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(7)

ブクマや評価をありがとうございます。(^^)

明日は、2話投稿しようと思っております。

時間は、夜8時と、夜9時の予定です。







 イレーヌは苛立っていた。

 侍女から報告を受けたからだ。

 ――ローレンがユリア・コルネールと接触した?

 ローレンは、女恐怖症じゃなかったの?


 ローレンの閨係に自分の手駒を潜り込ませたのはイレーヌだ。

 イレーヌは、使える手駒を幾らか持っている。

 あの閨係の女は、ある茶会で知り合った。

 偶然、イレーヌの侍女が、女の腕にひどい痣がいくつもあるのを見た。

 おそらく、夫の暴力だろう。噂をチラリと聞いたことがある。


 数日後、侍女に毒を持って行かせた。

「庭のモグラの被害があると聞きましたの。とてもよく効く毒ですのよ。この国には売っていない薬ですわ」と。

 もちろん、モグラの話など嘘だ。女が出所のわからない毒に飛びつくだろうと思ったのだ。

 案の定、彼女の夫は不審死し、イレーヌの手駒がひとり増えた。

 男性の生殖能力を不能にする薬は、イレーヌはドマシュ王国に里帰りしたときに手に入れた。

 入手ルートは調べてもわからないはずだ。

 女には、万が一失敗したら、「自白剤と拷問の苦痛を和らげる薬よ」と『毒』を渡しておいた。


 その結果、やはり、素人仕事では上手くいかなかったようだ。

 この事件について知っている者はごく少ない。

 王宮は、王室管理室が、今時、未亡人に閨教育をさせるというところから、あまり公にしたくなかったのだ。

 おまけに、せっかく王子が機転をきかせたのに、近衛の失態で女を死なせてしまった。

 事件の背景も分からなかった。

 そんなわけで、イレーヌにとっては失敗ではあったが、事件はほぼ隠蔽された。

 状況的に見てイレーヌが疑われているが、疑惑のひとつやふたつ、今更、イレーヌは気にしない。

 手駒をひとり死なせたが、元から使えない女だ。

 王室管理室のツテを失ったことの方が痛手だった。


 ただ、良いこともあったのだ。

 ローレンは、以前は、優しげで麗しい王子と評判だった。

 ところが、事件以来、女が近づけば睨みつけ、侍女すらも昔から仕えている者以外はそばにおかなくなった。

 ジネブラ妃も、ローレンの婚約者探しをしなくなり、名前があがっていた婚約候補たちも、みな、取り消してしまった。

 このまま、ローレンが「女恐怖症」でいればいい、とイレーヌはほくそ笑んでいたというのに。


 イレーヌは、王立学園の武道大会になど興味はなかった。

 埃っぽい競技場に行くつもりは毛頭なく、国王も同じだ。リグラスを出場させるなんて、さらにあり得ない。綺麗な顔に傷でもついたら大変だ。

 とは言え、貴族の多く集まる場で何があったか、情報は必要なので、侍女を行かせた。

 イレーヌは、情報源として、自分が国から連れてきた侍女たちを一番信用している。

 他の取り巻き達から聞く噂話などは、半分も信じていない。

 侍女がイレーヌに報告したのだ。

「あの地味な容姿の、家柄以外に取り立てていうこともないようなご令嬢に、ローレン王子はやけに親しげでいらっしゃいました。

 ご令嬢に微笑みかけるローレン王子なんて誰も見たことがなかったと、少しばかり評判になっていました」


 ――まさか、私がリグラスの相手にと狙っていたユリアに、女恐怖症のはずの王子が「微笑みかける」なんて。


 イレーヌは、今のうちに手を打っておくことにした。


□□


「ねぇ、シオ~ン」


 麗しいイレーヌ妃に甘く名を呼ばれて国王は緩く笑みを浮かべた。

 40代も半ばのイレーヌは、まだ若々しく美しい。

 化粧をとると昔とはだいぶ違うが、それは見ないふりをする。

 酒をお飲みになりすぎるから肌が荒れるのだ、と仕事仲間と話していた侍女はいつの間にか消えていた。


 ――彼女の機嫌を損ねると面倒だからな。

 イレーヌは厄介な妃だ。侍女をすぐに辞めさせたりする。

 国王は、彼女を娶ってすぐに後悔した。

 機嫌の良いときと悪いときの差が激しいのだ。

 ――だが、ジネブラよりはマシだ。

 彼女といると息が詰まる。


 ジネブラと婚約したころは、仲は悪くなかった。

 彼女はシオンを気遣ってくれていた。

 だが、あれは、演技だった。

 亡き父が、しばしば、ジネブラに「愚かな息子を頼む」と言っているのを知ったのは、ずいぶん昔のことだ。


 イレーヌは、その点、気安くて可愛い。

 自分に合っている。

「ねぇ、シオン。

 私の姪を知っているでしょう?

 なかなか結婚できなくて。

 今年27歳なの。

 国内の貴族から探すのはもうムリみたい」

「気の毒だな」

 国王は行き遅れの王女など興味もないし、本当は気の毒とも思っていないが適当に答えた。

 王女という付加価値があっても貰い手がないとは、よほど問題のある女だろう。

 国王はだいぶ酔っていた。

 イレーヌは王のグラスに芳醇な古酒を注ぐ。彼の好きな酒だ。

「ローレンと結婚すればいいと思わない?」

「そうだな。隣国の王女との婚姻は良縁だ」

「ええ。お父様も、すごくお喜びになるわ」

「行き遅れが嫁に行けたら、それは喜ぶに決まってる」

「きっと、恩を売ることが出来てよ」

「ふうん」


 ――あの爺さんを喜ばせたら気分が良いだろうな。イレーヌも姪をなんとかしたいようだし。

 シオンは酔った頭で考えた。


□□


 ドマシュ王国は、面倒な隣国だ。

 例えれば、「悪知恵が働く不良が隣に住んでいる」ようなものだ。

 17年ほども前には、性悪女の第三王女を押し付けられた。


 マリアデア王国の外交部は、あのときのことを忘れていない。

 王子と王女が結婚するとなれば、十分な下調べと、打ち合わせ、申し合わせが行われ、月日をかけて決定するものだ。

 それを、すっ飛ばされた。


 結果、ドマシュ王国内で「とんだ性悪ビッチ」と評判だった女が、マリアデア王家の中枢ほど近くにいる。


 剣術大会から3か月が過ぎたころ。

 国王はドマシュ王国に外遊に向かった。

 マリアデア王国国王と、ドマシュ王国の国王は、仲が良い。

 ふたりは義理の息子と義理の父という関係だ。

 仲が良いと言っても、隣国の機密を手に入れようとする義父と、重要な機密に触れさせてもらえないので知らない義理の息子の会話は不毛なだけだ。そばで聞いているマリアデアの外交官は時折、失笑しそうになる。


 だが、今日は笑えないことを国王はやらかした。

 勝手に、「我が国の第一王子とドマシュ王国王女の婚姻」を決めたのだ。

 またも、宴席での口約束だ。

 国王に「婚約の書類を揃えろ」と命じられた外交官は、一計を案じた。


 口約束だとしても、一国の王が、隣国の王に約束してしまった。

 双方ともに酒がだいぶ入っているとしても、だ。

 外交官は小難しい文言が細かく入った書類を速やかに作成して王に渡す。

 王は署名し、あちらの文官も急ぎ確認してドマシュ王国国王も署名する。


 これで、下準備段階での大まかな「婚約の取り決め」は合意がなされた。


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