第20話 純粋なジュドーとフィオナの父親の行方
翌日。
シオンのお屋敷で私は清々しい朝を迎えた。朝食を終え今は二人で庭を歩いている。色とりどりの花が揺れる。ここの庭はいつも綺麗に手入れされて素晴らしい。
真ん中の辺りまで行くと屋根付きのベンチがあり私達はそこで少し休憩することにした。
サァと風が吹く。優しい。爽やかな風。
空も明るい。私はなびく髪をおさえ眩しげに瞳を細める。
「いつ来てもここは素敵ね」
「ふ、リリアナに気に入ってもらえたなら嬉しい。庭師にもそう伝えておこう」
シオンは満足そうな笑みを浮かべている。
そして昨日のことを二人で話した。
「フィオナさんのことなんだけど。私、彼女は特待生として学園に推薦してみるのはどうかと思っているの」
「ああ、俺も同感だ。あのピアノの腕はなかなかのものだ」
彼女の体調不良の原因がわかり次第、本人に了解をとり学園に推薦してみようという事になった。もしうまく入学許可がおりれば寮に住めるし学費や生活費の心配はいらなくなる。
ただ爵位があるから学園側が何て言うかよね。特待生は基本庶民が優先されるのだ。
「まぁ侯爵家に入った特待生。ジリアン・タウンゼントという前例もある。まずは問い合わせてみよう」
「そうね、」
私はシオンの言葉に頷いた。
◇◇◇
学園のお昼休み。
私はシオンとランチ中。今日はいつもと違い窓際にある二人用の席に座っている。デザートのプディングを口に運んでいたら向こうからジュドーがやって来た。
どこかから持ってきた椅子をテーブルに寄せどっかり座る。朗らかにジュドーが笑いかける。
「よお、リリアナ」
「ご機嫌ようジュドー様」
「…………」
馴れ馴れしい私への態度にシオンがムッとしている。けれど当のジュドーは微塵も気にしていなかった。
彼はここの所毎日フィオナの元へ顔を出しているらしい。こんな調子で私達の所へ来て報告。いや、嬉しそうな表情で彼女の様子を教えてくれるのだ。
「なんだかリリアナの言うようにしたら最近フィオナの調子が良いみたいなんだ」
「そうですか。それは良かった」
体の不調が少しずつ良くなっている。けれどもう少し様子をみた方がいい。まだ水に関してはそのまま継続するよう伝えた。
ジュドーも今ではその意味を理解してくれているようで快く応じてくれる。
あと彼には少し聞きたいことがあった。でもシオンもいるしどうしよう。言いにくそうにモゴモゴと口を動かしていたら二人が不思議そうに首を傾げた。
「いいからリリアナ。俺は何を聞かれても平気だ。遠慮しなくていい」
ジュドーが無邪気な笑みを送ってくる。本当に大丈夫だろうか。
うむむ。ならお言葉に甘えて。私は極力周りに聞こえないよう出来る限り声を低くした。
「……あの、ジュドー様はフィオナさんのことが好きなんですか?」
「へっ!?」
突如ジュドーが真っ赤になりガタンと立ち上がった。勢いで椅子が倒れ周りの生徒が何事かとこちらを見る。
彼はかなり動揺していた。なんとなく予測できた結果だったので私は心の中で苦笑する。
けれどそれとは対称的にシオンは至って冷静。涼しい顔で優雅に紅茶を飲んでいる。私は慌てて座るよう促した。
「ジュドー様、皆みてるから落ち着いてください」
「あっ、ああ。……ごめん」
椅子に座り直し彼はこほんと咳払いする。まだ頬が赤い。
この様子から察するにおそらく彼はフィオナのことが好きなのだ。大体そうでなければここまで彼が他人に尽くす事はない。
ゲーム上では魔術師ジュドー・ランドールは自由人。誰に束縛されることもなく気ままに生きるのが好きなのだ。もちろん恋愛も。
だから攻略するには基本的に彼のペースに合わせなければならない。
それなのに。彼の方がフィオナという学園にすら通っていない病弱な少女のペースに合わせている。
「あの、フィオナさんはこのこと知っているんですか?」
「知らない。言ってない。頼むから彼女には言わないでくれ」
なぜか懇願されてしまった。別に私はそれを知って脅そうとか何かするとか考えてなどいない。けれどその慌てように思わず笑みがこぼれた。
「ふふ、きっとフィオナさんも同じ位ジュドー様に好意を持っていると思いますよ。だってこんなにも尽くしてくれるんですから」
「…………」
照れている。可愛い。
二人の出会い。それは元使用人の老婆がきっかけらしい。彼女はフィオナの所を経済的事情で解雇された後ジュドーの家で働くことになった。
老婆は時折時間をみつけてはフィオナに食事の世話をしたり様子を見に出掛けていた。
ある時いつものように仕事が終わり老婆が彼女の元に行こうとしたらジュドーが暇だからと興味津々でついてきたのだ。
それがフィオナとの出会いだった。
それから彼は老婆の代わりに彼女に食事を届けたり様子を見に行くようになった。なにせ魔術で瞬間移動すればあっという間だったし特に労力もいらなかったからだ。
いつもの暇潰し。そんなふうに最初は思っていたらしい。
「俺は魔法が使える。でも病気を治す力はない。だからあいつの前ではいつも無力でただの人間で。……どうしようもなくもどかしくなる」
ジュドーが目線を落とし自嘲気味に笑った。珍しい。いつも飄々としている魔術師なのに。こんな姿はゲームでも見たことがなかった。
「ジュドー様、」
本当はフィオナをあそこから出してやりたいんだ、と彼は沈んだ声で言う。
「あんな所にいたってどうしようもないだろう。親にも見捨てられて――」
「それはまだわかりません。決めつけるのは早いです」
もしかしたら帰りたくても帰れない事情があるのかもしれない。シオンの手を借り方々を探しているが未だ彼女の父親の情報は入ってこない。今後は王都を離れより広範囲での捜索も検討している。
父親の名はネイサン・パルモンド。伯爵である。一体彼はどこにいるのか。
もう少し隈無く王都を探してみよう。私は唇を噛んだ。瞬間シオンが硬い声で制する。
「リリアナ、ダメだ傷つく」
「え?」
彼の長い指先が伸び、私の唇をかすめる。噛んだのをみて止めるよう促してきた。いつもながら目敏い。私は苦笑する。
「もうシオンてば心配性ね」
「…………」
「リリアナはこいつと結婚したら大変だな。四六時中うるさい。先が思いやられる」
「……ジュドー、」
だけどちょっと羨ましいなとジュドーは瞳を和らげている。
結婚、か。
「ジュドー様もフィオナさんと結婚したいですか?」
「えぇっ!?」
今度はさらにかなりの動揺。電流が走ったように椅子ごと彼が後ろに倒れた。純粋な方というのはわかるけどちょっと反応しすぎ。
また生徒達が騒然とし、こちらを見ている。
椅子を元に戻しジュドーが手で顔を覆い息を吐く。リリアナ、と恨めしげに睨まれた。
でもこの事はきちんとしておいた方がいい。今後の二人のためにも。
これは私の意見ですがと口を開く。
「フィオナさんは来年学園に入学してきちんと令嬢としての教育を受けるべきです。これからジュドー様の隣に立つのでしたらなおのこと」
貴族の子息子女は皆当然のようにエドワルド学園を卒業する。彼と結婚するならこの学歴はあった方がいい。
特待生への推薦の件もジュドーに話してある。これには利点がある。入学すれば特待生独自の共通科目しか受講しなくてよい。もちろん普通科と比べても圧倒的に少ない科目数。あくまでもピアノが優先なのだ。
これなら体力のないフィオナさんも安心だ。
「ああ。フィオナのことはちゃんと考えてる。万が一彼女の父親が見つからなくても俺がどうにかする」
「ジュドー、無理するな。父親はじきに見つかる。……軽はずみに動くなよ」
「ジュドー様?」
意味深なシオンの言葉が気になった。フィオナの父親が行方知れずになって数年経過している。今さら何をすることも――
「わかってる。本当は彼女を連れ去ってどこかに閉じ込めてしまおうかと思っていたんだ。でもあの学園祭から一気に状況が変わった。まさかフィオナの体が良くなりそうだなんて……」
連れ去る?閉じ込める?
とんでもない発言に私はぎょっとし目を見開いた。
「は、早まらないでください。私達が協力しますから。私、フィオナさんには幸せになってもらいたいんです」
結婚するにしても何にしても彼女にはもっと選択肢を与えてやりたい。あの寂れた屋敷で不自由な体のままずっと一人で暮らすなんて酷すぎる。
きっと今のフィオナは何もかもを諦めてしまっている。
私はそう二人に呟いた。
そうしてフィオナの父親らしき人物が見つかったという知らせを受けたのはその日の夕方のことだった。