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第10話 モブ仲間とのお喋りと攻略対象の騎士リオデル・アークライトとの遭遇



 談話室の一角には書棚がある。本が読みたい。そう思って私はそこから一冊の本を手に取った。


 これは恋愛小説。騎士と姫の許されざる恋を書いた物語だ。今日はこれにしてみよう。


 本は自由に持っていってかまわない。自室に戻る前に少しだけ読んでみようと近くのソファーに座った。


 「きゃっ、」


 読みすすめる中。突然の声と本がバサバサとなだれ落ちる音。私は反射的に顔をあげた。


 みると棚の本が床に散らばり女の子が慌てて拾っている。橙色の髪の子だ。


 私も彼女の近くにいき、本を拾うのを手伝った。


 「あ、ありがとうございます。すみません。大きな音をさせてしまって」

 「大丈夫ですよ。ここは談話室ですし」


 本を一緒に棚に納めると女の子にお礼を言われた。談話室に来る生徒は私服姿なので学年がわからない。いつもならリボンの色でわかるのに。


 学年や家格によって挨拶も気をつけないといけない。


 けれど彼女の容姿は普通。おそらく私と同じモブな気がした。


 「あの……もしよろしければお名前を教えていただけませんか?」

 「私はリリアナ・メロゥと申します。一年生です」


 私が名乗ると彼女は緊張を解いたのか頬をゆるめる。そうして彼女も名前を教えてくれる。


 彼女の名前はケイト。ケイト・リンデル。一年生。私と同じ伯爵令嬢だった。


 同学年と共通した目立たない容姿。私達はすぐに仲良くなった。しばらく本を抱えお喋りをする。やがて互いに持っている本の話になった。


 ケイトは私の持っている本を読み終わったらしく、とても感動したと教えてくれた。


 「ぜひ読んでみてください。騎士様との恋。本当に素敵で。思わず私もこんな恋がしたくなりました」

 「ふふっ。楽しみです。戻ったらさっそく読んでみますね」


 同じ家格ゆえかあまり気を使わなくていい。お喋りを終えると私はケイトに礼をいい自室に帰った。



◇◇◇



 数日後。


 今日はシオンと王立植物園へ行った後カフェへ立ち寄った。二人でデザートを楽しみ会話をしていると、チラリと赤髪の男性の姿が目に映った。


 ん、あれは。


 シオンが急に静かになった私の視線をたどる。


 「彼はリオデル。リオデル・アークライトだ。騎士候補の」

 「前にシオンに協力してくださっていた方ね」


 ダグラス公爵の件でお世話になった。私はシオンの言葉に頷く。


 そして彼は攻略対象の一人。リオデル・アークライト公爵令息。騎士の家系として生まれた。父は騎士団長。


 ただそれより私は彼と一緒にいる女性が気になった。


 「あの方は……ケイトさん」

 「リリアナ、あの女性を知っているのか。彼女はリオデルの友人の妹だ」


 私は思い出したように目を開く。


 友人。そうだ。たしか彼には親友がいた。名は――ディード・リンデル。彼がケイトの兄。


 ゲーム上で彼の妹が登場するなんてなかった。そのため存在も認識されていない。


 私はシオンに寮の談話室で彼女と仲良くなったことを話す。それからケイト達の様子をみた。


 穏やかで優しげな雰囲気のリオデル。けれど向かいに座る彼女の方はうつむき沈んだ顔をしている。


 なにかあったのかな。


 「……リリアナ、聞いてるか?」

 「えっ、は、はい。ごめんなさいシオン。何か言った?」


 あちらの方に夢中になってしまった。私はビクッと肩を震わせシオンをみる。


 シオンが呆れて息をはく。そしてちょっとふて腐れた表情で口を尖らせる。


 「……全く。デート中なのに他人のことばかり夢中になって。少しは俺のこともかまって?」

 「う、ごめんなさい」


 とりあえず今は二人のことは忘れよう。


 心の中で反省し私はシオンとデートの続きに集中した。


 

◇◇◇



 あっという間に休暇が終わり学園が始まった。


 調べたらケイトは隣の組だった。あれ以来彼女と談話室で遭遇することはなかった。


 談話室で会った控えめだけど笑顔の素敵な彼女。カフェでリオデルを前にした彼女。その時の様子がそれぞれ違うこと。


 なにか引っ掛かる。


 授業が終わり帰る時間になった。


 そうだ。久しぶりに学園の図書室によってみよう。教本を鞄にしまい手にさげ廊下を歩く。


 渡り廊下を歩いているとそこから赤髪の男子生徒の姿が見えた。普通の生徒と比べ頭一つ分高い。きっとあれは騎士候補のリオデルだ。


 シオンも背がすごく高いけれど、リオデル様はさらに高いのよね。


 彼は騎士道精神というか、とても真っ直ぐな人だ。卑怯なことが嫌いで誰に対しても分け隔てなく接する。もちろん悪人に対してはその逆の態度だ。


 まぁ、これはあくまでゲーム上での話。


 けれどリオデルは今、桃色髪の女の子と会話している。あれはヒロインだ。


 あれれ、と私は記憶をたどる。こんなシーンあったかな。


 どんなことを話しているのか。もっとよく聞こうと耳をそばだてていると後ろから低い声がした。吐息がかかりそうな至近距離。


 「リリアナ、何してる」

 「ひゃっ、シオン」


 これは絶対わざと。耳をおさえて真っ赤になる私をみてシオンは笑っている。


 けれど動揺する私の視線の向こうにリオデルがいることに気づいたのか、不機嫌そうにこちらを見下ろしてきた。何か疑われてる気がする。


 「ち、違うの。その、桃色髪の子がいたから。彼女はアークライト様と仲が良いのかと思って……」

 「リオデルは誰に対してもああだ。でも彼の本命は違う娘だ。ほら、リリアナも知っているだろう。ケイト嬢だ」


 「えっ?」


 驚いて私は聞き返す。シオンが二人について教えてくれた。


 リオデルとケイトは彼女の兄の計らいもあり、そのうち婚約する予定だということ。だが実際のところはリオデルの方がケイトをとても気に入っているらしい。


 でも、と私は思う。ヒロインはリオデル様に近づいている。なんだか不安だ。無事にケイトと婚約できれば良いけれど。


 そう思っていたらシオンの声が落ちてきた。


 「リリアナはあの娘のことが気になるのか?」

 「シオン、」


 彼が瞳を和らげ私を安心させるように頬を撫でてくる。


 「言っておくが君と俺の婚約が決まったと同時に彼女が俺に近づいてくることはほとんどなくなった。だから心配しなくていい」

 「…………」


 私、そんなに不安な顔してたのかな。


 たしかに前、シオンがヒロインと一緒にいたことを思い出す。リオデルのこともそうだが私が気にしていると思ったのだろう。


 「うん。シオンのこと信じてるから大丈夫。私の方こそごめんなさい」


 そんなふうに二人で話していると向こうからカサカサと芝生を踏む音がした。振り向くとリオデルがこちらにやって来る。ヒロインはもうそこにはいなかった。


 「おや、リリアナ嬢。それにシオン。二人とも相変わらず仲が良いな」


 朗らかな笑みでリオデルが私達をみる。


 「お久しぶりです。アークライト様」

 「リオデル。彼女と何をしていたんだ?」


 シオンたらわざとね、と私は思った。肩をすくめてリオデルが苦笑する。


 「何ってやましいことはしていない。ただ殿下のことを教えてほしいって言われてさ。ついでだからあの子に女性が喜びそうな贈り物、どんなものがいいか聞いていたんだ」


 彼の言う贈り物。それってケイトへのプレゼントのことだろうか。


 すかさずシオンが口を開く。


 「そういうのはお前の想い人に直接聞いた方がいいんじゃないか。女性はそれぞれ好みもあるだろう?」

 「ああ、そうさ。だがいつもケイトは何もいらないと言うんだ。この間一緒に出かけた時もそうだった」


 ちなみに桃色髪の子は「可愛いものがいい」と言っていたらしい。彼女らしい答えに私は心の中で頷いた。


 けれどこれはあくまでケイトの好きなもの、だ。私はリオデルをみる。


 「好きな人からもらった物なら何だって嬉しいと思いますよ。……その、失礼ですが。アークライト様はケイトさんにきちんと言葉で愛を伝えていますか?」


 「え?」


 思いもよらない言葉だったのかリオデルは目を瞬いた。何を言わんとしているのかピンときていない表情だ。


 やはりと思った。これは絶対友達感覚でケイトに接している。たぶん彼女はリオデルの恋愛感情に気づいていない気がする。


 ゲームではリオデルの好感度を上げるためにまず友達として接していかなければならない。イベントをこなしていくうち、やがて彼の中で守りたい存在へと変化し好感度がMAXになるのだ。


 それまで彼の方から浮いた台詞は一切ない。あるのは卒業パーティーの時くらいだ。


 「たしかに女性の好みは人それぞれです。けれどまずは自分が相手を慕っている。それを言葉や態度で示してみては。他の人と区別をつけてはっきり伝えてあげないと……」


 あの時ケイトが浮かない顔をしていたのはそのせいかも。


 というかこの時点ですでにリオデルがケイトを攻略するという展開になっている。やっぱりここはゲームのようでゲームじゃない。現実なのだ。


 「アークライト様は多少大げさなくらい歯の浮くような台詞を口にしても良いかと思います」


 横でシオンが笑いをこらえている。


 な、何て言えばとリオデルが動揺していた。彼はとても真面目な人だ。


 「リリアナ、もうそれくらいにしてやれ」

 「シオン、」


 シオンが息をはき、私を軽くたしなめる。そして何で俺がと言いたげに額をおさえた。


 「まずケイト嬢への愛の言葉は大切だ。だが贈り物を求めているかは確認した方がいい。……リリアナはそういうの得意だろう?」


 さりげなく私がケイトに聞いてみろと彼は言っている。女性同士の方が彼女は話してくれるかもしれない。まして私はモブだし目立たない存在なら尚更。


 「わかったわ」


 私はシオンにふふっと笑った。


 


 


 

 


 


 

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