元王様の絵画展2
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アロバルテ領の領主、ジェイト・アロバルテは、見た目は立派そうな男だった。
ただ、よく見れば小物臭い雰囲気で、古くからある領主家の当主という威厳はない。
領主夫人であるメイサは多忙により留守にしていた。御子息の学校のことや街道の整備について近隣の領主たちと話し合う件で留守がちなのだと言う。
ライラやテオたちは、領主夫人が留守のこの時に婿の領主が絵画展をやろうと言い出したことに不信感を募らせていた。
夫人が街道や学校のことで忙しくなるのは予めわかっていたことだ。
それでも「絵画展が行われる」と領地内の役場や酒場や料理屋に広告が貼られると、領民たちは楽しみにしていた。
ライラは、入場料を取るべきではないか、と考えていた。
シオンの生活費は王室管理室からの「引退した国王の生活費」というものから出ている。シオンが贅沢をしないので楽に暮らせているが、そう大きな金額ではなかった。ライラは買い物をよく担当しているので、おおよそ知っていた。
それでもシオンは金になど頓着はしないが、シオンたちの手間がかかっても婿の領主は礼などしないだろう。
いつもテオたちに「額縁代」と言って小遣いを渡してくるシオンのために、ライラは領民も楽に払える安い入場料を取ったらどうか? とシオンに提案した。
だが、シオンは「とても貧しい領民もいるだろう。皆に見て楽しんでもらいたいのだ」と言い、無料となった。
当日。
劇場での絵画展は大盛況だった。
遠い村々からも見物人が来ていたのは後から知った。
元陛下の絵画展と言うことで、領地の隅々まで評判になっていたらしい。
シオンの絵は、贔屓目なしに良い絵だろうと思う。
丁寧に丁寧に描かれていて、猫や鳥や牛などの動物たちがなんとも可愛らしい。
木々や草花の色合いも美しい。
テーブルの焼き菓子の絵などは、テオが「見るとバターと砂糖とクリームの匂いがする」と言うくらい美味そうだった。
人気の絵にはいつも人だかりができていて、皆が見られるようにテオが会場整理をしていた。
王都の神殿や遠い外国の絵は物珍しさもあって人の目を引いたが、騎士団長が模擬戦で戦う絵は領地の少年たちが毎日いつでも、いつまでも眺めていて人が途切れる時がない。
絵画展の様子を見に来たシオンは、少年たちに、
「騎士団長様は、本当にこんなに強いんですか」
と尋ねられた。
絵では、筋肉を隆々とさせた騎士団長が、双剣で二人の騎士を同時に相手取り、一人の剣を薙ぎ払って倒し、もう一人の首元に剣先を突きつけていた。
「私は模擬戦しか見たことはないが、私の近衛が『団長は、普通のオークくらいなら蚊を払うように屠っていた』と言っていたな」
シオンが答えると、少年たちが「えぇぇぇえぇっ!」と皆で声をあげた。
シオンがその話を聞いた当時は、オークが弱いのか、団長が強いのか、蚊が凄いのかわからなかったものだ。少年たちが驚く様子に微笑ましく思った。
文字通り、老いも若きも、富める者も貧しき者も、皆がこぞってやってきた。
「絵とは良いものですね」
「陛下にこんな才能がおありだったとは」
と誰も彼もが笑顔だった。
絵画展は10日間、開かれた。連日、大賑わいだった。
会場前には出店がいつの間にか立ち並び、まるでお祭り騒ぎとなった。
最終日。
それまで一度も顔を見せなかった婿の領主がやってきて、領民たちから挨拶を受けていたシオンに問いかけた。
「どうです? 元陛下。
絵はだいぶ売れましたか?」
その場に居たものは、凍ったように固まった――シオン以外は。
シオンは話をしていた村人に向き直ったまま、
「そうか、羊飼いなのだな。今度は羊の絵を描こう。皆が喜んでくれて私も嬉しい」
などと朗らかに答えていた。
無視をされて機嫌を悪化させ始めた領主に代わり、ザザがシオンに声をかけた。
「シオン様。
領主様が、絵が売れたかとお尋ねです。
代わりにお答えしてよろしいですか」
「ああ、答えておいてくれ」
シオンは相変わらず、村人の方を向いたまま答えた。
恐縮した村の老人は、「いえ、ご挨拶をしたかっただけですので」と慌てて立ち去った。
ザザは、領主に言ってやった。
「シオン様は、絵はお売りになりません。
皆に見てもらうために持ってきたからです」
「なんだって? 売らないというのはどういうことだ?
それでは、会場費はどうやって支払うのだ。
元陛下には、大した金は回されていないのは知っているのだぞっ!」
領主が怒鳴りつけ、その場にいたものは再び固まった。
シオンは、婿領主の言葉がよくわからなかったらしく首をかしげた。
「ザザ、あの領主は、会場費と言ったか?」
「いえ、ええ、まぁ」
動揺したザザは、あやふやに頷いてしまった。
「そうか、そういうものがかかるのだな。
いくらだ? ザザ、支払いを……」
とシオンが答えるのをザザは遮った。
「支払う必要はありませんわ。
こちらの会場を使うようにと指示をしましたのは、アロバルテ伯爵ですから」
「むっ! 貴様、この私に向かって……」
「家格のことを言いたいのでしたら、シオン様の方が格上でらっしゃいますが?」
男前なマキシーが前に歩み出た。
ジェイトは、研究員の二人に逆らうとまずいと気づいた。彼らが王宮と頻繁に連絡を取っているのは知っていた。
慌てて口調を変えた。
「もしも支払いが困難なら、その絵を代わりにもらってやろう」
ジェイトは入り口側の絵を手で示した。
偵察に来させていた自分の従者に、人気の絵はあらかじめ聞いていた。
従者は言っていたのだ。
『入り口そばの絵がずいぶん評判です。女優の絵と騎士の絵と。それに神殿の絵や女神の絵など。欲しがって居るものが多くいました』
ジェイトが欲しいと言った絵は、ガイや、ライラやテオたちの絵だった。
絵が足りなかったので、森の家族にあげた絵を借りていた。
あげた絵を取り上げるなどできない。
どの絵も、普段は、彼らが自分の家で飾っていた。
ガイの絵は彼の愛馬が走っている姿が描かれている。ライラには王都にある国教の荘厳な施設を描いたもの。ザザの絵は彼女が見たいと言った海辺の白い街並み。マキシーにあげた絵は雪の霊山。
ジャンには騎士団長が模擬戦をしているところだ。騎士団長に了解を得たわけではないが、彼は気にしないだろう。
テオには王立劇場の看板女優の絵を望まれた。シオンは女優の顔など覚えていないと渋ったのだが「少し似ているだけでもいいから」と頼まれて描いた。本当に少ししか似ていないと思うが美しく描いたのでテオは相当気に入っている。他にもテオが「女神の絵も欲しい」とか「妖精の姫の絵も」とか言うので、テオの絵は美人画ばかりだ。
絵を見る目のある者は躍動感のある馬が走る様を描いた絵に感心し、あるいは、神々しさまで見事に表現された雪の霊山に心を奪われた。
あとは、普通に、テオが気に入っている美人画の周りに男性陣が群がっていた。
おかげで、婿領主は、従者が「欲しがっていた」と言う情報から「高く売れるだろう」と目論んだ。
元より「元国王」と言うネームバリューだけでも売れると考えていたのだ。
けれども、シオンは、そんな領主の思惑など知ったことではなかった。
どれも皆、森の家族のために描いたものばかりだ。
「あれらの絵は、渡せないな」
シオンは首を振った。
「……なんですと?」
「どれももう、望まれて人の手に渡っている」
「は? あの女優の絵や、騎士の絵やらを言っておるのだが?」
「だから、無理だな」
シオンははっきりと断った。
「そんな馬鹿な!」
「領主様! シオン様になんてことを仰るのですか」
ライラが思わず口を挟んだ。
「使用人風情が、黙っておれ!」
その時、背後から声をかけられた。
「領主様! 劇場使用料など、請求はしないでください!」
劇場支配人が慌てて駆けつけてきた。誰かが知らせたらしい。
「ゴドール、黙っていろ! 貴様は関係ない!」
「関係ございます。
メイサ夫人にくれぐれも、会場費などを取らないようにと頼まれております!
シオン様のご好意で領民たちのために開かれた絵画展です。
会場費は、メイサ夫人が、劇場の広告宣伝費で落とすからと仰ってました!」
「そんなのは知らん!」
ジェイトはこめかみの血管を破裂させそうにピクピクさせて怒鳴った。
「そもそも、会場費を万が一、請求するにしても、なぜ領主様が絵を取り上げるようなことをなさるのです。
我が劇場はそういうことは聞いておりません!」
支配人は、負けずに言い募る。
「首にするぞ!」
「メイサ夫人にご報告させていただきます!」
「くっそぉ。
誰も彼も!」
「どうなったのだ?」
シオンがザザに尋ねた。
何か混乱しているようで、シオンは話がよく見えなかった。
「いえ、それが……」
ザザが答えようとしていると、それに被せるように領主ががなり立てた。
「貴様など、自分の第二妃を病にして閉じ込めているくせにっ!」
ジェイトのだみ声が響き渡った。
シオンは呆気に取られてジェイトを見た。
領民たちは、シオンとジェイトとを交互に見た。
重苦しい沈黙がしばし流れた。
「何を仰ってるのですか、ひどいデマですよ」
不意に、群衆の中から誰かが言った。
「そうだ、ひどいデマだ」
他の誰かも言った。
口々に「嘘だ」「なんてことを」と領主は責められた。
「な、何を逆らう!
俺のいうことを信じないのかっ!」
ジェイトは、焦って怒鳴った。
その時、凛とした声が辺りを制した。
「馬鹿ね、全く」
すらりとした淑女が人の群れの中から姿を現した。
領主夫人のメイサだった。
メイサはきびきびとした威厳のある女性だった。堂々とした足取りで近づいてくる。
ジェイトは、萎れるように縮こまった。
読んでいただいて、ありがとうございます。




