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第27話 追いかけた先のシオンと王太子ジークハルト殿下とヒロインの恋の顛末



 ディアクロード殿下と分かれ、私はシオンが消えた方に向かい駆け出す。けれどどこを見回しても彼の姿はなかった。


 中庭は意外と広い。もう少し進んでみよう。


 そう思った時、ヌッと誰かが木の影から現れた。よく見るとそれは私の知る人物だった。


 「……えっ、おじ様?」

 「おや、おはようリリアナちゃん。今日は随分と早くに来たんだね」


 なぜか爽やかに笑うカールトンおじ様の姿がそこにある。ヒラヒラとした上質な生地の長衣を着ていてまるで偉い人の身なりといった風情だ。


 「おじ様、どうしてここに。辺境の領地にいるはずでしょう?」

 「ん? ああ。今日は卒業式だからね。シオン君のお祝い、というか姿を見たくて」


 おじ様はふふと頬を弛めた。


 たしかにシオンは首席なので卒業式で答辞を読むことになっている。それを見たいのかもしれない。


 それにしてもと私はおじ様をまじまじと見る。


 「すごく立派なお召し物ですね」


 すると彼はそうかなぁと首をかしげて着ている長衣を見下ろした。


 「昔、役人の時に使ってた物だから古いんだよ。いい加減これはやめて最近の流行で仕立てないといけないね」


 流行の役人の制服なんてあるのだろうか。心の中で不思議に思うも私はあっと弾かれたように声をあげた。


 「ごめんなさいおじ様。私、今急いでいるんです。シオン君を追いかけないと!」


 「シオン君? あっ、そっちは違うよ」


 おじ様のいる所を通りすぎ向こうへ行こうとしたら引き留められた。


 「さっきまで私、そこにいたけど彼の姿はなかったよ。多分あっちじゃないかな」


 そうおじ様は呟くと中庭から校舎に続く入口を指差した。私はそちらに顔を向ける。


 「ありがとうおじ様。失礼します」

 「うん。また。卒業式でね」


 ひらひらと手を振る彼に私は頭を下げ校舎に向かった。


 廊下を進んでいく。まだ始業ではないからか生徒の姿はない。通りすがりに近くの教室を覗こうと扉に手をかける。すると扉の向こうから、かすかな物音が聞こえた。


 「……シオン?」


 扉を叩こうと思ったけれどその隙間から中の様子が目に入る。その瞬間私の呼吸が止まった。


 そこにはシオンがいた。けれどその腕の中には桃色髪の女生徒。ヒロインと彼は抱き合っていた。




◇◇◇



 その少し前。


 「まずいな、早く来すぎてしまったかな」


 カールトンが弱り果てた顔で周囲をぐるりと見渡す。今日はこれから卒業式に出席する事になっているので少し早めに来て、学園内をあちこち見ていこうと思っていたのだ。


 久しぶりに講師達とも話がしたかったのだが、あまりにも早く到着してしまったせいかまだ誰もいない。仕方がないので中庭のベンチで休むことにした。


 あそこは珍しい種の小鳥が来るんだよなぁ。


 そう思いつつ何の気なしに中庭にやって来るとその奥から人の話し声がした。おや、と思いそちらをうかがい見ると金髪の男子生徒がいた。


 カールトンは目を見開く。


 「あれは。殿下か、」


 この国の王太子ジークハルト殿下だ。彼も今日卒業する。その後は第一王位継承者として現王の元で政務を学ぶ事になっている。


 それはいい。だがカールトンの瞳はもう一人の人物に注がれていた。


 あの娘は――


 桃色髪の女生徒が殿下と何か話し込んでいる。爵位は男爵か子爵か。あまり記憶にないが身分が低いことと三年生であることはわかる。


 殿下は彼女を好いているのだろうか。


 だがこの娘は『やる気のある――』


 瞳を細めカールトンは昨年した組分け作業を思い出す。そうして記憶を辿っていると二人の話し声がまた一つ大きくなった。


 「どうして。どうしてですか殿下。ずっと楽しそうにしていらしたのに。私に好意をもって頂けたのではなかったのですか?」


 「すまない。君のことはたしかに好ましく思っている。だが――」


 結婚するとなると話は別なんだ、とジークハルトは吐き出すように言った。女生徒の瞳が悲しそうに揺れている。


 「私、頑張ります。殿下の隣に、お役に立てるよう努力します。だからっ、」

 「そうではない。これは努力次第でどうにかなるような問題ではないのだ。人間には向き不向きというものがある。……君には私の隣ではなくもっと別の場所で輝いてほしい」


 「……っ、」


 元々愛らしい顔をしている彼女。だがその顔は涙で濡れていた。今後の交際について、もしくは今夜のダンスパーティーの相手を断ったのか。


 どちらもだなとカールトンは思った。


 「本当にすまない」

 

 「わ、わかり、ました。私……失礼、します」


 これ以上何を言っても無理だと思ったのだろう。女生徒は泣き濡れた声で振り絞るようにそう言うと中庭を抜け向こうへ行ってしまった。


 そして辺りは急に静かになった。


 カールトンがふと身じろぐと葉が擦れた音がした。それを合図に殿下が顔を上げる。驚いたようにこちらを見ていた。


 「誰だ……え? 貴方はカールトン卿ではないか。どうしてここに」


 「お久しぶりでございますジークハルト殿下。今日は私も卒業式に出席する予定なのですがつい早く来てしまいましてね」


 落ち着いた声音でわけを話すとカールトンは殿下の前に跪いた。ジークハルトは首を振る。


 「よい。卿、ここは王宮ではない。顔を上げよ。それに私は王族だが今日まではまだ学生。子供のようなものだ」

 「殿下、」


 ジークハルトの意思をくみカールトンは立ち上がった。それにしても懐かしいなと殿下は嬉しそうに瞳を和らげた。


 「もうここ数年、卿は王宮に来ていない。たまには顔を見せてくれ」

 「ふふ、申し訳ございません。けれど私が姿を見せれば皆が動揺します。必要以上に彼らに刺激を与えたくないのです」


 前宰相がやって来たとなれば王宮で働く者達に過度に気を遣わせてしまう。ただでさえ多忙なのに余計な仕事を増やしたくないのだ。


 そんなふうに二人で話している中、カールトンがやわらかく切り出した。


 「殿下、先程の女性ですが。良いのですか?」

 「……なんだ。やはり私達の話を聞いていたか。ふっ、おそらくそうだと思った」


 ジークハルトは「よい」と小さく呟いた。


 彼には現在婚約者はいない。爵位が不都合ならこちらで何とでもなる。それに妃は一人という決まりはない。側妃として召し上げても良いのだ。


 可能性はいくらでもあることをカールトンが述べる。けれど殿下はわずかに笑みを浮かべるのみだった。


 ああ、とカールトンは気づいた。


 「殿下は選べない。安心できる状態でなければ人を好きになれない、という所でしょうか」

 「カールトン、」


 虚を突かれたように穏やかなジークハルトの表情が固まった。その瞳は少し揺れている。

 

 「今後のことを懸念したのですね。殿下は王族。そして目指すものがある。例え善人であっても能力の不足する者に心を預けることは難しい。パートナーとなるべき人間は貴方様を内外共に支えられる方でなければ」


 能力不足。今さら自分に釣り合うように教育するのも時間がかかる。それに彼女は奔放だ。王家のような閉塞された世界より自由に輝ける場所があるはず。


 まぁそれは単に交際を断る口実に過ぎない。結局そこまで相手にのめり込むことが出来なかっただけだ。


 本当に好きになればそんなことどうでもよくなる。


 「ですが殿下。後継は必要です。いずれは婚姻し子を作らねばなりません」

 「わかっている、」


 浅く広く交流しその人当たりの良さは相手に好まれるが、深く愛せない。随分難儀な方だなとカールトンは心の中で苦笑した。


 それなら、と彼は面白いことを提案した。


 「私が殿下のお相手を探して差し上げましょうか?」

 「……何。卿が私の妃を?」


 ええ、とカールトンが微笑む。


 「卒業後、何人かのご婦人との出会いを用意しましょう。誰かは教えません。それは殿下の公務の最中か外遊、もしくは夜会でかもしれません。ですが殿下はその方々を好きになると思います。それこそ心を預けられる位には」


 ジークハルトは不思議そうに首を傾げた。


 「名を教えぬ。それは私が自分で出会い、妃を選べと言うことか?」

 「そうです。きっと殿下はわかります。どれも魅力的な方ばかりですから」


 そうしてカールトンは近いうちに彼に妃候補を探し出会わせると約束した。


 ふと殿下が真剣な顔つきになり向き直る。


 「卿、私はお祖父様のように立派な王になれるだろうか」

 「先王のように、ですか?」


 思わず聞き返す。これは王族に対し無礼であるのだがジークハルトが全く気にとめる様子はなかった。


 「私は先王のように勇敢に強く、皆を導く王になりたい」


 強い王に。当時の内乱による混乱を収め、この国の平和を築いた先王。今もなお崇敬を抱く者が多い。


 どうやら殿下もその中の一人のようだ。


 カールトンはまたかと少し困った顔をした。もし今ここに先王がいたなら彼を笑うに違いない。


 「殿下は先王を尊敬されているのですね」

 「そうだ。私もそのような王になりたい」


 ですが、とカールトンは先王がまだ王子だった頃の話を語った。


 過去この国はたった一つの玉座をめぐり王族内で争い事が絶え間なく続いていた。身内同士で騙し合う。親兄弟、子であろうと邪魔な者は疑いをかけられ処刑される。


 先王は当時、王の十八番目の末子であった。側妃である母親も身分が低く力はない。彼は早々に権力、王位争いから外れ放逐。いつも離宮で過ごしていた。


 存在感のない忘れられた王子。彼はとても弱く臆病。いつか自分も殺されるだろう。いつも彼は何かに怯えていた。


 カールトンは昔を懐かしむように言った。


 「時が経てば故人の行動や功績は真実から逸らされ美化されるもの。あの方がいい例です。先王は殿下と同じ年の頃、非常に未熟な思考をお持ちでした」


 それは明るく賢いジークハルト殿下とは対称的な姿。


 「あの方が王になったのは『死にたくない』たったそれだけの理由です」

 「……死にたく、ない?」


 そうです、とカールトンは頷いた。


 思いもよらない答えに拍子抜けするジークハルトを彼は心の中で笑った。死をも恐れず困難に立ち向かう強い王に憧れる王子にとって、それは受け入れがたいものだ。


 「そういう意味では現王の方がより為政者らしいと思いますよ」

 「父上が?」


 突然出てきた人物の名に彼は眉を寄せる。


 「はい。失礼を承知で言わせて頂きますが。殿下は陛下の事を少々軽んじていらっしゃるかと思います。あの方の功績は大変素晴らしいものです。先王に憧れるお気持ちはわかりますが、もっとよくこの時代を俯瞰して眺めなければいけません」


 そうしてカールトンは先王のいた時代における彼の功績。現王がこれまで行った業績をジークハルトの視点で考察するよう伝えた。


 「私にそれを行えと?」

 「そうです」


 二人の王の個々の性格を鑑み、彼らの生きた時代背景と役割。当時の国の問題を考える。


 「その上で殿下が王に即位したと仮定し、この国にこれから必要とされる事とその解決方法を考えてみてください」


 そしてわかったら私に教えてくださいとカールトンはにっこり笑った。


 この国は今、平和だ。かの王のような強い力でねじ伏せる政策ではなく、それぞれの時代に即したやり方が求められる。


 「誰かになるのではなく、殿下は殿下なりの王を目指せば良いと思いますよ」


 そう賢人カールトンはまるで講師のように語った。

 


 

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