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ブクマや評価をありがとうございます。とっても嬉しいです。
誤字脱字報告も、助かりました。
今日も2話、投稿します。こちらは1話目です。
あと数話で完結になります。少々の種明かし(と言うほどでもないですが…)とエピローグまでお楽しみいただければ幸いです。
(*'ω'*)
ひと月が過ぎ、ローレンとユリアの結婚は2か月後に迫った。
結婚の日は、婚約披露から半年後と決まっていた。
王族や貴族の結婚は、婚約披露から少なくとも半年はおく。ふつうは、婚約発表から1年後というのが一般的だ。
婚約披露から半年後はぎりぎり早めた日程だ。
女狐たちが動き始めた。
帝国に協力をお願いし、ナナベル皇女への婚約申し込みの返事を引き延ばしてもらっていたが、とうとう、断りがいれられたからだ。
『リグラス王子殿下におかれましては、大変に優れた魅力をお持ちの静謐な方であられますが、ふたりは、どうやら、気が合わないようです。
我が国の皇室では、本人同士の相性というものを重要視するため、この度はご縁がなかったこととお断りさせていただきます。
皇女は、国王ご夫妻にお気遣いを賜り、楽しい会食でのひとときが良い思い出となったことを深く感謝しております』
と返答がされた。
見合いの席で「静謐」は駄目だろう。皇女を気遣ったのも国王夫妻だけみたいに言われている。
さりげなく、「おたくのリグラス王子の態度が悪いからだよ」という理由になっていた。さすが大国の社交技だ。イレーヌ妃に嫌味がわかったかは不明だ。
のちに、
『白皙の美貌のリグラス王子殿下に、我が国の皇女は「自分には眩しすぎます」と遠慮したようだ』
と持ち上げるような噂を流すという、気の遣い方だ。
大帝国を煩わせて申し訳ないくらいだ。
イレーヌ妃の気性を知っているからだろう。
ユリアとローレンには、怪しい輩が張り付くようになった。
イレーヌ妃が付けた見張りだ。
いつの間にかユリアたちが婚約していた事実は、イレーヌ妃を苛立たせ、慎重にさせたようだ。
法務部にもイレーヌ妃の息のかかった者が入り込んでいた。
いつものように、ローレンはコルネール家を訪れた。
ユリアは、相変わらず、畑の中にいた。
エプロンに豆を摘むユリアは緑の中に溶け込みそうに見えた。
ローレンに気づくと、「レン様」と手を振る。
ローレンは眩し気に目を細めると、「おいで」と妻を作業小屋に誘った。
品種改良をしたり肥料を研究するのに建ててもらった小屋だ。コルネール家にしてみれば、邸の部屋に肥料や土を持ち込まれるのを防ぐためでもある。
ユリアは自分だけの研究室は気に入っている。
くつろいで昼寝もできるソファを運ばせてあるので、ローレンも気に入っている。
小ぶりのテーブルと湯沸かしに茶器のセットも置いてある。
ユリアは、数日前に16歳の誕生日を迎えた。
晴れて成人だ。
こんなに誕生日が待ち遠しいことはなかった。
本来なら華やかに成人祝いのパーティを開くのだが、今この時期、イレーヌ妃たちを刺激したくなかったため、ごく身内だけの祝いになった。
ユリアはそれで良かった。
親しいひとだけに祝ってもらえばいい。
ベルーゼ領から心尽くしの贈り物が届いて、ユリアにとっては、たとえ小さな宴でも幸せだった。
成人してから、ローレンに抱きしめられたり、キスされることが増えた。
ユリアは、さすがにだいぶ慣れたが、まだ照れてしまう。
ひとつしか離れていないのに、ローレンは成熟している。
色気だだ漏れの大人の男性だ。
土いじりオタクのユリアとは違う。
ユリアは日がな一日、畑で農作物に囲まれていれば満足な畑型ひきこもりで、恋愛は初心者以下だ。
研究小屋のソファで抱きしめられた。
「あと2か月したら、結婚式だね」
ローレンに耳元で囁かれ、ユリアは頷いた。頬が熱い。朱くなってるかもしれない。
逞しい彼に抱き寄せられ「好きだよ」と囁かれると、胸がきゅんと締め付けられる。
鼓動はうるさいほどに脈打つ。
ローレンは、頬を染めて俯くユリアの髪を愛しそうに撫でた。
「ユリア。せめて、ふたりきりのときは、様はなしで、レンと呼んで」
「レン?」
ユリアは照れながら呼んでみた。
頬がさらに熱くなる。
「うん、いいね」
ローレンが満足そうにうなずく。
「レン……は、なんだか、慣れてるけど。他に好きな人とか、いなかったの?」
ユリアは、おずおずと尋ねてみた。
ずっと気になってはいたが、聞けなかったことだ。
「まさか。
慣れてなんかいないよ。
私の閨係事件のこと、聞いていない?」
「変な人が混じっていたとは、ちらっと。
お母様が話していたわ」
「変どころじゃないよ。おそらく、イレーヌ妃が手配した。
私の男性としての機能を永遠に駄目にするために、閨係の女が薬を用意していた。
女の様子がどうも不自然だったし、薬の匂いが酷かったので気が付いた。
未遂で済んだが、女は近衛に捕まったとたん、用意していた毒を飲んだ。
以来、私は、女が信じられなかった」
ユリアは、思う以上に悲惨な事件にしばらく口がきけなかった。
イレーヌ妃のことを思い違いしていたようだ。
ただの我儘な妃ではない。
犯罪者なのだ。
「そんな酷い事件だったのね……。
レン。
私も、こう見えても女なんですけど」
「ユリアはどう見ても女性だよ」
「もしかして、小太りのころの私が、女としてはだいぶ魅力に欠けてたから抵抗がなかったとか?」
「まさか、そんなことはないよ」
「いえ、その、正直に言ってもらってよいのですけど。
なんなら、もとの子豚にもどっても……」
「あのね、どっちでもユリアなら大好きだけど。
健康的なほうがいいから、無理はしないで欲しいな。
それにね、まずは、ユリアの母上が私の母と友人だったので、元から信用できる下地があったんだ。
コルネール公爵は、賢王だった祖父が全幅の信頼を置いていたし。
ユリアはわずか7歳のころから貧しい領地のために働いていただろう。
姿を見たら顔は天使だし。
なにもかもに、一目惚れしたんだ。
ユリアがいいんだ」
ユリアはローレンに抱きしめられて、悩むのをやめた。
王子妃なんて面倒くさくて嫌だけれど、ローレン自身が好きだから、一緒にいたい。
――すごく、好き。
旦那様がレン様……レンでよかった。
ローレンは、そっとユリアの髪に頬にキスをする。
――ユリアは、わかってるんだろうか。
態度に出してるし、言葉も尽くしてるのにな。
抑えきれないくらい、好きなんだ。
装わなくても、本能のままでいれば甘い夫になれた。
ユリアには、認識阻害の魔導具を持たせ、可愛い顔を隠させた。
リグラス避けのためだけではないが、主たる目的は、リグラスに目を付けられないためだ。
リグラスの女たらしぶりは、ひどいとしか言いようがなかった。
きれいな女を手に入れる素早さは呆れるほどだ。
口説き落とすのに天賦の才を持っている。無駄で害しかない才能だろう。他に使い道がないものか。
おまけに、美人であれば、何でもよい。
その代わり、自分の美意識から外れていると、絶対に手を出さない。
婚約披露のときには、ユリアの姿をさらすことになってしまった。
ユリアが「可愛らしい」という評判も広まったのに、リグラスは「どうせお世辞だろう」とせせら笑って居たらしい。
マヌケな敵で良かった。




