(18)
本日も2話、投稿します。今日の2話目で完結になります。
2話目は今夜9時の予定です。
ブクマや評価をいただき、とても嬉しく、一人でPCの前で微笑んでいる怪しい人になってました。誤字脱字報告も助かりました。
ありがとうございました。
◇◇◇
事件ののち、臨時の領主会議が開かれた。
国王の進退を決める領主会議は、若干、揉めたが、国王陛下の退位で決着した。
理由は、『王命を使って、すでに結婚している令嬢を重婚させようとした』。
我が国は、重婚はかなり重い犯罪だ。
それを、国王が「王命」でさせようとした。
◇◇
時は少し遡る。
ユリアが救出されたころ、国王とイレーヌ妃のもとに法務部の高官と近衛が向かった。
高官は「違法行為があったようです」と丁寧に説明をし、ふたりをそれぞれ別の居室へと案内した。
国王は終始、落ち着いて説明を聞いたという。
一方、イレーヌ妃が落ち着くことはなかった。
「け、結婚している? 婚約しているの間違いでしょ!」
軟禁されたイレーヌ妃の叫びに、面会に訪れた王妃がわざわざ答えてやった。
ふたりの周りには近衛が立ち、官吏も同席し、侍女らは別に聴取を受けていた。
「不勉強ねぇ、相変わらず。
婚姻届けは、実家の領地でも出せるのよ。
そうでなければ、王都から遠い領地の貴族は不便でしょう。
ある程度規模の大きい領地には法務部の支局があるの。
ユリアは、半月も前に成人しているのよ?
さっそく手続きしておいたわ。
婚約が問題なく済んでいる場合は、婚姻届けも速やかに認められるの。
受理された時点で、ふたりは夫婦よ」
「そ、そんな馬鹿な!
せっかく王宮の法務部に……」
手の者を忍び込ませていた、と暴露しそうになり、イレーヌは思わず口を閉じた。
「ええ、もちろん、支局から王宮の法務部に、受理された婚姻届けが送られる予定ではあったのよ?
少し……、送るのが遅くなってたのかもしれないけれど」
ジネブラ妃は肩をすくめた。堅物の支局長を説得して届けを送るのをわざと遅らせたが、それくらいの工作は許されるだろう。
支局長に告げた理由は、ごく正直なものだった。
「王宮の法務部に妙な工作員が紛れ込んでいるという情報を得ている。重要な案件や高位貴族の婚姻届けは少し様子見をしてから送ってほしい」
たった今、ジネブラ妃が支局長に告げた理由が真実だったと明らかになった。
そもそもまだたった半月だ。
「そんなのっ! 無効よ!」
「ついでに、国教にも届け出をしておいたの。
『ふたりともに、ゼルべガルム神に伴侶となることを誓う』と署名した宣誓書を。
こういうやり方があるなんてね。
良いことを教えてもらいましたわ。
ユリアの署名も、結婚後の名で記しておりましたのに、気が付かないなんて、ねぇ」
気付かなかったのは、リグラスと結婚したらそうなるであろう名が記されていたからだ。
ユリアはリグラスの兄ローレンの妻なのだから、当たり前だ。
ユリアは何度も「署名はできない」と告げようとしていた。
謁見の間にいた近衛たちも証言している。
マリアデア王国では、国王の権力は王国のわりに強くはない。
だが弱すぎるということもない。
ただ、愚かな王の代に国が疲弊しないよう、さまざまな制約が法で決められていた。
国王ならではの罪は領主会議にかけられることになっていた。
経緯が詳らかになると、隣国の元王女による悪意が白日の下にさらされ、領主らは「第二妃は始末した方が国のためだ」と判断した。
イレーヌ妃の害悪は、耳聡い領主はみな知っていた。
この得難いチャンスに、領主らは飛びついた。
領主会議の内容はすべてが公になるわけではなく投票も無記名と決まっているが、決定が厳しくなった理由はおおよそ想像がつく。
共犯者のイレーヌ妃も罪人となった。
王太子はローレン王子に決まり、国王が退く手続きが済み次第、ローレン王が即位することとなった。
□□□
今日は、ユリアとローレンの結婚式が盛大に行われた。
もう邪魔するひとはいない。
国王の退位や、ローレンの即位であわただしかったが、国王不在の状態は国にとってよくはないので、王宮は一丸となって対処に当たった。
晴れやかな気持ちで今日の婚姻の日を迎えた。
美しい婚礼のドレスに身を包んだユリアが、心なしか顔色が悪い。
「どうした? 飲み物を用意させようか?」
ローレンが、妻を力づけるように手を握った。
きっと、緊張しているんだろうな、とローレンは思った。
「今更なんだけど。
本当に……私で良いのかしら」
ユリアは最近まで、万が一、自分が王妃になるとしても何十年も先だろうと思っていた。
そう考えるのがふつうの状況だった。
国王は壮健だった。
リグラス王子もいた。
リグラスが王になる国など不安しかないとしても。
国王の退位までは、怒濤の展開だった。
イレーヌ妃を排除する、という計画は聞いていた。
必要なことだと思った。
第二妃の裏の顔を知り、ユリアは俄然やる気を出し持ち前の集中力で取り組んだ。
だからと言って、こんなに早く王妃になる覚悟が出来上がっていたわけでもない。
「大丈夫。
ユリアは、もう巷では『豊穣の女神様が王妃になられる』と大評判だから。
みなに温かく迎え入れられるよ」
「あー、豊穣の女神とか、違う。誤解、デマ……」
ユリアは頭を抱えたくなった。
「ベルーゼ領の領民たちの生活を、倍も豊かにしたのに?」
「違うの、私、ホントに、元はただの農大女子なの、農業オタクなの。畑キチなの。
それだけなの」
「ふふ。
ユリアは、好きなこと、やってればいいからね。
私が、面倒なことは、みな、やっておくから」
「そんな……。それじゃぁ、悪いもの」
「豊穣の女神に、下界の些事をさせられないよ。
任せて」
ユリアは、ローレンの微笑みに言葉が詰まる。
――ぅ……。言い合いで勝てる気がしない。
でもなるたけ、頑張るけど。
私は得意分野で彼を支えた方がいいのかな。
式はつつがなく終わり、ゆっくりと走らせる馬車から手を振り、歩道を埋め尽くすみなに挨拶をした。
パレードを見ようとすごい人だかりだ。
ユリアは、その中に、変わった景色を見つけた。
金色の麦だ。
――あ、あれは……。ベルーゼ領のみんな。
来てくれたの。
収穫した麦の穂を手に、みなで掲げて振っている。
ベルーゼ領に通った思い出が浮かぶ。
ほんの小さな少女のころから領地に通った。
領地のみなは優しかった。
ベルーゼ領の痩せた小麦を、肥えた収量の多い小麦にしたかった。
条件の悪い土地……と言われていた。
そんなことはないと思った。
土を調べた。
気温の変化と雨量を調べた。
領地の子供たちは興味津々で、手を貸してくれた。
ベルーゼの麦が2等級にあがったときは、お祭り騒ぎとなり領をあげて喜んでくれた。
みな、領地から馬車を連ねて来てくれたのだろう。
収穫した麦をユリアに見せるために。
たっぷりと実を付けた麦の穂を掲げて。
そこだけ、小さな麦畑のようだ。
「おめでとうございます」
「ユリア姫」
「おめでとう」
ユリアの涙腺が決壊した。
ふたりの門出を祝うように、天高く馬肥える秋空は晴れ渡っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「では、リグラス王子は、結局、レーナ嬢とはお別れしたの?」
「そうらしいよ。
計画が失敗した時点で、レーナ嬢はリグラスから離れたんだ」
実際は「離れた」ではなく「逃亡を図った」だが、食卓の話題でもないだろうとローレンは思い、言い換えておいた。
「愛し合ってたんじゃなかったの?」
「リグラスは、レーナ嬢がリグラスの立太子にこだわっていた時点で、だいたいわかっていたらしい。
あっさり、別れてた」
「そうなのね……」
ローレンとユリアのふたりは王宮の私室で夕食を終えたところだった。
侍女たちが食後の茶を入れてくれた。
ここでの生活も、少し慣れ始めていた。
「レーナ嬢の実家、ダロン男爵家は潰させてもらったよ」
ローレンの口調は、話す内容の不穏さとは裏腹に爽やかだった。
「……父もそんなようなことを言ってたわ」
「私は、表立っては大したことをやっていないけれどね。
母は思い切り潰しにかかってたし、コルネール公爵家も義母上殿の実家も容赦しなかったから、あっという間だったな」
ダロン男爵家は、娘のやってることを知らなかったわけではなく、「リグラス王子がついてるから大丈夫だ」と放置していたことが分かったので、同情の余地はなかった。
先見の明のない元貴族は、王都から消えた。
レーナ嬢の行方もわからないという。
レーナは美人だったが、王家とコルネール家に敵認定されている犯罪歴のある娘に嫁入り先はなかった。
国王らに加担したわりに刑罰が軽く見えるのは、レーナが16歳だったからだ。
イレーヌ妃と国王は、実質的には生涯幽閉だが、イレーヌ妃が隣国の王女だったため、表向きは別荘に引退となっている。
それなのに、16歳の少女を牢屋に入れることは憚られ、罪人の印だけ嵌められて終わった。
罪人の腕輪は、魔力を抑制する効果もあるため、魔法も使えない。
国王とイレーヌ妃は、遠い「別荘」で過ごしている。ふたりはもう王都には戻れない。
「でも、リグラス王子が、まさか、劇場にお勤めされるなんて、さすがに驚きました」
「ハハ。
そうだね。でも、なかなか楽しそうにやってるらしいよ。
リグラスが舞台に出ると、大入り満員らしいし」
リグラス王子は、さすが「国一番の美男」と誉れ高いだけあって、王立劇場が破格の契約料を払って契約し主役を務めている。
まさか、元第二王子があんなに演技の才能があったとは意外で、評判になっていた。




