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20:猫カフェSmile Cat


 仲間たちと共に、存在するかもわからない空白の谷を目指して旅をした数日。

 世界中にかけられた洗脳魔法を解いてから、早くも一ヵ月が経とうとしていた。

 俺たちは、ようやく平和な日常を取り戻したのだ。


「店長! 新しい爪とぎ準備しといてくださいって言ったじゃないスか!」


「ヨウさん、ここはもういいのでフロアに回ってください。掃除の邪魔です」


「ちょっとヨウ! 頼んだ猫のおやつがまだ来てないんだけど!?」


「つーかこの店、酒は置いてねえのか。もうちょっと可愛い店員の数も増やした方がいいと思うぞ?」


 平和を取り戻した、はずなのだが。

 俺たちは今まさに、戦場に立っていた。


「陛下、あまり長居されますとこの後の公務に遅れが生じます」


「固いことを言うな、ルジェ。今日くらいは構わんだろう。おいヨウ、こちらにも追加のおやつを頼むぞ。あと猫じゃらしもな」


「そうは言っても、あまり(わたくし)たちが城を空けたままでは、スアロをまた怒らせてしまうわ」


「他の猫の匂いをお付けになっている時点で、スアロ様はお怒りになるかと思いますが」


 フロアを駆け回る俺たちの様子などお構いなしに、客たちは好き勝手に注文を投げつけてくる。

 そして、お構いなしなのは猫たちも同様だ。

 賑やかな空気につられているのか、花猫(フラワーキャット)悪戯猫(パンプキンキャット)たちは、そこかしこで猫同士じゃれ合っている。

 掌猫(カップキャット)に至っては、背中や脚など、どこかしらに張り付いて離れようとしない。

 さらには風船猫(バルーンキャット)のバンまでもが、今日は定位置ではなく、膨らんだまま屋根の上に乗っていた。


 普段の営業も忙しくはあるのだが、今日の営業は特別だった。

 なにせ、店の中にいるのはよくよく見知った顔ぶればかりなのだから。


 店の外の扉には、『本日貸し切り』の紙が貼り出されている。

 今日のカフェに来ている客は、全員が俺の知り合いだった。これまで世話になった国王や、旅を共にした仲間を呼んでの貸し切り営業をしているのだ。

 それはいいのだが、見知った仲だからこそ遠慮のない注文ばかりが飛び交っている。

 それらに必死に応じながら、俺は忙しなく接客と猫の世話に奔走していた。



 俺がこの町に戻ってきてから一ヵ月が経って、世界は少しずつ変化を見せ始めていた。

 これまで猫を恐れていた人たちの認識が、徐々に正常な状態へと戻り始めていたのだ。

 中には猫を嫌ったままの人間もいたりはしたものの、それは洗脳の影響ではなく、元々あまり猫を好かない人たちだったのだろう。

 それでも確かに、世界は正しい形へと戻りつつある。

 森や洞窟の中で生活をしていた猫たちも、人のいる町で見かけることが増えるようになっていた。


 猫アレルギーの治療薬は、効果があったということを伝えて、すぐに量産を開始してもらうことにした。

 新しい薬ができて、真っ先に向かったのはもちろんアルマのところだ。

 薬を飲んだアルマは、カフェに来てももうくしゃみをすることもなかった。以前のように、猫に触れることができるようになったのだ。


 その後、長毛種の女王猫(クイーンキャット)を迎え入れることとなった。

 自分に尽くしてくれる相手を好む気質の女王猫(クイーンキャット)だが、アルマは想像以上に猫に愛情を注いで尽くしているらしい。

 以前は『猫の下僕とかオッサンの発想ヤバイ』などと言っていたアルマだったが、今では俺の気持ちがわかるようになったのだと、こっそり教えてくれたこともあった。


 猫たちが恐れる対象ではなくなった以上、カフェの存在は不要になるかもしれないと思ったこともあった。

 けれど、猫に対する認識が変わったところで、野良猫がいなくなるわけではない。

 人に飼われていく猫も増えたが、保護しなければならない野良猫はまだまだ多く存在しているのだ。

 このカフェは猫たちを保護する場として、さらに猫についてを知ることができる場として、引き続き営業を続けていくこととなった。


 そして、変化したのは猫と人だけではない。


「ヨウ、ボクの方も飲み物無くなったから追加してよね」


「ヴェネッタ、飲むペース早くないか? いくら俺の驕りだからって、腹壊しても知らないぞ」


「ボクがお腹壊したりするはずないじゃん、バカなの?」


 あの日から二週間ほどが過ぎた頃、ヴェネッタは突然カフェにやってきたのだ。

 約束はしたものの、本当に来てくれるかは賭けのような部分もあったので、その姿を見た時は喜んだものだったが。

 俺が約束通り、魔女は恐ろしくはないという事実を広めたことを知ると、すっかりカフェに入り浸るようになっていた。

 今ではこのように横柄に振る舞っているが、その内心は緊張しているのだろうということもわかる。飲むペースが早いのもそのためだろう。


(今日は国王陛下たちもいるし、一応魔女だって紹介してるからな……)


 彼女が洗脳魔法をかけていた張本人だということを、全員が知っているのだ。

 自身の招いたことだとはいえ、罪の意識も抱えているであろうヴェネッタは、溶け込むことができないのだろう。

 だからこそその分、俺に絡んできているわけなのだが。


「お前、そういやあの印章猫(スタンプキャット)に名前付けたのかよ?」


「えっ……まあ、付けたけど。呼び名が無いと面倒だし」


「どんな名前にしたのですか?」


「……ネア」


 突然話しかけられて動揺していたヴェネッタだが、視線をうろうろとさ迷わせながら返答している。

 昨日の敵は今日の友、とでもいうのだろうか?

 馴染めるかと心配していたのだが、どうやら俺の杞憂(きゆう)だったようだ。


 町に戻ってきてから、このメンバーには簡単にヴェネッタの事情についてを説明していた。

 それを聞いて彼女を許すかどうか、その判断は各自に任せていたのだが。

 彼女が本気で悪意を持って行動していたのであれば別かもしれないが、そうではないということを、みんな薄々は感じ取っていたのかもしれない。

 何より、恐ろしい存在だという思い込みで彼女を孤立させてしまうことを、望む者はこの場にはいないのだ。

 魔獣がそうであったように、その存在を自分の目で確かめて判断することの重要性は、誰もが理解している。


「あのさ、みんな。陛下たちも、今日は集まってくれてありがとうございます」


 フロアの中央に立って声を掛ける俺に、全員の注目が集まる。

 少し気恥ずかしい感覚はあったけど、俺は改めてこの場にいるみんなに伝えたい思いがあった。


「最初にカフェを開いた時には、まさかあんなに冒険をすることになるなんて思わなかったし、俺には知らないことばかりでした。だけど、ひとつ問題が生じる度に誰かに助けられて、出会いがあって……今日こうしてカフェを開けていること、みんなに感謝してます」


 この場にいる誰が欠けていても、今日という日は成立しなかっただろう。

 全員の顔を見回していると、この世界に来てから今日までの出来事が、走馬灯のように蘇ってくる。

 この世界に来ることがなかったら、こんな経験は絶対にできなかった。


「たくさん力を貸してくれたみんなに、何を返しをしていけるかわからないけど……俺はこれからも、このカフェで猫たちのために尽くしていきたいと思ってます」


「ミャオ」


 俺と共に宣言するように、肩の上でヨルが鳴く。

 いつの間にか足元に集まってきていた猫たちも、俺の言葉を静聴してくれている。


「アタシたちの国でも、ここみたいにカフェを開きたいって言ってる人間がいるわ」


「フェリエール王国だけではない。我がルカディエン王国はもちろん、それ以外の国でも、カフェの開店を望む声を耳にする機会は増えている」


「え……カフェの開店って……」


 シアとバダード国王の言葉は初耳で、俺は驚いてしまう。

 このカフェに影響を受けて、同じように猫カフェを始めたいと思った人間が増えているということなのだろうか?


「店を開くにしても、金儲けを目当てにするような(やから)は取り締まる必要があるわ。ヨウ。仕事を増やしてしまうけれど、お前にそういった人物を見極めて、育成してほしいという声もあるの」


「俺が……ですか?」


「適任者は他にいないと思うがな。私だけではない、全員がそう思っている」


 自分の店のことで手一杯だった俺は、他の店のことなんて考えたこともなかった。

 つまりは、支店を作るということだろう。

 そこまで広く手が回るかなんて、正直に言えばわからない。けれど、俺の店だけでは限界があるということも、薄々気がついてはいたことだった。


「心配いりません。ヨウさん、私も可能な限りお手伝いします」


「オレだって、店長の役に立ちますよ! 猫だって食うモンは重要なんだし、食事担当の育成も必要でしょ」


 従業員二人は、相変わらず頼もしい。

 そうだ。できるかどうかを考えるよりも、まずはやってみればいいのだ。

 俺にはこんなにも頼りになる仲間がいるのだから。


「……わかりました。力を貸してもらうこともあると思いますけど、俺にやれることならやらせてください!」


 俺一人ではできないことも、仲間の力があれば可能に変えられる。これまでそれを、何度も証明してきたのだ。

 その言葉を聞いた仲間たちは、悩むことすらなく俺に力を貸してくれると言った。


(これからまた、忙しくなるな)


 のんびりできる時間は、これまで以上に減るかもしれない。

 それでも俺は、ワクワクしていた。

 だってこの先には、新たな猫との出会いや、新しい仲間が待っているかもしれないのだから。



 猫カフェSmile Catは、明日もきっと変わらず繁盛している。

 そして、この賑わいはやがて、世界中に広がっていくことだろう。


 幸せそうな猫たちの鳴き声と、人々の笑い声と共に。


お読みくださってありがとうございます。

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Next→完結「00:ヨル」

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