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第21話 見つかったフィオナの父親と鉱山の経営者



 学園の授業が終わり私とシオンは一緒に王都の、とある教会に来ていた。


 事前に私達の事を聞いていたシスターがその人物の元へと案内してくれる。たどり着いた場所は裏庭。視界にはそれはもう見事な野菜畑が広がっていた。


 この教会はここで自家製の野菜や果物を育てている。畑の向こうを見るとその中に四十代位だろうか。紺髪の一人の男の姿があった。服装は教会で支給された物のようで庶民が着るそれと同じだった。


 「あの方です」とシスターが微笑み教えてくれる。


 ビィトさん、と呼ばれた男は不思議そうな顔をしこちらに向かい歩いてきた。


 「シスター。私に何か?」

 「こちらのお二人が貴方にいくつかお聞きしたいことがあるようです」

 

 「はぁ」


 このビィトという男。彼はこれまでの記憶を全て無くしていた。山の中で倒れていた所を発見されたらしい。その山とはゴルト山。フィオナの屋敷からみてちょうどあの鉱山の裏手に位置する山だ。


 病院へ搬送されたはいいもののずっと長いこと意識が戻らず、ようやく目覚めた時彼は自分の名前はおろかこれまでの事を一切覚えていなかった。


 月日が経ち体だけ回復した彼は退院し、ビィトという仮の名をもらった。そして病院の紹介で教会の雑用仕事に就くようになった。


 私はビィトさんに頭を下げ挨拶をする。


 「はじめましてビィトさん」

 「はぁ、私に何かご用でしょうか?」


 先程シスターに向けたものと違いやや緊張した面持ちで彼は私達に返事をした。


 山中に倒れていた理由や本当の名前、家族の有無など訊ねるが彼は首を横に振る。やはり記憶喪失というのは嘘じゃなさそう。自分の事は全く覚えていないようだった。


 フィオナからはもし父親が生きていれば四十歳位と聞いている。そして髪色も紺だそう。


 外見的なものだけなら彼が合致する。けれど彼女の屋敷に父親の肖像画が置いていなかったため捜索が難航している。昔の交友関係も非常に曖昧で友人と呼べる者もあがってこない。


 おそらく借金があったため表立った交流を避けていたのかもしれない。


 この人がパルモンド伯爵かどうかはわからない。でも今度フィオナさんと直接会ってもらおう。そう私は思った。


 ビィトと分かれ私とシオンが戻ろうとしたらシスターが声をかけてきた。彼女は手に何かを持っている。よく見ると薄汚れた鞄と衣類だ。


 私は目を開いた。


 「シスター、それは」

 「これはビィトさんがゴルト山で倒れていた時、近くに落ちていた物らしいです。そしてこれはその時来ていた衣服です」


 「すみませんシスター。それらを私達に見せて頂いてもよろしいでしょうか」


 シオンが人の良い笑みを浮かべる。どうぞとシスターが快く応じてくれた。


 そしてゆっくり確認できるよう別室へ案内される。私とシオンはそこでビィトの荷物から何か手がかりを探すことにした。


 探している最中、私はシオンの横顔をみる。


 「ねぇシオン。フィオナさんの事なんだけど……」


 彼も何かを察しているのか警戒するよう瞳を細め声を低くした。


 「ああ。彼に娘がいることは念のため伏せておくべきだ。もし事件に巻き込まれていたとしたら家族も狙われる。このことは極力知られない方がいい」

 「うん、」


 こそこそと話しながら持ち物を確認していく。衣服を広げ、鞄の中を開けてみる。筆記具や帳面。そしていくつかの書類があった。


 帳面は予定表と出納帳だった。書類は事業に関する金銭の借用書であったり契約に関することが記載されていた。シオンにもそれに目を通してもらう。


 シスターの話によるとビィトにこれらを見せても何も思い出すことはなかったそう。それどころか嫌悪感があるのか途中から見るのを拒否したそうだ。


 私は眉を下げ呟く。


 「きっと記憶が無くなっても当時大変だった気持ちだけは残っているのかしらね」

 

 書類を読み進めていくと意外にも彼は多くの資産を所有していたことがわかった。けれど今はそのほとんどを売却してしまっている状態だが。


 物凄い早さで書類の束を読んでいたシオンがある一枚の紙に目をとめた。


 「リリアナ、これを見てみろ」

 「どうしたの」


 私も彼のそばに寄りその中身を見せてもらう。それを読んでいくうち私の顔色が変わった。


 「……これって」

 「ああ。これは隣国エルディアの言語で書かれた契約書だ」


 この書類には鉱山関係の譲渡条件について書かれてある。けれど署名はなかった。


 「おそらく先方と鉱山売買を行う予定だったんだろう」

 「それならまだあの鉱山はパルモンド家のものなのかしら」


 「……さてな」


 ふと口をついて出た私の問いにシオンがなぜか曖昧に返す。やがて遠くから石造りの廊下をコツコツと歩く音が聞こえてきた。シスターが私達の様子を見に来たのだ。


 どこで誰が聞いているかわからない。それゆえ彼はそんな態度だったのだろう。


 「お二人共、ビィトさんについて何かわかりましたか?」

 「いえ、やはりこの書類だけでは何とも。今日のところはこれで失礼させて頂きますね」


 シオンが微笑む。麗しい誰もを魅了する笑み。それを見たシスターは頬を赤らめる。


 「いえいえ。また何か気になることがありましたら、いつでもいらしてください」

 「ありがとうございますシスター」


 これも彼が得意とする演技。私は心の中で苦笑する。


 そうして私達はシスターに礼を言い馬車に乗った。私は彼に謝る。


 「ごめんねシオン。あなたならもっと時間をかけて調べものが出来たのに」

 「気にしなくていい。そんなことよりリリアナの門限の方が心配だ。衣服は特に目立った手がかりはなかったし書類は全部みて記憶している」


 相変わらずの記憶力に脱帽する。彼は一度見たものは滅多な事では忘れない。物凄く頭が良い人なのだ。


 「あと教会で話すのは(はばか)られたので今教えておくが。人をやって調べさせた所、あのゴルト山の持ち主の名義は現在もパルモンド伯爵のままだった。つまり事業主は変わっていない事になる」


 「ちょっと待って、それって……」


 今も鉱山で採掘が行われている。それはジュドーに確認済みだ。彼には魔術で採掘場の様子を見てきてもらっている。


 私は固い表情でシオンを見つめた。


 「ビィトさんが記憶を無くしたパルモンド伯爵であるなら。それなら……誰があの鉱山で働く人達に指示を与えているの?」


 そしてそこで採掘された鉱物の行き先も気になる。このフェリシア国内で流通されていれば良いけれど。もしそうじゃないとしたら。


 隣国エルディアとの契約内容もちらつく。あの国は私の母の祖国ではない。別の国だ。そのことについてはホッとしているけれど、嫌な予感が脳裏をかすめる。


 「……国を侵略することは戦争じゃなくてもできる。時間さえかければ。もしかしたらパルモンド伯爵は何かの陰謀に巻き込まれたのかも知れないわ」


 シオンが私の沈む言葉に瞳を細め思案気に呟いた。


 「もう少し調べてみよう。これは思ったより大きな事件かもしれない」

 「うん」


 シオンは微笑み「心配するな」と私の頬を撫でる。そうして彼は私を女子寮まで送ってくれた。



◇◇◇



 週末。


 私はフィオナの屋敷に訪れた。隣にはシオンと教会から連れてきたビィト。そして魔術師ジュドーがいる。


 少し緊張した様子のビィトさんに屋敷を指し示し私は振り返る。


 「このお屋敷に見覚えありませんか。ビィトさん」

 「いえ。申し訳ありませんが何も。所で私に会わせたい方というのは?」


 「こちらです。中へどうぞ」


 私はジュドーに玄関の鍵を開けてもらい屋敷の中へと案内する。目的はただ一つフィオナの部屋だ。


 彼女にはこの事は伝えてある。もしかしたら実際に彼らが対面することで記憶が甦る可能性があると思ったのだ。


 古びた廊下を進んでいくと途中で床の木材が軋んだ。ビィトがふと足を止める。そしてそこに目を落とし頬を弛めた。柔らかい表情。


 私はそんな彼を不思議そうにみる。


 「ビィトさん?」

 「いえすみません。随分古いお屋敷だと思いまして。でもどこか……そう、なぜかホッとします。変ですよね」


 はは、と彼は小さく笑った。私は曖昧に返事をすると「ここですよ」と扉を叩く。


 フィオナの返事が聞こえ、私は扉を開いた。


 そこにはベッドから起き上がり肩掛けを羽織った彼女がいた。ジュドーの言う通り大分回復している。頬に赤みがさしている。


 事前にビィトのことは伝えているので冷静ではあるがその瞳は紺髪の男に注がれている。


 ビィトも同じく彼女を見ていた。瞳が揺れている。


 そしてフィオナが涙声で口を開く。


 「お父様、」

 「私は……。申し訳ないが、何も、覚えていない。けれど、どうしてか貴女をみると頭が……」


 こめかみを押さえビィトが苦しそうに呻いた。ふらりと体が(かし)ぐ。


 すぐにシオンが近くにある椅子を引き寄せ座るよう彼を支えた。彼はそれに従い腰をおろす。


 「頭が痛いのですか?」


 心配そうにフィオナが近くに寄る。けれどこれ以上の刺激はビィトにとって良くないことかもしれない。無理せず今日はここまでにしましょうと私は言おうとした。その時――


 「痛い所がある時はこうすると気が紛れるかもしれません。どうか良くなりますように」

 「…………」


 フィオナは優しげに瞳を細めると彼のこめかみにそっと触れた。彼女は特別なにか不思議な力があるわけではない。


 けれどたったそれだけ。彼に一瞬触れただけで。


 ビィトは泣いていた。涙がとめどなく流れている。フィオナは慌てた。


 「な、泣かないでください。その、とにかく記憶が無くても無事でいてくれただけで私は嬉しいんです。本当によかっ……」


 「すまない。……私は何てことをしてしまったのだろう。君を、いやフィオナ。……そうだ、エリーゼは、どこに?」

 「……え?」


 フィオナ。彼は震える声でそう言った。目の前にいる薄紫髪の娘の名を。


 彼女は驚き口を押さえる。そしてもう一度「お父様、」と真っ直ぐに彼を見た。


 今度こそ彼――ネイサン・パルモンドはその言葉を耳にしても動揺しなかった。記憶が戻ってきたのだ。


 「母は二年前、病で亡くなりました。母はお父様がお戻りになるのをずっと待っておりました」

 「…………そんな。すま、なかった。ああ、エリーゼ」


 にじみ出る後悔の色。フィオナの言葉にパルモンド伯爵は顔を覆い泣き崩れた。


 

 それから少し時間が経ち伯爵が落ち着いた頃、私達は記憶を失った時彼に一体なにがあったのかを訊ねた。


 「あの時私は鉱山の売買契約をしに先方と会っていたんだが、交渉は決裂して一旦白紙に戻すことにしたんだ。そうしたら帰り道誰かに突き落とされて」


 「それは、その相手と言うのは隣国エルディアに関係する者なのですか?」

 「そうです。どうしてそれを。……たしかに彼らには破格の金を提示されたがあの山を売るわけにはいかなかった。あそこはある特殊な金属が採れる。それが他国に渡ればとんでもない事になる」


 パルモンド伯爵の話によればそこで採れる金属は武器や弾薬の素材に使われる物らしい。


 交渉前は国内の事業者であると聞いていたのだが実際対面すると隣国の者だった。


 「争い事が絶えなかった昔は鉱山のお陰でパルモンド家もかなり潤っていた。だが今はもう平和な世。大きな戦争もほとんどない。武器の需要も減り私の代になってあの山を処分すべきかと悩んでいた所だった」


 けれど鉱山売買の件は白紙になった。つまり断ったということだろう。私は隣のシオンをみる。


 シオンはずっと目を伏せ沈黙している。やがて伯爵に向き直り口を開いた。


 「伯爵、これをご覧になってください」

 「これは……?」


 渡された書類。それを伯爵は読み始める。けれど途中から手が震えだした。そして彼は信じられんと目を見開く。


 「そんなバカな。私はここに――」


 パルモンド伯爵、とシオンは表情を全く変えず続ける。


 「伯爵が記憶を失っている間、何者かが貴方になりすまして鉱山を経営していた可能性があります。もちろんそれは今も続いている」


 「……なり、すます?」


 これはジュドーが鉱山へ潜入し直接確認してくれている事柄だ。魔術で鉱夫となりそこで働いている人達の事や経営者について調査してもらった。


 鉱山の監督者によるとそこはネイサン・パルモンドという男が経営しているという話だ。そしてそれは紛れもなく伯爵の名である。


 それを聞き伯爵は真っ青になっている。


 「ああ、私はどうすれば」

 「……考えがあります」


 そうしてシオンは鉱山を取り戻す方法をゆっくりと話しだした。


 伯爵との話し合いが終わる。私はシオンと馬車に乗り帰るところだ。ジュドーはフィオナとパルモンド伯爵にもう少し話したいことがあるそうで屋敷に残っている。


 「記憶が戻った以上、伯爵が教会に帰る必要はない。シスターにはリリアナを送った後、俺から説明しておこう」


 うんお願いしますと私は返す。フィオナも今日から一人ではなくなる。本当に良かった。


 「そうね。シオンが言うならシスターも信用すると思うわ」


 「それはそうとリリアナ、」

 「……?」


 気がつけば真剣な表情をしたシオンがこちらを向いていた。そして私の手を握ってくる。


 「伯爵になりすました奴を暴くのに鉱山へ行くが今回は君は来なくていい」

 「え、」


 どうしてと言おうとしたら彼は私の指先に口づけてきた。


 「鉱山は男が多い。それも荒々しい奴ばかりだ。君のような年頃の女性が行く場所ではない。念のため――」

 「指輪があるから平気よ。それに男の人が多いのはわかってる。私だってこの姿のまま行こうなんて考えてないわ」


 私もなるべくなら目立ちたくない。だから女性とわからないような格好をしていくつもりだ。その事を伝えるとシオンが渋い顔をしてため息をついた。


 「全く。本当に……ジュドーの気持ちがわかるな」

 「……?」


 どうしてここでジュドーが出てくるのか。意味がわからず訊ねるも曖昧に返されるだけだった。空色の瞳が私を覗き込む。


 「とにかく無茶するな。そして絶対に俺のそばを離れないで」


 「うん。約束する」


 彼は私の体を引き寄せると額にそっとキスをした。 


 

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