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(9)

今日の2話目になります(^^)

明日も2話投稿で、時間は8時と9時の予定です。





 ユリアとローレンの婚約披露宴は、大帝国からの留学生の話題で盛り上がる中、開かれることとなった。


 ローレンとユリアへの帝国からの婚約申し入れを断るためだ。「相手が決まっている」と伝えればいいのかもしれないが、もう誤魔化しをするのは止めようとローレンや王妃たちは考えた。


 貴族らは驚愕した。そんな話は聞いてなかったからだ。

 国王とイレーヌ妃も衝撃を受けた。

 いつの間にか、二人は婚約していた。


 国王は、自分が「育児放棄」「親の義務不履行」と見做され、ローレンに対しては親の権限を持っていないことを初めて知った。

 親としての権限を取り戻すには、少なくとも半年は「きちんとした親になりました」というフリをする期間が必要だということも。

 半年も過ぎたら、ユリアは16歳になってしまう。ユリアの誕生日は5か月後だ。

 つまり、二人は、国王の許可なく結婚できるのだ。


◇◇


 ――婚約披露のパーティまであとひと月……。

 後悔って、ホントに、後からやってくるのね。


 鏡を見つめていたユリアは現実逃避したくなった。


 ユリアは、肌の対策としては、ひと月はギリギリだということを知っていた。

 前世の知識だろう。

 新しい肌が皮下で生まれ、肌となるまでにひと月、さらにその肌が古くなって代謝されるまでが半月だ。


 ユリアのお肌は、貴族女性としてはあるまじき状態だ。

 紫外線対策を怠ったためだ。日焼けとソバカスを早急になんとかしなければならなかった。

 このままでは、ローレン王子の方がお肌が綺麗、と言われてしまう。

 ローレンは、執務や魔導の研究でデスクワークが多く、日に当たらない生活をしている。魔法の訓練も、王宮内の室内訓練場を使うので、男性なのに肌は理想的だ。

 ――まぁ、それでもいいような気も……いえ、やっぱ、さすがに駄目だわ。

 少しでも綺麗な婚約者になりたい。


 ユリアは、古代文献から最新の学会資料、遠い外国の発見まで、植物に関するものであれば目を通していた。

 以前は、それらの知識を使って、母やジネブラ王妃のために、髪や肌をきれいにする美容液を作った。

 あまり大量には作れなかったので、母と王妃に渡してしまい、ユリアは使ってなかった。

 あのレシピはとっておいてある。

 ただ、母たちの美容液は、「肌の若がえり」を目指して作った。

 ユリアが今欲しいのは、急いで日焼けとソバカスをなんとかする美容液だ。

 多少、違う。

 特に、即効性が要る。


 ――こういう場合は、魔草を使うといいのよね。


 いくつか候補があった。

 太陽の光や熱による肌のダメージは、「火」の属性によるものだ。

 火属性の刺激が肌に過度に与えられ、それが「蓄積」された。


 この二つの要素を考える。


 火属性を和らげるために、「水」属性……それも、強力なものが要る。

 魔草で、水属性を持つものを探した。

 さらに、肌のダメージがしっかり蓄積されてしまっているのも厄介だ。


 肌に与えられた害のある刺激。肌はそれに対抗するために、肌の色素を増やしたり、皮質を固くしたりする。


 蓄積されたそれらは、火の属性から、他の属性も加わっている。

 単純に、火属性をやわらげるだけでは足りない。


 ――治癒魔法を使う手もあるのかもしれないけど。


 肌のために、貴重な治癒師の手を煩わせるつもりはない。


 ユリアは、光魔法属性を持っている。

 けれど、治癒魔法の力はない。


 光魔法には癒しの効果はあるが、治癒とは違う。

 治癒魔法とは、積極的に、損傷に働きかけるものだ。

 対して、ただの光魔法の癒し効果は、生命力を高めて、その結果、傷や病が治りやすい、というものだ。


 ――治癒という裏技は使わないで、美肌の美容液を作るとして……。

 しかも、速く作らないと、お肌に効果が出るまでの日が足りなくなる。


 美容液に、光魔法属性を与えれば、おそらく、肌の生命力が高まるだろう。

 治癒とは違うが、肌のダメージを回復させる力が強められそうだ。


 ――品種改良のときの「技」を使おう。


 ユリアは、領地の作物を品種改良したときのことを思い出していた。


 6歳のころ。

 ユリアは花壇の萎びた薬草を回復させた。

 可哀想な薬草の土に、土魔法の「滋養」を与えたのだ。

 案外、簡単にできたのは、ユリアは、植物に関しては、もとから特別な思い入れがあったからだろう。なにしろ、前世からの農業オタクだ。


 それに、土に滋養を与えるのは、土魔法では初級だ。

 だから、すんなりと出来た……とユリアは思ったのだが、実のところ、6歳でいきなり出来るなど、まずあり得ない。

 父は、ユリアには才能があると見抜き、ベルーゼ領を娘に託そうと考えた。


 とは言え、品種改良は簡単にはできなかった。


 農作物の品種改良は、何年も、何年も、かかるものだ。

 他の品種と交配しても、結果が出るのは翌年だ。

 失敗すれば、また翌年までかけて交配する。

 ユリアは、土魔法の滋養を土に与えた植物が、倍近くも速く成長するのを見て、

「品種改良の結果を、早く出すことができる」

 と気づいた。

 光魔法属性をもつ薬草に、毎日、光魔法の「滋養」を与えて見ると、やはり、倍も速く成長した。

 組み合わせれば、4倍速く成長するかもしれない、とユリアは考えた。

 だが、それで速く成長させて、交配して得られた性質は、ちゃんと定着するだろうか。


 ユリアは夢中になって研究した。

 光魔法は、光魔法属性をもつ植物にしか効果がないことはすぐにわかった。


 光魔法属性をもつ植物など、ごく希な薬草しかない。

 これでは、「4倍速」で、ふつうの作物を成長させるのはムリだ。


 なにかできないだろうか。


 ユリアが急ごうと思ったのは、貧しい領地は10年も年月をかけていたら、10年も貧しいままだからだ。

 父フェルナン・コルネール公爵は言っていた。

「大雨や、雨不足や、流行病など、領地の危機には、迅速に対応しなければならない。

 そういった被害は、まずは、子供や年寄りや妊婦など、弱いところにくる。

 命は待ってくれない」


『命は、待ってくれない』


 だから、工夫を重ねた。

 品種改良の速度をあげて、新しい小麦を1日でもはやく作るために。


 難点は、ただ単に、光魔法や土魔法の魔力を与えても、生きているものは、はね除けてしまうのだ。


 治癒魔法や、「滋養」の魔法のように、浸透する魔法や、あるいは、親和性のある場合なら良いが、ただの魔力ではダメだ。


 魔力というものは、少しずつ、環境にあふれている。

 それらの影響から身を守るように、生き物はできている。


 ユリアは、水魔法で生成した水に、光魔法の「滋養」を浸透させ、それを植物に与えて見た。

 土は、土魔法の「滋養」を与えた土を使った。


 合わせ技も、試してみた。

 つまり、土魔法の滋養を与えた土に、さらに光魔法の滋養も加えてみたりとか。

 光魔法の滋養を与えた水に、土魔法の滋養も、重ねて与えてみたりとか。

 できることは、なんでもやってみた。


 徐々に、結果が出てきた。

 裏庭の芝生を畑にさせてもらった。

 思い切りやったら、四阿が壊れた。

 でも、立派な畑ができた。


 ――あのころより、魔法はずっと上手になってるんだから、美容液もきっと出来るわ。

 まずは、採ってきた水魔法属性の強い魔草。

 これは、根の部分と朱い筋には火の魔法成分が含まれているから、これを取り除く。

 すり潰したら、水魔法で生成した水に、光魔法の「滋養」を与えて加えて。


 出来上がった薬液を、手に塗ってみる。


 ――あ、なんか、ひんやりする。

 それに、すごく浸透がいい。


 「潤い」成分は、土魔法属性の強い魔草に多く含まれている。

 これも使えるかもしれない。

 ――でも、とりあえずは、私の場合、ソバカスが大敵なのよ。

 潤い成分は、ソバカスを退治してから。 

 

 何種類か作り、テストしてみる。


 ――おぉ、ソバカスが一回塗っただけで、ほんの少し薄くなってる。

 これならひと月後には貴婦人の肌になれるかも。


 ユリアはせっせと肌の手入れに励んだ。


◇◇


 今日は、いよいよ、婚約披露の宴だ。


 ユリアをきれいに着飾るために、侍女たちは何日も前から準備していた。

 ユリアのドレスは、ローレンが贈ったものだ。

 ジネブラ妃が厳選した老舗の店に、ローレンが自分の瞳の色を基調としたドレスを頼んだ。


 ローレンはユリアを迎えにきた。

 上品な緑青色のドレスを可愛らしく身にまとったユリアにローレンは見惚れた。

「ものすごくきれいだよ、ユリア」

 ローレンはユリアに歩み寄り、そっと手を取った。

 優し気に微笑んでユリアの額にキスを落とす。

 美しくも初々しいふたりの姿に、執事や侍従たちもこっそりとため息をついた。


 侍女長や侍女たちは「やり遂げた」という誇らしげな笑みを浮かべている。


 ユリアは「土いじりは禁止」と母に言われていた。

 きれいな手と指でパーティに臨むためだ。

 日に焼けた肌も手入れされ、今日は見違えるようだ。ソバカスはすっかり消えている。

 化粧でごまかさなくて良いので、少女らしい薄化粧だ。


 ――日焼けとソバカス対策が間に合ってよかったわ……。


 ユリアは、ローレンの隣に立つために頑張った。


 ――……痩せておいて良かった。


 ローレンは、小太りのユリアに一目惚れしてくれた。

 でも、世間には、小太りの令嬢は麗しい王子にふさわしくないと思うひともいるだろう。


 ――今日は、こんな綺麗なドレスも着てるし、大丈夫。


 認識阻害の魔道具も外した。


「レン様こそ、素敵です」

 ローレンは、ユリアの瞳の色――藤色の礼服を身に着けていた。


 パーティは王宮の広間で行われた。

 国王や第二妃は、王宮の広間を使うことに難癖をつけたが、

「帝国から皇子と皇女が留学に来られる関係で、帝国の関係者がすでにおいでです。

 パーティにもご列席されます。

 国王と第二妃が邪魔をして広間が使えなかった、という事実が知られることになりますが、よろしいですか」

 宰相に言われてふたりは口を噤んだ。


 その代わり、国王らは「体調不良」と言い張ってパーティをサボった。

 来る予定だったリグラスもドタキャンだ。

 子供っぽい嫌がらせをしたつもりのようだが、国王の失言やリグラスの醜態にひやひやしなくて済むので3人のサボりは大歓迎だった。


 ローレンとユリアが会場に到着すると、ほぉ、と列席者たちが麗しいふたりの姿に感嘆の声をあげた。


 ユリアの姿は、実は知られていなかった。

 ユリアは、社交をしていなかったからだ。

 まだ成人前で夜会には出ていなかったうえに、品種改良や試作品づくりで忙しく茶会にも出ていない。

 おまけに、王立学園ではなく、魔導学園に通っているために、情報があまり出回っていない。

 さらに、「容姿が悪くてリグラスの婚約者になれなかった」という情報は、リグラスが広めてしまっていた。

 けれど、実際は、美貌のコルネール夫人にユリアはよく似ていた。


 ローレンの婚約者の座を掠め取ろうと画策していた令嬢たちは、「無理だ」と悟った。

 魔導学園では優等な成績を修めているユリアは、なにしろ、コルネール家という名家の公爵令嬢だ。

 そのうえ、容姿も可愛らしく、いつも冷淡顔のローレンは絶えずユリアを愛しそうに見つめている。

 ローレンの婚約の挨拶も立派だった。

 『国王の威厳』を誰もが感じた。


 音楽が始まった。


「踊ろうか」

 ローレンは微笑んでユリアを誘う。

 婚約して1年半も経つのに、ダンスはこれが初めてだ。

 ローレンは嬉しくてならなかった。

 ようやく、ユリアを自分の婚約者だと自慢できる。


 それなのに、ユリアがなぜか憂い顔でローレンを見上げている。

「どうしたの? ユリア」

「ダンスの練習にお兄様が付き合ってくれてるんですけど」

「うん」

「お前の運動神経は、農作業用だって言われて……」

「そ、そう」

 ローレンは思わず笑いそうになったが耐えた。

「リズミカルに鍬を振るうのは得意なんですけど、音楽に合わせてステップは踏むのは難しくて」

「なるほど……」

「それで、今日の靴は、なるたけ柔らかい革の靴にしてもらいました。

 ……お兄様が怒るので、足を踏まないようにする特訓はしてありますけど」

「私は怒らないからね。

 ユリアになら踏まれてもいいし」


 ローレンに真顔で言われてユリアは絶句した。


 ――これは真に受けちゃいけないやつだわ。


 ユリアが考え込んでいると、ローレンが耳元でささやいた。

「あの麦踏みのユリアは可愛かったし、ちゃんとリズムに乗ってたよね」

 ローレンは、麦踏みの歌をそっと口ずさむ。


 ――覚えてるの? レン様。


 ベルーゼ領で一緒に麦踏みをしたのだ。

 春の休みにユリアが領地の麦踏みに行っているとき。ローレンは髪の色を染めて、お忍びでやってきた。

 領地の男の子たちに「ユリア姫を幸せにするなら認めてやる」と上から目線で言われたローレンは、

「もちろん」

 と真剣に答えてくれた。

『とんとん、麦踏み。とんとんとん。

 日の出と一緒に、とんとんとん』

 という楽しい歌を一緒に歌って麦の根をしっかりさせるために麦踏みをした。


 ローレンのリードが良かったおかげか、それとも麦踏み歌を思い出したおかげか。ユリアは可愛らしく上手に踊れた。

 ふたりの様子に、令嬢達は諦観し、令息たちは恋い焦がれた。


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