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今日の2話目になります。







「リグラス王子には、恋人がいらっしゃるみたいですけど。

 レーナ・ダロン男爵令嬢という。

 彼女は、殿下のお相手としては、やはりダメですか?」


 ユリアは試しに聞いてみた。


「男爵令嬢だからな。

 イレーヌ妃が許すわけがないな」

 公爵はにべもない。

「イレーヌ妃は、リグラス王子の我儘をかなり許してくれるみたいでしたけど……」

 ユリアは最初のお見合いを思い出していた。

 イレーヌ妃に関しては『異常に甘々な母親』という印象がある。


「それでも、無理だろうな。

 リグラス王子は、以前に、レーナ嬢を婚約者にしたいと相談しているんだ。

 だが、国王はともかく、イレーヌ妃が『あの女はそんな価値はない』と答えて、珍しく親子喧嘩をしていたようだ」

「……そうでしたか」


「レーナ嬢のことは、公爵も調べられたのですね」

 ローレン王子が尋ねた。

「一通りはな。

 あの娘が、なぜかユリアの名を知っていて、あれこれ言っていたとの情報も耳に入っている」

「お父様も知っていたの?」

「お前との婚約話が出ている王子の恋人という時点で、一応、調べるものだよ。

 おまけに、接触はまるでなかったはずなのに、レーナという娘は、ユリアのことをあれこれ言っていた。

 諜報員をしばらくつけて調べたとも。

 今も、要注意人物だ」

「要注意人物ですか」


「私も調べてみました。

 彼女が、リグラス王子にユリアと婚約しろと、そう強請っているようです」

「あの娘が?」

 公爵は知らない情報だったらしく、フェルナンは目をすがめた。

「ええ。なんとか調べがつきました。母が協力してくれましたので。

 リグラスが、あれが考えたにしては悪質で周到な契約書を作っていたので、どこから用意させたのか。

 レーナ嬢が、内容を校正していたとわかりました。

 ユリアが契約させられそうになった書類の原案は、レーナ・ダロンの案だったわけです」


「ダロン男爵家は、よほど潰れたいらしいな」

 フェルナンは、底冷えのする声で呟いた。

 兄セオドアの冷たい笑顔も怖い。

 母ソフィアが握りしめた扇子もミシミシ言っている。


「お怒りはごもっともです。

 私も、あの娘を魔獣の巣窟に放り込みたくなりましたから。

 ダロン家に関しては、まだ調べ中です。

 潰すにしても……、場合によっては、リグラスが婿入りしてからでも良いでしょう。

 私の母も色々と考えているようですから、しばしお待ちください」


 フェルナン・コルネールは、渋い顔をしてローレンの話を聞いていた。

「国王はともかく、イレーヌ妃は死に物狂いで抵抗するだろう」

 弱小男爵家の令嬢など、イレーヌにとっては、侍女にもしたくないはずだ。

「厄介な女狐です」

 ローレンの声に抑えた怒気がこもる。

 あの女を国に引き入れた国王も同罪だ。

「宰相は、できれば、国王には退いてほしいと希望されている」

 フェルナン・コルネールは、ため息交じりにそう告げた。

 愚王の愚行を、なんとか、誤魔化しながら、フォローしながら、ここまで国家運営してきたが、あまりにも支障がある。


 室内に沈黙がおりる。

 みな気持ちは同じとしても、健康に問題がなく、まだ年寄りとも言えない国王を引退させるのは難しい。


 フェルナンは言葉を続けた。

「国王おひとりなら、まだよかった。

 国王は……知性の面では甚だ問題はあるが、悪い方ではない。

 だが、国王は、イレーヌ妃の言いなりだ。

 宰相も、あの女狐がくっつくと始末が悪くなる、とは考えているようだった」


 ひどい言われようだが、誰も反論せず、納得している顔だ。


「確かに、我が国での問題は、イレーヌ妃の性悪さに国王の権限が力を与えたためですね」

 コルネール家嫡男、セオドアがそう頷いた。

「イレーヌ妃の力を削ごうと、ジネブラ王妃殿下は、苦労されたみたいね。

 あの小麦を独占しようとしたエフェル伯爵。

 彼は、イレーヌ妃となにやら悪だくみしていそうだったわ」

 話しながらソフィアが嫌そうな顔をする。


 かつて、もっとも大きな穀倉地帯をもち、流通の要でもあったエフェル領。

 その領主は、恵まれた地の利を武器に市場を牛耳っていた。


「ああ、エフェルか。

 ジネブラ妃は、あやつに恨まれていただろうな。

 手をかけないと育ちが悪く苦労している領の小麦を、ジネブラ妃は支援していたからな。

 小麦の高騰を防ぐためだ。

 南部の小麦畑は、エフェルの支配下から外れていたが、環境に合う良い小麦がなかった。

 そういえば、ジネブラ妃は、ユリアをずいぶん、褒めていた。

 国内の小麦を救ったのは、ユリアだとね。

 ジネブラ妃は、収量の多い麦の種をユリアが気前よく提供してくれたことに、驚いていた」

「え……、そうですか。

 でも、苗は、育ててなんぼですし。

 私としては、試験的に提供してデータを貰おうという下心があったので、感謝されるとちょっと気まずいんですけど……」

 ユリアが落ち着かない様子で言い訳をした。

「ハハ。あちらにしてみれば、データなんてお安いもんだろう。

 おかげで、エフェルは、ずいぶん力を落とした。

 挙句、農業協会の不正な工作までバレた。

 莫大な賠償金と罰金で資産を失い、今は北の牢獄の中だ。

 ああいう輩を利用しようといつも手ぐすねを引いているのがイレーヌ妃だ。

 リグラス王子は……なんとも言えんな。

 教育を失敗している」


「そうですね……。

 リグラスに『国王になれ』としつこくプレッシャーをかけるのなら、それと同時に国王にふさわしい教育を与えるべきだったと私は思います」

「ハハ。

 優しい兄上だな」

「アレに優しいつもりはありません。ですが、最近は、思うほどは悪人でもないと公平に判断していました。もちろん、ユリアに手を出すなら話は別ですけれどね。

 我儘で、金遣いは荒いし、女遊びも相変わらずですが。ただ、犯罪行為まではありませんでした。

 成長してからは、癇癪を起こす頻度は減りましたしね。

 ソライエ帝国の皇女に関しては、リグラスに、少々、同情してます」

「気軽なお相手ではないことは、理解しておられるようですな」

 公爵は肩をすくめた。

「ええ。容姿の好みを別としても、ナナベル皇女のような才女とはまるで会話が出来ないんですよ。

 リグラスは、少々、アホな相手の方が気楽に付き合えるらしい」

「イレーヌ妃がごり押ししなければ、皇女との件は問題解決なのでしょうな。

 ただ、ナナベル皇女を諦められると、またユリアが目を付けられる可能性が高い」


「イレーヌ妃が、諸悪の根源みたいに聞こえますね」

 ユリアがぽつりと言い、皆は微妙な顔をした。

 ひらたく言えば、その通りなのだ。


 ――イレーヌ妃が諸悪の根源。


 第二妃にはなんら権限はない。予算も多くない。それなのに、必死に権力と贅沢を掻き集めようとしている。

 そのために国王や悪質な貴族を使おうとしている。

 リグラス王子はその駒だろう。

 リグラス王子は美しく生まれついた。

 だが、それだけだ。

 なんら教育しなかったからだ。

 果たして、それが愛情だろうか、とフェルナンは常々思っていた。


「我が国は、イレーヌ妃の我儘を許すようにはできていなかった。

 さぞかし、思惑が外れたことだろう。

 自分の我を通すために、何がどうなっても、リグラス王子を王太子にするか、あるいは、大国との良縁を結ぶか、画策しているのだな。

 帝国が求めているのが能力のある婿だと理解すれば、諦めるしかない。

 その上、王太子がローレン王子に決まれば、イレーヌ妃はさぞかし失望するだろう。

 まず予算が違う。

 王太子に使われる予算とその他の王子に使われる金は桁が違う。

 その後の進路も悩みどころだろう。

 リグラス王子は、王太子ではないのなら、無職は外聞が悪い。

 ふつうは、王宮勤めとなるが、さて、殿下には能力とやる気がおありかな。

 イレーヌ妃は、今度の領主会議でリグラス王子が王太子から外されたら、これまでと待遇が変わることはよくわかっている。

 もちろん、王太子が決まっても、シオン国王は健在だ。

 だが、国王の推薦を受けてもなお外されれば、表向きは王位継承権が二位だとしても、領主会議は今後も決してリグラス王子を選ばない。

 王位継承権第三位以下には王の従弟もおられる。

 従弟殿下の子息たちも名が挙がり始めている。

 今まで、リグラス王子が王となる可能性があるからと、イレーヌ妃にはべり、便宜をはかっていた連中は、潮がひくように離れていくだろう。

 リグラス王子が王太子に選ばれなかったら、イレーヌ妃は、終わりだな」


 フェルナンは、娘のユリアに教えるようにそう話した。

 他のみなは、とうに知っていることだ。


 ――だから必死なのね。


 ユリアはなんとも哀れな気がした。せっかく、国王に愛されているというのに。


 フェルナン・コルネール公爵とローレンらは計画した。

『あの女狐らと、子女狐を嵌めてやろう』と。






いつもありがとうございます。

明日も、8時か9時くらいを予定しています。

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