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第28話 シオンの気持ちと一世一代の告白と



 教室でシオンとヒロインは抱き合っていた。私からは背を向けている。そのため彼の表情は見えない。


 私は扉の向こうにいる。その隙間から真っ白になった頭でぼんやりと二人の様子を見ていた。


 どこかで見たような光景。既視感。


 ああこれはゲームでヒロインが攻略対象シオンに告白する場面ではなかったか。


 道理でこんな状況を目にしているのに妙に冷静なわけだ。昔はこのイベントが楽しみで仕方なかった。そのフラグが立つたびに心が踊った。


 でも今は。


 すごく胸が痛い。


 私はモブ令嬢だ。本当はここから彼らの織り成す恋物語を傍観するべきなのだろう。それが本来の私のあるべき姿。


 でも――


 いつの間にか涙が溢れる。声が震えた。


 「やだ。こんなの。見てるなんて出来ないよ……」


 私は抵抗する意識のまま、扉を無造作に開けた。


 そのまま教室に入る。けれど二人は全く動く気配がなかった。私がいるとわかっているはずなのに何も反応しない。


 ヒロインの方は気づいたのか彼の腕からチラリと顔を出した。けれどシオンはこちらを振り向きもしない。


 私はお腹の奥から声を出した。


 「あの、お二人とも何があったのかわかりませんが。は、離れて……ください」

 「…………」


 私の声。聞こえてるはずなのにやっぱりシオンは何も答えない。それがどういう意味なのか。


 何があったのかなんて。そんなのわかりきっている。それなのにこんなふうに空気を読まずに割り込んで。邪魔して。ただのモブなのに私は――


 もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 それでも自分でもなぜかこの感情は抑えられなかった。


 「彼から。シオンから離れて、ください。お願いだから、触らないで。彼は私の……婚、約者だから、」


 最後の方は自信がないせいか、声が小さくなってしまった。もしかしたら彼はもうヒロインに恋してるかも知れないと思ったから。


 「……リュ、リュミエール様?」

 「…………」


 突然ヒロインが驚いたように顔を上げシオンを見ている。彼女の瞳には泣き腫らした跡があった。


 私はゆっくりと近づく。そして右手を彼女に差し出した。


 「その、何があったのかはわかりませんが。私がシオンの代わりに貴女を慰めます。胸を貸しますから。だから――」


 もう一度、離れてと言おうとしたら。シオンがものすごい勢いでヒロインから離れこちらを向いた。


 「シオン、」

 「バカ、リリアナ。ダメに決まってるだろう。慰めるとか。胸なんて……俺だってまだ貸してもらった事ないのに」


 すごい剣幕で怒ってきた。どうしていきなりこんな反応してくるのか。さっぱりわからない。


 「だって……」

 「だっても何もない。それにこういう時ははっきり言っていいんだ。俺達は婚約してる。俺は君のものだって、」


 自信持って口にすればいい、と切なげな表情になったシオンが近づき私の涙を唇でぬぐう。


 その瞬間小さな息づかいが聞こえた。ヒロインだ。私の視界に入った彼女は真っ赤になった顔を両手で覆っている。


 見られた。


 ハッと我に返った私はシオンの胸を押しやりそこから離れた。


 「ひ、人が見てる。恥ずかしいから……やめて、ください」

 「…………」


 他人行儀な言い方が気に入らなかったのか、シオンがムッとしている。私は居心地悪そうに瞳を逸らした。


 「お二人共、本当に仲がよろしいのですね」


 澄んだ可愛らしい声。ヒロインがふふと笑みを浮かべている。


 「あの、」

 

 「リュミエール様ったら始めはこの世の終わりのようなお顔をなさっていて。貴女様が現れた途端、表情がどんどん変わって。辛そうな顔、幸せそうな顔。それはもう沢山」


 けれど私には殿下にそのような顔をさせることは出来なかった、と彼女は瞳を伏せる。


 「思えばいつもあの方は同じ顔でした。……どんな時も」


 そう。彼はいつも明るくて笑って。それが普通だと思っていた。そんなことあるわけないのに。


 私の顔を見てヒロインは悲しそうに微笑んだ。


 「リュミエール様とは何もありません。誤解させてしまってごめんなさい」


 失礼致しますと言い、彼女は扉を開け教室を出ていこうとした。私は慌てて引き留める。


 「ま、待ってください!」

 「え?」


 突然呼び止めた私を彼女は不思議そうに見た。


 今日は卒業式。私達はこれで本当にお別れかもしれない。そうなれば永遠に彼女と話す機会は失われてしまう。


 だから今、伝えないと。


 私は必死な顔で彼女を見る。


 「その、私は。ずっと貴女に憧れていました」

 「……私に?」


 はいと私は頷く。ああやっぱり彼女の声は心地好い。そんなふうに思いながら。


 「可愛らしくて明るくて誰からも愛されて。私はそんな貴女が好きで。ずっと羨ましいとも思っていました。……だからこれは勝手な私の臆測ですが。貴女は絶対いつか素敵なハッピーエンドを迎えられると思います」


 学園で私はいつも彼女の痕跡を辿っていた。


 まるで自分がヒロインになったかのように。


 「私、貴女に感謝しているんです。すごく幸せな夢をたくさん見られたから」


 これは夢。そう夢のようなゲームだったはずだ。それなのに現実で。そしてモブなのにシオンと結ばれる事になってしまった。


 随分奇妙な事を言う娘だと思っているだろう。桃色髪の彼女は瞳を瞬かせ、そして微笑んだ。


 「面白い方ですね。貴女は。……あらそういえばお名前を、」

 「あっ、申し訳ありません。私はリリアナ・メロゥと申します」


 「ふふっ、私は――」


 そうして私達はお互いに自己紹介をした。でもきっとこれが最初で最後だという事は知っている。


 「ありがとうございますリリアナさん。慰めてくれて」

 「いえ、慰めではありません。本当です。きっと幸せになれると思います」


 断言する私にもう一度「ありがとう」と誰もがうっとりするような笑みをヒロインが浮かべる。好感度MAX状態のシオンに匹敵する輝き。その瞬間私の頬が赤く染まる。


 そうして彼女は教室から去っていった。それを見送り私はほぅと息を吐く。


 どうしよう。本当に可愛かった。初めてちゃんと話せて嬉しい。


 「……文通。お願いすれば良かった」


 失敗した。そうすれば今後ヒロインがどんな相手と結ばれるか、わかるかも知れなかったのに。


 「リリアナ、」

 「ひゃ、シオン。どうしたの」


 突然のし掛かる感覚に私は身をすくめた。


 びっくりした。シオンが急に背後から抱きついてきたのだ。


 どうしたのじゃないと彼が恨みがましい目つきで私の顔を覗き込む。そして「俺と彼女とどっちが好き」と聞いてきた。


 私はポカンと口を開けた。


 「何いってるのシオン」

 「答えて、」


 そんなの比較できるわけがない。なぜか真剣な顔のシオンにそう答える。けれど彼は眉をひそめ首を振った。


 「いいかリリアナ。そっちはダメだ。これ以上監視対象を増やすわけにはいかない。……全くどうして君はそう浮気ばかりする」


 「う、浮気?」


 『監視対象』という謎の言葉も気になったが、シオンの言ってる意味がわからない。私がヒロインと?そんなことあるわけない。


 「もうシオンたら。私はちゃんとあなたの事が好きよ。その、男の人として」

 「本当?」


 何度も確認されそのたび納得するまで好きだと言ってあげた。


 そうして少し落ち着いた所でシオンがリィリィと遠慮がちに私の名を口にする。


 「ところで殿下との話は済んだのか?」


 ディア様しか知らない名前を知ってるなんて。いつから彼はあの場所にいたのだろう。そんなことを考えながら私は頷いた。


 ディアクロード殿下と私の関係を彼に伝えると「知っている」と返事が返ってきた。


 「いつから知ってたの。シオン?」

 「ああ。少し前に君の母上から聞かされていてね」


 それは休暇で帰省した時だったらしい。お母様はそんなこと私には一つも教えてくれなかった。隠してたなんて。何だかのけ者にされたようでショックだ。


 私が面白くない顔を浮かべていると彼が理由を話してくれた。


 ディアクロード殿下との関係を知れば私はおそらく彼を意識するであろうこと。相手から接触してくる以外はこちらから関わるのは極力避けるようにとお母様から言われていたそう。


 「リリアナの血筋について周りはほとんど知らないからな。どこで知られるとも限らないし、なるべくその縁者とは離れた方がいい」


 お母様とそんなやり取りがあったなんて。私は申し訳なさでいっぱいになった。


 「ごめんなさいシオン。忙しいのに。色々気づかっていてくれたのね」


 「いいんだ。俺もこれ以上、虫を増やしたくなかったから」とシオンがボソリと呟く。


 けれどあまりにも小さな声だったので私の耳にそれは届かなかった。


 さっきは中庭でディアクロード殿下の方から私に話しかけてきたのでシオンはその場から立ち去ったらしい。


 でも一番知りたかったのはそこからだ。どうして彼はヒロインと一緒にいたのかということ。


 「ああそれは彼女が泣きながら俺のいた教室に入ってきたんだ。……何でもジークハルト殿下への告白がうまくいかなかったらしくて」

 「……そう、」


 ヒロインが泣いていた理由はなんとなくわかっていた。告白がうまくいかなかったのだ。でも昨日まであんなに殿下と親しげだったのに。どうして。


 けれど彼女はこのことを乗り越え強くなり、きっともっと素敵な方と結ばれる。私はそう思った。


 そして私は眉を寄せシオンを見る。


 「それについてはわかったけど。どうして彼女と抱き合ってたの」

 「それは……」


 シオンが瞳を逸らし言いにくそうに口に手をやり話し出した。


 抱き合っていたのは私を試すためだったらしい。彼女に頼んで抱き合ったふりをしていたそう。


 「どうしてそんなことしたの」

 「悪かったと思ってる。こんな子供じみた事して。だがリリアナは人前で俺といるのをすごく恥ずかしがって隠そうとするだろう。……だから、」


 本当に俺のことを必要としているのか確かめたかった、と彼は吐き出すように言った。


 私は顔を上げ、そして揺れる空色の瞳を見てそっと訊ねる。


 「確かめられた?」

 「ああ、」


 泣かせてごめんとシオンが耳元で囁く。


 あの時、私はとにかくあの状況を回避することに頭が一杯で何を言ったのかほとんど覚えていない。


 でも一つだけ覚えていることがある。


 私はシオンとの関係を周りにもっと堂々と伝えていいということ。これは彼が教えてくれたことだ。


 はっきり言う、か。今度からなるべくそうしてみようと思った。


 そしてふと私はあることを思いだし、彼に向き直る。急にこちらを向いたのでシオンはちょっとびっくりした様子だ。


 「あのねシオン、」

 「ん?」


 「ちょっと気になることがあって。その、」


 おずおずと問いかける。


 この世の終わりのような顔。どんなのだったか教えてほしいと言った。私がまだ見たことのない彼の表情。ヒロインだけが知る姿。


 気になって仕方ない。


 多分これは私、今ものすごく嫉妬している。


 けれど彼はそんな私をみて嬉しそうにし「もうその顔はできそうにない」と苦笑した。




◇◇◇



 いよいよ卒業式が始まった。


 私達在校生は卒業生の後ろで椅子に座っている。


 首席のシオンが卒業生代表として登壇し答辞を述べている。さっきまでの彼とは別人のように凛とした姿。いつもの三割増しに格好良い。


 そして遠くからでもキラキラオーラが半端ない。後ろの席で良かったと私はホッと胸を撫で下ろす。


 壇上には三年生を担当した講師陣が並んで座っている。学園長の姿もあった。


 ふと私は今朝会ったカールトンおじ様のことを思い出す。たしかあの時、自分も出席すると話していたはず。


 それなのに姿が見えない。一体どこにいるんだろう。


 すると司会が次へ進行する。次は学園の創始者からの言葉だ。司会が舞台袖をみるとそれを合図にそこからゆっくりと壇上に歩いてくる人が見えた。


 どこかで見たような長衣を着た男性。


 え。


 私は目を真ん丸に見開いた。


 そこにいたのは私のよく知る人物。カールトンおじ様その人だった。

 


 

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