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今日も2話、投稿……できると思います。本日1話目です。
ユリアの誕生日まであと1か月前に迫ったこの日。
コルネール家にローレンとコルネール家の家族たちが集まっていた。
情報交換のためだ。
ここ最近、イレーヌ妃がリグラス王子を皇女の婚約者に推していたため、こちらは平和だった。
だが、そろそろ、動きがありそうだという。
イレーヌ妃は帝国の皇女らが留学にくると聞いてから、皇女ナナベルとリグラス王子の婚約を画策していた。
国王は、どちらかというと、帝国との縁談など面倒だと思っているようだ。
ただ、いつものように、イレーヌ妃に引き摺られている。
幾度か、ソライエ帝国へ婚約の打診もしていた。
帝国側は迷っている様子だ。
ナナベル皇女とリグラス王子との会食も行われている。
リグラスは、第二妃から「小遣いをあげるから」と言い聞かせられ、皇女との食事を無難に過ごした……らしい。
国としては、なにとぞ失礼なことだけはしないでくれと、日々、祈るような心地だ。
国王たちは、失礼があったらマズいことはわかるらしく、毎回、国王とイレーヌ妃とが監視役についていた。
宰相や大臣らにすれば、国王とイレーヌ妃もかなり信頼できないのだが、リグラス一人よりはマシだ。
宰相は、万が一のときのフォロー役に、自分の配下の者を会席の場に忍び込ませていた。
フェルナンはその様子を聞いた。皇女は、案外、強かだとわかった。さすが大国の皇女だ。
4回目の会食のおり、皇女はイレーヌ妃を嵌めた……と思われる。
会食の場でリグラスは、王子らしく優雅に挨拶をした。
皇女もお淑やかに応えた。
イレーヌ妃は「マリアデアでは、楽しく過ごされていますか」などと話をふった。
イレーヌはその場の主導権を握るつもりだった。
もとより、国王はそういう采配は出来ない。
リグラスは黙々と食事をしている。
「観光は、どちらに行きましたの?」
「学園の課外授業だけですわ。トラン研究所の資料館に行きましたの。
楽しかったですわ。
あの美しい石のコレクションは圧巻でしたわね。
珍しい毛皮を集めた展示室も」
皇女はうっとりと微笑んだ。
トラン研究所などイレーヌたちは記憶にないが、宝飾品などの蒐集と研究をしているらしい。
「まぁ……美しい石と毛皮?」
イレーヌが小さく呟く。
どちらもイレーヌの好物だ。
「そういえば、あの展示物のレプリカは販売はされないかしら?
資料館に入ってすぐのところに展示されていたものですけれど。
見事でしたわ。あの複雑で繊細な細部までを完璧に複製させた職人の腕前も感心しましたわ。
もちろん、イレーヌ様もご存じと思いますけれど。
私、是非とも欲しいと思いましたの」
「あら、展示物のレプリカを?
そう。それは良い考えですわ。
お土産に販売したらよろしいですわね」
「お土産に?
資料館のお土産にするなんて斬新ですわ。
素晴らしいですわね」
皇女は目を輝かせた。
会食はこれで4回目だが、皇女がここまで話に食いついたことはなかった。
イレーヌはすっかり気分良く話を進めた。
確かに、展示物のレプリカを販売するのはよいアイデアだ。
――売り上げの何割かは請求しても良いわね。
アイデア料よ。
「さっそく、財務部と資料館にでも話を持っていきますわ」
イレーヌが機嫌よく請け負った。
「私の分は、実物大でお願いしますわ、ぜひ!」
皇女が熱心に頼んで来た
「それでは、100個くらいは実物大で作らせましょう。
ナナベル様には、ひとつ、プレゼントしますわ」
「まぁ、よろしいんですの?」
「もちろんですわ。お安い御用でしてよ」
レプリカくらいで喜ぶなんて、案外、庶民的な皇女ね、とイレーヌは思った。
どんな展示物かは知らないが、皇女がこれほど欲しがるくらいだから、100個くらい簡単に売れるだろう。
それからもふたりは話に盛り上がり、イレーヌは100個のレプリカを作ると確約した。
のちに、イレーヌは、件の展示物が、2メートル超えの絶滅した魔獣の模型だと知った。
実物大の迫力の模型だ。
「美しい石」は魔獣から採れる魔石の蒐集品で、毛皮も貴重な魔獣素材だった。
財務部は「予算を寄越せ」というイレーヌの申し出を一蹴した。資料館もだ。
イレーヌは自費で10個のレプリカを作り、皇女にひとつプレゼントしたが、残りはひとつも売れず、王宮の倉庫に仕舞われた。
実際のところ、皇女がどう思ったかはわからない。
だが、このあと、イレーヌは、皇女を気軽に会食に誘わなくなった。
100個のレプリカを作って売る約束を果たせていないので、会い難いらしい。
皇女は、身近な者に「堅苦しい会食は苦手なの」と言っていた。
きっと、わざとだろう、と宰相らは心得ている。
もらったレプリカは「大事に国に運ぶわ」と特別仕立ての荷馬車を用意しているくらいだから、本当に欲しかったのかもしれないが。
フェルナン・コルネール公爵は、ユリアたちに「ここだけの話だ」と前置きして、追加情報を教えた。
ナナベル皇女は、マリアデア王国の侯爵令息を密かに気に入っているとわかった。
カレル侯爵家の三男で、王立学園の魔導科に所属する高等部3年の学生だ。
魔力量も高く、魔導士志望のわりに逞しい精悍な青年だという。
皇女の方が一目惚れした。
ただ、国王とイレーヌ妃がどういう人物か、帝国は知っている。
その辺りは、調べれば簡単にわかることだ。
もしも、リグラス王子の婚約申し込みを蹴って、カレル家に婚約を申し入れたら、カレル家の立場が悪くなるだろう。
そのため、「どうしたらよいか」と宰相が秘密裏に相談を受けた。
「リグラス殿下のことを、あちらは、とっくに調べていたのだろうな。
元から見込みはなかったのだ。
宰相が言うには、1回目の会食の時から、ナナベル皇女の姿からして違っていた。
私はよくは分からんが、女性は、化粧や衣服や髪で、どうとでも化けるらしい」
「あら、なんですの? それは……」
ソフィア夫人が訝しげな顔をする。
「つまりだな、皇女は綺麗な女性だ。
だが、美人好きのリグラス王子は、まったく見向きもしなかった。
なぜだか尋ねたところ、宰相が言い難そうに教えた。
女性は、化粧やらドレスで、蝶にも芋虫にもなるのだと。
似合わない化粧に、髪型、野暮ったいドレスという姿で、皇女はイレーヌ妃たちの会食に臨んだ。
おかげで、リグラス殿下は、まったく乗り気でなかった。
カレル侯爵家の子息と会うときとは、まるで別人だったそうだ」
その場に微妙な空気が流れた。
色々思うところはあったが、どうやら、皇女が聡明な女性であることは確からしい。
イレーヌ妃では太刀打ちできないだろう。
ユリアは『それなら……』と、レーナ・ダロン男爵令嬢のことを聞いてみることにした。




