13:死の森-中編-
快適な休憩場所を見つけることができたのはいいが、問題はこの後の行動だった。
進むか戻るか、まずはそれを決めなければならない。
ここまでどうにか進んできたはいいが、火炎猫がこの場所へ案内してくれなければ、最悪の事態になっていた可能性も十分にある。
この先どれほどの距離があるかはわからないが、仲間たちをこれ以上危険に晒すわけにはいかないと思っていた。
「みんな、やっぱりこれ以上は危険だと思う。ここまで付き合ってもらったけど、ここから先は俺一人で薬草を探すよ。だからみんなは引き返してほしい」
薬草を諦めることはできないが、仲間の命を失うわけにもいかない。
そう思った俺が出した結論は、俺一人で残りの探索を行うというものだった。四人でならきっと、元来た道へ帰りつくことができるだろう。
「はあ~~~~~~! 店長、それ本気で言ってんスか? いくら店長でも怒りますよ?」
「私たちも見くびられたものですね。ここで引き返すくらいなら、そもそも最初から着いてきたりしていません」
そんな風に考えていたのだが、グレイはわざとらしいほど盛大な溜め息を吐き出す。
コシュカもまた、俺のことを信じられないものを見るかのような目で見てくる。
「大体、店長一人でどうやって探すっていうんスか? 五人でもヤベェのに、一人で探すからオレらには帰れって、正気の沙汰じゃないっスよ」
「一緒にいれば助け合えますが、一人で倒れたらそれまでです。アルマさんのことだけじゃありません。ヨウさんがこんな場所で倒れたりしたら、カフェはどうなるんですか?」
「うっ……それは……」
予想外な二人の言葉の怒涛の勢いに、俺はたじろいでしまう。
彼らの身の安全を第一にと考えての発言だったのだが、その彼らの言葉も正論なのだ。
一人で行くとは言ったが、もしも俺が熱中症で倒れでもしたら、助けてくれる人間はどこにもいない。
狼猫と出会ったあの雪山でのような奇跡は、この場所では起こらないのだ。
「ヨウさんがなんと言おうと、私たちは着いていきます」
「危険なんか承知の上で来てんだし、副店長だってそのつもりっスよ」
「ミャウ」
二人に加勢するように、ヨルまで返事をする。こうなってしまっては、着いてくるなと言っても無駄だということはわかっていた。
「けど、シアとギルドールさんは……」
「一緒に行くよ。オレらだって、自分の意思で着いてきたんだからな。ここまで来たら一蓮托生、最後まで同行するさ」
「体力だって回復したし、もう足手まといになんかならないわ! さっさと薬草見つけて帰るわよ!」
二人には俺たちに着いてくる義務などないというのに、ギルドールもシアも一緒に来てくれる気でいるようだ。
俺はみんなの厚意を受け入れることにして、再び進む決意を固めた。
水筒にしっかり水を補給し直すと、涼しかった湖を出発する。数匹の火炎猫も、なぜか一緒に着いてきてくれるようだった。
この猫たちがいてくれなければ、自分たちの命は危うかった。それを思えば、ここに人間が足を踏み入れる可能性はかなり低いことがわかる。
俺たちのように明確な目的が無ければ、わざわざ森に立ち入る必然性は無いだろう。
それだけ、この森の中に薬草がある可能性が高いのではないかと考えていた。
「コシュカ、大丈夫か?」
「はい、心配はご無用です。私より、ヨルさんの方を気遣って差し上げてください」
進めども進めども、景色が変わることはない。
湖に立ち寄る前には、朦朧とした状態の中で、錯覚しているのかと思っていたのだが。
(明らかに、気温が上がってきてる)
森の奥へと進むにつれて、肌に感じる温度が上昇しているのだ。ただでさえ限界の暑さではあるのだが、この森にはこれ以上暑い場所が存在するというのか。
正確な温度はわからないが、ゆうに40℃は超えているのではないだろうか?
歩く度に太陽に近づいているような、絶望的な道のりだった。
俺は自分が飲む分の水を控える代わりに、それをヨルに飲ませたり、身体にかけて少しでも体温を下げてやる。
一方で、火炎猫たちはこの暑さでもまるで平然としている。やはり、暑さに耐性のある種類の猫なのだろう。
空を飛んだり、火を噴いたり。この世界の猫は本当に不思議だ。
「……気温が上がりすぎてる、これ以上進むのは危険かもしれんな。一度湖まで引き返して、やっぱり元来た道を……」
「いや、ちょっと待ってください」
気温が急激に上昇しているのを感じたのだろう。引き返すというギルドールの判断に、俺も賛同しようと口を開きかけたのだが。
同じ景色ばかりだった視界の向こうが、これまで見てきた真っ黒な森とは、明らかに異なっていたのだ。
俺の視界の先に飛び込んできたのは、ひと際大きな、燃え盛る大樹だった。
「木が……燃えているんですか……?」
「何よコレ、すごい……綺麗……」
急激な暑さの原因は、この大樹から放たれる熱気だったのだろう。
葉のすべてが、真っ青な炎を纏って燃え上がっている。けれど、その炎は一向に鎮火する気配がない。
恐らく、この短時間で発火したわけではなく、ずっと燃え続けているのだ。
「ニャ!」
「あ、オイ……!」
その炎の中に、火炎猫が躊躇なく飛び込んでいった。驚きはしたものの、それを止めることなどできるはずもない。
離れた場所にいても、その大樹が放つ熱気に肌を焼かれそうなほどなのだ。
やがて火炎猫は、一枚の葉を銜えて俺のところへ戻ってきた。
青い炎を纏っていたそれは、やがて黒い葉へと変化していく。受け取ったその葉は熱を持っているものの、触れられないほどではなくなっていく。
森の中で炭化していた葉と同じに見えたのだが、どうやらまったく違う種類の葉であるらしい。
「こいつは……かなり希少な種類の薬草だな、オレも見るのは初めてだ」
「ってことは、これが伝説の薬草なんですか?」
その葉をまじまじと観察するギルドールの言葉に、遂に探していた薬草を見つけることができたのかと歓喜する。
けれど、ギルドールは俺の言葉に対して首を横に振ったのだ。
「……いや、残念ながら伝説の薬草ではねえな。希少種ではあるが、図鑑にも載ってる程度のモンだ」
「ということは、その薬草では猫アレルギーの治療はできないのでしょうか?」
「そうなるな。残念だが」
ここまで苦労してようやく辿り着いたというのに、この薬草は俺たちが欲していたものではなかった。
期待が高かっただけに落胆も大きかったのだが、そんな俺を慰めるように、ヨルが頬を摺り寄せてくる。
「ん、ありがとな。ヨル。……お前たちも、俺たちが薬草を探してるって理解して、案内してくれたのか?」
「ニャウ」
火炎猫たちは、俺の問いを肯定するように鳴く。
湖へ案内してくれたことといい、薬草を採ってきてくれたことといい、俺たちに必要なものを理解してくれているのは不思議なものだった。
火炎猫と炎の大樹、珍しいものを見ることはできたが、収穫はゼロだ。
それでも、俺は薬草探しを諦めようという気持ちにはならなかった。
むしろ、火がついたような気さえする。
「協力してくれてありがとう」
改めて礼を伝えると、火炎猫は嬉しそうに鳴いた。
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