第25話 フィオナの特待生合格とカールトンの学級編制と教え子達
翌朝。
両親を馬車まで送る。
本当は王都内を観光がてら案内してあげたかったけれど。お母様の体に無理はさせられないので今回は取りやめることになった。
帰り際、私はお母様とお父様に代わる代わる抱き締められる。
「リリアナ、体に気をつけるのよ」
「はい。お母様。お父様もお気をつけて」
二人は早めに出発しゆっくり帰るそう。
馬車が動き出す。彼らの姿が見えなくなるまで門の所にいたらシオンが屋敷へ戻ろうと私の肩に手をおいた。
「リリアナ、そろそろ入ろう。今日は風が冷たい。この格好では風邪をひく」
「うん、」
こうして無事に私達家族の顔合わせは終わった。
◇◇◇
数週間後。
ここは学園。本日の講義も滞りなく終わった。
私は教本を胸に抱き渡り廊下を歩く。今週はシオンがいない。補佐官の試験期間なのだ。
試験は一週間かけて行われる。その間、学園はお休みだ。まぁ何だかんだとあっという間に今日が最終日なのだけど。
大丈夫かなぁ。シオン。
さすがに学力不足で落ちるという事はないだろう。なにせ彼は頭脳明晰。成績優秀。そしてメインキャラであり攻略対象。ゆくゆくは未来の宰相様になる人だ。
とはいえやっぱり心配だ。何事もなく無事試験が終わりますように。
祈るように空を見上げる。シオンの瞳の色と同じ。開いた窓からそのまま空をぼうっと眺めていたら、下の中庭から話し声がした。
見ると輝く金髪の男子生徒。ジークハルト殿下だ。そしてその隣には桃色髪の女の子がいた。
攻略対象とヒロイン。お似合いのカップル。笑い声も聞こえる。二人はとても楽しそうで良い雰囲気にみえる。微笑ましい光景だ。
私は食い入るようにその様子を眺めていた。
やっぱりヒロインの子は殿下が好きなのね。
ふとゲーム上のジークハルト殿下について思い出す。彼は普段飄々として表面上誰にでも気さくで話しやすく、付き合いやすい方だと思われがちだ。
けれど実際は違う。
殿下はとても警戒心が強く賢い。そして内に秘めた情熱をもっている。この国の第一王位継承者として恥ずかしくないよう常に行動に気をつけている方なのだ。
当たり障りなく人との距離を適度に保ちながら相手の真意を探るのが得意。さらに相手に深入りはしない。ただし攻略対象の四人だけは認め、心を許している。
情熱、か。
殿下はきっと『やる気のある有能』タイプだと思うのよね。
だからちょっと桃色髪の子は――
私はその先に続く言葉を押し止める。そうして二人をみて苦笑した。
「……まぁ、人を好きになるのは理屈じゃないから」
そう小さく呟きその場所をあとにした。
学園長室の前を通る。するとちょうど扉が開き、中からフィオナとパルモンド伯爵が出てきた。
「フィオナさん、」
「まぁ。リリアナ様。お久しぶりでございます」
フィオナがにこやかに挨拶しパルモンド伯爵もまた頭を下げてきた。二人とも明るい表情をしている。
「来年度からジル様と同じ待遇で特待生としてこちらに入学することが決まったんです。これもリリアナ様のお陰です。ありがとうございます」
「私からも礼を言う。鉱山の件といい貴女には大変世話になった。本当に感謝している」
二人にあらためて礼を言われ、私は慌ててあれはシオンやジュドーの力があってこそなのだと伝えた。
そしてこの度のフィオナとジュドー様の婚約成立について祝福の言葉を贈る。
フィオナが頬を染め微笑んだ。
「ありがとうございますリリアナ様。来年私もこちらの寮に入る予定です。その際はどうかよろしくお願い致します」
「はい。私もフィオナさんが来られるのを楽しみにしていますね」
様子見がてら近々彼女の屋敷へもうかがうことを伝える。けれど今の屋敷は引き払い、二人はその土地から移動するらしい。
「リリアナ様のお陰であそこの土地から涌き出る水は私の体に合わないことがわかりました。お父様が少しでも水質の良い所へ移ろうとおっしゃってくださって」
フィオナがパルモンド伯爵をみる。彼が続けた。
「学園に通うようになっても休暇の際に娘が安心して帰って来れるよう出来る限りのことはしてやりたいんです。今、ジュドー殿が適した土地を探してくれていてね」
ジュドーの屋敷の近くにパルモンド伯爵は小さな屋敷を造る予定だそう。
たしかにそれならお互いの家を行き来するのも容易だし、元使用人の老婆も通いやすい。
「新しい屋敷に移ったらリリアナ様。是非いらしてくださいね」
「ふふっ、楽しみにしています」
そう約束しフィオナ達は去っていった。
◇◇◇
一方、場所は変わりここは辺境の地。
リリアナ達の先生こと、カールトンは来客があり現在書斎にある机の椅子に腰掛けている。
机を隔てて目の前に立っているのは王都にあるエドワルド学園の運営事務局の職員である。
彼は持ってきた分厚い封筒をいつものようにカールトンに渡す。
「どうぞ先生。これは今回の試験結果の一覧と適正検査の結果と各講義、行事の出欠表と評価です」
「ああ、いつもすまないね。ここまで来るのは大変だったろう」
カールトンが封筒の中身を取り出し読み進めながら彼を労った。妻ミーアが職員をソファーに座るよう促しテーブルにお茶をおく。
「ミーア様、すみません」
「いえ、気にしないでくださいな。お忙しいのに、いつもこの人の無理を聞いてくださって。こちらこそごめんなさいね」
「いいえいいえ。私も先生にお会いしたかったので。口実が出来てありがたいというか……」
カールトンを慕う者は数多くいるが、彼もまたその一人である。このためにエドワルド学園に異動したようなものだ。
ミーアと職員が話している間にカールトンは書類の中身を次から次へと分類し紙に書き込んでいく。
分類するのは学園に在籍する全生徒。この用紙には生徒の名前がびっしりと書き込まれている。
瞬く間に三学年全ての仕分けが終わった。出来上がった書類を職員に渡す。
「はいこれ。新しくなる学級ごとに振り分けておいたよ」
「!? 先程お渡ししたばかりなのに。流石、先生。相変わらず早いですね」
驚いて口を開く職員に、ふふとカールトンが笑みを浮かべた。
「いや、大分遅くなったよ。やっぱり私もトシだからねぇ」
それでも昔からこの学級編制だけは自分がやりたいと学園運営事務局に申し出ている。
これは言い方は悪いがある意味実験のようなもの。
カールトンは昔から人間を有能、無能に振り分ける癖がある。だがこれは決して悪い意味ではない。そういう能力の有る無しは人間なら当たり前にあると思っている。
それに加え、やる気の有る無しもそう。これは学業のみならず行事参加率も含まれる。
それら生徒の評価を学級編制時に種別にまとめ、バランス良く配置していく。
『やる気の有る有能』『やる気の無い有能』そして『やる気の有る無能』『やる気の無い無能』と。
これは生徒の能力向上と経験、成熟する精神と連動し変わることもある。
「さて、と。一応振り分けたけどこの子達には気をつけてね」
カールトンは瞳を細め、もう一枚の用紙を職員に渡す。
それは『やる気の有る無能』という枠組みに入った生徒達の名が記されている。例えば爵位だけ高い者。能力が無いにもかかわらず周囲を見下し統率しようとする者などがそれだ。
職員がその一覧を見て顔を歪めた。
「うわぁ。この生徒、たしかに講師にも上から目線で指導もまともに聞かなくて困ってると職員会議でも苦情が上がってます」
「……まぁ、子供だから。でもちゃんと目だけは付けておいてね。他の生徒達の学業の邪魔だけはさせないように」
もし君達で制御出来ないようなら私に報告してね、とカールトンはにっこり笑った。
その言葉に職員はハッと神妙な顔つきになった。さらに背筋を伸ばし立ち上がる。
「わかりました。あの学園はこの国の礎となる人間を育てる場。こうして平和な世へと導いてくださった先生のためにも、私達は全身全霊をかけ職務を全うします」
「あ、いやそこまで深刻にならなくて大丈夫だから。無理しない程度に頑張ってね」
カールトンの言葉は今でもかなり影響力がある。慌てて彼に気持ちを楽にしてとフォローを入れておいた。
職員を座らせ落ち着かせた所で彼がふと思い出したように口を開く。
「そういえば今週、補佐官の試験なんですよ。懐かしい。私も若い頃を思い出しますね。今回はリュミエール宰相のご子息も受験するようです」
「ああ。そうだね」
まぁ当然といえば当然ですね、と職員は言う。
リュミエール家は代々文官の家系。父親は宰相。その息子である彼も当たり前のようにそれを目指す。
「ですが先生がお弟子をとったというのも驚きました。まさかシオン君をとは」
ふふと職員が笑った。
これまでカールトンは彼に師事しようとする輩を悉く断っていた。役人に対し仕事を教える事はあれど子供のうちから教育する事などなかった。
だがある時、どうやら教え子が出来たらしいという噂を聞いた。役人達が彼に教えを乞いに屋敷を出入りしていたら子供がいたらしい。
――それも女の子。
その娘はピアノが非常に巧みで大人のように落ち着いた雰囲気の子供だったという。
「先生の一番弟子はその子ですね」
「まぁ、そうだね。でも女の子だから」
カールトンが小さく笑った。
その娘の何が彼の気持ちを突き動かしたのかはわからない。ただ一つ言えるのは当時カールトン卿は先王崩御後、彼の御子を次代の王に据えその地位を後進に譲り王宮からいなくなった。
彼は去り際「もう約束は果たしたから」と言っていたらしい。
「女の子のお弟子さんと聞いた時のリュミエール宰相のあの驚いた顔が今でも忘れられません。あの後シオン君が事件に巻き込まれて先生が預かることになったじゃないですか。あれだって――」
カールトンが瞳を細め薄く笑った。
「知ってるよ。偶然じゃない。事件はただのきっかけに過ぎない。彼はそれを利用しただけだ」
シオンの父親もまたカールトンを尊敬し我が子を弟子にと何度も打診していた。そしてようやくその機会が訪れた。すでに弟子がいるなら息子にも可能性があると思ったのだろう。
これはカールトンにはお見通しだった。最初から全てわかっていたこと。承知の上で彼の息子を招き入れた。
だがどうして皆私に教えを乞いたがるのか理解に苦しむね、とカールトンが呆れたように息を吐く。
それを聞いた職員は至極真面目な顔をして「もちろん、先生が素晴らしいからです」と答えた。
屋敷を出て馬車まで職員を見送る。馬車が動き出し姿が見えなくなった後、カールトンはふと昔を思い出した。
そう。あれはシオンに初めて会った時。賢い子だと思った。潔癖で神経質、そして他人を寄せつけないその瞳。
――この子は早世するだろう。
そんな予感がした。
だから政務を志すなどやめた方がいい。もっと違う生き方をした方が寿命が伸びる。そう思ったのだ。
彼はおそらく『やる気の有る有能』。
先王と同じ種の人間。その志のために全身全霊で行動し命を燃やし尽くす。カールトンとは真逆の存在だ。
「私では王を支えきれなかった。でも彼女なら――」
リリアナ・メロゥという少女の顔が脳裏に浮かび頬が弛む。
彼女は自分に会った瞬間、開口一番こう言ったのだ。
物知りのおじ様。好きなことをして楽に生きるための方法を色々教えてください。
彼女が賢いことは当時から周囲によく知られていた。
出来ることなら何もしたくない。それでもやるべき事があるなら、早く確実に一度で済ませることで時間が有効活用できる。好きなことに時間を割ける。
ああ。この子は自分と同じ『やる気の無い有能』タイプだと思った。
それで興味が湧きカールトンは彼女と接するようになったのだ。
「リリアナちゃんならきっとシオン君のブレーキ役になり助けてあげられるだろう」
シオンのような人間には余白が必要なのだ。仕事や勉学以外に興味がなければずっとそのままそれに没頭してしまう。
愛や友情、趣味や余暇を楽しむ。情緒のない、体験できない人間はいずれ身の破滅を呼ぶだろう。
リリアナという娘がいたから自分はシオンを教えることにした。理由はそれだけだ。
特に恋愛感情に発展するなど期待してはいなかった。ただお互いに切磋琢磨し意識しあい学んでいってほしかった。
けれどシオンがまさかそこまで彼女に恋慕の情を抱くなど流石の自分も予想できなかった。
父親の政敵であるダグラス公爵失脚のカード。それを自身の怨恨や功績のためではなく、リリアナというたった一人の少女を得たいが為に何の躊躇いもなく使ったのだ。
この時、シオンはもう大切なものを手に入れた。そう確信し安堵したのを覚えている。
今ではカールトンも二人が早く結婚し子が出来るのを心待ちにしている。孫を待つ親とはこういう気持ちなのかも知れない。
「……まぁ、二人の子がどんなタイプになるかも楽しみだし、ね」
そう彼は教え子の瞳のような空を見上げ、笑った。