第18話 魔術師ジュドー・ランドールの目的と没落した伯爵令嬢
週末。
シオンのお屋敷にやってきた。今日はお泊まり前提なので必要な物はしっかり準備してきた。
とはいえほとんどの物はこのお屋敷に揃ってるのよねぇ。
使用人が馬車から私の荷物をおろし運んでくれる。私は礼を言う。シオンに連れられ客間にいくとジュドー・ランドールがいた。
水色の髪。整った容貌。笑顔の眩しい青年だ。
ちょっとシオンとは対称的なイメージである。
「よお、リリアナ」
「お待たせしました。ランドール様。今日はよろしくお願いします」
挨拶し礼をするとジュドーが歯をみせて笑う。
「ジュドーでいい。皆そう呼んでる」
「えっ、……わかりました。ジュドー様。それでは早速調理場に行きましょうか」
本当は出来上がるまでここで待っていてもらって良かったのだけれど。ジュドーも一緒にいって作る様子を見たいと言ってきた。ちなみになぜかシオンも後ろからついてくる。
調理場に入る。予想通りかなりの広さだ。あらかじめシオンがここの料理人に話を通しておいてくれたお陰で誰もいない。大した料理をするわけじゃないのに気を使ってもらって申し訳ない。
私はシオンに頭をさげる。
「ごめんなさいシオン。料理人さんに申し訳ない事をしてしまったわ」
「いいんだ。でも昼食の準備で彼らが使う時があるからその際はよろしくね」
「わかりました」と私は頷く。
早速エプロンをつけ焼菓子用の生地を作る。ジュドーも同じくエプロン姿。お揃いの仕様だ。何だか可愛らしくて笑みがこぼれる。
ついてきたシオンは調理場のすみにある机で長い足を組み本を読んでいる。おかしい。この場所にそぐわないはずなのに格好良すぎる。どこにいても絵になる人である。
「もうシオンてば自分の部屋で勉強したら?お菓子が焼き上がったら呼ぶから」
「ダメだ。いくらジュドーでもリリアナと二人きりにはさせられない。何かあったらどうする」
いやここはあなたのお屋敷だし。何かあるわけないだろう。そう言おうと思ったが横で聞いていたジュドーに止められた。
「シオンはリリアナにだけは過保護だからなぁ。仕方ない」
過保護。その言葉が引っ掛かった。私は放っておけないというか危なかしい存在なのかな。二歳しか違わないのにちょっとショックだ。
そんなふうに思いながらも手を動かす。
ジュドーをチラリと横目でみる。私は彼のことを少し誤解していたかも知れない。お菓子作りを頼まれた時、ただ食べたいだけかと思っていた。
どうやらそれは違ったみたい。
彼は私のやるお菓子作りの行程をくまなく観察していた。きちんと覚えようとしているのだ。
攻略対象の彼らは皆頭が良い。その他に抜きん出て特化した能力が各々ある。ジュドーの場合は魔法を使えることだ。
私の手際をみて彼はふむと感心している。
「リリアナのそれはまるで薬を調合しているようだな」
「えっ、薬ですか?」
そう、とジュドーは真面目な顔で言う。
初めてそんなことを言われた。びっくりだ。魔術師は薬も調合し作ったりする。そこから連想したのかな。
「ジュドー様もかき混ぜてみますか?」
「ああ、やってみる」
混ぜるポイントを教える。ジュドーは言われた通りに手を動かす。とても上手だ。元来器用な人なのだろう。
そう褒めるとジュドーはちょっとというか、かなり嬉しそうな顔をした。
「これならジュドー様の所でも作れると思いますよ」
あとでレシピを書いて渡す約束をした。
生地から型をとり石窯に入れる。あとは焼き上がるまで待つだけ。これまでずっと立ち通しだったので私達は休憩することにした。
「ここでシオンと座っていてくださいね。私、お茶淹れてきます」
「うん。ありがと」
私は三人分のお茶を淹れ運んでいく。小さなガラスの器に入れた砂糖菓子もそえておく。お茶菓子にちょうど良いだろう。
シオン達の所にいくと二人で何かを話しているようだ。
二人共かなりの美形。麗しい光景に思わずうっとりした。この二人の組み合わせもなかなか良いなと思う。
さしずめ私はここの給仕ってとこかな。
心の中で苦笑し紅茶をテーブルにおく。ジュドーが明るく笑って礼を言ってくる。私も席についた。シオンはすでに読み終わったのか本を閉じている。
カップを口にしジュドーが目を開く。
「これもリリアナが淹れたのか?すごく美味い」
「ふふ、ありがとうございます。やっぱりここのお屋敷の茶葉が良いからですね。私のような素人でも美味しく――」
「いや違う」
突然声が変わる。さっきまでへらっと笑っていた彼からは想像もつかない真剣な眼差しだ。
「リリアナの手は魔法使いのそれだ。ちょっと見せ――」
「触るな」
ジュドーが私に伸ばしてくる手をシオンが遮った。私は慌てて自分の手を引っ込めテーブルの下におく。
ジュドーが面白くなさそうにフイとそっぽを向きブツブツとぼやいた。
「なんだよケチ。少しくらいいいだろ」
「ダメだ。リリアナに触っていいのは婚約者である俺だけだ」
リリアナこれをつけて、とシオンがどこからか手袋を出してきた。婦人用の美しいレース編みの意匠。私は口元をおさえる。
こんなもの持ち歩いていたのね。びっくり。いやイケメンだから許されるのかな。
私は言われた通りに手袋をはめた。
「あーもう。違うんだよ。実はリリアナの作った菓子で体の具合が良くなったヤツがいてさ」
「え?」
それはジュドーの知人らしい。学園祭で私があげたお菓子を何の気なしにその人と食べた。すると突然体の調子が良くなった。
「完全ではないけどその時は体が良くなって。それでリリアナの菓子に何かあるのかと思ったんだ」
「……そう、ですか」
その人は生まれつき体が弱いらしい。だから体が軽くなったととても喜んでいたそうだ。
私は言葉を選びつつ、たまたまじゃないかと答える。甘いものを食べると元気が出るのはよくあることだ。
そうかなぁ、とジュドーが首をひねる。
そのやり取りを聞いていたシオンが小さく笑った。
「たしかにリリアナの菓子は美味しい。でもそれだけだ。特に他と違うところはない。まぁそう思うなら試しにお前がその知人に作ってみればいいだろう」
私もシオンの提案に賛成した。
三人で他にも色々話していたら焼き上がる時間になった。私は石窯からクッキーを取り出し熱を冷ます。アップルパイも作ったので切り分けよう。
ジュドーとシオンはあれからまた話し込んでいる。ジュドーはこの後その知人の家に寄りまた焼菓子を食べさせてみるつもりのようだ。
焼菓子を包んでバスケットにいれ彼に渡す。ジュドーは私に礼を言い立ち上がった。
「リリアナ、わざわざ時間とらせて悪かったな。これそいつに食べさせて、それから俺も菓子を作ってみようと思う」
「はい。そうしてみてください。……あとジュドー様、その、お知り合いの方の事なんですが」
私はおずおずときり出す。隣でシオンが何か言いたそうに横目で見ている。
私はちょっとその人が気になったのだ。
住んでいる場所も王都だそう。その人に一度会ってみたい。そのことをジュドーに伝えると彼はシオンに視線を向けた。
「それはかまわないけど……いいのか?」
「良くはない。だが俺も行く。リリアナ一人で動かれるよりましだ」
シオンも渋々だがついてきてくれるようだ。
こうして私達三人は急遽焼菓子をもってその人の家に行くことになった。
シオンが馬車を出してくれる。
本当はジュドー一人なら魔術で瞬間移動しあっという間に到着する。けれど私とシオンは魔法が使えないので通常通りの経路で向かうこととなった。
王都内だが少し離れた所にあるらしく田園風景が見えてきた。その向こうに大きな山がある。その麓にある屋敷にその人は住んでいる。
小一時間程でたどり着いた。屋敷はそれほど大きくない。けれどその周囲が気になった。
庭は手入れせず荒れたまま。裏には鬱蒼と茂る森があり昼間なのに暗い。
シオンが周囲を見渡す。
「随分と荒れて。狼でも出そうだなここは」
「ああ狼もそうだが野犬も出る。危なくて夜は外には出られない」
まぁ俺は平気だけどな、とジュドーがニヤリと笑った。
こんな所に人が住んでいるなんて。王都であるにもかかわらずこんな治安の悪い場所があることに驚いた。
玄関の扉を叩く。けれど誰も出ない。ジュドーは魔術で鍵を勝手に開けると中に私達を招き入れた。
「え、これって不法侵入……」
「大丈夫。ここは病気の女の子一人しかいないから」
「……女の子ですか!?」
驚きのあまり大きな声をだしてしまった。ジュドーがしぃと人差し指を立てる。私は慌てて口を閉じた。
中に入り彼女の部屋に向かいながらジュドーが教えてくれる。
ここはある伯爵の屋敷でその主は貧しさゆえか出て行ったまま帰らない。妻は数年前病で亡くなった。残された娘だけこの屋敷に一人住んでいる。
「元使用人の婆さんがたまに作り置き用の食事を運んできてくれるんだが。あいつは具合が悪くて食事もろくにできないことがあってさ」
「……お一人で。なんてお可哀想。お気の毒に」
私は悲しげに目を伏せる。いわゆる没落貴族というものだ。
しかも爵位は私と同じ伯爵令嬢。王都においてこんな状況下に置かれている貴族がいるなんて初めて知った。
「王都の貴族は特に領地のない者が多い。王宮内で役職に就き働かなければ収入はゼロ。さらに自分達の持つ資産を維持管理するために金がかかる」
例えば大きな城や屋敷。そして使用人への給金。きちんとした収支が見込めなければ維持するのは難しい。
「最近はこんなふうに破産する貴族も増えてきているんだ」
シオンがため息をつき肩をすくめた。
不意にジュドーが突き当たりにある扉を叩いた。やがてか細い返事が聞こえてきた。女の子のものだ。
中に入ると夜着姿の薄紫色の髪の少女がベッドから体を起こしていた。その子は私とシオンを見て瞳を瞬いている。
「よおフィオナ。元気だったか?」
ジュドーが気さくに声をかけた。
「ええ、ジュドー。相変わらずよ。所であの、そちらの方々は?」
「ああ。二人は俺の友達だ。同じ学園に通っている。今日はほら、これをまた作ってもらったんだ。皆で食べよう」
ジュドーがバスケットを掲げる。そこから甘い匂いが漂ってきて少女はまぁと顔をほころばせた。
私は彼女に挨拶すると急いでお茶の準備をする。
食器棚を見るとやはりと言うか揃いの茶器が見当たらない。念のためシオンの所から茶葉や茶器を持ってきておいて良かった。
お茶を淹れ皆の所に運ぶ。円卓に三人。ベッド上でフィオナが小机を使いお茶をする。
紅茶を一口飲みフィオナが美味しいと開口一番呟いた。私はふふと笑う。
「茶葉が良いものだからですよ。私みたいな素人が淹れても美味しくなるんです」
先程ジュドーに言ったのと同じように返す。
フィオナが首を横に振る。
「そんなことありません。すごく美味しくて何だか体も良くなってしまいそうなくらいです」
すごい褒めよう。私は真っ赤になって下を向く。
そうだ、と作ったばかりの焼菓子をすすめる。特にアップルパイは今回の力作だ。
パイを食べフィオナの頬にほんのり赤みがさしてきた。私は内心ホッとする。さっきまで青白かったから少し心配だったのだ。
「それにしても驚きました。まさかフィオナさんと私は一つしか年が違わないのですね」
「そうなんだ。本当なら彼女は来年エドワルド学園に通うはずだった」
「……通うはず、ですか?」
ジュドーとフィオナは複雑な顔をしている。彼が事情を説明してくれた。
フィオナの父親は昔王都で事業をおこなっていた。だが失敗し借金だけが残った。当時管理していた資産も相当あったがほとんど借金を返すために失った。
さらに当の本人も屋敷を出たきり帰ってこなくなった。フィオナの母はここでずっと待っていたがとうとう病に倒れ亡くなってしまった。
「そうだな。先立つ物がなくてはいかに爵位があろうとも学園に入ることはできない。仕方がない」
シオンが腕を組みさりげなく破損した調度品や壁紙の剥がれなどを確認している。修繕もままならない程経済的危機に瀕しているのだろう。
しかも保護者たる伯爵も不在となればフィオナが学園に入学することは難しい。
そんな私達の沈んだ空気を察したのかフィオナが微笑んだ。
「もう、私のことはいいんです。金銭的な問題より私は体が弱いのですもの。学園に通うこと自体が無理かと思います」
「フィオナさん、」
それでもとフィオナは言う。
「リリアナ様のお菓子が本当に美味しくて。不思議と体が軽くなります。まるで魔法みたい」
魔法。私は曖昧に返事をした。
ふと窓際に目をやる。ピアノがあった。あらと私はそれに触れた。
「私たまにピアノを弾くんです。ここで一日中一人で何もせずにいるのも退屈なので」
「そうなんだ。フィオナはリリアナみたいに上手なんだ」
「ふふジュドー様。私のは自己流なので大して上手くはないですよ。それよりもしよろしければフィオナさんのピアノを聴いてみたいです」
「えっ、私の……ですか?」
思いもよらない提案だったようでフィオナが頬を染め胸元をおさえた。よく見ると瞳が輝いている。
私は再度彼女にお願いした。きっとフィオナも心のどこかで誰かに聴かせてみたいと思っていたんじゃないかと思う。
それならとジュドーが彼女を横抱きにしピアノの前へ連れていく。椅子に座りフィオナが鍵盤に手をおきたたき始めた。この旋律は王国に昔から伝わる曲。美しい調べが部屋を満たす。
とても上手だ。
でもちょっと待って。これって。私は瞳を見開き口元をおさえた。
このレベルは素人の弾くものじゃない。この音はまるでジルのよう――
リリアナ、とシオンが私に囁く。彼も気づいたのだ。
私とシオンは同時に顔を見合わせた。