女の戦い?(2)
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「ローレン!」
ユリアは見知らぬ令嬢に囲まれている夫に声をかけた。
社交はおざなりのユリアはそもそも見知らぬ貴族だらけだが。ローレンが「ユリアは社交は適当でいい」と言ったのだから仕方ない。
穏やかに話しかけるつもりが、かなり不機嫌に尖った声になってしまった。
「ユリア」
思いがけず、妻が近くにいたためにローレンは目を見開いた。
「お昼を一緒に食べましょう!」
ユリアは有無を言わさぬ口調で誘うと、ローレンの腕を掴んだ。
他の令嬢たちが呆気に取られている間にずんずんと端まで進み、階段を降りる。
「あの……、ユリア?」
「なんですか? 旦那様! あの女たちと昼を食べたかったとか、そういうのは聞きませんからね!」
ユリアは不機嫌に言い放つ。
「あ、当たり前だろう!」
ローレンは慌てて答えた。
「一体、なんです? あれは。
まさか、浮気……」
ユリアが不穏な声で言いかけると、
「違う!」
ローレンは食い気味に否定した。
「それならいいです!」
「ゆ、ユリア。
もしかして、嫉妬してくれたのかい?」
ローレンは、自分がまるで思春期の若造のように胸が高鳴っているのを感じた。
「嫉妬……なのか知りませんけど! 気分は悪かったです!」
「本当かい? 本当に?
ユリア!」
「……なんでこんなことで嬉しそうにされるんです?」
ユリアは不可解さに眉間に皺を寄せた。
「ユリアのことだから、私が言い寄られてもなんとも思わないかと……」
ローレンは自分でも情けないくらい気弱い声が出た。
「レン様、私に対する認識が歪んでませんか?
私がまさか、自分の夫の女関係に無関心だとでも?」
ユリアは珍しく怒り顔だった。
「てっきり、私ばかりが妻に夢中なのだと……」
「む、夢中? あ、ぁぅ、レン! そう言うことは、二人きりの時に言ってください!
それから私は、ちゃんと夫に関心ありますから!」
ユリアは頬を赤らめた。
先程から怒ったり頬を染めたり、顔が忙しい。
「よ、よかった。
それでね、ユリア。
少し、事情があるんだ。
近衛隊長たちに頼まれて……」
「は? 近衛隊長?」
ローレンは、ユリアにことのしだいを伝えた。
もっと早く伝えれば良かったと思った。
とはいえ、ユリアがちゃんと嫉妬してくれることがわかって、その点は良かった。
「なるほど……犯罪者かもしれないんですね。そうしたら、嵌めてやらなきゃですね。
レン様にわざと言い寄らせて、私の機嫌が悪くなるところを見せてやったら、調子に乗って何かやらかすかもしれないわ」
ユリアが何やら不穏なことを言っている。
「それは私が嫌だからやめてくれ」
「何を仰る。こう言うのは、徹底的にやらないと!」
「ゆ、ユリア」
ローレンは忘れていた。
ユリアは猪突猛進型の魔導士だった。
◇◇◇
ローレンが妻に嫉妬してもらう悦びに浸っていたころ。
令嬢の父たちが勤める執務室では、王宮の裏任務の影たちが仕事をしていた。
令嬢たちが父親の執務室を訪れるのは分かっていた。王宮に入る時に渡された許可証に大臣らの署名が要るのだ。
ターゲットの部屋には魔導具の盗聴器が仕掛けられ、会話が確かめられていた。
「なんだって? あの王妃は陛下にはまるで関心がないようだと言われていたのにか。
お前の色気が足りなかったんじゃないのか」
厚生部大臣が娘を詰っていた。
「ち、違いますわ。ちゃんと陛下の腕に胸を押し付けましたら、陛下のお顔が少し赤らみましたもの。
王妃様の邪魔がなければ、もう少し進展したと思いますの」
「まぁ、良い。まだ時間はある。妃のお産が終わるまでは王宮に通うのだぞ」
「わ、わかりました」
厚生部大臣は黒と判明した。
◇◇
外交部高官の執務室でも怒鳴り声が聞こえた。
「また勝手に王宮に入り込んでいたのか。
いい加減にしろ!」
「お父様が陛下とお約束をして下さらないから……」
「馬鹿もん! 第二妃など! イレーヌ妃でうんざりした陛下が欲しがるわけがないだろう!
王妃が懐妊されたのだ。お世継ぎの心配もまだ必要ない。お前は謹慎だ! 私の立場も考えろ!」
「えぇ~」
外交部高官はただの注意で済みそうだ。と裏任務の影は考えた。
◇◇
文科部高官の執務室では、穏やかに会話する声が聞こえた。
「セーラ。用もないのになぜ来たのだ?」
セーラと呼ばれた令嬢はにこりと微笑んだ。
父親の部屋に来たのは、王宮に入るときに手渡された許可証に父親のサインがないと出るときに困るからだ。
入るときは家の家紋入りの身分証を提示し、「父親から忘れ物を届けるように頼まれた」などと適当な言い訳をしておいた。
帰りには、門番に渡された許可証に父親の署名がないと留め置かれる。
以前も留め置かれて、けっこう長い時間、父が来るのを待たなければならなかった。その時に父から説明を求められて上手い言い訳を考えるのも大変だった。
今回は、母から夜食を運ぶのを頼まれたことにした。
「お母様にこれを頼まれましたの」と、パンや肉料理の詰め込まれたバスケットを見せた。
「そうか……。だが、もう今度からはこういうのは要らない。
私も付き合いで、誰かと食事をすることがあるのでね」
迷惑そうな声で高官は答えた。
実際、彼はのちにバスケットを部下にやっていた。
どうやら、令嬢の思惑に父親は関わっていないようだ。
だが、若干、他の二人とは違う。セーラ嬢は父親に第二妃の座を狙っていることを隠している。
反対されるからか。だが、どうやら最初から隠しているようだ。
――それとも何か、後ろめたいことでもあるのか?
◇◇
影からの報告を受けた宰相の近衛隊長、警備担当の衛兵本部長は「まだこの件は、もう少し解決に時間がかかりそうだ」と判断した。
◇◇
「それでは、セーラ・バロウ侯爵令嬢だけが証拠不十分で残ってる、と?」
ローレンは宰相から話を聞いて眉間に皺を寄せた。
「そうなんですよ。
一番、熱心な令嬢が残ってます」
宰相が肩をすくめた。ようやく何もかも済んだと思ったのに、ひとり残ってしまった。
「父親が無関係そうだということは確かめられたのだろう?
それなら、とりあえず背後関係はわかったのではないのか」
ローレンは首を傾げた。
「影たちの報告を聞いてみますと、どうも引っ掛かる点があるのでもう少し調べた方が良いだろうということになりました」
「……どこが引っ掛かる?」
ローレンはもうこの件は嫌気がさしていた。
「まず、いきなり陛下に言い寄り始めたことですね」
宰相が、人差し指を掲げてそう言った。
「ユリアが懐妊したからではないのか?
他の令嬢もそうだろう」
ローレンが指摘する。
「他の令嬢は、例えば、厚生部大臣の令嬢は父親に言われて従っていました。
大臣は以前から、自分の娘は美しいし第二妃に相応しいだろうと言っていた。
それから、外交部高官の令嬢は、学生の頃は王妃狙いでリグラス王子に付き纏っていましたし、今回の第二妃狙いは理解できます」
「なるほど。
だが、バロウ侯爵令嬢は、いきなりだった、と」
ローレンは納得して頷いた。
「そうです。侯爵家の望みであるなら理解もできますが違う。理由がわからない。
彼女の過去を調べたところ、彼女はずっと色男で金持ちの男狙いだったそうです。王族は立場が面倒だと言っていたとか。いきなりの趣旨変えの理由が見えません。
おまけに、人一倍熱心でした」
「そうだな」
ローレンが頷くと、不意にユリアが口を開いた。
「レン様が格好いいからじゃなくて?」
「ユリア……。
嬉しいけど、金持ちで色男が好みなら、むしろ王家よりも豪商の息子の方が贅沢ができるだろう。公務もないしな」
「それは、確かに少しタイプが違うけど」
宰相とローレンは『タイプという問題ではないだろう』と思った。
「とりあえず、もうしばらく我慢してください」
「私も協力するわ!」
ユリアが張り切って答えた。
「身重の妻にこんなことを協力させる気はないよ」
ローレンは即座に答えたが、ユリアは首を振った。
「もうお腹は安定期だし、不愉快な女を避けるのは早い方がいいわ」
「王妃様は、どうか無茶はされないでください。もしも本当にセーラ嬢が陛下に惚れたのなら、嫉妬のあまり変な真似をするかもしれませんからね」
宰相は困り顔で答えながら「ではくれぐれも気をつけて」と部屋を出て行った。
明日も夜8時になります。




