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第12話 おじ様達のお話と調律師ユリウスの来訪



 王都から遠く離れた辺境の地。ここはメロゥ伯爵領。その中のとある屋敷に立派な馬車が一台停まった。


 屋敷の主は先程から庭仕事にいそしんでいる。麦わら帽子にエプロン姿の壮年の男性がしゃがんで黙々と雑草を抜いていた。


 使用人が大慌てて彼のもとに走ってくる。その顔は真っ青だ。一体なにごとか。


 「おやおや。どうした?」

 

 「あ、主。来客です」


 動揺している使用人の後方から人が歩いてくる。それは杖をついた老紳士だった。


 「これはこれは閣下」

 「久しぶりだな。カールトン卿」


 閣下と呼ばれた人物――レオナルド・タウンゼント侯爵がそこにいた。


 屋敷の中に招き入れお茶を出す。妻ミーアが懐かしそうな顔で微笑む。


 「お久しぶりでございます。レオナルド様。お元気でしたか?」

 「ミーア婦人。こちらはそれなりに元気だ。最近忙しくなってしまってな」


 紅茶を一口飲み侯爵が困ったように笑った。


 けれどその顔には充実した色がある。以前より若返ったような感じだ。

 

 「それにしてもよくここがわかりましたな」

 「ああ。卿の教え子から渡された書状でなんとなく、な」


 それを聞いたカールトンの瞳が細められる。


 書状には彼が昔から使う特殊な封蝋を押してある。居住地は記載していない。


 シオンの家は王都。そこにカールトン家はない。リリアナの家は辺境だ。侯爵はおそらく彼女の実家を調べたのだ。


 「先王の亡き後。すぐ貴殿は現役を退き姿を消した。そしてその行方は誰にもわからなかった」

 「ああそれは。そういう約束だったので。ですが私がいなくても大丈夫なようにしておきましたでしょう」


 ふふとカールトンが小さく笑った。 


 それに彼の部下や懇意にしていた者は居場所をしっかり把握している。ただ当時カールトンは異常な程のカリスマがあり、なぜか周囲から特別視されていた。


 特に指示はしていなかったのだが自分の言葉はみだりにふれ回ってはいけないものとされていた。それゆえタウンゼント侯爵には情報が伝わらなかったのだろう。


 たしかにそうだが、と侯爵は言う。


 「それにしても貴殿は変わったな」


 侯爵はカールトンの姿を上から下までみる。


 これまでの王宮で見てきた彼ではない。その顔は日に焼け健康的な色。エプロンは外しているが。先程まで土をいじっていた体からは汗が流れ、首からさげた布でそれをぬぐっている。


 「私ですか?いえ私は何も変わっていませんよ。ただ王宮(あそこ)は忙しすぎただけです。今はもうこうして好きなことをして日々過ごしています」


 王宮にいた頃は謎の多い男だと思っていた。けれど今の彼はどうだ。


 これが本来のカールトン卿なのかもしれない。そう侯爵は思った。


 「ところでこうして閣下がわざわざお見えになったということは何かお話が?」

 「そうだな。今日は礼というか……儂に後継ができてな。それも卿の教え子達のおかげなのだが」


 カールトンは全てを理解しているようににこにこと笑っている。


 「マリアベル様のご子息様ですね。それで閣下のお元気そうな理由がわかりました。良いでしょう。守りたいものができるということは」


 そうだな、と侯爵は目を伏せ噛み締めるように頷く。


 「それで、だ。卿は我が甥。ジリアンの父親が誰なのかわかるかね」


 この男はたぶん色々なことを知っている。だから敢えて聞いてみた。


 「わかります、と言ったら閣下はどうなさいますか?」


 カールトンの瞳が侯爵を見ている。ハッと侯爵は目を開く。


 もし父親が誰なのか判明してもジリアンの環境を変えることはない。例え相手が引き取りたいと申し出てもだ。


 「どうもできない。ジリアンは儂の後継。これから先もタウンゼント家から離れることはないだろう」


 「そうでしょうね。ならば答えは決まっているはずです。彼の父親のことなど忘れるのが賢明でしょう。こちらから動かなければ相手は気づくことすらないと思いますよ」


 そうか、と侯爵は安心したように息をはいた。


 カールトン卿は明晰な頭脳の持ち主。その彼が言うのだ。答えは正しい。そしてこの件を話しておくことで彼は覚えていてくれる。


 つまりは今後、侯爵の不安の芽が現れたときは必ず教えてくれるということだ。


 「あともう一つ訊ねたいことがある。……卿は次の王をいかがとするか」

 「それは。……もう私は現役を退き部外者なのでそこまでの影響力はありませんよ。まぁ今の平和な世を維持できる方がいいですね。閣下もそうでしょう。可愛い甥を争いに巻き込みたくはない」


 侯爵はふっと顔をあげる。過去に思いを馳せ口を開く。


 「卿の功績はわかっているつもりだ。あの血と裏切りに満ちた時代を今のような争いのない日々に変えたのは他でもない先王と宰相であった貴殿の力だ。そして現国王も定めた。貴殿のその判断は正しかった」


 「それも先王に頼まれたからですよ。自分亡き後、争いが起こらないようにと。だから私が一時的に後見になっただけです。今は私の部下達が補佐しているので安心ですし」


 現国王は穏やかで賢い王としてよく知られている。それもこの男が育て上げた。


 この賢人カールトンは先王と現国王。二人の王を定めたキングメーカー。タウンゼントが聞きたかったのはそこだ。


 けれどカールトンは苦笑している。この男には全てお見通しというわけだ。


 「閣下。今から次の王となる可能性のある者と懇意になろうと思っていますね。それは自由ですが失敗すればジリアン君が巻き込まれますよ?」


 失礼を承知で申し上げますが、とカールトンが言う。


 「下手な手は打たないことです。閣下の影響力は今もたしかにあるでしょう。だがジリアン君は違う。彼の意思はどこにあるか。どこにいればその能力を生かせるか確認せねば。……ただ私は誰が王であろうと彼ならその才で魅了できると思いますよ」


 王をはじめ高貴なる者は本当に才能のある者を逃しはしない。それは彼らにとっての箔となるからだ。


 要は高名な音楽家を多く輩出してきたタウンゼント家は中立派であるべし、と言っているのだ。


 「三人目の王はわかりません。けれど目星はついています。名は言いません。無用な争いは避けたいので」

 「それは……」


 「王はまだ若い。先の話ですよ」


 にっこりとカールトンは笑みを浮かべた。


 馬車まで侯爵を送る。彼のそばには護衛が二人付き従っている。王族に連なる家柄だ。当然の措置である。


 昔は国中の治安が悪く護衛はこの数の倍以上を必要とした。本当にこの国はよくなった。


 「ところで儂の所に来たあの二人。まだ若いのにこの国の法や歴史に詳しい。感心したぞ。あれは卿が教えたのか」

 「そうですね私の得意分野なので。ああでも二人とも好きなんですよそういうの。あとシオン君の方は専門の仕事に就く予定ですし」


 「リュミエール宰相の息子か。あのお嬢さんも女性でありながら男にも勝る知性があった。ピアノの腕も相当らしい。なんとも惜しい。婚約さえしていなければジルの妻にと望んだのだが」


 ふふとカールトンは笑みを崩さない。


 「伯爵家ではさすがに家格に差がありましょう。それに私は二人の子を楽しみにしていますから」


 年寄りの楽しみを取らないでくださいね、とやんわり釘を刺しておく。そして侯爵に今度ジリアンの妻に良さそうな女性がいたら紹介すると約束した。


 そうして侯爵は王都に帰っていった。



◇◇◇



 「来客、ですか?」


 寮長が私の部屋に来て教えてくれる。普段、家族や婚約者以外は談話室には入れられない。けれど今回は特別にそこで待たせているらしい。


 談話室に降りていくと談話室のソファーの周りにキャアキャアと女性が集まっていた。そこから一つ明るい茶髪がのぞく。あれは。


 「あっ、リリアナ!良かった。待ってたんだよ」


 それを見て私の目が開かれる。女性達の中心にいる人物。それは調律師ユリウスだった。


 ユリウスなのはいいけど。どうしてこんなにこの人注目されてるの。そこに近づくことができず私は立ち止まった。


 するとユリウスがそこから抜け出てやって来る。私は慌ててそのまま外に出るよう促した。


 「ほらピアノ直すって約束しただろう。ようやく時間が空いたから王都に来てみたんだけど。君の寮に行ったら玄関でやたら声かけられてさあ。人が集まって大変だから中で待っててくれって言われて」


 「忙しいのに来てくれてありがとうユーリ。でもどうしてこんなに人が集まったのかしら」


 本当に不思議。彼の目立ち方は異常だ。変なオーラでもあるのかな。


 ユリウスが来たら自分も呼ぶようにとシオンから言われている。急に来たので手紙を送るのは間に合わない。


 私は通りに停まっている二人乗り馬車でユリウスを連れて直接彼の屋敷に行くことにした。


 「おや、お嬢さんじゃないか」

 「おじさん。お久しぶりです」


 前にお世話になった御者だ。私達はこの馬車にリュミエール邸まで送ってもらうようお願いした。


 馬車が進む中、ユリウスが嬉しそうに街並みを眺めている。


 「王都は随分潤ってきたんだな。街も賑わっていて皆の顔が明るい」

 「王様の政が良いからよ。先王同様、今の王様も民の言葉をよく聞くんですって」


 そしてただ聞くだけでなく実行力も備わっている。それも早い。王の周りには有能な宰相をはじめ沢山の補佐役がいるのだろう。


 「それは良かった。王もきっと喜んでいるね」

 「ふふっ、そうね」


 そうして馬車はリュミエール邸に到着した。外にいた使用人が私の顔をみてすぐにシオンを呼びに行ってくれた。


 出かける準備をしたシオンがやって来た。使用人がユリウスのことも伝えてくれたのだろう。今度はシオンの馬車へ乗り換えることになった。


 御者のおじさんにお金を渡し礼をいう。彼は笑って「またなお嬢さん」と去っていった。


 三人で馬車に乗り込み孤児院へ向かう。ジルにはシオンの屋敷から早馬で手紙を渡してくれるらしい。


 「ありがとうシオン」

 「いいよ。気にしないで」


 孤児院につく。寮母に案内されたのだが以前と比べ建物内が修繕され綺麗になっていた。


 今でもタウンゼント家としての視察がてらジルがピアノを弾きに来るらしい。子供達も喜んでいるそうだ。良かった。


 ピアノのある部屋へ行くとユリウスが音を確認し始めた。ある音のとき彼の表情が変わる。私の感じる違和感と同じだ。


 「リリアナ。音を合わせるのに絶対というものはない。これはそれぞれの感覚なんだ」

 「はい」


 私は調律のやり方を教わりたいとユリウスに話していた。だからかいつもよりゆっくり作業してくれている。


 途中でジルが入ってきた。私と一緒に調律のやり方を見ている。その顔は真剣だ。


 「あとここは相当湿気があったんだな。木が痛んできている。可能な限りそれを取り除いたあと補強する」


 調律はともかく補強作業は時間がかかるらしく明日におこなうことになった。


 今日は私の予想通りユリウスはジルの屋敷に招かれ泊まることになった。ユリウスが寂しそうに私を見る。


 「一人だと心細い。リリアナも来ればいいのに」

 「え、私がタウンゼント侯爵のお屋敷に?」

 

 「ダメに決まっている」


 驚いて聞き返していたら横でシオンがムッとし私の腰を引き寄せた。


 「けだもの達のいる屋敷に俺の大事な人を泊まらせるわけないだろう」

 「待ってシオン、」


 とんでもない発言だ。シオンの腕の中で私は真っ赤になりもがいた。でも全く離してくれない。


 心外だとジルが真面目な顔つきになる。


 「けだものだなんて。俺、リリアナ嬢にそんなことしません。むしろ泊まってくれるならずっと一緒に連弾したい」


 いや、それは屋敷の者の迷惑になるから絶対にやめた方がいい。それについては断った。


 「……わかったよ。今日の所は我慢する。リリアナは明日も来てくれるんだろう。せっかく会えたんだし修繕が終わったら王都を案内して?」


 それならとシオンが頷いたので私はうんと答えた。


 そうしてユリウスはジルの馬車でタウンゼント家へ。私はシオンと一緒に一度彼の屋敷へ行くことになった。


 

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