭的な趣味をもつ。そして常に夫をたて控えめで淑やかな女性。


 大体そのような女性達を選び紹介したが、どれも彼はお気に召さなかったようだ。一度会うがその後は続かなく、やり取りは自然消滅する。


 そのことをタウンゼント侯爵が嘆いていたのでこれはカールトンが直接ジルに確認してみなくてはと思っていたのだ。


 そして理由が判明した。何となくそうではないかと思っていたが、彼はやはりリリアナに好意を抱いていたのだ。


 カールトンは息を吐く。


 「あと一年、いや長くて二年。それまでに君はその気持ちに区切りをつけなくてはならないね」

 「……区切り。捨て去らなければならないという意味ですか?」


 悲しげに揺れるジルの双眸。それをみてカールトンは眉をさげた。


 「捨てる必要はない。私は音楽には詳しくないが。君のその感情を、衝動を。音にぶつけてみるのはどうだろう。きっと人々を魅了する旋律が生まれる」


 音楽は君の全てを受け止めてくれる、とカールトンは言った。


 「音楽に?」

 「そう。君には才能がある。感情を音で表現する事のできる類い稀なる才能が」


 そこにはまるで憑き物が落ちたような顔をしたジルがいた。瞳に光が宿っている。


 ようやくこの行き場のない感情を昇華する方法がわかったのだ。


 そうしてカールトンは彼と様々な話をした。彼のピアノを好ましく思っている貴族や有力者などについても。


 ジルはなぜわかったのかと驚いている。


 「はい。カールトン様のおっしゃる通りです。私は様々な支持者から手紙を頂いております。ですが最近は侯爵家の人間として見られ、前ほど手紙が来ることはなくなりました」


 「そう。さすがに今はタウンゼント侯爵が君の後ろにいるからね。高貴な血筋に安易には近づけまい。だが王族から来たことはあるかい?」


 するとジルは突然顔色を変えた。カールトンはその様子をみて微笑んだ。


 「何もおかしな事ではないよ。君の才能はそれだけ高貴な者をも魅了するということだ」


 「そうなのでしょうか。……実はずっと前から、それこそ私が学園に入学する前から支持してくださっている方がおります。その方は――」


 ジルの声が一段と低くなる。その名を耳にしてもカールトンは全く動揺しなかった。代わりに瞳を細め頷く。


 そして口元に人差し指をあてた。


 「ジリアン君。その方は生きている限り、ずっと君を守ってくれるだろう。だがその名は誰にも言ってはいけない。秘密にしなさい。約束できるかい?」


 はい、とジルは答える。それは元々誰にも言うつもりはなかった。年に一度必ず届く手紙。その名が偽名だと知ったのはつい最近だ。


 次期侯爵として教育を受けた際、王族や高貴なる者は状況に応じて偽名を使うことを知った。


 「なぜ私はこのような高貴なる方に――」

 「ふふ、それは()が君の才能を買っているからだね。それにしても面白い方に見初められたものだ」


 何か困った事があったらいつでも相談にのると約束し、カールトンはジルと別れた。


 


◇◇◇



 軽快な音楽が広間を満たす。


 シオンとこうして踊るのは辺境領地での花祭り以来だ。いつもと違い踵の高い靴を履いているせいか、たまに足元がぐらつきそうになる。


 その度、彼が支えてくれる。


 「ありがとうシオン」

 「リリアナ、あまり無理するな」


 私の動きに合わせながらシオンが気遣うように耳元で囁いた。


 もう音楽は次の曲に変わっている。緩やかな調べ。動きもゆっくりだから呼吸も整えやすい。少しずつ余裕が生まれてくる。


 そうだ、と私は顔を上げる。


 「シオンたら。カールトンおじ様がエドワルド学園の創始者だって知っていたのね」

 「ああ、だって先生の名前。エドワルドというじゃないか。……え、リリアナ知らなかったのか?」


 思い切り意外そうな顔をされた。だって誰もおじ様のことファーストネームで呼んでなかったし、改まって自己紹介する場面もなかったし。わかるわけない。


 シオンが踊りながら肩を揺らし笑っている。そんな中でも華麗なステップを踏む彼はすごい。さすがだ。


 「もう。本当にびっくりしたんだから」

 「それは失敗したな。君のそんな顔、見てみたかった」


 シオンがしたり顔で私の腰を引き寄せる。ちょっと意地悪そうな表情。たまに見せる彼の嗜虐的思考が見え隠れしている。


 これはそうなることを分かっていてわざと私に言わなかったのだ。ちょっとひどい。


 むくれているとシオンが宥めるように私の頭上にキスを落とした。すれ違う女生徒の黄色い声が聞こえた気がした。慌ててうつむく。


 曲がまた終わる。次という所で紺髪の男性が私達のそばにやって来た。


 ディアクロード殿下だ。彼はシオンに顔を向ける。


 「シオン、彼女が君の婚約者なのは分かっている。だが一曲だけ頼めるだろうか?」


 シオンが私に頷く。その顔は殿下が私にダンスを申し込んでくることは想定内というふうだ。


 「はい。殿下、よろこんで」


 私は彼の手をとった。


 ディアクロード殿下は隣国の王子。公にしていないが私の従兄でもある。こうして踊ることなど、もしかしたら最初で最後かもしれない。


 そう思い私は少しの切なさを押し込め、努めて明るい笑顔を作った。それをみて殿下が苦笑する。


 「リィリィ、無理をするな。私は君がどんな顔でもこうしてダンスを一緒にできるだけで嬉しい」

 「……ディア様、」


 そうして殿下は「シオンの誤解が解けて良かったな」と瞳を和らげる。ずっと心配してくれていたのだ。


 そうだ。今朝きちんと言えなかった事があった。今伝えておかないと。


 「その、今朝のお話ですが。お母様はとても元気です。あと実は私に弟ができる予定で……」


 気恥ずかしくなって頬を赤くして言うと、ディア様が目を見開いた。


 「リィリィ、本当か。叔母上の懐妊。それは目出度い。あとで母上に知らせよう」


 殿下のお母様は隣国の巫女姫だ。私のお母様は元巫女姫。お父様の所に縁あり降嫁したが、今でも隣国との交流はある。


 「良かったなリィリィ」

 「ふふ、ありがとうございます。ディア様」


 こうして私達はおしゃべりしながら楽しく踊った。


 曲が終わりシオンを探す。けれど中々見当たらない。すると私の所に青い髪の男性が近づいてきた。ジル先輩だ。


 彼は恭しく手を差し出してきた。


 「リリアナ嬢。どうか俺と一曲踊ってくださいませんか?」

 「ジル先輩、」


 「踊って差し上げなさい。シオンならきっとそう言うだろう」


 「ディア様」


 戸惑う私にディア様が苦笑している。珍しく真摯な瞳のジルに私の胸がドキリと鳴った。


 いつもの彼と違う顔。いつの間にこんな表情をするようになったのだろう。やっぱり侯爵様になる教育を受けているからなのかな。


 「はい。ジル先輩、いえジリアン様。よろこんで」


 私は彼の手をとった。


 ジルと踊るのは初めてで緊張する。軽快な音楽が流れ、私達はステップを踏む。これまで連続で四曲踊っている。さすがに足がきつくなってきた。


 すると私の気持ちを察したのか「ごめんね」と彼が申し訳なさそうな顔をした。


 「このあと君がリュミエール先輩と帰ってしまう気がしたから。どうしても踊りたくて誘ってしまったんだ」

 「いいんですよジル先輩。そんな顔しないでください。ダンスは楽しく踊らないと。……ほら、笑って」


 私は上気した顔で笑いかける。その瞬間ジルが息を呑んで固まった。本当に今日の彼はどうしてしまったのか。


 それでも段々ジルを取り巻く空気が柔らかくなっていく。


 彼はピアノの特待生だ。音楽についてとても詳しい。踊りながら私達は今日の奏者はああだこうだと意見を交わした。


 「リリアナ嬢、ごめん。せっかくこうして踊っているのに。気がついたらやっぱり音楽の事しか話せていない」

 「えっ、どうしたんですか急に。いつものことじゃないですか。それに私は先輩とピアノの事とか沢山話せてとても楽しいですよ」


 大体ジルから音楽を取ったら何が残るのか。それを言うと彼が笑った。


 「そうだな。そうかも。俺らしくないな」

 「ふふっ、今のは冗談です。もしジル先輩に音楽の才能がなかったとしても。先輩は十分魅力的な方だと思いますよ」


 なにせ彼はゲームの続編『貴方の吐息で恋をする2』の攻略対象だ。特に何かに秀でてなくても周りが放っておかない。


 そしてふと思った。


 ああそうか。この人はきっと新たなヒロインと恋をするんだわ。そう思って顔をあげるとジルが何かを言いたそうに、こちらを見ていた。


 「先輩?」

 「リリアナ嬢、俺は――」


 僅かに生まれた不思議な空気。それを破ったのは私のよく知る人の声。


 「そろそろいいだろう。彼女を解放してくれ。……リリアナ、足の痛みは?」


 いつの間にか次の曲が始まりかけていた。シオンが私の後ろにいる。


 「うん。……大丈、いたっ」

 「ほら、無理しすぎだ。少し休もう」


 振り向こうとしたら足に痛みが走った。よろめいた私をシオンが支えてくれる。ジルが驚き眉を寄せた。


 「ごめん。俺、気がつかなくて」

 「いいんです。これは私のせいというか、歩き方が悪いだけなので。それより先輩と踊ることが出来て楽しかったです。……それでは失礼しますね」


 私はジル先輩に会釈し、シオンに支えられながら広間の端で休むことにした。


 


 

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