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いつもありがとうございます。
今日は2話投稿します。本日1話目です。
ドマシュ王国の外遊からもどって上機嫌の王と、里帰りと悪だくみがうまくいったイレーヌ妃は、半月ほどのちに王室管理室から衝撃の事実を聞いた。
「ドマシュ王国の行き遅れ王女殿下と、我が国のリグラス王子との婚姻はこのまま進めていますが、婚約披露の宴はいつ頃にいたしましょうか」
「リグラスだって?」
王とイレーヌ妃は、慌てて、契約書類の控えを読んだ。
どこにも「ローレン王子」とか「第一王子」とは書いていない。
『マリアデア王国王子とドマシュ王国王女との婚約に関する覚書』という出だしは良い。
やたら難解な言い回しの書類には、細かい取り決めが記されている。
王子と王女の婚約なのだから仕方がない。
だが、最後まで、王子は「マリアデア王国王子」で統一されていた。
さらに、署名は、国王とイレーヌ妃の名で記されている。
「どこにもリグラスの名は書いてないじゃないか」
「そうです。ローレン殿下の名もありません。
ですから、陛下とイレーヌ妃殿下の署名から判断します。
イレーヌ妃に婚約決定の権限があるのはリグラス王子だけです」
マリアデア王国は、婚約をなかったことにするために、違約金を払うことになった。
イレーヌ妃の資産と、国王が貯めた小遣いが使われた。
王宮は、決して金を出さなかったからだ。
終いに、法務部大臣と宰相は、国王に厳しく告げた。
「我が国は、国王おひとりには、重要な外交の決定をする権限はございません。
法で決められております。
もしも破るのなら、即座に国王の座から降りていただくことになります。
今回のことは、ご両親として、リグラス王子の婚約を決めただけならと、ぎりぎりセーフと判断しました。
ですが、次はありません」
国王たちの企みとその顛末を知ったジネブラ妃とローレン、そして、コルネール公爵は、
「いざとなったら、ユリアとローレンの婚約を発表するしかあるまい」
と覚悟を決めた。
ユリアの16歳の誕生日まで、あと8か月ほどだった。
◇◇◇
コルネール家の使用人たちには、ローレン王子は「ユリアお嬢様のことになると、ちょっと残念な王子様」と思われている。
たとえば、ある日のローレン王子のお土産は「トカゲ」だった。
体に鮮やかな青い縞模様の入ったトカゲが数匹、木箱に収められていた。
「きれいなトカゲ」
ユリアが喜んだ。
トカゲを喜ぶお嬢様もたいがいだと侍女たちは思う。
新人の侍女などは、思わず一歩下がっている。
「このトカゲはね、ナメクジが好物なんだよ」
「まぁ! ナメクジを食べてくれるの!」
ユリアはトカゲがわさわさしている木箱に頬ずりをした。
いくら「野菜やダリアの新芽を食べてしまうナメクジ」の天敵だとしても、そのナメクジを食ったトカゲの箱に頬ずりするのはいかがなものか。
「私の畑の衛兵本部長に就任してもらうわ。
大事にするわ、レン様!
大繁殖してもらわなきゃ!」
お嬢様、おやめください、侍女たちは胸中で叫んだ。
侍女の願いもむなしく、それから数カ月もしないうちに、コルネール家の庭のそこかしこで、青い鮮やかなラインのトカゲ本部長が、見回りをしている姿を見かけるようになった。
◇◇◇
国王の「外遊先での失敗」――国民からすれば「またあの残念な王がやらかした」と思われている――から2か月ほどが過ぎた。
事実は失敗ではなく、悪だくみだ。悪だくみは阻止されたので、失敗と言えば失敗だが。
コルネール家に従姉妹のラミダが訪れた。
ユリアと「お喋りがしたい」と言う。
従姉妹だからと前触れもなしに来るのはどうかと思う。たまにならいいが、この従姉妹はいつもそうだ。
――また情報が欲しいのね。
ユリアはこっそりとため息を吐いた。
母ソフィアが居れば上手くあしらってくれるが、いつまでも母に頼るのは良くない。
自分できっちり対応しようと応接間に行くと、
「おっそ~い!」
と文句を言われた。いきなり来ておいて文句を言える立場ではないのだが、ラミダはこういう女だ。
「約束もなく来るからよ」
「どうせ暇だったでしょ。
私なんか、卒業して王宮勤めになったから、すんごい忙しいんだから」
ラミダは下っ端侍女だ。
忙しいはずはない、と思いながらも「あ、そう」と手短に答えた。
コルネール家の侍女が茶のカップを置くと、ラミダはさっそく手に取り「ずび」っと飲んだ。
マナーも何もあったもんじゃない。
ユリアも、良く言えばおおらか、悪く言えばいい加減な方だが、ラミダほど酷くはない。
ラミダのベージュの艶やかな髪と緑の瞳は綺麗だ。性格は別として顔は可愛い。
化粧も上手いと思う。
彼女の侍女が上手いのかもしれないが。
「あのさ、ソライエ帝国から留学生が来るでしょ、しかも、皇子と皇女殿下」
――あー、やっぱその話ね。
ユリアは思わず苦笑した。
「そうね、来るみたいね」
「もぉー、私が卒業する前に来てくれれば良かったのにぃ」
ラミダがジタバタと足を踏みならす。
「美男美女の殿下たちみたい。
ちょっと我が国とは、違う雰囲気の方」
「ユリア、なんで知ってるの?」
「お父様が、写真持ってたわ」
「なんで?」
――釣書みたいなのをもらったから。でもそんな情報、言わないけど。
「理由なんてどうでもいいでしょ。詳しくは父に聞いて。
見せてもらったの。
婚約者捜しで来られるみたいだし」
「えぇぇえっ! 帝国にお嫁入りできるのっ?」
「条件があるみたいだから、上手くいかないわよ」
――ラミダみたいな、がさつなのは、まずムリ。
思いながらも面倒だから言わないでおく。
「どんな条件?」
「魔力量が高いこと」
「えー、マジ? 嘘でしょ」
「……なんでこんなことで嘘つくのよ」
「そんな話、知らないー。
あっ、でも、私、そこそこの魔力量よ。
父は魔力量高いから。
母はいまいちだけど
もぉー、こんなことなら、もっとしっかり魔力上げ訓練、すれば良かった!」
「たいがい、そうやって、後で後悔するのよね、仕方ないけど」
訓練はきついし、幼い頃にやるものだから余計にサボりがちで、手遅れになってから悔やむのだ。
「ユリアとセオドア兄様は訓練したんでしょ」
「うん。したわ。
セオドア兄様は、訓練したら父の剣を譲ってもらえるって言われて。剣に釣られたって。
私は、土魔法が使えるようになったら、芝生を畑にしていいって、畑に釣られて」
「あんたは、ホントに、貴族令嬢の風上にも置けない女ね」
「……失礼ね。
いいわよ、別に。風下でも」
「そこそこの魔力量でも、いいと思う?」
「ダメじゃない?
皇族から魔導士が出て欲しいから、魔力量の高い婿や嫁が欲しいんだもの」
「なんなのよー、それ!
もしかして、帝国は魔導士が少ないから?」
「正解」
ソライエ帝国では、2代前の皇帝が、謀反を怖れるあまり、迫害を繰り返して魔導士を国から追い出してしまった。
今現在、ソライエ帝国は、世界でもっとも魔導士の少ない国だ。
先代皇帝のころから魔導士を呼び戻そうと様々に政策を打ち出しているが、いかんせん、信用がない。
また愚かな皇帝の代になったら、どうなるかわからない。
そこで、皇帝は、皇子と皇女らの婚約者に魔力の高い者を選んで、皇族からも魔導士を増やそうと考えている。
帝国内には、魔力の高い貴族家はほぼないので、外国から選ぶ予定だ。
マリアデア王国の王子とユリアもその候補の中に入っている。
――帝国から打診されたら、断り難いのよね。
まだ正式にはないけど。
「ねー、ユリア、もしかして、コルネール家に話が来てるの?」
ラミダに探るように尋ねられ、ユリアはニコリと笑った。
「来たわ。でも、まだ、ただのお伺いよ」
「はぁ? だからぁ、つまり、話が来たんでしょ?」
「あのね、大帝国のご縁談だから、そんな簡単じゃないのよ?
最初に色々、情報交換みたいなのから始めるのね。
その最初の段階」
「あー、もぉ~、私だって、ユリアとは歳も大して変わんないし、顔はもっと上等なのにぃ」
ラミダとユリアの容姿に格差はないと思うが、ユリアは認識阻害の魔導具をつけたままだった。
従姉妹の前なのだからつける必要はないが、ラミダはいつもいきなり来るから外し損ねるのだ。
言い訳も面倒だし、今更外すこともないだろう。
「こういうこともあるんだから、魔力量をあげる訓練をしておけば良かったでしょ。
自業自得」
「悔しすぎる」
――魔力量の問題だけじゃないと思うよ。
とは思うが、追い打ちをかけるのはさすがに止めておく。
「で? 帝国に行くの? ねぇ、従姉妹の侍女は要らない?」
――……なんでこんな、がさつな侍女を連れて行かんとならないのよ。
行かないけど。
「あのね、私、婚約者、決まったから、帝国には行かないわ」
「えぇー、誰よ、なんで、いつの間に? えぇ? 金目当て? 持参金いくら積んだの?」
ユリアはこめかみがヒクつきそうになったが耐えた。
「……持参金は要らないって言われたの。
まぁ、でも、それなりの金額をお父様は考えてるみたい」
「誰なの、その物わかりのいい年寄りは」
「……なんで年寄り……。
お年寄りじゃないから。
ローレン殿下」
「げー、まさかの大穴」
ラミダが叫んだ。
ユリアは、やっぱり、この従姉妹に知らせる役は母にお願いすれば良かったと後悔した。