元王様の絵画展1
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「元王様の絵画展」は全3話になります。
元国王、シオンの趣味は絵を描くことだ。
そのことを知っている者は少なかった。若い頃からひとりでひっそりと描くようにして、人に見せなかったからだ。
この森で暮らし始めて「森の家族」たちには知られるようになった。
ここでの家族は6人いる。
シオンのために雇われた使用人4人と、森の監視をしている研究員2人、合わせて6人。使用人は、護衛が2人、男性の使用人が1人、女性の使用人が1人となっている。
この日、皆で食事をとる食卓に「絵画展?」というシオンの声が聞こえた。
「そうなんですよ。ここから一番近い村を治める領主様が、元国王陛下がそんなに絵が上手いのなら絵画展を開いたらどうだ? なんて言い出してるみたいです」
そんな話を持ってきたのは使用人のひとり、ライラだった。
ここでは、使用人も皆一緒に食事をする。
最初のうち国王以外の6人は「それはできません」と断っていたが、国王自らがいそいそと皆の皿を並べて用意をするのだから、断る方が不敬な雰囲気になってしまう。
シオンは「ひとりで食事をするのが多かったから、ここでは賑やかで良い」と嬉しそうだった。
王妃ジネブラと結婚した若い頃は、豪華な食堂のやたらデカいテーブルの端と端に座って食事をしていた。
それが昔からのしきたりだった。当然、会話などできない。
若いふたりは、昔のしきたりに素直に従っていた。
第二妃イレーヌが来てからは、そんなしきたりはあっさりと無視されるようになった。
ただイレーヌは、結婚してからこの国では王家の予算はガッチリと決まっていて自由に好きなものを買えないと知った。
おかげさまで彼女は予算の余裕がありそうな頃にお強請りする時や情報収集したい時くらいしか一緒に食事をしてくれなかった。
6人は、国王が気の毒になった。
国王の事情は、王都から漏れ伝えられてくる噂と、王がぽつりとこぼした話や、あのイレーヌの性格の悪さから想像がついた。
哀れな人の好い国王様……と森の家族たちは思っていた。
その愚かさゆえに迷惑を被った人たちは多くいたのかもしれないが、この森の家では関係がない。
王は悪い人ではなかったのだから周りがもっとしっかりするべきだった、と森の家族たちは王の味方をして考えていた。
「私のような無名で素人の画家などが絵画展など開いて良いのか」
シオンは困った顔で疑問を述べた。
もっともな疑問だと他の者も思い、話を持ってきたライラを見た。
元国王が「無名」とは思わないが、画家としては確かに無名だ。
「私の妹や姉は、領主様の邸で侍女をして働いているんです。
それから、私がシオン様のところで家政婦をさせてもらってるのも知っています。
そんなわけで、少し言付けを頼まれたのです。まだ正式なものではなくて、シオン様は絵を領民たちに見せるのは良いかとか、絵画展を開くのは興味がおありかとか、そういうのをお知りになりたいようです」
「そうか。
絵を見せるのは良い。絵を好きな者がわざわざ観にくると言うのなら、どんな絵も退屈しのぎにはなるだろう。
絵画展は、興味はある。自分の絵の絵画展などで良いのかと思うが。領民が楽しめるのならやっても構わない」
シオンは考えながら、そう答えた。
元国王の割にあまりにも控えめで、誠実な答えだと森の家族は思った。
シオンは、素でこんな風だ。いつもこうなので、ここの者はすでに慣れていた。
元国王はまだ40代の後半くらいで若いはずなのに、なぜか成熟前に枯れた若木のような雰囲気がある。シオンは、その雰囲気の通りの人物だった。
少年の頃から立派な父と比べて愚かだ愚かだと陰口を叩かれた。それでも、捻くれるには優し過ぎる性格をしていた。向上心や野心もまるでなかった。それが「成熟前に枯れた」ように見えた。
「それでは、領主様にはそのようにお伝えいたします。
でも……、実は、領主様が絵画展と言い始めたのは事情がある……と私は思うのです」
ライラはそう前置きをして説明をした。
このアウロラの森は広大で、二つの領地が接している。
アロバルテ領はその一つだ。
古くから続く領主家が治めていた。
ふつう瘴気の森には魔獣が多く生息するが、この森では魔獣の数はさほどでもなく小型魔獣ばかりだった。おかげで比較的安全に暮らせる領地だ。
研究者のザザとマキシーは「この森には光魔法を持つ魔草が生えているからだろう」と分析する。
価値のある魔草を採りにくる者が多くなるといけないので、マキシーたちは秘密にしている。
シオンは孫がお腹にいる嫁のために摘んで王宮に送ったが、その時もマキシーがローレン王に事情を説明する手紙を同封している。
このアロバルテの領主には問題がある、とライラは打ち明けた。
「何しろ、あまり豊かな領ではありませんのに、贅沢好きで女好きで酒飲みで、おまけにカード遊びがお好きなのです。ただ、領主夫人の尻の下に敷かれてますので、なんとか領地は無事です」
そんな赤裸々な事情を聞いて、シオンは呆気に取られた。
「夫人は良妻なのだな」
と、ようやく言葉を返した。
「もともと領主様は婿なのです。頭が上がるはずもありません。
婿の人選を間違えた、と奥様は常々こぼしているそうです。
ただ、御子息たちは皆、奥様がしっかりお育てになったので、次の世代は安心です」
ライラはにこりと微笑む。少々、苦笑気味の笑顔だった。
「それは良かった」
シオンも微笑んだ。
「噂はよく聞いているが……困った婿殿だ」
年寄りの護衛ジャンがぽつりと呟くと、若い方の護衛ガイも頷いた。
ジャンは結構、お喋り好きだが、ガイは滅多に口を開かないくらい無口だ。それでも頷くくらいはするので会話は聞いているのだろう。
護衛の2人は元傭兵で、歳を取ったり足の腱を切ったりして引退した2人だ。
ライラと男性の使用人テオは、家事や庭と厩の手入れをしたり買い物を担当している。
ずいぶん少ない人数だが、元国王なのにシオンは一つも我儘を言わないので人手は足りていた。元第二妃イレーヌは寝たきりだが手のかかるところはザザが魔法を使っている。それに護衛のふたりは、護衛よりも厩の世話の手伝いや買い物を引き受けるのに忙しくしていた。
実は、6人の中で戦闘能力が際立って高いのは、魔導士のザザとマキシーの二人だ。そこいらを一瞬で焦土にできるくらいの凄腕である。
護衛は要らないくらいだが、ザザとマキシーは一応、研究員なので護衛が雇われた。
ゆるくて適当なシオンの幽閉生活は、ただのんびりしているだけの隠居暮らしだった。
マキシーが、シオンに、
「王立学園に通う年の御子息がおられるのですよ」
と教え、その隣ではテオが、こっそりとジャンに「領主様の噂は、大袈裟ではないらしいな」と話しかけていた。
テオは以前は狩人もしていたが、なんでもできる器用で屈強な男で、ここに通うようになってからはほとんど狩人は休業状態だった。たまに、角兎を狩って差し入れをしている。
この辺りの人は皆、厳つく体格が良かった。女性も心なしか逞しい。
ザザとマキシーの兄妹は生まれも育ちも王都で細身だが、他の4人は地元の生まれだった。
「そういう領主様ですから、シオン様の絵画展も、何か……自分のご都合を考えて言い出したのかもしれません。
もしかしたら、シオン様の絵が高く売れるとか、そういう考えがあるのかも……」
ライラは言い難そうにそんな推測を話した。
ライラが言い難かったのは領主の悪口だからではなかった。ここの領民たちは、婿である領主の悪口くらい酒場でもどこでも平気で話している。
シオンが気を悪くしないか、心配だったからだ。
「それはないだろう。
私の絵が高く売れるなど、あるわけがない」
シオンは、ライラを安心させるようにそう言って微笑んだ。
「そうでしょうか……」
ライラはやはり不安そうだったが、
「では、シオン様がよろしいのでしたら、きっと絵画展は行われると思います」
とシオンに告げた。
「絵はたくさん描いたものがある。領民たちが喜ぶと良いのだがな」
シオンは迷うように、自信もなさそうに、そう答えた。
「喜ぶと思いますよ、シオン様の絵はただ上手いだけでなく、楽しくて可愛らしくて良い絵ばかりですからね」
ザザが熱心に励ました。
「そうか? 可愛らしいというのはよくわからないな」
シオンは渋い顔をした。
自分の絵の評価は、どうも変ではないかと思った。
◇◇◇
ライラの予想通り、絵画展は開かれることになった。
「とても立派な会場で行われることになりました」
1週間ほどしてライラが報告してきた。てっきり、領主邸の広間か、国教の施設を使うのかと思えば、違うらしい。
「そうか。それは楽しみだが、絵の枚数が足りないかもしれないな。
会場が立派なのに、ガラガラでは味気ない」
シオンが困った顔をした。
あれから、シオンは、絵画展に展示する絵を選んだりしていた。
テオの額縁作りも佳境に入っていた。シオンの絵を額に入れるためだ。
ずっと以前からシオンの絵は、テオが手作りの額に入れていた。
テオはとても器用なのだ。木材を知り合いの材木商から手に入れてきて作っていた。
こんな田舎町では額縁がたくさんは手に入らなかったし、作った方が早かった。手作りの額縁に、彩色を施したのはシオンだ。絵の邪魔にならないように、うっすらとした色で細かい模様を描いてある。
なかなか綺麗な額縁が出来上がっていた。額縁だけで芸術作品のようだ。
額縁のガラス部分は、ザザとマキシーが引き受けた。
薄っぺらいガラスみたいな板は、植物型魔獣の素材で作ったものだ。ちなみに、その植物型魔獣を狩ってきたのはガイとジャンだった。
そんな風に、皆の共同作業で作られた額縁に入れられたシオンの絵は、ふだんは家の一部屋に飾ってある。
シオンの絵が貯まってからというもの、奥の部屋はずっと展示室になっていて、邸のものは誰でも座ってくつろげるようにテーブルと椅子が置いてあった。
絵画展では、当然ながら、その展示室の絵を残らず運ぶ予定だ。
だが、広い会場では足りないかもしれない。
「何を考えているんですか、あの領主は……」
ライラがぶつぶつと文句を言う。
「それで、具体的には、どれくらい立派な会場なのだ?」
シオンが尋ねると、地元民のジャン、テオ、ライラ、ガイが気難しい顔をした。
「領主邸が、30年くらいも前に建て替えられたのはご存知ですか」
とジャンに尋ねられ、シオンは頷いた。
茶飲み話でそれは聞いていた。
タチの悪い新種の植物型魔獣が領主邸に蔓延ってしまったのだと言う。人的な被害はほぼなかったが、建物がグラグラになった。
すっかり退治するのに2年くらいもかかったために領主邸は別に移された。
古い領主邸は、一階部分だけ残してほとんど崩れてしまった。
後に、領主邸跡は、修繕をして劇場に造り替えたという。
そんなわけで、こんな田舎の領地には不釣り合いなくらい広くて立派な劇場がある。
そこが、今回のシオンの絵画展をする会場になっている。
「……結構、広いようだな」
シオンが絵を描き足した方が良さそうだと考えていると、ザザが提案をした。
「シオン様からみんなに差し上げた絵がありますでしょう?
あれも持ち寄って展示すればいいですわ」
「皆が家で飾っている絵をか?」
シオンは皆に頼まれて、風景画や、騎士団長の絵や、美人女優の絵などを描いたことを思い出した。
「ええ。絵画展が終わればまた家に持ち帰ればいいんです」
ザザがそう言うと、他の皆も頷いた。
「しばらく家の壁が殺風景になるが、絵画展で見せびらかすのもいいな」
ジャンが朗らかに言い、
「俺が貰った絵だと自慢してやりますよ」
と、テオも楽しそうに同意した。
皆が持ち帰っている絵も、手作りの額に入れてあった。6人それぞれが持っている絵は一人5枚くらいもあり、これで30枚は展示する絵が増えた。
なんとか、立派に絵画展が開けそうだった。




