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元王様の絵画展3

お読みいただきありがとうございます。


 突然の夫人の登場に、ジェイトは本気で心臓が止まるかと思った。

 妻には頭が上がらない。

 ただ、幸いなことにメイサは領主の仕事で忙しく、その間ジェイトは好きなことが出来た。時折ハメを外し過ぎて鬼のように怒鳴られるが、嵐が過ぎればまたいつもの生活に戻れていた。


「め、メイサ!

 こ、この男は……」

 ジェイトは、必死にシオンを指差した。

 そんな夫を、メイサは悪鬼のごとき迫力の顔で睨んだ。


「無礼な! 引退されたとしても、シオン様は王族でらっしゃるのですよ!」

 妻に怒鳴られてジェイトは目を見開いた。

 メイサはため息を吐いた。

「あなたは不敬罪で罰せられるでしょう。

 これで、離婚する理由ができましたわ」


 領主家も無傷では済むまい。だが知らないふりなど出来ない。

 領民たちの前で、この男は元国王を罪人呼ばわりしたのだから。

「王族だって? み、見捨てられた王が……」

 ジェイトは焦った。

 「見捨てられた王」「僻地に捨てられた王」とジェイトは噂を聞いていた。

 「イレーヌ妃を第二妃にした責任を取らされた」とか「イレーヌ妃を蟄居させるために一緒に引退した」と言う噂もあった。

 だからと言って、シオンの「元国王陛下」という肩書きが消えたわけではなかった。


「はぁ。

 あなたは……。王家とシオン様が、定期的にやりとりをされていることを知らなかったの?」

「え?」

 ジェイトは間抜けヅラを晒した。

「王妃様のお名前の贈り物もよくありましたわ。

 あなたのことは報告をします。覚悟なさい。

 普通の貴族に対してでも名誉毀損で裁かれるような事案ですよ」


「な、馬鹿な」

「馬鹿はあなたよ。

 イレーヌ様の公然の秘密も知らなかったなんてねぇ」


 のちに、ジェイトは知った。


 ライラたちが愚痴をこぼしていたために、イレーヌが毒を疑って薬草を摂らなかったことは、実は領民はみんな知っていた。

 使用人の4人が家族や知人に話し、病床のイレーヌをシオン自らが介護している話も知れ渡っていた――美談として。

 ライラやテオやジャンたちは4人とも信用されている者ばかりだし、嘘をつく理由もない。


 それに引き換え、婿の領主は領地の嫌われ者だった。

 どちらを信用するかなど明らかだ。


 その日。

 慌ただしく帰りの支度をし終えて一息ついていると、

「あの婿殿は、何を言っていたのか?」

 シオンがこっそりと尋ねた。


「……え?」

 ザザやテオやライラたちは、シオンの問いかけに思わず強張った。


「婿殿は、ずいぶん早口な上にここの訛りがあって、聞き取れなかったのだ。

 第二妃と言ったような気がしたが、絵画展にはなんら関係もないし。

 なんだったのだろうか?」


 ザザたちは「あぁそうだった」と思い出した。

 王都から遠く離れるほどに、言葉には訛りがあるのだ。ここアロバルテ領もそうだ。

 ライラたちは、シオンには丁重に接して話しかける時もゆっくりなので、シオンは会話に困らなかった。

 他の領民たちとの会話も、相手が丁寧に話してくれればなんとか聞き取れる。

 だが、ジェイトは違った。

 普通、貴族ともなれば標準語を話すものだ。だが、ジェイトは、娼婦やカード仲間の話し言葉の影響を受けて訛っていた。

 だからシオンは、彼がなんと言ったかザザに確かめていた。


「いや、それは、あの、ただ、シオン様の絵をよほど欲しかったらしく。

 それで、なんだか、金のことなどで思うところがあったんでしょうな」


 テオが必死に誤魔化すと、ジャンも頷いた。

「誤解もあったようですよ、大したことじゃないでしょうな」

 

 シオンは、そういう話ではないような気がしたが、何しろ、ほとんど聞き取れなかったのだから、どうにもならない。ジャンが「大したことじゃない」と言うし、もう気にしないことにした。


◇◇


 数週間後。


 メイサは「シオン様には気の毒なことをしたけど、あのクズ亭主を追い出せて良かったわ」と、ひとり、自室でくつろいでいた。


 ジェイトは彼の実家に帰らせた。

 その前に、離婚届には署名させておいた。

 あんな男との結婚は間違いだった。

 メイサの祖父に人を見る目がなかったために。それに、古い付き合いや、メイサ自身もジェイトの見た目などに騙され、性悪な夫を持つことになった。

 おかげで苦労をした。

 離婚というのは、なかなか面倒なものだ。夫の娼館通いを理由に離婚するのは、メイサはみっともないと思っていた。たかが娼館通いだ。離婚の理由としては少々物足りない。それに、離婚したのちも付き纏われる可能性がある。なによりも、あの男を野放しにして子供たちの義理の妹弟がそこいら中にできるのは気に入らなかった。

 それが、思わぬところで叶った。


 先代国王夫妻がこんな僻地に引っ込むことになった事情は、国の領主たちはおおよそ察している。

 第二妃イレーヌが、何か致命的なことをやったのだ。

 ドマシュ王国の王女だったために、さぞ王宮はあつかいに困っただろう。


 隣国とは仲違いしたくもないが、放っても置けないからイレーヌは遠い僻地にやられた。表向きは穏便に済ませ、国王はイレーヌを第二妃に選んだ責任を取った。


 王宮からの贈り物が頻繁に送られてくるために、メイサは、

「現国王は、自分の父を僻地にやってしまったことを少々、悔やんでいるのかもしれないわ」

 と考えていた。


 今回の絵画展については、シオンが関わることは「領民の福利厚生のためにも歓迎する」と王の書簡までもらっていた。

 ライラからの情報でも、シオンは人の良い穏やかな人物だという。

 ただ、無垢と言うか、王としては愚かなような気がするのだ。

 だから、追いやるしかなかったのだろう。

 利用されてしまう人柄なのだ。

 そういう者が最高権力者だと、傀儡になりやすい。

 ――きっと、シオン様はこういう田舎でのんびり暮らすのが合っているわ。

 もう、彼を利用しようとする者は居ないのだから。


 メイサは、あの絵画展ののち、自分の夫が不敬罪を犯したことを王宮に知らせた。

 重ね重ね不敬を詫び、沙汰を待った。

 王宮の方で検討したのちに、ザザたちとも連絡を取り合っていたようだった。

 メイサは、緊張しながら日々を送った。

 王宮からの返答が、数日前に届いたのだ。


『王室管理室では、非常に性質の悪い謀略的な流言を現領主ともあろうものが民衆の前で言い放った罪は重いと判断した。

 ただ、当のシオン殿が「私はこの地でよくしてもらっている。あの領主が何か言っていたらしいが気にしていない。ただ、このアロバルテの地と領民たちが面倒に巻き込まれるのは困る」(原文のまま)と証言しているので、ジェイト・アロバルテに関しての処罰はメイサ・アロバルテに一任する。

 ただし、2度とこのような過ちが起きないよう、くれぐれも厳正な処罰を依頼する』


 メイサは、ジェイトに喉が潰れたように声が出なくなる薬を飲ませた。2度と暴言を吐かないようにしたのだ。アロバルテ家として王宮の依頼に応えるためだ。

 さらに、息子たちの要らない弟妹がそこらで生まれても困るので、男性としての生殖能力が不能となる薬も飲ませてやった。女好きのジェイトは熱心に娼館通いしていたがもう行けないだろう。これは不敬罪とは関係がない。新婚間もない頃から婿に娼館に通われた妻からの復讐だった。

 その上で、離婚し実家に返した。

 メイサは、彼の実家にも腹を立てていた。ジェイトが性悪で女と酒とカード遊びに耽溺していたことを、あの実家はキレイに隠してこちらに押し付けたのだから。


 ――シオン様にはお詫びと恩返しをしないとね。


 メイサは、森の家で仙人のように隠居生活を楽しむ元国王にどんなお礼をしようか、と頭を悩ませた。


◇◇


 その後。

 絵画展の騒ぎがすっかり落ち着いた頃。

 シオンは羊飼いとの約束を果たすために牧場へ向かった。

 羊たちがもこもこしているところを見学した。


 まさか本当に元陛下が来られるとは思っていなかった羊飼いたちは恐縮していたが、シオンが気さくなために案外すんなりと慣れてくれた。手土産に持っていった柔らかい酵母パンも好評だった。


 視察で領地を回っていたメイサが、シオンが来ていると聞いてルートを変えて様子を見に来た。

 シオンは「猫みたいに昼寝していてくれれば描きやすいのだがな」などと言いながらのんびり羊の絵を描いていた。


「なぜかくつろぐわ……」

 メイサが思わずつぶやくと、シオンに同行していたザザが頷いた。

「ええ。癒されますね……」


 青い空と緑の草原、クリーム色の羊と。見慣れた景色のはずが、無心に絵を描く元国王の姿が加わることでいつもより和んで見えた。

 メイサとザザは、それぞれに想うことがあった。ふたりとも、王宮の事情は自分の情報網から知っている。

 才女と名高いジネブラ王妃が、無能で有名なシオン王子と政略結婚したのは、互いにとって不幸だっただろう。

 それでも、ローレン王子が生まれた時は、大人しいシオンがはしゃぐ程に喜んでいたと言うのに。

 皆が望む能力を持っていなかったために、シオンは愚かと言われた。

 無いものは無いのだ。

 人は、その人なりにあるだけだ。

 けれど、美しい絵を描ける人は、美を見る繊細な心を持っていた。


「そうね」

 メイサは『シオン様が来てくれて良かったわ』と、ふと思った。

 当初は面倒に思っていた。

 瘴気の濃いアウロラの森は、二つの領地と接しているだけでなく西の隣国との緩衝地帯になっている。

 そういう複雑な森のために、管理には国も介入している。王立研究所を引退した宮廷魔導士であるザザとマキシーの兄妹が常駐しているのもそのためだ。

 メイサは、宰相に「元国王夫妻が隠居する」と言われても何も文句は言えなかったが、夫妻の生活費から領民の使用人を雇ってもらえれば少しでも領地に金が入ると言う打算はあった。


 蓋を開けてみれば、シオンは領民に慕われている。

 元国王は、まだ若いのに隠居生活を楽しんでいるようだ。


 ――ここで、穏やかに暮らしていただこう。


 メイサは、妙に羊の群れに馴染んでいる元国王を見ながら、この不思議な縁を運命の神に感謝したくなった。


 ひと月ほどのち。

 いつの間にか「シオン画伯ファンクラブ」なるものが出来て、メイサは驚き焦ることとなった。





「元王様の絵画展」、完結になります。ありがとうございました。

次話は「女の戦い?」第二妃の座狙いの令嬢とユリアの話になります。1日おいて明後日投稿させていただきます。よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 元王様回はホッコリしますね。彼は生まれる場所を間違えたんでしょうね。 [気になる点] 家から出れない魔道具について書かれてたけど、元王様が普通に絵画展や牧場に行ってるのが矛盾しててちょっと…
[一言] 王弟に生まれてバカでも管理できる領地を優秀な側近付きで与えられてれば愛すべき絵描き領主様になってたろうに
[一言] 私も秋田弁の訛りが激しいおじいちゃんに電話口で怒られた時、何を言われているかほとんどわかりませんでした。怒っているうちに怒りが収まり、何となく分かりましたが、早口だと訛りを理解するのは難しい…
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