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第14話 シオンのお屋敷での話し声の正体とユリウスからの婚約祝い



 どうしよう。眠れない。


 さっきから目が冴えて仕方ない。


 隣の部屋にはシオンがいる。妙に気になるのだ。あとなにか小さな音も聞こえるし。話し声だろうか。


 『影』という存在が頭に浮かぶ。その人達が動いてるのかな。


 時間は十時。明日は休みだしシオンはまだ起きているはず。私はベッドからそっと降りると彼の部屋につながる扉を叩いた。


 「どうしたリリアナ。眠れないのか?」

 「うん、」


 扉を開けたシオンが気遣うように声をかけてきた。ふと向こうの部屋が目に入る。机に明かりがつき教本やペンがみえる。どうやら勉強していたようだ。


 「シオン、勉強していたのね。ごめんなさい邪魔して」

 「かまわない。ちょうど俺もそろそろ休憩しようと思っていた所だ」


 私は下の階から音が聞こえ気になって眠れなくなったのだと伝える。シオンはそれを聞ききょとんとしている。そしてフムと頷いた。


 「リリアナそれは『影』じゃない。……そうだなせっかくの機会だから会いにいこう」

 「……?」


 肩掛けだけでは心もとないので体をすっぽり覆える上掛けを着せられる。シオンに連れられ下の食堂に降りていくと話し声が聞こえた。明かりがついている。


 そこにいたのはシオンのお母様ともう一人。銀髪の男性だ。二人は私達の姿に気づき驚いている。


 「あらシオン。起きていたのね。それにリリアナさんも」

 「はい。父上遅くまでお勤めご苦労様です」


 「ああ。ただいま」


 『影』なんかじゃない。この話し声はシオンのお父様とお母様のものだった。


 私は慌てて挨拶する。お父様とは初対面。失礼のないようにしないと。


 そんな私の姿をみてお父様が優しげに瞳を細めている。表情や雰囲気がどことなくシオンに似ていた。


 「こちらこそよろしくリリアナさん。シオンのこと頼みますね」


 「はい」


 穏やかな笑みで返される。声もそっくり。お仕事で疲れてるはずなのに気を使ってくださって申し訳ない。


 私の気持ちを読んだのかシオンが私に部屋に戻ろうと声をかける。


 「俺達ももう部屋に戻ります。父上母上お休みなさい」

 「ああ、お休み」

 「ふふ。お休みなさい」


 私も礼をしシオンの後をついて部屋に戻った。扉の辺りで彼が私を見下ろし肩をすくめた。


 「どう。音の正体がわかったろう?」

 「ええ。シオンのご両親だったのね。いつもあの時間にお仕事から帰ってくるの?」


 毎日こんな時間なら相当な激務だ。私は心配になって彼を見上げる。


 「大丈夫。毎日遅いわけじゃない。早くに帰ってくる時もある。そうだな半々て所だ」


 たまに緊急で王宮に泊まったり、逆に王宮から招集があったりするらしい。大変なお仕事だ。


 いずれはシオンも同じ立場になるのよね。私も早く彼を支えてあげられるようにしっかりしないと。


 そう自分に言い聞かせていたらシオンが私の思いを見透かしたように手を伸ばしてきた。


 「こらリリアナ。また変なこと考えていただろう。ゆっくりでいいんだ。俺をはじめ屋敷の皆も君のことを支える」


 深刻に考えるな、と頬を撫でられる。


 「ありがとうシオン」

 「ん。明日は早い。そろそろ寝ないと。……ああ、それとも眠れないならリリアナが眠るまで俺がそばにいてやろうか?」


 私はその言葉にぎょっとした。


 「えっ、だめ。ダメよ。音の原因もわかったし。大丈夫、眠れるわ」


 茶化すようにシオンがその整った顔を近づけてきた。私は動揺し後ずさる。


 絶対だめ。万が一イビキでも聞こえたら大変。それにシオンのこと意識してもっと眠れなくなっちゃうじゃない。


 私は彼の申し出を断固拒否すると「寝ますお休み」といって扉を閉めた。



◇◇◇



 翌朝。


 雨はすっかり上がり、青空がみえていた。


 朝食を終え馬車で孤児院へ向かう。シオンのお父様は一足早く城へ出仕したそう。すでにその姿はなかった。


 こうしてシオンと翌日まで同じ屋敷で過ごすなんて初めてだ。貴重な体験である。


 あ、でも結婚したら一緒に暮らすのよね。いまいち現実味がない。


 昨日までタウンゼント侯爵のお屋敷に泊まるとか言っていたけど結局シオンのお屋敷に泊まることになったのだ。不思議だ。


 孤児院に到着するとユリウスとジルが作業をおこなっていた。ジルも手先が器用で物を直したりするのは好きらしい。私も手伝おうとしたら皆に止められる。


 ユリウスが苦笑した。


 「リリアナは見ていて。嫁入り前なのに怪我したり手に傷がついたら大変だ」

 「……わかりました」


 修繕した箇所にヤスリをかけたりしている。まだ時間がかかりそうなので私は寮母と共に簡単な焼菓子を作ることにした。


 やがてピアノの修繕が終わる。紅茶と出来上がったばかりの焼菓子を出す。子供達も一緒だ。今日はクッキー。皆で型をとったりしてとても楽しかった。


 「すごいこれ。リリアナ嬢が作ったの?」

 「はい。あ、でも皆で作ったんですよ。子供達すごく上手でびっくりしました」


 ジルがクッキーを口にし驚いている。あまり貴族の子女は料理をすることがない。きっと珍しく思ったのだろう。


 シオンやユリウスは昔から私が趣味で料理をすることを知っている。だからいつもの見慣れた光景だ。


 「そうか。リュミエール先輩が羨ましいな」

 「……? ジル先輩なにかあったんですか?」


 最近私はジル本人の希望もあり、ジル先輩と呼ぶようになった。シオンも渋々了承している。


 実はジルは伯父であるタウンゼント侯爵からお見合いを勧められているそう。何人か良さそうなお相手がいて今度その一人と会う予定があるそうだ。


 「それは良いことです。ジル先輩素敵なお相手がみつかるといいですね」

 「はぁ、まさか自分が結婚するなんて思ってもみなかったから不安だよ」


 リリアナ嬢みたいな子だといいんだけど、とジルがボソリと呟く。私は苦笑いを浮かべた。

 

 次期侯爵の婚約者。それに釣り合うモブ的女子なんてなかなかいなさそう。


 隣でシオンが眉をよせ口を開く。


 「さすがに侯爵の身分だからな。伯爵家では家格に差がある。難しいな」


 家格もそうだけれど。ジル自身どんな女性が良いのかよくわかっていないのかも知れない。


 けれどジルは攻略対象の一人。普通は周りが放っておかない。貴族令嬢との付き合いに慣れてくればきっと彼も自信がついてくるはず。


 「もしかしたらそのうち夜会のお誘いもあるかも知れませんね」

 「すごいねリリアナ嬢。そうなんだ。招待状が届いてね。次の週末出席しなければならなくなってさ」


 さすが次期侯爵。すでにジルの存在は周辺貴族に知れ渡っているのだ。これから彼の行動は公私ともに注目されていくだろう。


 そうして雑談を交わした後、お茶の時間はお開きとなった。


 ジルはユリウスに礼を言い屋敷に帰っていった。私を含め残った三人はこれから王都を散策する予定だ。


 王都の案内といってもユリウスは主要な施設に興味はないらしい。それよりも街並みやそこで生活する人々の姿をみたいと希望した。


 私もそういうの好きだけどユリウスも変わっている。


 「それなら少しこの辺を歩いてみようか。リリアナもまだそんなに詳しくないだろう?」

 「そうね。私もみてみたい」


 シオンが案内してくれることになった。私とユリウスは彼についていく。


 孤児院を出て表通りに出る。歩道には所々花が植えられている。さすがは王のお膝元。城下町は美しい。


 そして私の両隣にも美しい者たち。どうしよう今になって気づいたけどすごく街の人達に見られている。私はさりげなくシオン達から離れようとした。


 「リリアナ、今日は休日だから混んでいる。はぐれたら大変だ。俺のそばを離れないで」

 「疲れたの? どこかで休む?」


 二人から同時に腕を掴まれた。またさらに通りすがりの女性達の視線が注がれる。


 なんでもないから大丈夫、と私は言ってどうにかその手を離してもらった。もうこれ以上目立ちたくない。


 途中、楽器店に立ち寄った。ユリウスはそこで修繕や調律に必要な道具を買い足していく。王都の店はどこよりも大きく種類も豊富らしい。


 その間シオンと私は陳列されている楽器をみたりして待つ。


 「そういえばリリアナの理想の人は……本当は違ったの?」

 「え?」


 突然何の脈絡もなしにシオンが小さく声をかけてきた。何のことかと戸惑っていると、前に花祭りの際ユリウスが言った言葉が気になっていたそう。ちょっと真剣な顔をしている。


 ああ、と私は思い出す。


 「あれはたしかに私の結婚相手となる人は自分と同じ可もなく不可もなく普通の人がよかったの。昔はね。でもまさかシオンみたいなすごく素敵な人が私を好きになってくれるなんて思ってもみなかったから」


 「今も普通の男の方がいい?」

 「ふふ、今は違う。私ね昔からシオンのこと好きだったけど。ずっと友達としてって思ってたの。だってきっとあなたは私よりずっと素敵な人と結婚するって思ってたから」


 学園に行った彼はいつヒロインを好きになってもおかしくない。けれど友達として思うだけなら許されるだろうと私は思っていた。


 シオンはそんな私の手をとりそっと口づける。


 「リリアナは俺にとって特別だ」

 「うん。知ってる。だから私も本当の気持ちを見せてもいいって思えたの」


 私達は微笑み合う。そしてシオンの唇が近づいてきた。


 「はいはい。二人とも何してるの。ここは店の中だよ」


 買い物を終えたユリウスが戻ってきて呆れている。「もう、若いからって」と面白くなさそうだ。


 「わわ。ごめんなさい」

 「…………」


 私はシオンからすぐに離れる。


 荷物を馬車に積む。ユリウスはまた次の町へ行く予定があるらしい。意外に人気のある調律師なのだ。


 そうだ、とユリウスが鞄から小箱を取り出し私に渡してきた。


 「……これは?」

 「リリアナにあげる。中身は特殊な封蝋が入っている。これを手紙に押して出すと住所の記載がなくても俺に届く」


 「そんなすごい封蝋があるの?待って私こんなのもらう理由がないわ。返すユーリ」


 するとユリウスは苦笑し首を横に振った。


 「こんなふうに楽器を直す依頼もある。年に一度の花祭りを待ってたら時間がかかる。それに君は結婚したらなかなか実家に帰ることも難しくなるだろう。……そうだなそれは婚約祝いみたいなものだ。受け取ってほしい」


 それにたまに近況を教えて?とユリウスが瞳を和らげる。


 そこまで言われると受け取らざるを得ない。私は箱を胸によせた。


 「わかった。ありがとうユリウス。私、あなたに手紙を書くわ」


 そうしてユリウスは嬉しそうな顔をし馬車に乗り込み去っていった。


 私もシオンと一緒に馬車に乗る。寮へ戻る道すがらポツリと彼がこぼした。


 「あの人は不思議な人だな」

 「そうね。私もユーリのことよく知らないの。でも良い人よ……あ、でもたしか彼って私達よりすごく年上なの」


 「そうなのか?」


 一見ユリウスの年齢は私達と変わらなくみえる。外見はシオン同様イケメンだし。


 「ええとね私達より一回り以上年上って前に言ってた。……たしか三十歳くらいのはず」


 「は!?」


 ものすごくシオンが驚いている。それはそうだ。私達にとって彼はいわゆるオジサンだ。


 前に年齢を聞いて「オジサンですね」っていったらユリウスがすごく怒って今度からオジサンじゃないユーリと呼べと言ってきたのだ。


 めんどくさい人である。でも当時私も子供で失礼なことを彼にすごく言っていた気がする。


 それでもあの時シオンがいなくなった寂しさを埋めてくれた人だ。


 ふと見上げるとシオンが私をみていた。


 「リリアナ、寮にもう着く。さっきの続きを」


 私は頬を赤らめる。そして頷いた。


 シオンの唇が重なる。空色の瞳が優しく揺れている。私の瞳も同じだといいなと思った。


 そうして私は馬車を降りシオンと分かれ寮に戻った。

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