プロローグ
――やった! とうとう、王立学園よ!
なんとか、ゲームの舞台に立てたわ!
レーナとして生まれて13年。
ようやく王立学園中等部に編入した。
今までは、下町の町立学校に通っていた。
母が商家の娘だからだ。母はダロン男爵と恋仲になりレーナが生まれたが、男爵には妻がいた。
それで実家でレーナを産み育てた。
レーナは、ヒロインらしくストロベリーブロンドに青空色の瞳の超美少女。お約束のように、前世の記憶も思い出した。
思い出したのは5歳のころ。国教の施設で魔力検査を受けて、「聖魔法属性をお持ちです」と判定されてから。
なにか、ピコーンと頭に浮かんだ。
――あたしって、ヒロインじゃない?
それからのレーナは、少し……いや、だいぶ調子に乗っていた。
「ヒロインなんだから」と、周りの美少年たちを篭絡して侍らせた。レーナはそれが許されるほどの美しさを幼いころから持っていた。
おかげで、母に怒られまくっていた。
「なんて、ふしだらなの!」と。
どこがふしだらなんだ。キスとハグくらいしかしてないと言うのに。
――まぁキスハグの経験値は二桁だけど。まだ二桁よ。
さすがに、年齢的にそれ以上はしてない。
それに「初めて」の相手は王子様の予定だ。
予定では、レーナは、ダロン男爵家に貰われていく、はずだった。
それなのに、なぜか養女の話が来ない。
――たしか、レーナの評判を聞きつけて、ダロン男爵が来るんじゃなかったっけ?
そういや、どんな評判かわかんないわ。
変ね、私はこんな美少女だっていうのに。
とりあえず美少女人生を謳歌し、美少年たちとの異性交遊を楽しんでいると、母に激怒される。
商家の祖父母からも怒られて、とうとうレーナは奥の手を使うことにした。
実父であるダロン男爵の目に留まるように、ダロン家の邸の側をうろつくようにして数ヶ月。
ダロン男爵は、母の美しい容姿を覚えていた。
道で見かけたレーナに声をかけてきたのだ。
ダロン男爵は、レーナが自分の娘であることを知ると、さっそく養女にした。
レーナが美少女なので、政略結婚の駒に出来ると目論んだのだ。
商家の母は、案外、あっさりとレーナを手放した。
「あなたは、男爵家の方が幸せなのね」と少し寂しそうではあったが、すでに他の男性と結婚して弟や妹を産んでいる母は、レーナへの執着はなかった。
ただ、それからもヒロインへの道は険しかった。
舞台となる王立学園は、試験が難しかったのだ。
レーナは知らなかった。
魔力は訓練しないと伸びないことを。
いくら聖魔法属性をもっていても、魔力が底辺だと使いこなせないのだ。
さらに、「前世知識があるから勉強なんて楽勝!」と思っていたら、レーナの学力は町立学校の初等部レベルで、むしろ、前世の知識が邪魔をして、必修科目である外国語の授業などは、あまりにも違う文法や発音が宇宙人語にしか思えない。
数学なども、公式や解き方がだいぶ違う。
それでなくとも、「地道」とか「努力」とか「勤勉」とか「真面目」など、言葉からして嫌いなレーナは、速やかに脱落した。
どうしたのかというと、国教施設にお願いにいった。
『聖魔法持ちであることを証明する書類をください』ついでに、『聖魔法の練習がしたいから、王立学園への推薦状をください』。
レーナのウルウル眼に絆されたのか、神官長はすんなりとそれらの書面をくれた。
編入試験は、必死に、前世知識から記憶を探った。たしか、試験の場面があったのだ。
幾つか試験内容を思い出し、それらを丸覚えしておいた。幸い、本当に同じだった。
神官長の推薦で、魔法実技の試験は上げ底をして貰ってぎりぎり合格できたのだ。
レーナの王子様である、リグラス第二王子にもお会いできた。
その麗しさは、衝撃的だった。
――下町の美少年たちとは、次元が違う。
目が潰れるかと思った。
キラキラしい美少年は、レーナを見つけると近寄って来た。
「君、名前は?」
「れ、レーナ・ダロン。ダロン男爵家の長女ですわ」
「そう。綺麗だね。
こちらにおいで。
僕らが出会ったのは、運命だよ、そう思うだろ?」
「え、ええ、もちろんですわ」
レーナが連れてこられたのは、空き教室だった。
なぜかリグラスが手慣れた様子でカーテンを引きちぎるようにむしり取ると、机の上に敷いた。
「愛し合おう」
リグラスが妖艶に微笑みながら、レーナのワンピースを脱がす。
その美しくも色気のあふれる笑顔に見惚れているうちに、レーナはいとも簡単に乙女でなくなった。
――こ、こんな簡単だったっけ? リグラス王子を手に入れるには、なんか、もっと、色々あったはず、だよね?
なんで、悪役令嬢の邪魔がはいらないの?
レーナは、明くる日から、悪役令嬢であるユリア・コルネール公爵令嬢探しに精を出した。
だが、見つからない。リグラスの周りにいるはずなのに、いない。
おまけに、探しているうちに、リグラス王子が他の令嬢を空き教室に連れ込んでいるのを見つけてしまった。
――えー、どういうこと?
リグラス王子、ヤリ○ンなの? まさか?
クラスの女子にユリア・コルネールのことを聞いた。
王立学園にはいない、という。
――いや、嘘でしょ。もしかして、病欠?
「ユリア・コルネールって、リグラス王子の婚約者でしょ」
「……そんな話、聞いたことないわ」
訝しげな顔で否定された。
「いや、婚約者のはずよ。秘密にしてるのかしら」
おまけに、リグラス王子は、成績が最下位にほど近いという衝撃的な事実を知る。
――えー? えー、そんな……。いや、私も人のこと言えないけど。
レーナが衝撃で動揺している間にも、リグラス王子は他の綺麗な子と浮気しまくっている。
――嘘、でしょ。嘘だと言って。
何かが違う。違いすぎる。
ユリアは、ヒロインの強敵のはずだった。
美人のユリアは、重度の面食いであるリグラスの好みど真ん中だったのだ。
おまけに、ユリアの実家のコルネール家は、裕福で力もある公爵家。
コルネール公爵は、領主会議で議長も務める影響力の大きい貴族だ。
リグラス王子の後ろ盾をしている。
リグラスの王太子への道は盤石だった。
ただ、ユリアは、あまりに生真面目で、温もりを欲しがるリグラスの欲求を拒絶し続け、リグラスはヒロインによろめいてしまう。
――そうよ、そういうドロドロの愛憎劇があるはずなのに……。
何もないままにリグラス王子を籠絡してしまった。
――いや、籠絡したって言えるの? これ。
あれから、レーナは何度か空き教室に連れ込まれているが、リグラスは他の綺麗な子も幾らでも連れ込んでいる。
おまけに、成績最下位で女遊びの激しいリグラスは、王太子争いで脱落しつつある。
ユリアが婚約者でないなら、コルネール家の後ろ盾もない。
――嘘〜。私の王妃になる夢が……。せっかく超美少女に生まれたのに。
でも、そうだ、ローレン王子って、暗殺されかけて、体が不自由になるのよね。
今は元気みたいだけど。
ローレン第一王子は、ひとつ上の学年だ。
彼もなかなかの美形なのだ。リグラスとは違うタイプだけど、美形度は同じくらいかもしれない。
――まぁ、私は、ああいう正統派の美形より、キラキラのリグラスのが好きだけど。
それに、第一王子は、もうすぐ王太子争いから脱落するし……。
あー、でも、リグラスがあんまり、ダメダメだと、ローレン王子の体の具合によっては、どちらが王太子に選ばれるか微妙かも。
レーナは、バグをなんとかするために、必死に前世の記憶を掘り起こした。
前世知識を思い出しながら、情報収集に精を出す。
――ここまで色々と違うのは、ユリアが前世記憶もちだからかもしれないわ。
でもさ、ユリアが断罪されるとしても、大したことにならないのよね。
この世界観、けっこう、常識的だから。
男爵令嬢を公爵令嬢が少々、虐めたとしても、婚約破棄の理由になるぐらいでさ。
でも、それでも、あちらの有責で婚約がなくなるのは大事だけど。
あの美の女神かと思うような王子様の婚約者になれるのに、避けるって、なんで?
前世の記憶があるなら、それこそ、リグラスとイチャラブすればいいのにさ。
まぁ、悪役令嬢の方からリグラス王子を手放すというならそれで良いけど。
それに、運命通りにローレン王子が王太子争いから脱落してくれれば、私が王妃になれるわけだし。
リグラスの評判があまりに悪いために「王太子にはなれないだろう」という噂が広まり、リグラスの取り巻き令嬢たちが逃げ出し始め、レーナはリグラスの唯一になりつつある。
逃げる彼女たちの気持ちもわかる。
リグラスは、我儘なのだ。
体調や都合が悪いから……と、お付き合いをお断りしようものなら、睨まれて怒鳴られる。
おまけに、贈り物など、ぜったいに貰えない。
レーナは、一度、ちょっと誕生日の贈り物をおねだりしようとしたら、
「お前、僕が付き合ってやってるのに、物まで欲しいというのか?」
と絶対零度の目で拒否られた。
むしろ、令嬢の方から貢物をするのが普通だ。
レーナも、なけなしの小遣いで、王子の誕生日プレゼントを用意して渡したら、「要らないからゴミ箱に入れておいて」と言われたときは泣いた。
これで王太子になれないとか言われたら、幾ら美形の王子でも逃げたくなる。
レーナは逃げないけど。
のちに、レーナは、「ユリア嬢は醜い」とか「デブ」とかいう噂を聞いた。
――ぷっはは! そういうわけ、傑作! だから婚約者じゃないのね。なーんだ。
悪役令嬢は、そういう方向でバグってたの。
美しいものが何よりも好きなリグラスは、美人以外は人間とも思わない。
――デブなんか論外よ。
あとは、気になるのは、第一王子だ。
ローレン王子が暗殺されかけるのは、そう簡単には逃れられない。
相手が、マフィアの大ボスのような超大物貴族だからだ。
穀物相場に関わる富豪……とだけしかわからないが。彼は、なぜか王妃を憎悪している。
私怨による暗殺だ。逃れられないように、呪薬を使うのだ。
ちなみに、第一王子ローレンの母は王妃で、リグラス王子の母は第二妃イレーヌだ。
王妃は亡くなり、第一王子は一命はとりとめたが、薬の後遺症が体に残る。
王妃が亡くなることで、第二妃のイレーヌが王宮で力をもつ。
――第一王子は、マリアデア王国にとっては重要な立ち位置だけど、物語上ではモブなのよね。
だから、暗殺の詳細なんか、わからないのよ。重要なことじゃないから。
ただ、事後報告みたいに、富豪の貴族による呪薬を使った暗殺事件がおこる、とだけ。
時期は、第一王子の成人前には済んでいるはずだけど。でも日時なんてわからないし。
防ぎようがないわ。
もちろん、前世の記憶があれば警戒するくらいは出来そうだけど。
敵が大物だし、あのあやふやな情報でうまく防げると思えないしなぁ。
まぁ、王太子はリグラス王子で決まりよね……たぶん、きっと。
ローレン王子の体に残る後遺症が、どの程度かわからないのが不安だけど。
レーナは、リグラスのダメ王子ぶりに不安に陥り、他の高位貴族の令息をたらしこんで、「キープくん」を確保しておいた。
それでも、リグラス王子に侍り、ヒロインの立ち位置にしがみつくのは辞められなかった。