第13話 突然の雨とシオンのお屋敷へのお泊まり
ここはシオンのお屋敷。ユリウスやジルと分かれた後、時間が残ったのでシオンに誘われやって来た。
「リリアナの部屋に行ってみようか」
「うん、」
シオンのお屋敷に用意してくれた私の部屋でくつろぎお茶をすることになった。
部屋に入ると前に見たのと同じ様相。ピンク色がすごい。でも大分見慣れた気がする。
給仕がすぐに紅茶とお菓子をだしてくれる。それを一口食べてみた。すごく美味しい。
私は口をほころばせる。
「気に入った?これは最近出来たばかりの王都でも人気の焼菓子店のものだ」
「聞いたことがある。でもいつも並んでるらしくて。まさかこんなに早く食べられるなんて思ってなかった」
シオンすごい。褒めたら彼が苦笑する。
「まぁ俺というより使用人かな。リリアナが来るかもと言ったらさっそく買いに行ったらしくて」
それもそうね、と思う。シオンがそんな人気店に姿を現したら目立ってとんでもないことになりそう。ここの使用人にはあとで美味しかったとお礼を言っておこう。
「そうだ。せっかく来たからシオンにお願いがあるの」
「珍しいな。リリアナからお願いなんて。なにか欲しいものでもあるのか?」
シオンが嬉しそうに微笑む。
そんな期待するものじゃない。私はクスッと笑い頼み事を口にする。それを聞いた彼は肩をすくめた。
「なんだそんなことか」とシオンは自分の部屋からそれを持ってきてくれた。
テーブルに乗せられたのは新聞だ。三日分くらいある。
「ありがとう。寮の談話室にもあるけどじっくり読むと目立つしちょっと恥ずかしくて……」
「まったくリリアナは。君らしいけれど」
談話室にある新聞は誰が閲覧してもいい決まりだ。けれど読むのはほとんど男子生徒。私のような女子がすると珍しいのか注目されてしまう。そのためいつも一面記事だけ素早く見るようにしていた。
シオンは私のことを知っているからとやかく言わない。それが助かる。
「それならリリアナ。俺が卒業したらここに住む?新聞なんて好きなだけ読める」
「え?」
思ってもみない申し出に新聞から顔をあげた。そこにはシオンの顔がある。空色の瞳が優しく揺れていた。
住む。寮を出て。
それって毎朝シオンと顔を合わすのよね。いえそれどころか朝も昼も夜も。ずっと。
夜も……。
私は固まった。
「無理。新聞は絶対見なくちゃいけないものじゃないから。たまにシオンに見せてもらえばいいし」
再び新聞に目を落とす。動揺が悟られませんように。
「残念。でもたまには泊まりにきてね」
「……はい」
それくらいはいいかな。別にシオンと二人きりというわけじゃない。お義母様もいるし。あと使用人達だっている。
そしてシオンと一緒にカードゲームをして楽しんだ。外デートも良いけど家デートも良い。
そう思っていたら窓の外からパラパラと音が聞こえてきた。みると雨が降りだしている。けっこうな大粒だ。
「わわ、大変。雨が降ってきちゃった。もう遅いし私そろそろ帰らないと」
気がつけば門限の七時が近づいている。これはいけない。それにどんどん雨が強くなってきてる。
私は席を立つ。
「雨で道も悪いし外は暗い。馬車は危ないな」
シオンが窓から外をみている。落ち着いてはいるが眉をよせている。私は焦った。
「大丈夫。ゆっくり帰れば平気だから――」
「いや、こんな状況でリリアナを帰すわけにはいかない」
リリアナ、とシオンが振り向いた。にっこり笑っている。はわわ、と私はたじろいだ。
「今日は泊まって。ほら良い練習になるだろう。泊まりの」
どんな練習か。
「寮は門限があるの。外出届しか出してきてないから帰らなければいけないわ」
「それについては心配いらない。うちから使いをだしておく」
人をやるなら私もその人について帰りたい。そう思ったけれどシオンが許さない気がした。
色々考えたけれど彼を説得するのは無理そう。私は肩を落とし大人しくなった。
「わかりました」
「うん、」
良い子だ、とおでこにキスされる。チラリと見えた彼の顔がとても嬉しそうなのは気のせいかな。
それにしてもと私は窓の外を恨めしそうにみる。
この世界は天気予報というものはない。というかできない。ただし空の色。風や雲の流れをよむことで天候を予測できる者が少なからずいる。
特に田舎。私のいた辺境地の領民もそう。きっと農作物を育てるのに必要なものなのだろう。
だからか私も少しくらいなら予測できる。けれど今日はまったく意識していなかった。失敗した。
そしてもう一人天気がよめる者がいる。
「ねぇシオン。まさかあなた。今日が雨ってなんとなく……知ってた?」
「いやわからなかった」
即答。そしてさりげなく私から目を逸らした。知ってたと思う絶対。
泊まることに決めたのはいいけれど準備は何もしてきてない。そのことをシオンに言うと前回と同じ答えが返ってきた。
お泊まりセットはクローゼットやタンスに全てあると教えられたので確認する。夜着や肩掛け、洗面道具。さらに替えの衣類、ドレスもずらりと並んでいる。
わぁ。化粧品もたくさん。すごい。しかも新商品のようだ。私は感嘆の声をあげた。
「こんなに沢山。準備するの大変だったでしょう」
「母上が大体そろえてくれたからな。ああでも俺の好みも入ってる」
「えっ、」
シオンに好みの服があるなんて知らなかった。せいぜい水色か薄灰色の物が好きかと思っていた。どんな服が好きなのかな。
いつの間にか後ろにいたシオンが手を伸ばし私を抱きよせる。
「でも何を着ていてもいいんだ。そんなことよりこうして朝までリリアナがそばにいてくれるのが嬉しい」
朝までそばに。
誤解のある言葉に私は目を剥く。時々シオンはわざとそういうことを言ってこちらの反応をみて楽しむことがある。案の定私の頬は赤くなっていった。
「シオンたらまた冗談ばっ……、」
振り向いた瞬間唇が重なった。けれどすぐに離される。空色の瞳が熱を帯びていた。切ない表情に一瞬私の息が止まる。
「シオン……?」
すぐに彼の顔はもとに戻った。
「もうすぐ夕食だ。リリアナも準備をするといい。下の食堂で待ってる」
外泊届を出すよういってくる、とシオンは自分の部屋に消えていった。
び、びっくりした。
動悸が止まらない。シオンのあの顔が頭にちらついて離れない。同時にけだものという四文字も。
「……どうしよう。帰りたい」
私は膝から崩れ落ちた。
準備が終わり、気持ちを奮い立たせ食堂にいくとシオンがいた。けれどなぜかポツンと一人座っている。
「あの、お義母様は?」
「……その、母上は『影』の皆と今後のことを話し合いながら食事をするそうだ。今夜は俺とリリアナでゆっくり楽しむようにと」
『影』。そっちに参加してみたい。気になる。普段彼らはどこにいるのだろう。それをシオンに訊ねると「屋敷のあちこちにいる」と言われた。
今後のこと。宰相であるお義父様がお忙しいのでお義母様が代わりに家政をおこなう。
大変なお仕事だわ。
そんなふうに考え事をしていたら、隣でシオンが様子をうかがうように私をみている。
「どうしたの、シオン?」
「リリアナ。食べてないから。料理が美味しくなかった?それとも調子悪い?」
すごく心配している。申し訳ないことをしてしまった。
「ううん。すごく美味しい。体は全然元気よ。ごめんなさいぼうっとしてて……」
広い食堂に二人きり。大きいテーブルで向かい合わせは寂しいので私達は隣り合わせに座っている。
シオンはお義母様のいない時、こんなふうに食べるのね。私は彼をみて笑いかける。
「今は寂しいかもしれないけど、結婚したら一緒に食事ができるわね。……あ、でもシオンはお仕事あるから。ふふ、できる限り待ってる」
「ああ。そのときは早く帰るよう努力する」
こんなふうにシオンの嬉しそうな顔が見れるなら、たまにはこうして泊まりにきてもいい。私はそう思った。
食事も終わりそれぞれの部屋に戻る。とはいっても隣部屋同士。扉が一枚あるだけだ。
顔を洗い歯を綺麗にし夜着に着替える。
寮の部屋と違いこの部屋は広い。それこそ辺境にある実家の私の部屋よりも。
前にシオンがカールトンおじ様の所でうたた寝していたけど。きっとそれはあの部屋が静かで適度な大きさだからだ。他にも理由はあるが彼にとっての安らげる空間なのだろう。
ベッドに横になろうとしたら扉をそっとたたく音がした。誰かはわかる。シオンだ。
肩掛けを羽織り扉を開ける。やっぱり彼でちょっと元気がない。
「ごめんリリアナ。さっきの……怖がらせるつもりはなかった」
「大丈夫。私、シオンのこと怖がったりしないわ。ただちょっとびっくりしただけで」
目を伏せ申し訳なさそうにしているシオンに私はつとめて明るく振る舞った。
あ、そうだ。
「シオンシオン」
「ん?」
私はちょいちょいと彼に身をかがめそばに来るよう促す。相変わらずの整った容貌にドキリとしたが、そのままシオンの頬にキスする。
途端、彼の顔が真っ赤に染まった。
「…………っ」
「おやすみなさいの挨拶です」
じゃあ、と扉を閉めようとしたらシオンが慌てて手で止めた。
「リリアナもお休み。よい夢を」
今度はシオンが私の頬にキスをする。顔を見合せ微笑んだ。
そうして私達はそれぞれの部屋に戻った。