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第19話 井戸水と鉱山とリリアナの癒しの力



 フィオナの演奏が終わり私は使い終わった茶器を片づける。ティーポットの中に残っているお茶を捨てようとした時、ふと目がとまった。


 あれ、紅茶が。


 じっとポットの底を見続けているとシオンが後ろから何かあったのかと話しかけてきた。


 「どうしたリリアナ」

 「シオン、」


 私は残った紅茶を見せる。するとそれを見た彼は眉をよせた。


 「ここの水はどこから汲んできているんだ」

 「さっきジュドー様がそこの井戸から汲んできてくれたの」

 

 私は窓の向こうにみえる井戸を指差した。


 四人とも同じ紅茶を飲んでいる。もちろん煮沸もしてある。念のためシオンに体調は平気か聞いてみた。彼は大丈夫と頷く。


 あとシオンに確認してもらおうと思っていたものがあった。私はそれぞれのグラスに入った液体を彼に見せる。


 ガラス製。銀杯。木製。陶器。


 これは井戸から汲んできたままの煮沸前のもの。そう彼に説明する。


 「つまり君はこの水がフィオナ嬢の病気に関係していると言いたいんだな」

 「そう。確定ではないけど。疑っているわ」


 話が早くて助かる。シオンなら詳しく説明しなくともこれを見せればおおよそ理解してくれる。そう思っていた。


 この水は毒ではない。その証拠に銀杯はなんら反応していない。だが全ての水が褐色に変色していた。


 「汲み上げたばかりの時は透明だったの。でもこうして片づけに戻ってきたら色が変わっていて。そして紅茶の入ったポットの中身が――」


 残った液体が紫のような黒色に変わっていた。これはお茶に含まれる成分と水が何らかの反応を起こしたのだ。


 つまり不純物が混じっている。


 フィオナはお腹をくだしたり食事を吐いたりという症状があるらしい。痒みも出る時があるそう。


 もともと井戸水には鉄など微量の不純物が混入していることが多い。特に鉄は人間には必要なものだ。同じように私達が口にしても何ともない。


 けれどフィオナは別のようだ。そうと決めつける事はできないけれど彼女は特別胃腸。消化器系が弱いのかもしれない。


 だからか、とシオンが納得している。


 「君がうちの屋敷の茶器類を持っていくと言い出したから、きっと何か理由があると思っていた」

 「事前にジュドー様にフィオナさんの症状を聞いていたの。もちろんそれ以外にも考えられる病はあると思うから断定はできないけれど」


 あとで水を変えてみるようフィオナさんに口添えしてみよう。


 茶器を片づけ彼女の部屋に戻る。


 フィオナは横になり眠っている。いつになく長く起きていたからか疲れてしまったようだ。彼女の傍にはジュドーが付き添っている。


 彼にはシオンとのやり取り。井戸水の件を伝える。そして私達はジュドーに案内され井戸を一度見に行くことになった。


 フィオナの屋敷の裏口を出てすぐの場所に井戸があった。中の水を確認するも先程ジュドーが汲んできてくれたものと変わらなかった。


 「これからしばらく俺の家からフィオナが使う水を持ってきてやるよ」

 「すみません。一週間もすれば体調の変化がわかると思うんです。それまでどうかお願いします」


 「いいよ俺も彼女のためにできることはしてやりたい」と彼は二つ返事で請け負ってくれた。


 ジュドーの家はここから離れた場所にあるそう。水は魔術で運んでくれるようで良かった。彼の一族もその周辺にまとまって暮らしているらしい。


 ちなみにジュドー達はこの国に古くからある魔術師の一族。爵位を持たない彼だが魔術師というだけで国の要職に就くことができ身分も補償される。


 まぁ攻略対象の一人だから特別なのは当然なのよね。


 そんなふうに思いながら空を見上げるとふと近くにそびえる山が視界に入った。


 「あれは……?」


 よくみると山肌がむき出しの部分がある。何かを採掘しているのだろうか。


 「鉱山だ。何かの金属を採掘している。あれも元々フィオナの父親が所有していたものだ。事業がうまくいかなくなってあの山も売ったとかなんとか……。俺も詳しいことはよくわからないけどな」

 「……フィオナさんのお父様、ですか」


 「リリアナ?」


 シオンが横で突然無言になった私の様子をうかがっている。私は顔をあげジュドーにある頼み事をした。


 私の話に彼はわずかに瞠目している。


 「――そのような感じでお願いできますか?」

 「ああ。いいよ。それくらいお安いご用さ」


 すぐに確認したかった。できれば早く。これは魔術師のジュドー位にしか頼めない。


 私は彼に礼を言う。隣のシオンは何とも言えない複雑な表情をしていた。きっと私の考えなど全てお見通しなのだと思う。


 フィオナの様子を診るためにまた来るとジュドーに約束する。そうして私はシオンと馬車に乗り彼の屋敷へ戻った。


 屋敷の玄関ホールに入るとシオンのお母様がいた。使用人と装飾や調度品の配置替えをしているようだ。何か指示を出している。


 本当に有能な女主人といった雰囲気だ。


 「あらあらシオン、リリアナさん。お帰りなさい」

 「ただいま帰りました母上」

 「今日はお世話になります。お義母様」


 今朝焼菓子を作りに来た時すでにお義母様に挨拶はすませてある。彼女は私に「お義母様」と呼ばれることが物凄く嬉しいようだ。


 眩しいくらいの笑みを向けられ私もにこやかに礼をする。


 気づけばもう夕方。朝から動きづくめだったので夕食は早めにすませ部屋で休むことになった。


 お義母様とシオンそして私とで夕食をすませ部屋に戻る。


 今日はお風呂を使わせてもらう予定だ。浴室は一階。このお屋敷はどこへ行っても一つ一つが広い。シオンが一緒についてきてくれた。


 「ここから先、俺は行けない。もしわからなかったら使用人に聞くといい」

 「ありがとうシオン」


 さすがに浴室の中までシオンが付き添うわけにいかない。途中から女性の使用人がお風呂の使い方を教えてくれた。


 いつもの女子寮と全然違う。とても豪奢な浴槽。鏡。圧倒される。まるでお姫様になったかのよう。使用人の女性が洗うのを手伝おうとしてくれたけれど「大丈夫です」と言ってやんわりとお断りした。


 「……綺麗に使おう」


 浴室自体を汚さないよう気をつけて入った。


 でも誰に気兼ねすることなくいつもよりゆっくりお風呂に入れる。それが嬉しい。


 お風呂から上がり新しい衣服に着替える。これは今日私が持ってきた物。髪を整え自分の部屋までいくと扉の前にシオンがいた。


 壁にもたれ腕組みし目を瞑っている。艶めかしい立ち姿。本当にいちいち絵になる人だ。


 きっと今日は彼も疲れているはずだ。長湯だったから待たせてしまったかな。


 私の気配に気づきシオンが瞳を開く。


 「お帰りリリアナ。どうだった?」

 「すごく良かった。こんなにゆっくり入れたの久しぶりで。ありがとう」


 それは良かった、とシオンは心底嬉しそうに微笑んだ。誰もがうっとりする笑み。


 そして私の頭に鼻先を近づけた。


 「ああ。同じ匂いだ」

 「…………」


 恥ずかしすぎて何も言えない。瞳を逸らしうつむいていたらシオンからも同じ石鹸の匂いがした。


 「シオンもお風呂に入ったのね」

 「ああ」


 彼の部屋には浴室がついており私が一階の浴室を使うと同時に自分も入ったらしい。道理でシオンの銀髪がしっとりしているわけだ。


 入浴後に私の部屋でフィオナの件を話し合うことになっている。彼は私が戻るのをここで待ってくれていたのだ。


 中で待っててくれて良かったのに、と私は苦笑する。


 部屋に入りソファーにシオンが腰をおろす。私も隣に座った。ピンクのフリル付クッションが横にありそれを胸に抱く。


 「で、君は俺にフィオナ嬢の父親を探せと言いたいんだろう?」


 うん、と私は答えた。


 「もちろん私も探すわ。でも学園がある平日は門限もあるし難しいの」

 「君は無理しなくていい。これについてはもう人を使って動いてもらっている。おそらく数日のうちに行方が判明するだろう」


 やはりシオンは仕事が早い。相変わらずの有能さに私は頭が上がらない。


 「あと他に頼みたい事があるの」

 「鉱山のことか?」


 「そう。やっぱりシオンはあそこが怪しいと思っているのね」

 「ああ。誰が今事業を引き継いでいるか気になってね。それについても調べてみるよ」


 あと他にもいくつか気になる事があるのでそれもシオンに伝えておく。


 一通りフィオナの件について話し合った所でシオンが私の手をとった。それは指輪のある左手。不意の動きに私の胸がドキリと鳴る。


 「ど、どうしたの。いきなり」

 「……魔法の手」


 「シオン?」


 お菓子作りの際ジュドーがそう口にした事を彼は思い出したのだろう。いやそれともずっと気にしていたのか。私は小さく笑った。


 「癒しの力はあるけど魔法が使えるわけじゃない。それに私の力はほんのわずかなものよ」

 「…………」


 それには答えずシオンは私の腰を引き寄せた。内緒話をしているような体勢。ここは私達以外誰もいない。こんなに密着する必要なんてない。私は無意識に身を硬くした。


 けれど彼は私のそんな様子など気にならないようで平然としている。


 そしてこの前の休暇に私の両親からこの力について詳しく教えてもらったと話してくれた。やはりそうかと私は特に驚かなかった。


 「私の場合は手なの。基本的に手から癒しの力が出てくるの」


 実際私の力はそれほど強くない。ピアノを弾いたりお菓子を作ったり。そうした他愛もない行動で確かに人は幸せな気持ちになったり穏やかになったりする。その程度の小さな癒しだ。


 私のお菓子を食べたフィオナさんの体が楽になったのもきっと本当。体が少しだけ癒されたのだ。ただジュドーに知られるわけにはいかなかったのでとぼけたフリをしたが。


 けれどジュドーは私の手に秘密があると思ったのか触れようとしてきた。途中でシオンが気づき助けてくれた。


 「あと自分の怪我が治せるのは本当よ。シオンも見たことあるでしょう?……ただなるべく使わないようにしているけど」


 人間の体には免疫力。病気や怪我を克服する力がある。それを抑制するのは出来れば避けたいと私は考えている。


 そこまで聞いてシオンがハァと息を吐く。そして私の嵌める指輪にそっと触れた。


 「……全く。リリアナは危なかしい。指輪があってもああいう輩には全く効果がないんだ。自分でも防ぐようにしないと」


 君は無防備すぎるとシオンが苛立たしげに言う。私はごめんなさいと謝った。


 「もしも、こんなふうにされたらどうする」と彼が私の手の甲に口づける。瞬間私の頬が赤く染まる。


 多分ジュドーはああ見えて紳士だ。無遠慮にそんな事はしない。そう思ったけれど絶対シオンが言い返してくる。私は口を閉じた。


 「それとフィオナ嬢の所で飲んだ紅茶だが……」

 「うん。シオンの考えている通りよ。大丈夫とは思ったけど一応この力を使ったの」


 井戸水は汲んだ後、煮沸している。フィオナの体調をみるに飲んでもすぐ体に影響が出ることはない。仮に体に害のある成分が入っていたとしても徐々に体内に蓄積されていくものだと思った。


 だから私一人が飲む分にはかまわなかった。でもシオンは――


 なるべくなら彼にだけは不安要素のある物は口にしてほしくなかった。癒しの力を使った理由はたったそれだけ。


 これは私の我が儘。そしてシオンを見る。


 「私の癒しの力は体に害のある物をそうじゃないものへと変えることができるの。……でもこの力は弱いから部分的にしかできないけれど」


 私の言葉にシオンが瞳を開く。


 「……俺の、ため?」

 「うん、あ、……っ」


 掴まれたままの左手に彼がまた唇を押しつけた。今度は少し強い。すごく嬉しそうな横顔がチラリとのぞく。


 この熱は手からなのか私の中からなのか。動揺しすぎてわからない。


 手を引っ込めようとしてもしばらくの間、彼は私を解放してくれなかった。

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[一言] シオン感激ね! 可愛い
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