09:暗闇の洞窟
夜明けと共に、薬草探しのため洞窟へと向かうことにした俺たちだが。
そこにはなぜか、ギルドールのことを教えてくれた少女・シアの姿もあった。
「スマン、珍しい薬草探しだって話を聞かれちまってな。ダメだっつっても聞かねえから、連れてくことにしたんだわ」
「アタシを置いてそんな楽しそうなことしようなんて、いい度胸してるじゃない」
「楽しそうって……危険なんだぞ? 何があるかわからないし」
地下洞窟を訪れた前回とは異なり、今回はギルドールも同行するとあって、本当に何が起こるかわからないのだろう。
だというのに、そんな場所にシアまで連れて行っていいものだろうか?
「そっちの二人と同じで、このお姫様も言い出したら聞かねえの。保護者代わりみたいなモンだし、連れてく以上はオレが責任持つから気にすんな」
ギルドールとシアは、やはり知り合いらしかった。お互いのことをよくわかっているようで、彼がそう言うのであれば、それ以上俺から口を出すこともない。
ギルドールはやはり土地勘があるようだ。兵士に見つかりにくく、町外れまで行ける道を先導してくれた。
あれだけ賑やかだった町から離れると、辺りは人工的な建物が無くなり、少しずつ自然が多くなっていく。
昼前に目的の洞窟へと到着できたのはいいが、雰囲気がかなり重苦しい。入り口を見るだけでも、入るのを躊躇う感じだ。
いわゆる、心霊スポットを目にした時に近いかもしれない。昼間だというのに、底知れない不気味さが漂っていた。
入り口には蔦が絡まり、蜘蛛の巣のようなものも張っているように見える。
「これは……人が近づきたがらない、というのも頷けますね」
野宿も平気なコシュカだが、さすがにこの洞窟にも平気で足を踏み入れられるわけではないらしい。俺にもその気持ちはよくわかる。
グレイも平気そうな風を装ってはいるが、できれば入りたくないというオーラが透けて見える気がした。
「まあ、その分ここに薬草がある可能性は高いと思うしかないな。魔獣はともかく、人間がここをわざわざ荒らすこともなさそうだし」
ここに来る前に、町で武器を揃えてきた。武器が必要になるほど危険な場所なのかと身構えたのだが、少なくともモンスターが出てくるわけではないらしい。
この世界にモンスターはいるのかと聞いたのだが、人が恐れるような人外の生き物は、魔獣しか存在していないのだという。それ以外は、家畜として飼われる動物だけだ。
(異世界っていうと、ぷよぷよした青いモンスターとか、オークが出てくるイメージがあったんだけどな)
武器を揃える必要があったのは、魔獣のためでもない。治安の悪い場所になると、盗賊が出現したりすることがあるのだという。
そうした相手に遭遇した時のために、ということだった。つまりは対人用だ。
俺のカフェを金で買い取ろうとした、商人のような人間もいるのだ。良い人間ばかりでないということは、頭に入れておかなければならない。
「それじゃあ行くぞ、足元気をつけろよ」
そうして先頭を行くギルドールに続いて、俺とヨル、コシュカ、シア、グレイの順で洞窟の中へと足を踏み入れた。
この場所は『暗闇の洞窟』と呼ばれており、その名の通り、光が一切通らないほど真っ暗だ。光石の発光だけでは、とてもじゃないが指先も見えない。
ギルドールが用意してくれていた灯の指輪が無ければ、先に進むことはまず不可能だろう。これも魔法がかけられた指輪で、周囲を明るく照らしてくれている。
洞窟の中は不気味で、時折水が滴り落ちるような音が聞こえる。
だが、とりあえず人の気配はないようだ。付近に盗賊がいたとしても、この洞窟で過ごしたいとは思わないのだろう。
「あまり、草木が生えている様子はありませんね。日も当たりませんし、植物が成長するような場所ではない感じがしますが」
「けど、地下洞窟にあった果実はあそこでしか採れねえんだろ? だったら、こういう環境だからこそ生える薬草って可能性もあるんじゃねーのか?」
「確かに、そうなんだよな。誰も見つけられてないってことは、普通の環境で育つような薬草じゃないってことなんだろうし」
地下洞窟では、確かに果実がびっしりと育っていた。国が管理していると言っていたので、ある程度人の手でも環境を整えてはいるのかもしれないが。
普通ならあり得ないと思うような場所でも、その可能性を排除してはいけない。この世界には、俺のいた世界での常識は通じないようなものがたくさんあるのだから。
「それにしても、結構歩いてきたと思うけど……ギルドールさん、この洞窟ってどのくらい広いんですか?」
「さあな、オレだって初めて来たんだ。もうすぐゴールか、はたまた一割程度かね」
「ギルがちんたら歩いてるからダメなんじゃないの? アタシが先に行くわ!」
地図があるわけでもなく、洞窟の構造もわからない以上、地道に歩き回ってみるしかないのだが。
しびれを切らしたのか、それまで黙って着いてきていたシアが、俺たちの横をすり抜けて先頭へと躍り出る。
「コラ、てめクソガキ……! 勝手な行動してんじゃねーぞ!」
危険な場所だというので、グレイなりに目の前を歩くシアに注意を払ってはいたのだろう。けれど、そんなシア自身が動き出してしまったので、後ろから慌てた声が聞こえる。
それでも、その声で素直にシアが後ろに戻るはずもなく、先をどんどん進んでいってしまう。
「シア、危ないから後ろにいなさい。お前に何かあったらオレがどやされるんだって、何度言えば……」
「だったら早くその珍しい薬草ってやつを見つけてよ! それとも、大人のクセにこんな暗闇程度が怖いって……ッ!?」
ギルドールの言うことも聞かずに数歩先を行ってしまうシアだが、途中で不自然に言葉が途切れる。
何かあったのかと思う前に、明らかに俺たちの足音とは違う、別の物音が聞こえてきた。
「皆さん、何か来ます……!」
コシュカの声に目を凝らして見てみると、突如として正面から、何かが羽ばたきながら襲い掛かってきたのだ。
鳥か……いや、コウモリだろうか? それにしては捉えた影が大きいように見える。
「キャアアッ! ヤダ、何よあれ!?」
悲鳴を上げるシアが踵を返して、ギルドールの方へと戻ってくる。
その小さな身体を抱き留めたギルドールは、腰に携えていた短剣を構えた。
(モンスターはいないんじゃなかったのか……!?)
俺も同じく短剣を手に取るが、洞窟内は狭い上に、モンスターと戦ったことなどあるはずもない。
けれど、俺には店長として後ろにいる二人の従業員を守る義務がある。
そう思って、俺は未知のモンスターと戦う決意をしたのだが。近づいてきたその影が光を受けて、ほんの一瞬だけ輪郭が目に入った。
「……!? ま、待ってください! ギルドールさん、手を出さないで!!」
「!? お前この状況で何を言って……」
シアを守るために、まさに短剣を振るおうとしていたギルドールだが、俺は声を上げて彼を制止する。
そんな彼の横を抜けて先頭に立つと、俺は羽ばたいてくるそれらに真っ向から立ち向かった。手にしていた短剣は、鞘に納めている。
「店長、何してんスか!? 早く武器を……!」
「大丈夫だ。モンスターじゃない、猫だよ」
「猫……?」
そう、灯の指輪で一瞬照らされた輪郭を見て、俺はもしかしてと思ったのだ。
向かってくるその影に向かって、バッグの中に忍ばせていたマタタビ饅頭をいくつか放り投げる。
すると、俺たちの方へ向かっていたその群れは、マタタビ草の匂いにつられて方向転換していった。
彼らを驚かせないよう、ゆっくりとした足取りで近づいていく。灯の指輪で照らした先にいたのは、やはり猫の姿だった。
威嚇をするように唸る猫もいるが、攻撃してくる様子はない。
背中にコウモリのような羽根を生やしており、尻尾も先端が三角形になった悪魔のような形をしている。
体毛は生えておらず、無毛種のピーターボールドという種類の猫に似ていた。
「多分、ここは彼らの縄張りなんです。俺たちが急に入ってきたから、驚かせてしまったんじゃないかな」
彼らのことは、悪魔猫と名付けることにする。
害がないとわかると、シアがいそいそとやってきて、マタタビ饅頭を食べる悪魔猫の姿を物珍しそうに眺めている。
「これも、猫なの? カフェで見たのも、ヨルも、もっとふかふかの毛が生えてるじゃない」
「無毛種っていって、こういう種類もいるんだよ。日光に当たると皮膚炎を起こしてしまうこともあるから、光の当たらない洞窟で暮らしている種類なのかもしれない」
「確かに、カフェにはいない種類の猫ですね」
コシュカも、無毛種の猫を見たのは初めてだったようだ。
このタイプの猫は見た目を苦手とする人もいるのだが、毛のある猫とはまた違った、高貴な感じのするところが好きだと俺は思う。
「びっくりさせてゴメンな? 俺たち、探し物をしてるんだけど……少しだけ、奥を見させてもらってもいいかな?」
「ニャオ」
言葉が通じるかはわからないが、俺はそれでも悪魔猫たちに許可を求める。
この世界の猫たちは頭がいいので、敵意が無いことは伝わっているだろう。ひと声鳴いたかと思うと、悪魔猫たちは洞窟の奥へと戻っていく。
この猫たちがいるということは、やはりこの洞窟に人間はいないのだろう。武器を扱う必要が無さそうで、ひとまず安心した。
結局、洞窟の奥まで探しても薬草を見つけることはできなかった。危険が無かったのは幸いだが、また振り出しに戻ってしまう。
それでも、収穫がゼロというわけではなかったのかもしれない。
「コシュカ、この猫触ってみると面白いわ。何だかしっとりしてる」
「本当ですね、今までモフモフとした触り心地が気持ちいいと思っていましたが……温かくて、クセになる触り心地をしています」
すっかり警戒心を解いた悪魔猫の何匹かは、お伺いを立てれば触らせてくれるようになった。
女子二人はすっかりその触り心地に魅了されてしまったようで、悪魔猫を囲んで楽しそうにしている。
もちろん俺も、初めて触るその感触を大いに楽しませてもらったわけだが。
「そろそろ行かねえと、町に戻る前に夜になっちまいますよ」
「ミャア?」
「いや、副店長のこと呼んだわけじゃねえっス」
「名残惜しいけど、そろそろ行こうか。この猫たちも保護したいけど、新しく環境も整えなきゃいけないし。今は薬草が先決だ」
悪魔猫もカフェで保護したいと思ったが、今の俺たちには優先順位がある。
いずれにしても、この場所からカフェまで転移することはできないので、どちらにしても先送りとなるのだが。
俺たちは悪魔猫に別れを告げると、町へ引き返すことにした。
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