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第24話 伯爵令嬢フィオナの特待生試験と両親との顔合わせ



 その後。


 パルモンド伯爵の鉱山は経営権を半分国が買い取る形となり彼の借金も帳消しになった。


 これを機に王国では各地に点在する資源の持ち主を今一度確認し保護するという動きに出ている。


 フィオナの学園入学の件については爵位があるため、運営側としては一般課程で入ってほしいようだ。


 ジルのような待遇、もしくは体力面に考慮した特例はないか問い合わせた所、一応特待生試験を受けそれから判断ということになった。


 今日がその日。放課後フィオナの技能試験が始まる。特待生課程の技能専任講師、一般講師、学園長らが彼女の弾くピアノを聴いている。


 私とシオン、ジュドーはそろって中庭のベンチにいた。


 試験に使う教室は三階。窓が開いているので音が聴こえる。流れる旋律。これはきっと課題曲だ。


 因みにジルにも事情を話し特別に試験官の採点傾向を教えてもらった。そしてフィオナの演奏を聴き意見をもらったり試験対策は完璧である。


 「これなら技能試験は大丈夫そうですね」

 「そうだな」


 隣にいるジュドーに私は声をかける。彼はフィオナと正式に婚約し結婚は私同様、彼女が学園を卒業してからする予定だ。


 シオンも私の隣で本を読んでいる。彼は来月補佐官の試験があるのだ。手にしているのはおそらくそれに関連する専門書なのだろう。


 もう。私達のことは気にしないでお屋敷に帰って勉強していいのに。


 私は心の中で苦笑する。


 「そうだ、シオン。おじ様からあなたに渡しておいてって。手紙を預かったの」

 「先生から? 珍しいな」


 そうなの、と私は驚く彼に手紙を渡した。きっと補佐官の試験があるから頑張れとか激励する内容なんじゃないかと思う。


 「あとね。おじ様ったら手紙の中で鉱山の件、面白かった。私も参加したかったって書いてあったの。こっちはシオンの事もあってすごく大変だったのに」


 それを聞きシオンが呆れたように肩をすくめた。


 「……困ったものだな。先生も」

 「そうよね。おじ様ってば何でも面白がるんだから」


 しかも今度また何かあったら自分も誘ってくれと言っていたのだが、その事は彼には言わないでおいた。


 話しているうちにピアノの音がやんだ。どうやら試験は終わったよう。いつの間にかジルも心配し様子を見に来ている。シオンが本から顔をあげ彼を意味ありげに見やる。


 「ジル先輩、」

 「やあリリアナ嬢」


 終わったみたいだね、とジルが近づき私に囁く。一瞬シオンがこちらを睨んだ気がした。ジュドーがそれをみて笑いをこらえている。


 「無事に合格出来ればいいですね」

 「まぁ、やれるだけの事はやった。あと判断するのは学園長達だろ」


 ジュドーはそう言い立ち上がる。そしてフィオナを迎えに行ってくると姿を消した。


 ジルもこれからピアノの練習があるらしく音楽室に歩いていった。


 「リリアナ、俺達もそろそろ行こう」

 「うん、」


 シオンが立ち上がり私の手をとる。今日は学園が終わった後、彼のお屋敷に泊まることになっている。


 明日、私の両親が王都に来る。そしてシオンの両親と六人で顔合わせするのだ。私の領地は辺境にあり遠距離のため日帰り出来ない。そのため二人はリュミエール家に一泊させてもらう予定だ。


 私達は学園入口に停めてある馬車まで手を繋いで歩く。横でシオンが気遣うように私を見おろした。


 「緊張、しているのか?」

 「……少し。でもシオンのお父様には前に一度お会いしてるから」


 「すまない。父の仕事の関係で遅くなってしまって」


 シオンのお父様はこの国の宰相様。とても多忙なのだ。きっと先日のパルモンド伯爵の件も議会に上がっているはず。沙汰が思ったより早かったのも彼らの尽力によるものだ。


 「いいの。宰相様方のお陰でこの国の人々は穏やかで平和に暮らせている。大事なお仕事だわ」


 「リリアナ。ありがとう」


 私達は互いに微笑みあった。



◇◇◇



 シオンのお屋敷に着いた。


 私達は夕食をとり、早めにそれぞれの部屋に戻る。明日は侍女が私のドレスを着るのを手伝ってくれる。


 簡単な服なら自分一人で着れるけれど、今回はコルセットもあり背中をリボンで複雑に編んだ意匠のドレスなのだ。


 クローゼットにあるそれを見て私は唇を閉口させ、うむむと唸った。


 これは流石に一人で着るのは無理。


 一通り化粧道具なども確認し寝る支度をし横になる。シオンは珍しく私の部屋にやって来ない。


 きっとまだ勉強しているのね。


 そう思いウトウトしていたら扉を叩く音がした。シオンだ。そう思い私は慌てて飛び起きる。


 「リリアナ、ごめん。寝ていた?」

 「ううん。横になっていただけ。シオンこそ勉強、あまり無理しないでね」


 「ああ。ありがとう」


 そうだ、と私は持ってきた荷物の中から水色のリボンで包装したハンカチを彼に差し出した。


 シオンが目を開く。


 「……これは?」

 「ふふっ、お守りです。試験に受かるよう学力向上の意味の紋様を刺繍してあるの。あ、私が刺したものだから細かい所は気にしないでください」


 これはお母様の故郷でよく作る物だそう。紋様には様々な種類や意味がある。コツは祈りながら刺すことらしい。


 シオンは渡されたハンカチをじっと見つめている。妙な間が流れた。どうしてか何も話さなくなってしまったので私は青ざめる。怒らせたかな。


 「ご、ごめんなさい!そうよね、こんなのシオンには必要なかったわよね。その、やっぱり返してください」


 ハンカチを返してもらおうと手を伸ばしたらシオンがひょいと避けた。背が高いから全然届かない。


 え。なんで。


 「ダメだ。これはもう俺の」

 「…………」


 ふと見ると彼の頬が嬉しそうに弛んでいる。そして私にありがとうと微笑んだ。キラキラ度が増し好感度MAX。この無双状態に私は気絶しそうになった。


 ふらついたのをシオンが咄嗟に支えてくれる。


 「リリアナどうした」

 「……だ、大丈夫。なんでも、ないです」


 だめだ。心臓に悪い。私、結婚したらどうなっちゃうんだろう。毎日こんな御尊顔を拝むことになるなんて。


 たまに見るくらいならいいけど。毎日だものね。


 そんなふうに色々考えていたらシオンが私の前髪に触れてきた。額に口づけられる。


 「お休みリリアナ」

 「うん、シオンも」


 私も彼の頬に口づける。


 彼は挨拶をすませるとまた部屋に戻っていった。私も彼を見送りベッドに潜り込んだ。


 

 翌朝。


 両親は昼前には到着する予定だ。その前に軽い朝食をすませておく。屋敷の侍女が私の髪を綺麗に結いドレスを着るのを手伝ってくれる。


 今日は淡い桃色のドレス。あくまでも顔合わせなので簡素な意匠だ。これはお義母様のセレクト。モブなので何を着ても無難にしか着こなせないがこうして私のために選んでくれたのが嬉しい。


 シオンのお母様が様子を見にやってきた。


 「準備はできた? リリアナさん」

 「はい。お義母様」


 まぁ、と彼女は私のドレス姿をみて感激している。実はこのドレス、お義母様が若い頃着ていた物で今風の意匠に作り替えてくれたのだ。


 「着てくれてありがとうリリアナさん。懐かしい。若い頃を思い出すわ」

 「いえ、私こそこんな素敵なドレスを用意してくださってありがとうございます。ですが本当に頂いてもよろしいのですか?」


 「もちろんよ。やっぱりこの色味は若い女性が一番似合うわ。もらってくれて嬉しい」


 昔を思い出したのかお義母様がちょっぴり涙ぐんでいる。私はハンカチを差し出した。ありがとうと彼女がそれで目尻をぬぐう。


 お義母様が下の階へ戻っていった後、シオンが顔を見せた。どこか申し訳なさそうな表情だ。


 「すまない。母のお下がりだろう。あの人に合わせて無理しなくていいからな」

 「ううん。いいの。素敵なドレスね」


 物を大事にする人は人も大切にする。きっとお義母様はそういう方。


 私の言葉にシオンが瞬きすぐに優しい笑みを浮かべた。


 「そうだな。それはそうと今日のリリアナとても可愛い」

 「ふふ、ありがとう。せっかく皆がそろうから今日は特別におめかししてみたの」


 彼も正装とまではいかないがきちんとした服装をしている。まぁシオンの場合、何を着てもサマになるのだけど。


 準備もでき、一緒に玄関へ向かうとちょうど馬車が到着したと知らせがあった。そこにはシオンの両親もいる。


 私は馬車から降りてくる両親を出迎える。


 「リリアナ、元気だった?」

 「はい。お母様。お父様もお元気そうで何よりです」


 お互いにそう言葉を交わし、二人はシオンのご両親にも挨拶する。


 昼近いので皆で食事をとりながらお話しようという事になった。


 これは今日初めて知ったことなのだけど、親達四人は昔会った事があるらしい。初対面ではなかったのだ。


 「そうだったのですか。初めてお聞きしました」

 「そうなのリリアナ。若い頃、王宮のお茶会や晩餐会でお会いした事があったのよ」


 お母様がにこにこと微笑んでいる。相変わらず美しい人だ。


 結婚までの今後の予定や花嫁修業の件。結婚してからの生活等、両親達が様々話し合っている。というか盛り上がっている。


 私とシオンは振られた話に相槌を打ちつつ食事をとっていた。


 「――でね、新居をね造ろうと思うの」

 「まぁ、それは良い考えね!」


 親達は同世代。時間が経つうち言葉使いもだんだん砕けていた。特にお母様方が。


 ん。新居?


 新たなワードが出てきた。


 「そうなの。リュミエール家は昔から敷地だけは広いのよ。新婚さんだから始めは二人だけの生活を楽しみたいでしょう。私達がいると気兼ねして困ることもあるでしょうし」


 シオンのお母様が何かを想像し頬に手をやり赤くなっている。そして早く孫の顔を見たいのと言った。


 要は離れを造るつもりらしい。小さなこじんまりした建物にするそう。


 結婚したらシオンと二人きりの生活。


 まだ来ぬ未来を想像し私の紅茶を持つ手が震えた。こぼさぬようカップをそっと皿に置く。


 「あっ、でも日中はシオンも仕事だし寂しいからこちらの屋敷で過ごしましょうね。離れを使うのはシオンがお休みの日や夜だけよ」


 お義母様がさりげなくフォローをしてくれる。けれどこれは最後のトドメ。ボディブローのように効いた。


 よ、夜だけ……。恥ずかしくて泣きそう。


 隣のシオンは平然と紅茶を優雅に口にしている。無駄がない美しい所作だ。


 私が内心動揺しているうちに話は進みメロゥ家の跡継ぎの話に移っていく。


 そう。私は一人娘。本来であれば私はメロゥ家にいて婿養子と結婚するか。両親が養子をとるかするかが普通だ。


 シオンのお父様が口を開く。


 「やはりメロゥ家の血筋の縁者から養子を?」

 

 「いえ、それが…………実は、」


 珍しくお父様が言いにくそうに口ごもる。その顔はほんのり赤い。お母様がその先を続けた。


 「実は、この度、子を授かりまして――」


 「……!? けほっ、コホッ」


 危うく紅茶を吹き出しそうになるのをこらえたらムセた。シオンが背中をさすってくれる。


 「まぁリリアナ。はしたない。外では気をつけなければダメよ」


 そうお母様がにこにこと笑みを浮かべたまま、たしなめる。いやこの人の爆弾発言のせいだ。私が学園にいる間、両親は一体何をしていたのだろう。非常に気になる。


 「それはおめでたい事ですわ。今夜はお祝いしましょう。それにしても羨ましい。……ね、あなた」

 「…………」


 さりげなくシオンのお母様が微笑みながら横に座る夫を見ている。私は心の中で苦笑いした。


 お母様は安定期のようで悪阻(つわり)も特にないらしい。リリアナはお姉さんになるわねと笑っている。


 「ですがお母様、お体にはくれぐれも気をつけてくださいね。そのお年だと出産は大変かと思います」

 「ありがとうリリアナ。十分に気をつけるわ」


 因みにお母様の見立てではお腹の子は男の子らしい。彼女は昔隣国の巫女姫だった。癒しの力の他。占い、予知、直感。その手の事に優れている専門家(エキスパート)だ。


 特に彼女の占いは精度が高く辺境の地でも重宝されている。


 メロゥ家の跡継ぎに関してはおそらくその子が引き継ぐだろう。私と一回り以上違う弟。


 うう、弟が物心つく頃には私はオバサンかぁ。


 そんなふうに皆で話をしていたらあっという間に夕方。夕食までそれぞれ部屋に戻り休む事になった。


 先程食べたばかりなので夕食は軽いものがテーブルに並ぶ。一通り食べ終わりお茶を飲んで落ち着いたところでお母様と目があった。


 「ねぇ、リリアナ。久しぶりにあなたのピアノを聴かせてくれないかしら。お腹の子もきっと喜ぶと思うし」

 「わかりましたお母様」


 さっそく私はピアノの前に座り鍵盤に手をおく。まずはこの国でも有名な曲を披露。続けて創作したという名目で前世でよく耳にする唱歌、童謡を演奏する。これは胎教にも良さそう。


 シオンのお父様も初めて私の演奏を聴きシオンに感想を伝えている。


 弾き終わるとお母様は満足そうな笑みを浮かべて私の顔を見た。


 「やっぱりリリアナのそれはとても癒されるわ」

 「ありがとうございますお母様」


 元巫女姫に褒められて光栄だ。因みにここだけの話、彼女は類い稀な歌唱力をもつ人。癒しの力は喉から出る吐息や声である。


 ただ私のより遥かに強い力なので普段は滅多な事では使わない。


 大人達四人はこの後もお酒を楽しみながら雑談するらしい。お母様は果実水だ。


 私とシオンは四人に挨拶し部屋へ戻ることにした。


 


 

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