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今日、2話目の投稿です。
「どうしたのよ、ユリア。いつも以上に湿気てるわね。
あんな美形王子の婚約者だってのに」
ユリアが憂鬱なため息を吐いていると、ラミダが眉をひそめた。
「はぁ?
美形は関係ないわ」
「馬鹿じゃないの。
関係あるに決まってるでしょ。
まぁ、美形度で言えば、リグラス王子の方が上だけどね」
「……不敬って言葉、知ってる?」
「事実を言ってるだけじゃない。
リグラス王子は華があるわよね。
あれだけの美男よ?
見てるだけで幸せだわ。
閨も楽しみだし」
こんなカフェでよくも淑女らしくないセリフが吐ける。
「やめてよ、ラミダ。
ここは酒場じゃないんだから」
「どこだっていいでしょ。
私は言いたいことは言う主義よ」
「あ、そう」
――ラミダには何も話せないわ。
口が軽そうだから。
ラミダが好かないから、と言うのもあるけど。
婚約者の交代を迫られてる件も、ぜったいに言えないわ。
リグラス王子の恋人情報はラミダに聞いたから、それは、まぁ、良かったけど。
「あんたさぁ、ご両親はなかなかの美形揃いで、お兄様もかっこいいのに、なんでそんなダサいの?
1、2年くらい前まではぽっちゃりして可愛いとこもあったのに」
本当に、ズケズケと言う女だ。
「私の容姿なんて、どうだっていいでしょ」
「よくないわよ。
あの小太りは傑作だったけどね」
ラミダがケラケラと笑う。
淑女らしくないオッサンみたいな笑いだ。
ユリアは、確かに、一時期小太りだった。
ユリアなりに理由があった。
でも、そんな説明を、好かない従姉妹に話す必要はない。
ユリアは、ラミダの戯言など無視して優雅に茶を飲んだ。
無視されたラミダはムッとした顔をした。
「小太りのころの方が女らしかったわ。
今のその、食い残しの手羽みたいなガリ、見られたものじゃなくてよ」
ホホホとラミダが笑う。
「ラミダに見られたいとは思わないから構わないわ」
ユリアもにこりと笑って応じる。
ユリアはちゃんと年相応の体はしているつもりだ。出るべきところは出ている……と思う。
ちらりとラミダの自慢の胸元を見る。
――ラミダと変わらないわ、よ……たぶん。
一瞬、ラミダは鬼の形相になったが、すぐに持ち直した。
「はん!
強がり言っちゃって。
王宮の侍女たちに『お兄様は素敵なのにねぇ』とか『夫人はすごい美女なのに』とか陰口叩かれてるの、知らないのね」
――ホント、嫌な性格。
セオドア兄様は、確かにかっこいいけど。お母様も美女だし。
ラミダがユリアを茶に誘うのは、王宮内での愚痴をこぼすためと、王族たちの情報を仕入れたいかららしい。
残念ながら、ユリアは話す気はないが。
ラミダが興味津々なのは、どちらの王子が王太子となるか、まだわからないからだろう。
国王はリグラスを王太子にと望んでいるが、領主会議の承認を得られるか微妙だ。
リグラスは能力、人格、共に王の器ではない。
おまけに後ろ盾が皆無となっては、王のゴリ押しだけで了承を得るのは難しい。
ローレン王子とユリアが結婚すれば、ローレン王子を推す領主は増えるだろう。
国王はリグラスを王太子とするために、ローレンとの結婚を邪魔するだろうと思われた。
――お父様の予想は当たってたけど、半分はね。
まさか、豚と罵って駄目にした婚約を復活させるなんて、斜め上を行き過ぎている。
「ちょっと! 無視しないでよっ」
ぼうっと考え込んでいるうちにラミダがキレていた。
「あのね、ラミダ。
リグラス王子の恋人って、男爵令嬢でしょう?」
「そうよ」
ラミダはむしゃむしゃとタルトを食べながら答えた。
王宮侍女のくせに、マナーがかなりひどい。
「それなら、ラミダにもチャンスはあったんじゃない?」
ユリアが言うと、ラミダがぐっと詰まったような顔をした。
「……嫌味?
レーナ・ダロンは、顔だけはいいのよ……」
「そう。
リグラス王子とうまくいってるのよね?」
「そんなこと、気になるの?」
ラミダが意地の悪い笑みを浮かべる。
「気になるわ」
そもそも、ふたりがそんなに恋仲なら、なぜリグラス王子はユリアに婚約を迫るのだろうか。
ユリアに婚約しろと言う前に、コルネール家の後ろ盾が欲しいのなら素直に「後ろ盾しろ」と言えばいい……。
――いや、無理だけど。あの性格だし。
父がリグラス王子を国王にしたがるわけがない。
でも、そうなると……。
ユリアはまたも考え事に浸った。
「そういえば、レーナも、ユリアのこと気にしてたわね」
ふいに、ラミダが思い出したように言い出した。
「え? 私のことを?
レーナ嬢のことなんて、顔も知らないのに?」
「なんにも、知らないの? ユリア」
「知らないわ。
ラミダから話を聞いて、リグラス王子の恋人だって、初めて知ったくらいよ」
「ふーん。やっぱ、学園が違うと情報が伝わらないのね。
あの子、王立学園に編入してしばらくしてから、『ユリア・コルネールが居ない!』って騒いでいたらしいわよ。
あと、ユリアがリグラス王子の婚約者でないことも知らなかったみたい。
『リグラス王子とユリアは婚約者のはずなのに』って愕然としてたって。
なんでユリアがデブなの? とか。
アハハ、傑作!
男爵令嬢のくせに、公爵令嬢をデブとか平気で罵ってんの、あの子」
「まぁ、一時期は確かに太ってたから事実だけど」
そのおかげでリグラス王子の婚約者にならずに済んだのだ。
デブで良かった、とつくづく思う。
「ああ、それから、ユリアのこと悪役令嬢とか言って、周りからドン引きされてたわ。
いくら何でも、コルネール家に睨まれたら嫌だものね」
「悪役令嬢? 私が?」
「変な子よね。
ユリアみたいなホケっとしたのが悪役令嬢なんて」
「……ホケっとしてて悪かったわね。
でも、顔も知らないし、話をしたこともないひとから、悪役令嬢とか言われるなんて、おかしいわよね。
婚約のことだって。
イレーヌ妃が選びすぎてリグラス王子に婚約者がいないことは有名だわ。
それに、恋人なんだから、私が婚約者でないのは良いことでしょ」
「それは、もっともだけどね。
でもさ、婚約の件はね、むしろ、レーナ嬢がリグラス王子と恋人だからじゃない?
リグラス王子が本当にユリアの婚約者だったら、王太子の可能性、もっとずっと高かったもの。
レーナ嬢が王妃になりたいとか思っていたら、リグラス王子とユリアは婚約してた方がいいわ」
「そうしたら、彼女は、王妃ではなくて、側室になると思うけど?」
「リグラス王子が王太子になるまでだけ、ユリアが婚約者になってればいいのよ。
一度、王太子に決まれば、そう簡単には覆せないもの」
「ずいぶん、綱渡りみたいな計画だと思うわ。
無理じゃない?
私のお父様は、そんな杜撰な計画には騙されないわ」
「まぁね、そうよね。
でもね、レーナ嬢って、かなり頭悪いみたいだし」
「そうなの? それで王妃になる気なの?
困るわ」
「そうよねー、さすがの私も、あの女が王妃になったらマズいってわかるわよ。
ソライエ語で『こんにちは』も言えないし、隣国の国王の名前も知らなかったし。
2年のときは数学で0点とって教師に怒られてたって、笑える」
ソライエ語は、ソライエ帝国の言葉だ。
隣国の大国であるソライエ帝国は、世界でもっとも影響力の大きい国だ。
ゆえに、学園ではソライエ語は必修科目だ。ふつう、王立学園の学生は、日常会話くらいぺらぺら喋れる。
「こんにちは」も話せないで王妃など逆立ちしても務まらない。
「……うん。私も、王妃は無理な気がするわ。今、話聞いた限りでは。
でも、とにかく、リグラス王子の恋人で、王妃になるのが望みで。
それで、私とリグラス王子が婚約者のはずだった、とか言ってたと……。
なんだか、すごい突拍子もないひとだとはわかったわ」
「でしょー。
なかなか面白いのよ。
ああいう面白いところも美形の王子に好かれたのかしら。
あー、私はマトモな女だから無理だわ」
そう言いながら、ラミダはタルトを完食した。
「私、そろそろ帰るわ」
ユリアが立ち上がると、ラミダも慌てて立ち上がった。
「ちょっと。ひとりだけのけ者にしないでよね。
嫌よ、カフェでひとりなんて!」
「……奢らないからね」
「ケチ!」
ユリアは、結局、御茶代だけは奢ってあげた。
レーナ嬢の情報をもらったからだ。
ラミダはナッツタルトの金だけ払って、機嫌よく王宮に戻っていった。
ブクマや評価をありがとうございます。(^^)
明日は1話投稿で、夜9時を予定しています。
(もし間に合いましたら、8時と9時の2話投稿します)




