表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/62

第11話 伯爵令嬢ケイトの秘密とリオデルの言葉



 ここは寮の談話室。


 私は今ケイトと先日借りた本の感想を語り合っている最中だ。


 「やっぱりケイトさんが言っていた通りこの騎士と姫のお話すごく感動しました」

 「でしょう?私、最後の方は思わず泣いてしまいました。二人が試練を乗り越え結ばれる。もう心が震えて……」


 その時のことを思い出したのかケイトが涙ぐむ。私はそっと隣からハンカチを渡してあげた。こんなにも感情を素直に表現できる方だ。優しいし私からみても良い娘だと思う。


 リオデル様が好きになるのも無理ないわね。


 「騎士様との恋。素敵ですね」

 「ふふ。でもリリアナさんはお相手がいらっしゃいますものね。宰相様のご子息リュミエール様。すごく素敵な方。お二人ともいつも仲睦まじくて本当に羨ましいです」


 「すみません。やっぱり目立ちますよね」


 私はハァと息を吐く。私はともかくシオンは目立つ。二人一緒にいるところを見かけたりするのだろう。私達が婚約したことは最早学園中に知れ渡っていた。


 「ケイトさんももうそろそろお相手が決まるのではないですか?」


 貴族の子女ならもう婚約相手がいてもおかしくない。場合によっては幼少の頃から決まっていることもある。


 「…………私は。その、いいんです」

 「ケイトさん?」


 弱々しく消え入りそうな声。なぜか彼女は悲しそうにうつむいてしまった。そうして少し考え口を開く。


 「……私は姫にはなれません。それに私はとても嘘つきですから」


 嘘つき。思いもよらない発言に私は内心戸惑う。


 「姫、ですか。それならケイトさんは騎士様をどう思っているのですか?」

 「え?」


 ただの例えです、と私は言った。私がリオデルのことを知っているなんて彼女は知らない。ケイトの頬が赤く染まる。


 「それは……もちろん好きです。あっ、というか物語ですよね。気高くも強い誠実な方だと思います。私にとって理想の方ですよ。でも所詮夢物語。私には分不相応です。だって身分が違いますもの」


 「身分、ですか?」

 「ええ。だって相手はお姫様でしょう?私はただの……」


 そこまで言って彼女は口ごもるとまた悲しそうに小さく笑った。なんだろう。ケイトはすごく悩んでいるようだ。


 物語と現実が微妙に重なる受け答えに私の中で疑問符が飛び交う。


 うう。単純にケイトさんの欲しいものを聞こうと思っていたのだけれど。何かが噛み合ってないような不思議な感じ。


 私は彼女をみる。単刀直入に言おう。


 「ねぇケイトさん。ケイトさんが今欲しいものはなんですか?」


 物はいらないと彼女から返事が返ってきた。


 「私は騎士様のような強さと誠実さが欲しい。そして心の底から笑えるようになりたい」


 それが彼女の望むもの。


 私はその言葉に頷いた。


 「わかりました。ケイトさんさえ良ければ私もその願いが叶うようお手伝いしましょうか」


 息を呑み瞳を揺らす彼女に私は優しげな笑みを浮かべた。



◇◇◇



 数日後。


 王都にある広い公園に私とシオンはいた。


 ここは景観が美しいと有名だ。ゲームでもよくデートする場所として使われている。そこにもう一組の男女がベンチに座っていた。ケイトとリオデルだ。


 そしてベンチ後方の木陰に私達は身をひそめている。何か以前もこんなことがあったような。


 私はおずおずと彼を見上げる。


 「ねぇシオン。見てるだけで特にすることもないし。私一人で大丈夫よ」

 「リリアナをこんな所に一人でいさせるわけないだろう。今日だって本当は一緒に出かける予定だったはずだ」


 シオンがムッとして見下ろしてくる。ちょっと機嫌が悪い。


 実際ここで二人のやり取りを見守るだけ。正直シオンといると目立つから私だけで良かったのだけど。


 こうして木陰にいても通りすがる女性達の視線が彼に向かっている。違う意味でドキドキする。


 あの後ケイトから悩みのわけを聞いた。彼女がリオデルに対しああいう態度だったのは理由があった。


 「シオン、あのね――」

 「どうした」


 私は彼にそのことをそっと伝える。


 私は彼女から聞いた時は驚いた。けれど仮にリオデルがそれを知っても気持ちは変わらないんじゃないかと思う。


 「俺もそんなことリオデルは気にしないと思う。身分とか血筋とか関係ない」

 「うん、」


 私もシオンも答えは同じだ。まぁ私がもし庶子の生まれだったとしても彼ならきっとどうにかしてしまうだろう。



 ケイトとリオデルはベンチに座り話している。彼女から大事な話がある。今日はこのために彼を呼び出したのだ。


 「ケイト。話ってなんだ?」

 「……その。リオデルの家から私に婚約の打診がありそうだってお兄様から聞いたの」


 「ああ、」

 「それで、私。ずっと……お断りしないとと思っていて。ずっと言い出せなくて。ごめんなさい」


 震える声でケイトは謝った。


 アークライト家は家格が上。本来であればケイトの方から断るのは難しい。けれど彼は兄と親友だ。きっとこちらの意思を汲んでくれるはず。


 「……理由は?」


 急にリオデルの声が低くなる。いつもは気さくな雰囲気の人。それなのに今ケイトをみる表情は硬い。


 「リオデルはお兄様と同じでいつも私のことを妹のように大切にしてくれた。それはすごく嬉しかったし感謝しているわ。……でも」


 ケイトはうつむく。その瞳は潤みどんどん声は掠れていく。けれどどうにか絞り出す。


 これだけは、言わなければ。


 「……私には秘密があるの。私はお父様の……浮気相手の、子、なの」


 ケイトの父であるリンデル伯爵は優しく穏やかな人だ。ただ当時魔が差したのか何の身分もない庶民の女と関係をもってしまった。それがケイトの母だ。


 そして彼女との間にできた子を伯爵家に迎え入れた。伯爵の妻もまた優しい人でケイトのことを実の娘のように扱ってくれた。


 そう。それこそ実の母よりも母らしかった。父も兄も。ケイトにとってこの家族はかけがえのない存在だ。


 「父も兄もそして養母(はは)も私に優しい。だからこそ周りに私の存在を知られたくなくていつも目立たないようにしてきた。私は学園を卒業したらあの家を出ていこうと思っているの」


 今度こそとケイトは顔をあげてリオデルの瞳を見つめる。幼い頃は平気だった。けれど成長してからは直視することのできなかった瞳。


 でも今日こそは。


 リオデルが彼女をみて息を呑んだ。


 「清廉潔白なあなたに私は相応しくないわ。私なんかよりもっと相応しい良い方が――」


 「言いたいことはそれだけか?」


 え、と驚くケイトの体をリオデルが抱き締めた。その耳元でささやく。


 「知ってるそんなの。とっくの昔に。君と初めて出会った日にディードが教えてくれた」

 「……お兄様、が?」


 隠しておくべきことだと思っていた。彼の腕の中でケイトが呆然と呟く。


 「君は俺のことを買いかぶり過ぎだ。清廉潔白だなんて。……今だって君にどうやって口づけしようか考えているのに」


 「…………っ」

 「俺はケイトが好きだ。だから一緒にいたい。君は?」


 「……好き。私もリオデルのことが」


 リオデルが瞳を和らげ嬉しそうにケイトに口づける。


 こうして無事に二人は思いを通わせ合った。


 その様子を私とシオンは見守っている。途中私の目から涙がはらはらとこぼれ落ちた。ハンカチでぬぐう。


 「ご、ごちそうさまでした。良いもの見せてもらいました。ケイトさん良かった」

 「ほら無事解決しただろ。あとは二人に任せて。行くぞリリアナ」


 デートの続きだ、とシオンが私の腕を掴む。


 その後私はシオンが満足するまで王都中をデートした。



◇◇◇



 後日。


 ラウンジで私はシオンとランチをしている。


 向かいの席には婚約したてのケイトとリオデルがいる。二人はとても幸せそうだ。


 私は二人に微笑む。


 「この度はご婚約おめでとうございます。ケイトさん良かったですね。悩みが晴れて」


 「ありがとうございます。あの時リリアナさんが私の背中を押してくれたから。すごく頑張れたんです」

 「リリアナ嬢。俺からも礼を言う。ケイトが昔みたいに俺の前で笑ってくれるようになったのは君のおかげだ」


 いいえ、と私は笑った。直接私が何かしたわけではない。


 ただ事情を知りケイトの望みを叶えるため。ダメ元で彼に素直な自分の気持ちを打ち明けた方がいいと助言したのだ。


 それは自分のためにもなる。


 悩みを言葉にして吐き出すことはすごく大切だ。それは何の解決にもならないことかも知れないが。


 そして驚いたことがある。あの時リオデルに打ち明けることがなければケイトはもう彼とは会わず、伯爵家から出ようと本気で思っていたらしい。


 意外に彼女は強い人なのかもしれない。モブは強しというべきか。


 まぁ学園内ではモブの立ち位置は弱いけど、町におりたら強そう。


 それにしても、と思う。


 ケイトさんがリオデル様を見つめたときの瞳。あの強い目に私は一瞬惹きつけられた。


 まるでゲームのスチルのようにそこだけ切り取られた世界。


 きっとリオデル様もそう感じたんじゃないかと思う。


 お姫様じゃなくても。


 ヒロインじゃなくても。


 攻略対象の騎士様を射止めることはできるのだ。


 私は一人心の中でふふと笑った。


 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ