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(6)


 ユリアとローレンが婚約して1年が過ぎた。


 今日はローレンの通う王立学園で武道大会がある。


 今年は学園創立100周年記念ということで、騎士団の騎士が模擬戦を披露したり、父兄や来賓も呼ぶ催しとなった。

 王立学園だというのに、武道に興味のない国王は来ない。

 学園側でも、文句の多いイレーヌ妃や陛下が来ると面倒なので良かった。

 それより、近衛の隊長や騎士団長や、魔導士隊の隊長たちをお呼びした方が学生たちの士気が上がるだろう。

 我が国では、国王はそこまで嫌われてはいないが、人気もない。


 今日はユリアも兄や母と王立学園に観戦に行く。父は職場から向かうので別の馬車だ。

 コルネール家は王立学園に寄付をしているので来賓として招かれていた。


 一緒に学園に向かう馬車の中で、セオドアは不機嫌だった。

 ユリアが身に着けている「認識阻害の魔道具」のせいだ。

 ローレンに着けさせられたものだ。

 おかげで、ユリアの姿は「なんとなくはっきりしない」「地味」になっている。


「お前の執着心丸出しの婚約者が押し付けた魔道具は、本当に不愉快だな」

 セオドアが嫌そうな顔をする。

 ごく軽い魔導具なので、魔力の高いセオドアにはほとんど効かないが、時折、妹の姿に、薄らとモヤを感じる。それが鬱陶しい。

「ローレン王子にセオドアがなんて言ってたか伝えたら、『義兄上は本物の恋をしたことがないからだ』とか言ってたわねえ」

 ソフィア・コルネール夫人が思い出し笑いで口元を緩めた。

 『本物の恋』という言葉にユリアの頬が染まる。


「……生意気な……。

 ユリアも大人しく着けてるんじゃない!」

「お兄様、そう言いますけど……。

 理由がよくわからないから、一応、着けた方が良いような気がするじゃないですか」

「……私はお前のその従順さが心配だよ」

「ユリアが痩せちゃったから、着けさせたかったのよ……」

 ソフィアは困り顔でユリアの髪を撫でた。


 ユリアがどうして太ったのか知っているソフィアとセオドアは、微妙な表情を浮かべていた。

 ユリアは品種改良した小麦のために太ったのだ。


 ユリアが太り始めたのは12歳のころだ。

 その頃、ユリアは、ベルーゼ領の小麦の品種改良に成功した。

 ユリアは喜び勇んで、父たちに報告した。

「とても良い小麦ができたの」と。

 栄養があり、味も良い。

 お粥にして食べても美味しい。


 自信満々で、農業協会に持ち込んで検査してもらったところ、等級が3から2に上がった。

 みな、喜んでくれた。

 すごい! 2等級になった! と領地では大騒ぎだった。


 でも、ユリアは違った。

 きっと1等級になれる、と思っていたから。

 この時、ユリアは知らなかった。誰にも知られていなかった。

 エフェルと言う貴族が、協会のある一人の職員と癒着し、密かに判定に影響を与える工作をしていたことなど。


 ユリアは、農業協会を見返してやるの! と闘志を燃やし、今度は、ベルーゼ小麦を美味しいパンに加工する方法を模索し始めた。


「うちの小麦なら、国一番に美味しいパンが焼けるわ」


 ユリアはベルーゼ小麦に合ったパン酵母を探した。

 地元の素材が良いだろう、と直感的に思いつき、野葡萄や野苺や梨や林檎など、あらゆる果物や雑穀を使い、酒種を使い、パン種を発酵させ、パンを焼いた。

 ユリアは、それまでは、規則正しい食生活をしていた。

 母ソフィアは、家族の健康には気を配る夫人だった。

 それが、徐々に崩れていった。

 失敗したパンは、乾燥させてすりおろしてパン粉にしたり、卵とミルクの液に浸してパンの菓子にしたり、捨てないようにした。


 このころ、コルネール家の家族や使用人らは、邸警備の私兵まで、みな、少しずつ太った。

 一番熱心に味見をしたユリアがもっとも太った。


 そうして、半年が過ぎ、ユリアの自信作である「ベルーゼパン酵母」が出来上がった。

 フェルナン・コルネールは、ユリアのパンは、親の欲目抜きにしても美味だと思った。

 王都内でつぶれかけた小料理屋を買い取って改装し、パンのメニューを中心にした洒落たカフェを開いた。


 美味しいパンを売りにして、宣伝した。

 開店早々のころは、わざと焼き立てパンの匂いを辺りに漂わせ、味見用のパンの小袋を配った。


 ユリアが、なぜか突然、思いついた『卵と酢と油と塩をよくよくかき混ぜたトロリとしたソース』に、ゆで卵やほっくりとした茹で芋や蒸した鶏肉を和えて具を作った。絶品の具を挟んだ卵パンや芋サラダパン、蒸し鳥パンは、爆発的に売れた。

 味わい深く香り良く美味しいパンが焼きあがる「ベルーゼパン酵母」は、ベルーゼの小麦が合う。

 ユリアは、二等でも、決して小麦の安売りはしなかった。


 一連の出来事で、宰相や協会の他の職員たちが不自然さに気づいた。

 エフェル伯爵は捕らえられた。共犯者の職員による工作は、窃盗および器物破損にあたる犯罪行為で、その悪質さと贈収賄が長年にわたっていた事により、刑罰は非常に重いものとなった。


 ベルーゼ小麦も、晴れて1等級と認められた。

 貧しかったベルーゼ領は、豊かな農地の広がる領へと変わっていった。

 その代わり、ユリアのお肉も豊かになってしまった。


 ユリアは、あまりダイエットに興味がなかった。

 今では、パンを研究していたときほどは、味見をする必要はない。

 ゆえに、それ以上は太ることはなかったが、体質もあるのか痩せにくく、元に戻らなかった。

 なにより、ユリア本人が気にしていなかった。


 けれど、ローレンに恋してしまった。

 ユリアはきっぱりと間食をやめた。

 それから、調理場に頼んだ。

「お願いがあるの。

 これから、領地の食材とかを味見するときはお食事を減らして、味見の食材を使ってほしいの」


 これだけでも、徐々に効果があった。

 半年ほどかけて久しぶりに昔の体型に戻っていった。


 ローレンは、そんなユリアの変化に速やかに気付き、

「愚弟に気付かれるといけない。婚約者の私以外に姿を見せる必要もないからね」

 と認識阻害の魔道具をつけさせた。

 ユリアは、父から「リグラス王子は、周りに綺麗な令嬢を侍らせて悦に入っている」と聞いていた。

 ゆえに、今更、ユリアに気が向くとは思えず、そもそも、リグラスとは学園も違う。

 それに、こういう軽い魔導具は、高い魔力量があれば効果はない。少し注意を向ければ阻害効果が解けてしまうからだ。

 だから、そう答えたのだが、「頼むから私を安心させてくれ」と言い張られ、やむなく身に着けている。


 ローレンは、可愛い婚約者に執着しているのだが、ユリアはよくわかっていなかった。

 もちろん、コルネール家の家族と、王妃や第一王子の身近の者たちはよく知っている。


 王立学園の剣術大会は盛大に始まった。

 コルネール家の家族は良い席を用意されていた。


 やはり目の前で見る試合は迫力がある。

 騎士団の騎士の模擬試合から始まったのだが、学生たちの試合も気迫にあふれていた。

 騎士団長や、防衛の要となる名だたる隊の隊長たちが列席しているのだ。

 いつもよりも力が入っているようだ。


「ユリアの婚約者は、魔導師志望でもないだろうに」

 セオドアが、魔導師の卵たちに混じるローレンを眺めて呟いた。

 魔導科と騎士科以外の学生は、「文系剣術部門」の試合に出るのが普通だが、ローレンは魔導部門での試合に臨んでいる。

「王位に就かなかったら、魔導師になるってレン様は言っていたわ」

「そうか」

「法学科だけれど、魔導の授業は時間の許す限り選択しているし、魔法実技の訓練も熱心にやってるんですって。時間があまり取れない分、きつい訓練内容にしてるみたい。

 それで、学園では『本当は魔導士志望か』とか言われているって聞いたわ。

 あ、レン様……」


 ローレンは、今日は、魔導士のローブを羽織っていた。

 すらりと背の高いローレンがローブをはためかせて魔導士の短杖を手に試合場で立っている。

 まるで絵のようだ。


「案外、強いな」

 試合が始まると、セオドアが褒めた。

 ユリアは声も出ない。

 3試合連勝し、決勝進出を果たした。

 決勝戦の相手は魔導の天才と噂される有望な学生だった。

 ローレンは劣勢となっても懸命に食らいついたが、最後に膝をついてしまった。


 会場中が湧き、拍手と歓声がすごかった。


 表彰式が終わって、ローレンがコルネール家の皆と宰相がいるところまで挨拶にきた。

 宰相と領主会議議長のコルネール公爵に、王子として挨拶をするのだろう、と周りのみなは眺めていた。


 第二王子のリグラスは、今日はサボりだ。

 毎年、剣術大会の日には、第二王子は腹が痛くなるらしい。


「ローレン殿下、準優勝、おめでとうございます」

 宰相が述べ、ローレンは恭しくお辞儀をした。

「ありがとうございます、宰相閣下」

「おめでとうございます。

 良い試合でしたな、王子殿下」

 コルネール公爵も朗らかに述べた。

「ありがとうございます。

 そう言っていただけると嬉しいです」


 セオドアとソフィア夫人も祝辞を伝え、王子はそれに答えた。

 ローレンは、最後にユリアの方を向いた。


「とても恰好良かったです、ローレン殿下」

 ユリアの素直な賞賛にローレンの頬が心なしか色づく。

「……負けてしまいましたが」

「最後の最後まで、すごい集中力で。

 素敵でした。見惚れました」

 ユリアは熱心に告げた。

 ローレンと対戦相手は、実力差があるのは戦い始めてすぐにわかった。

 それでも、ローレンは最後まで決して諦めず、ときには捨て身で、ときには相手の意表を突く戦略で、全力で挑んだ。

 その姿が、男らしく恰好良かった。

 照れたように頬を緩めるローレンは、王子である前にひとりの多感な青年だった。


 すぐに取り繕ったすまし顔に戻ったが、様子を伺っていた周囲には、しっかり目撃されてしまった。


 その出来事は、それから3か月後に起こったイレーヌ妃の悪巧みと国王の愚行の遠因となった。


評価やブクマをありがとうございます。

^_^

明日も20時に投稿の予定です。

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