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05:猫カフェ、開店です


 猫カフェSmile Catが迎えたオープン初日。


「お客さん……ゼロ……?」


 予想をしていなかったわけではないのだが、現実を目の当たりにして俺は早速危機に直面していた。

 オープンからしばらくは、様子を見るためにも昼間だけの営業にすることを決めていた。

チラシだって配ったのだから、今日がオープン初日だと多くの人が知っているはずなのだが。

 開店時間を過ぎてからどれほど経っても、人が訪れる気配はなかった。


 無理もないことだろう。なにせ、この世界では猫は魔獣として恐れられる存在なのだから。それがいきなり、「本当は害がない可愛い生き物だから見に来てね」と言われても、すぐに受け入れられる人間がどれほどいるだろう。

 猫が恐ろしい生き物なのだという認識を、どうにか改めさせることはできないだろうかと試行錯誤していた。そのために外観は丸く可愛い造形にしたのだし、外からでも猫の可愛さが見えるよう窓ガラスも多く設置した。

 しかし、産まれた時から恐ろしい魔獣なのだと刷り込まれてきた認識は、そうそうに覆すことはできないのかもしれない。


 自分でも受け入れきれていない肩書きを使うことは憚られたが、伝説の勇者がオープンするカフェなのだということも、一応チラシに小さく書いておいた。

 そうまでしても、町に住む人々の誰一人として、様子を見にすら来ないとは。


「猫カフェというものがよくわからないですし、無理もないのかもしれませんね」


 肩を落とす俺のことを励まそうとしてくれているのか、窓拭きを終えたコシュカが猫だけの店内を一瞥する。

 彼女には、今日から従業員用の制服を支給していた。上半身はエプロン付きでメイド服にも似たデザインなのだが、動きやすいよう下はショートパンツだ。そこに彼女自前のニーソックスのようなものを合わせている。

できるだけ可愛いものが良いだろうと思ったのだが、俺の頭で思いつく限りの可愛いは、学生の頃に友人に連れられて訪れたメイドカフェのものだった。

 もちろん無理強いはしていない。彼女の同意を得た上で、それを着用しても良いとの判断が下されたので、制服として採用されたのだ。


(コシュカなら、何を着ても大体可愛いんだろうけど)


 今考えるべきはそこではない。町に住む人の邪魔にならないようにと、森の近くという立地を選んだのも良くなかったのだろうか?

 魔獣を恐れる人々にとって、魔獣の生息する森はできれば近寄りたくない場所だったはずだ。そんなところに店を建ててみたところで、目的を持たない通行人は皆無なのだ。


「最初から上手くいくとは思ってなかったけど、予想以上かも」


 もう一度、チラシを配りに町へ出てみるべきだろうか? ポストに投函したり掲示板に貼り出しはしたが、直接猫カフェという場所について説明したわけではないのだ。

 紙の上の説明だけでは覆せなかった印象も、直に話せば違うかもしれない。

 今日は一旦休業にして、営業に回ってみるかと考えていた時だった。


「うわ、ホントに魔獣がいる!」


 どこからか聞こえてきた声に、視線を巡らせる。すると、窓の外に複数の人影があるのが見て取れた。まさかと思って外に出てみると、そこにいたのは町から来たらしい子供たちの姿だった。


「スゲー、いっぱいじゃん! これ全部捕まえたのかな?」


「わっ!? 大きい魔獣もいる……!」


「あそこ! あの上にも魔獣いるよね!?」


 猫の姿を見つけたらしい子供たちは、口々に感想を述べている。

 俺の存在には気がついていないようだったので、驚かさないよう少し離れたところから声をかけてみることにした。


「キミたち、もしかしてチラシを見て来てくれたのかな?」


「オッサン店の人?」


(オ、オッサン……!?)


 まだまだ若いつもりでいたので表情が引きつるが、すぐに思い直す。28歳、れっきとしたアラサーだ。子供たちからしてみれば、十分にオッサンと呼ばれる年齢だろう。


「アルマ、やっぱり帰ろうよ……! 魔獣には近寄っちゃダメだって、お父さんたちも言ってたし……」


「クルールってばホント臆病なんだから。大丈夫よ、ちょっと見るだけだもん」


「ホロンの言う通りだぜ、そんな怖がることねえって」


 少年が二人に少女が一人。鼻の頭にソバカスのある黒髪の少年は、クルールと呼ばれていた。気弱そうで、恐らく他の二人に連れてこられたのだろうとわかる。

 ホロンと呼ばれた少女は長い青髪をしていて、茶髪のアルマという少年と共にクルールを説得している。

 三人の話を聞いていると、どうやら大人に内緒でこの店にやってきたようだ。この年頃の少年少女ならではの、好奇心のなせるわざだろう。

 とはいえ、怖がっている少年を無理に店の中に入れるのは可哀想だ。怖がっていることは猫たちにも伝わるだろうし、お互いにとってもよくない。

 そうかといって、せっかく来てくれた初めてのお客さんを、このまま帰しても良いものだろうか?


(……そうだ)


 客をみすみす逃がしたくはないが、悪評を立てられるのは不本意だ。元より子供たちからお金を取るつもりもなかったので、俺はある行動を思いつく。


「……キミたち、ちょっとここで待っててくれるかな? すぐに戻ってくるから」


「……? いいけど」


 一度店内へ引き返した俺は、カフェの中を見回す。そこで目的の猫を見つけると、機嫌が悪くないだろうかと様子を窺いつつそっと抱き上げる。

 猫を手に再び外へ出てきた俺の姿を、子供たちは不思議そうに見上げていた。


「オッサン、魔獣見せてくれんじゃねーの?」


「うん、だから連れてきたよ。けど、びっくりしちゃうから静かにね」


 その言葉に、子供たちは素直にコクコクと頷く。それを確認してから、俺は包み込むようにしていた両手をそっと開いて見せた。


「うわあ、何この子? すっごく……可愛い!」


「ちっちぇー魔獣、コレ生きてんのか? オモチャみてえ」


「こ、これが……魔獣……?」


 子供たちは、俺の手の中の光景にすっかり釘付けになっていた。

 猫の可愛さを伝えるために、そして魔獣は怖い生き物ではないのだと教えるために、最適だと判断したのがこの猫だった。

掌猫(カップキャット)、手のひらサイズのとても小さな猫だ。

初めて見た時は生まれたての子猫なのかと思ったほどだが、成猫になるまでほとんどサイズが変わらない。

踏んづけてしまうのではないかと不安にもなったが、そういった危険性を掌猫(カップキャット)自身も認識しているのだろう。基本的には高い場所を好んで生活をしている。

 そして何より、人懐っこい性格をしているのだ。


「噛んだりしないよ。触ってみる?」


「え、いいの!?」


「あたしも触りたい……!」


「ぼ、僕も……」


 俺の提案に、子供たちは興奮気味に食いついてきた。猫を怖がらせないよう、抱き方や触り方をレクチャーしてやる。そして、手のひらに猫を抱いたクルールは頬を上気させ、すっかり恐怖など忘れているようだった。

 アルマとホロンもまた、同様に猫の可愛さに感動してくれているようだ。


「魔獣じゃなくて、猫っていうんだ。この子は掌猫(カップキャット)。お店の横にいる大きい猫は、風船猫バルーンキャットのバン」


「……バンにも、触れる?」


 バンに興味を示したのもまた、魔獣を怖がっていたクルールだった。そして、その問い掛けに他の二人も同じことを考えているのがわかる。

 三人分のキラキラと輝く瞳が、俺の方を期待するように見つめていた。


「もちろん! バンのお腹の毛に埋もれるのは、とっても気持ちがいいんだよ。やってみるかい?」


「うん!」


 様子を見に来たコシュカに掌猫(カップキャット)を預けると、子供たちを引き連れてバンのところへと移動する。さすがに巨大すぎる猫を前に尻込みしていた子供たちだったが、俺が躊躇なく腹毛に埋もれて見せると恐る恐る真似をし始めた。

 未知の体験におっかなびっくりだった彼らは、すっかり猫という存在を受け入れてくれたようだ。屈託のない笑顔がそれを物語っている。

 店の中にも入りたいという子供たちだったが、さすがに保護者の許可を得ないまま招き入れるのはマズイ気がした。

 なので、次は大人と一緒に来てほしいとお願いしてみる。始めは不満そうな顔を浮かべていたアルマだったが、生意気に見えて聞き分けはいいようだ。


「わかった。大人は怖がりだから店に来させてくれねーけど、次は絶対父さんたちと一緒に来る。だからそん時は、他の猫も見させてくれよな!」


「ああ、約束だ」


 アルマと指切りを交わすと、夕方を告げる鐘が鳴り響く。町へと帰っていく子供たちの背中を見送ると、俺は店の中で待つコシュカのところへと戻った。


「小さいお客さんでしたけど、来てくれて良かったですね。売り上げはゼロですけど」


「いいんだよ。大事なことはちゃんと伝えられたから」


 確かに彼女の言う通り、今日の売り上げはゼロだ。けれど、それ以上に収穫はあった。

 始めは猫たちを「魔獣」と呼んでいた子供たちだったが、帰る頃には「猫」と呼んでくれていたのだ。それだけでも、十分な成果だと言っていいだろう。


 そう思って満足していた俺だったが、翌日になり思わぬ展開に驚くことになる。

 今日も客足ゼロの可能性を覚悟していたのだが、開店時間となった店の前には、複数の客が待っていたのだ。そこにいたのは、昨日遊びに来てくれた三人の子供たちと、その親だった。

 苦情を申し立てられるのではないかと思ったのだが、大人たちは皆、猫に興味津々な様子だったのだ。

 こんなにもあっさり受け入れられたことに戸惑っていたのだが、その理由はすぐにわかることになる。

 クルールの親は、町一番の情報屋だった。いつもは怖がりで何事にも臆病な姿勢を見せる息子が、帰ってきた途端に熱烈な要求をしてきたのだという。


『猫カフェに行きたい』と。


 始めは反対していた両親だったが、こんなに興奮した様子の息子は初めて見たらしい。そして、息子をそんな風に惹きつけた猫という存在を見てみたくなったのだと。

 アルマとホロンも同様だったようで、三人の話を聞いた親たちが揃って店を訪れたのだ。


 結果として、子供たちの言っていたことが本当であるとわかってもらうことができた。

 子供たちの言うことと事実が異なっていたら、タダでは済まさないつもりだったと笑って話すアルマの親に、冷や汗もかかされたりしたのだが。

 そして、情報屋であるクルールの親を介して、町には一気に口コミが広がっていく。


 猫カフェSmile Catは、気づけば笑顔溢れる人気店となっていたのだった。



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