15:薬草の丘
無事町へ帰りついた俺たちは、ギルドールの家で再び休憩させてもらうことにした。
死の森で全員がかなり体力を消耗したこともあるし、何より汗だくで不快だったのは俺だけではないだろう。
狭い馬車の中でも汗臭さを気にする者はおらず、全員が安堵から眠りに落ちていた。
シャワーを済ませてさっぱりすると、体力回復のために仮眠をとる。そうして目覚めた時には、いち早く起きたグレイが胃に優しい食事を用意してくれていた。
眠る前に手当てをしてもらった腕の傷は、魔法の効果もあってすっかり塞がりかけだ。
全員が休息をとった後、俺たちはまた地図との睨み合いをしながら、次の行動についてを話し合うことにした。
どの場所ならば可能性が高いかを考え、薬草がありそうな場所に再度印をつけ直していく。
「お世話になっておいてアレなんですが、ギルドールさんとシアは、これ以上危険を冒す必要もないんですよ?」
「確かに今回はかなり危険だったな。だが、ここまで来ちまったら乗り掛かった舟だ。最後まで付き合ってやるよ」
数日前に会ったばかりの間柄なのだから、協力する義理はない。それでも、ギルドールは力を貸してくれるのだという。
この国で頼れる人はいないので、正直とてもありがたいことだ。
「死の森も不発っつーことは、現状で可能性が高そうなのはこの二つなのか?」
地図を覗き込むグレイが指差したのは、新しくつけられた二つの赤丸だ。
「ああ、消去法で考えていくとこの辺りじゃないかと思う。『涙の沼地』と、『満月の滝』って呼ばれてる場所だ。どっちも、人間が気軽に近寄るような場所ではねえな」
「涙の沼地は、常に雨が降っているからそう呼ばれてるの。死の森の暑さに比べれば、雨くらいマシでしょうけど。沼地だし、足場はかなり悪いみたいよ」
「自生する植物もあるが、薬草の類があるって話は聞いたことがねえな」
シアの言う通り、あの暑さに比べたら、雨に降られることは大したリスクではないだろう。
けれど、薬草を見かけたことがないという話も気になる。
「なら、満月の滝の方を先に調べるべきでしょうか?」
「そう思うが、距離を考えると滝は沼地の倍になる」
「つーことは、近場から調べてく方が良くないっスか?」
「そうだな……もし近場で薬草が見つかるなら、遠方まで行くのは無駄足になるし」
同じ程度の距離にあるなら、恐らく満月の滝の方を選択していただろう。けれど、倍も距離があるとなれば話は別だ。
「満月の滝は、名前の通り満月みたいに丸い形で流れ落ちる、不思議な滝がある場所だ。植物は生えちゃいるが……切り立った岩場で覆われてる形状が難所だな」
「ヨウさん。危険度を考えても、沼地の方が良さそうですね」
「じゃあ、次の目的地は涙の沼地で決まりだな」
こうして、俺たちの次の行き先が決まった。
今夜は死の森での疲れをしっかりと癒して、早朝から出発になる。夕食を終えて一足先に就寝準備をしていると、男部屋に来客があった。
「ヨウ、ちょっといいかしら?」
「シア? 構わないけど、どうかしたのか?」
やってきたシアは、なぜか周囲を気にしている様子だ。部屋の中に誰もいないことを確認すると、扉を閉めて俺の方へと歩み寄ってくる。
「……別に、用ってほどのことじゃないんだけど」
「うん?」
物言いのはっきりした彼女にしては、どこか煮え切らない態度に疑問符が浮かぶ。
うろうろと視線をさ迷わせるシアの姿を、床に敷いた布団の上に座った状態で見上げている。それから少しして、彼女の口がもごもごと動く。
「ぁ……と」
「ん? ごめん、よく聞こえなかった」
そう言った俺の方を、顔を真っ赤にして睨みつけてくるシアは、心なしかプルプルと震えているようにも見える。
「だ、から……助けてくれてありがと!」
「え、ああ……もしかして、盗賊に襲われた時のことか?」
礼を言われるようなことをしただろうかと悩みかけたのだが、思い当たる節があるとすればそのくらいだ。
俺の予想はどうやら正解だったようで、シアはそれ以上を続ける様子もない。
「それだけよ! おやすみ!」
「お、おやすみ……?」
言うが早いか、シアは勢いよく引き返して部屋を出ていってしまう。
特に照れるようなことでもないのでは、と思いはしたのだが。もしかすると彼女の性格上、あまり人に礼を言い慣れていないのかもしれない。
それでも、わざわざそれを言いに来てくれたのだ。可愛いところもあるものだと思う。
「ハハ。それじゃあ寝るぞ、ヨル」
「ミャア」
思わずこぼれる笑みをそのままにヨルを抱き上げた俺は、ふかふかの腹毛に顔を埋める。
至福のひと時を経て、俺はグレイとギルドールがやってくる前に、すっかり眠りに落ちていたのだった。
翌日、支度を整えた俺たちは再び薬草探しに出掛けていた。
やはり馬車を呼び出しての移動だったのだが、その道中で俺はふと思いついたことを、ギルドールに問いかけてみる。
「そういえば。ギルドールさんたちは普段、どこで薬草を手に入れてるんですか?」
「あー、基本は店で仕入れだな。医者御用達の店があんだよ」
「そのお店は、どこで薬草を仕入れているんでしょうか?」
俺の質問の意図に気がついたコシュカが、重ねて質問を投げかける。
「残念だが、仕入れ場所に伝説の薬草はさすがに無いと思うぞ? 何が生えてるかは仕入れ元が把握してるし、そこで見落とすってことは……」
「けど、灯台下暗しって可能性もありますよね?」
ギルドールの言う通り、薬草を採るための場所に目的のものがある可能性は低いだろう。
だが、その場所は偶然にも沼地に行く途中にあるという。それならばと、俺たちは先にそこへ立ち寄ってみることにした。
到着したのは川の近くで、『薬草の丘』と呼ばれるなだらかな丘がある。大抵のメジャーな薬草はそこで自生しているらしく、多くの店がこの場所で薬草を仕入れているという。
実際に丘の上に立ってみると、パッと見ただけでも、数えきれないほどの種類の薬草が生えているのがわかる。
「ここも国の管理下だ。基本的には店が仕入れのために使っている場所だが、成長のスピードが速くてな。この国の人間なら自由に摘み取っていいことになってる」
「確かに、これだけ見晴らしのいい場所なら、見落とす可能性は無さそうですね」
「だろ? まあ、念には念をってのも大事だからな。お前さんが見ておきたかった気持ちもわからんではない」
ギルドールの言っていた通り、この丘で伝説の薬草を見つけることはできなかった。
だが、本来の目的地に向かうために引き返そうとしたところで、コシュカが声を上げた。
「あの、ヨウさん。あそこ、見てください」
「え……あれって、もしかして……猫?」
コシュカが指差した先を、目を凝らして見つめてみる。始めは草が風で揺れているのかと思っていたのだが、少しずつ近づいてみると、そこには猫の姿があったのだ。
俺が木の枝を踏んでしまった音に驚いた猫は、一目散に駆け出していく。その背中を追いかけていくと、その先には思いもよらない光景が広がっていた。
「うわあ……! 何あれ、いろんな色の猫がいるわ!」
シアの言う通り、そこには色とりどりの猫たちの姿があったのだ。
元の世界でもよく見た柄の猫もいるが、真っ赤な火炎猫のように奇抜な色の猫もいることは知っていた。
けれど、目の前にいるのは緑やオレンジ、紫といったカラフルな色をした猫たちだ。
「こんな所にも魔獣がいたのか……薬草採りはあの丘で済んじまうから、こっちまで来たことはなかったな」
「ギルドールさんも知らなかったのですね」
「いろんな色してっけど、あの猫たちみんな同じ種類じゃないっスか?」
「……ホントだ。あ、色が変わった……!?」
グレイの指摘を受けて、猫たちをよく観察してみる。すると、色の違いはあってもどうやら同じ種類の個体であるようだった。
さらに、俺たちが見ている目の前で、猫の毛並みが緑から赤へと色を変えたのだ。
色んな模様に合わせて擬態する、擬態猫とは違う気がする。
そこには、複数種類の小さな果実が生っているようだが、猫たちはそれを食べているように見えた。
「もしかして……食べた果物によって、毛の色が変わる種類なのかな」
「そうかもしれません。あの猫は、あそこの赤い実を食べていたように見えました」
「この国じゃ果物の流通が盛んなんだが、その分どんどん収穫されちまってるからな。もしかすると食うモンが減って、こんな所まで来ちまったのか」
ギルドールの口振りでは、どうやらこれまではあの猫……果物猫が、ここまでやってくることはなかったようだ。
けれど、恐らく主食だと思われる果物が減っていることで、食糧を探して移動してきたのかもしれない。
猫アレルギーのことで頭がいっぱいになっていたが、この国にも保護しなければならない野良猫は、多数生息しているのだ。
彼らに対する理解を得ることができなければ、最初に目にしたスペリアの町と、同じ道を辿ってしまうことになる。
十分な食糧の確保も、猫という生き物に関する事実の周知も、俺一人だけの力ではできないことばかりだ。
俺は一刻も早く、猫アレルギーを治療するための薬草を見つけなければならないと思った。
今も人間に恐れられている野良猫たちのためにも、課題は急務だ。
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書き切れませんでしたが、果物猫からは、食べた果物の香りがします。
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