(エピローグ)
完結になります。最後まで、本当にありがとうございました。
番外編と後日談で「国王のその後」と「パン作り小話」の2話を考えてます。まだ妄想の段階で、遅筆なので1週間くらいかかるかもしれません。
もしも見かけたらぜひ読んでみてください。
(*'ω'*)
◇◇◇
――あー、もう。まさか、私が、キープくんたち全員に振られるなんて……。
レーナは、甘く見ていた。
自分はこんなに美人なんだから、粉かけておいた高位貴族の令息を掴まえられると思っていたのだ。
罪人の腕輪を両手首にはめられてしまったので妻は無理でも、愛人くらいにはなれるだろう、と。
ところが、ダロン男爵家を潰される様をみた令息たちは、みな、逃げて行った。
レーナが近づくと「近寄るな!」と睨まれ、怒鳴りつけてきた令息もひとりふたりではない。
王都から逃げ出した父たちのところに行けば、「お前のせいだ」と罵られ、娼館に売られそうになった。
実母の実家である商家に行くと、母たち家族は帝国の支店に行ってしまって居なかった。伯父たちはレーナを冷たい目でひと睨みして追い出した。
「お前がなにをしたかは公にはされていないし、よくはわからないが、噂ではおおよそ聞いているよ。
我が家は商家だからな。
公爵家や王家と敵対するような娘と、我が家が関わることはないよ」
その後。
レーナは、酒場で給仕をして働き、その日暮らしをしている。
酒場の店主の愛人になった……のは良い。
おかげで、いくらグラスを割っても、どんな失敗をしても辞めさせられないで済んでいる。
それに、店主はこの界隈のボス的な偉丈夫で、店主の愛人だとチンピラとかに言い寄られないので助かる。
――まぁ、この腕輪も、チンピラ避けだったりするんだけどね。
レーナの両方の手首を見るだけで、顔色を変えて退いていく男が一定数いるのだ。
腕輪を見ても平気だったのは店主くらいなものだ。
もっとお気に入りになれれば働かなくても良いのだが、店主の好みは巨乳美女で、レーナでは足りないため待遇改善は無理そうだ。
――でも、あの主の妻にはすごい睨まれてるから、ちょっと怖いのよね。
あ、こんな時間、劇場に行かなきゃ。
レーナは慌てて、仕事の残りを片付けると、身支度を整えて出かけた。
今日は、リグラスが舞台に立つのだ。
その日暮らしのレーナには、チケットは買えない。
だから、劇場裏の控室の出入り口で、他のファンたちと一緒にリグラスを待つ。
寒い中を待っていると、ようやく、舞台を終えたリグラスが出てきた。
さすが美男。
豪華な毛皮のコートを羽織ったリグラスはやたら恰好良い。
待ち構えていたファンたちが歓声を上げる。
「キャー」
「リグラスさまぁー」
「リグラスさま!」
「すてきー」
「こっち向いてー」
耳が痛くなりそうだが、レーナも負けていられない。
「リグラス! 私よ! レーナよ!
リグラス!
話があるの!」
リグラスに近づこうと走る。
周りの女たちも走る。
リグラスはにこやかに手を挙げて、「ありがとう、みんな。またね」と声をかけて、用心棒たちに守られながら馬車に乗っていってしまった。
――あー、またダメだった。
レーナはがっくりと項垂れて、店の屋根裏にある自分の部屋へ帰った。
レーナが、「リグラス王子、王立劇場の看板女優と熱愛か??」のゴシップ記事にさらに落ち込むのは、それから間もなくのことだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――あの女、まーた来てたなぁ。
もう会いたくないんだけど。
以前は可愛いと思ったが、今見るとぜんぜん魅力を感じなかった。
ふと、王妃となった兄の妻の姿が思い浮かぶ。
知らなかった。
知っていれば、婚約を拒絶などしなかった。
生まれて初めて、兄を羨んだ。
ひとを羨むこと自体、初めてだった。
あまりにも手遅れで、手遅れ過ぎたおかげで、諦めるのは早かった。
今、リグラスは、憑き物が落ちたように、冴え冴えとしている。
レーナの方が美しいと思っていた、好みの女だと。今から思えば吐き気さえ感じる。あの日々は、なんだったのか。
――見る目、なかったんだな。
あのあと、彼女。自分だけ、さっさと逃げてたしな。
そういう娘だとは知っていたので、別にショックもなかった。
ただ、捕まったあと、「自分はなにも知らない」と全てをリグラスとイレーヌ妃に擦り付けようとしたのには驚いた。
王宮の捜査で、偽証などできない。
しかも、王位継承に関わる事件だ。
偽証をしたら、すごくマズいことくらいは、リグラスでもわかる。
これほど頭の悪い女とは知らなかった。
そのうえ、レーナは、ふつうは考えつかないような、「無理矢理、結婚できる契約」のやり方を知っていた。
国神の名を使う契約だ。
レーナは、最初、自分は関係ない、知らないとしらばくれようとした。
だが、取り調べで、レーナが思いついた契約書だとあっさりバレた。
その情報の出どころを、レーナは満足に答えられなかった。
レーナは、16歳という少女だったために、犯罪者の腕輪を両手首に付けられただけで済んだが、リグラスはその腕輪が生涯の枷になることを知っている。
リグラスなら、鉱山労働をするか牢に入って罪を償うことを選んだだろう。偽証をひとつもせず、すなおに全て証言し、悔い改めて鉱山で罪を償えば、腕輪を付けられずに済んだかもしれない。
黒い金属の地に灰色の線が幾つも入った腕輪は、「奸悪な犯罪者」の証だ。
特にレーナのは、悪質な頭脳犯罪者と腕輪に刻まれている。
王位継承権を、自分の欲望のために操作しようとした、と見なされたためだ。
一生、外せない。
――ちょっと庇えなかったな。まぁ、庇う気も起らなかったけど。
彼女にとっては、最悪の結果かな。でも、自業自得な気もするしな。
国王陛下の退位騒ぎのさい。
リグラスはぎりぎり罪に問われなかった。
取り調べの結果、国王らの不法行為に、積極的には加担していないと判断された。
リグラスは、両親に逆らえなかった、という事情があった。
自分から進んで関わって来たレーナとは違う。
リグラスは、ローレンとユリアが結婚していることを知らなかった。
イレーヌ妃たちも知らなかったが、国王とイレーヌは「王命」を使った。
王命を使うのなら、詳細に調べるべきだった。
気軽に使うものではない。
国王らの罪は、主として、王命に関わるものだ。
リグラスは、母に言われるままに書類に署名し部屋で待っていた。
計画は途中から母とレーナの思惑がすれ違い、リグラスはその間にいて、もう面倒になっていた。
リグラスは、ただの手駒だった。
それらは取り調べられ、王宮の捜査官によって、念入りに確かめられた。
強姦未遂で訴えられるかと思ったら、ユリアは着衣の乱れもなかったし、魔導具で様子を見張られていたこともあり、容赦してもらえた。
リグラス自身は、犯罪行為をする気はなかった、というのも情状酌量の余地ありと見なされた。
その代わり、母を説得させられた。
母イレーヌは、ドマシュ王国の王女だったため、隣国との関係を悪くしたくないということで、母を大人しくさせた。
ドマシュ王国の祖父たちに泣きつかれると面倒だからだ。
そんなことをしても無駄なのだが、すんなりと決着をつけたい宰相から頼まれた。
リグラスとしても、実母があまり見苦しいのは美意識的に気に入らない。
それに、自分の立場を今以上、悪くしないために、珍しく頑張った。
――っていうか、泣き真似をしたり、宰相に教わった通りの台詞を言って、脅したり、宥めたり、父を利用したりして。母を動かすの、けっこう面白かったんだよな。
もう説得というより、騙しと誤魔化しで、ほとんど詐欺じゃないか、とすら思った。
とは言え、罪悪感などなかった。母は、息子の自分から見ても、心根の汚い人間だった。
これ以上、実母が国に害悪を与えるところなど、見たくはない。
この時を最後として、母親の我儘から逃れたかった。
自分も我儘なくせに……とも思うが、リグラスの我儘など、あの母親に比べれば可愛いものだ。
今までは、リグラスは母には逆らうことはできなかった――傍目から見れば、リグラスの方が好きにやっていると見えたかもしれないが、リグラスの意思は、母の決めた枠からはみ出たことはなかった。
ユリアとの見合いは駄目にしたが、ユリアを見た母も「このデブがうちの嫁になるのか」とショックを受け止めなかった。反抗の数に入れなくていいだろう。
ただ、母は、リグラスが周りに迷惑をかけようが、勉強をサボろうが、まったく気にしなかっただけだ。
結局は、いつも我を通すのは母だった。
母は、リグラスや国王を、好き勝手に自分の欲望を叶える道具にした。
そこから抜け出るなんて、できない。
リグラスには、母をなんとかする力などなかった。
だが、今回は、宰相の指示に従えばよかった。
さすが切れ者と名高い宰相が的確に判断してくれたおかげで、結果は大成功と言ってよいだろう。
リグラスは、ただ彼の考えた通りに動き、喋り、泣き、笑った。
その様子を見ていた宰相が、「王立劇場でお芝居をやったら、きっと大物俳優になれますよ」と言った。
なぜか雷に打たれたようなひらめきがあった。
――それだっ!
ってね。
乳母のツテを使って、王立劇場の支配人に話を持っていき、ちょっとした寸劇をやってみたら、
「粗削りだが、魅力と才能がありますな」
と認めてもらえた。
今、リグラスには、気になる娘がいる。
平民出身の女優だ。
化粧を取ると、ちょっと地味な顔だけれど、清楚な雰囲気がすごく魅力的で、綺麗な亜麻色の髪をしているのだ。
彼女の才能は本物だ。
同じ俳優として、嫉妬を感じるほどに。
彼女の演技をそでで見ていると、寒気がするほど迫力がある。
ただ上手いだけでなく、鮮烈で蠱惑的で、目が離せないくらい惹きつけられる。
あんな演技をしてみたい、と思う。
こんなに真剣になにかを思ったことはなかった。
――もう少ししたら、声をかけよう。
もっと、自分のことや、未来や、舞台や、いろんなことを、もっとしっかり、考え直したら。
リグラスは、もう王族ではない。
でも、そんなことは、ちっとも気にならなくなっていた。
追記:作者的にはリグラスなんかフラれてしまえ、と思います。




