05:少女と魔獣
シアと名乗る少女は、俺の肩から下りたヨルと向かい合っている。ゴミの中から見つけだした紐を使って、遊んでいるのだ。
そんな一人と一匹の様子を横目に、俺たちは頭を悩ませているところだった。
少女の出してきた条件は、『珍しいものを持ってくる』というものだった。
珍しいものが好きなのだという彼女は、自分が納得するような珍しいものを持ってくれば、医者の居場所を教えてくれるという。
本当に居場所を知っているのかという不安もあったのだが、今は彼女のことを信じるよりほかない状況だ。
頭のキレる少女だったとしても、大人三人を相手にわざわざリスクを冒す真似はしないだろう。そんなことをするメリットが無いはずだ。
とはいえ、俺はこの世界のことには詳しくない。この世界にどんなものがあるのか、まだまだ知らないことだらけなのだ。
この世界では当たり前のことですら、知らないことの方が多いかもしれない。
一方のコシュカとグレイもまた、珍しいものと言われても良い案が浮かばないようで、難しい顔をしている。
「珍しいもの……というと、希少価値が高いものという認識でしょうか?」
「珍味とか、この国では食えねえモンとか?」
「そんな珍しいもの、すぐに手に入れられるかな。また国王陛下に頼んでみるっていうのも、アリかもしれないけど……」
一般市民にとって、王族しか手にできないような高価な品物なら、珍しいという括りに含まれるかもしれない。
けれど、それがシアにとって興味を惹くような『珍しいもの』に含まれるかどうかは、また別な気がしていた。
悩み続ける俺たちを尻目に、シアはヨルと遊んでいる。
(珍しいもの……珍しい……?)
その時、目に入ったヨルの姿を見て、俺の頭にポッとひとつの案が浮かぶ。
彼女にとっての珍しいものが何を示すのかはわからないが、ひとつだけ、確実に珍しいものがあるじゃないか。
俺にとっては当たり前のものすぎて、すぐには気がつかなかったのだが。それは、シア自身が口にしていたことなのだから間違いない。
「シア、ちょっといいかな」
「何? やっと思いついたのかしら」
待ちくたびれたと言いたげな様子のシアは、紐をゴミの中へと戻して俺の方へとやってくる。待たせている間に、気が変わってしまわなくて良かった。
遊んでもらって満足したらしいヨルを抱き上げると、俺は彼女の問いに頷く。
「ああ、だけど一晩待ってほしいんだ。すぐに見せられるものじゃないから」
「一晩……わかったわ。だけど、逃げたりしたら兵士に告げ口してやるから」
「大丈夫、情報が欲しいんだし逃げたりしないよ。約束する」
そうして時間の猶予を貰った俺たちは、一度シアと解散する。それから町から離れた人目につかない場所で、朝まで野宿をすることとなった。
女性であるコシュカには特に申し訳ないと思ったのだが、元は野良猫だったので気にしないという。──それでもせめてもの気遣いということで、注意を払いつつ町で毛布を調達したのだが。
「珍しいモンって、ホントにあのガキ満足させられるような案があるんスか?」
「ガキとか言うなよ、名前教えてくれただろ。多分だけど、大丈夫だと思う」
「シアさんの御眼鏡に適うかはともかく、きちんとした情報が得られるといいんですが」
俺が不安を抱えたように、二人もまた同じく、シアから正しい情報が得られるか疑念を抱いているのだろう。
「信じるしかないよ。少なくとも、兵士から助けてくれたのは事実なんだし。悪い子ではないと思う」
「騙しやがったらガキでも承知しねえ」
「グレイさんは、小さな子供相手でも騙されやすそうですしね」
「どういう意味だコラ」
グレイは拳で自身の掌を殴りつけている。けれど、さすがのグレイでも、少女に手を上げるような真似はしないだろう。
それをコシュカもわかっているようで、二人は軽口を叩き合っていた。
兵士に見つかることもなく一晩を明かして、翌朝早くに俺たちは待ち合わせ場所へと向かう。
シアとの待ち合わせ場所に指定したのは、国境だった。理由は単純だ。この国では使うことのできない、腕輪を使うためだった。
約束通り、シアは国境までやってきてくれた。
「国境になんか呼び出して、本当に珍しいものを見せてくれるんでしょうね? アタシを誘拐しようだなんて考えてたりしないかしら」
「そう言われると確かに怪しいかもしれないけど……間違いなく、シアの期待に沿えると思うよ」
この国の法律ではどうなっているのかわからないが、未成年の少女を連れ出そうとしているのだ。
確かに誘拐犯だと言われても、おかしくはないことをしているかもしれない。シア曰く、保護者から承諾は得てきているとのことなのだが。
やめておくべきかとも思ったが、シアが乗り気なようだったので、俺は腕輪を使って転移をすることにした。
転移をした先は、ルカディエン王国の最南端・スペリアの町。そこにある、猫カフェSmile Catだ。
野宿をしている時、二人には事前にシアを猫カフェに連れて行くことを話してあった。
彼女にとっての珍しいものといえば、魔獣もそれに該当する。だからこそ、ヨルだけではない猫たちを見せることによって、条件を満たせるのではないかと考えたのだ。
他に浮かぶような案もなく、二人も納得してくれていた。
「な……何よ、コレ……」
転移したのは、カフェの目の前。つまり、店の横には風船猫のバンが鎮座している。
その巨大な生き物の姿を目の当たりにしたシアは、さすがに驚いている様子だ。
「ここは、俺の経営するカフェだよ。いろんな魔獣……猫と触れ合うことができるんだ。ソイツはバンって名前で、この店の看板猫だよ」
「さ、触れるの?」
「もちろん。大きいから近寄りがたいかもしれないけど、バンは大人しいから噛みついたりしないよ」
ヨルよりもずっと大きな体躯をした猫なのだ。大丈夫だと言われても、すぐに触れる勇気が出ないのもわかる。
けれど、思いきって歩み寄ったシアは、恐る恐るバンの毛並みに触れてみる。その瞬間、少しだけ強張っていた表情が解けていくのがわかった。
「触り心地いいだろ? 店長が丹精込めて毎日ブラッシングしてるからな」
「全身で埋もれるのも気持ちがいいですよ、シアさんもぜひ」
勧められるまま、今度は全身でバンの毛並みに埋もれていく。そのまま動かなくなってしまったシアだったが、しばらく様子を見ていると、突然我に返ったようにバンから身体を離した。
「ま、待って……こんなの聞いてないわ……! アタシは珍しいものを要求したけど、こんな……こんな……ッ!!」
見るからに語彙力を失ってしまっているシアだが、その頬は興奮気味に色づいていた。
全身で埋もれることのできるバンの毛並みは格別なのだ。その気持ちは、痛いほどによくわかる。
「他にもいろんな猫がいるけど、見る?」
一応問い掛けてはみたものの、彼女の返答は聞くまでもなかった。
カフェの中へと招き入れたシアは、その光景に言葉を失って唇を震わせている。何種類もの猫が自由に歩き回っているのだ、無理もないだろう。
掌猫を連れて来てやると、とうとう膝から力が抜けたようで、ソファーに座り込んでしまった。
ヨルに興味津々だった彼女であれば、猫たちに囲まれた空間など、珍しいどころの騒ぎではないだろうと踏んでいたのだが。想像以上に効果があったようだ。
膝に乗ったり、鳴きながら傍へとやってくる猫たちを見るうちに、シアはとうとう白旗を掲げた。
「魔獣……いえ、猫……なんて恐ろしい生き物なの……こんなの、言い伝え以上じゃない……!」
そう言いながらも、手元ではわらわらと群がる掌猫たちを撫で続けている。
彼女の言う恐ろしいの意味が、すでに本来のそれとはすり替わっていることは、指摘するまでもなかった。
夕方になるまで、ひとしきりカフェの中で遊び終えたシアは、どうやら満足してくれたようだ。
再びフェリエール王国に戻るために転移の準備をしながら、彼女は医者のいる場所を教えてくれると言った。
「約束だもの、ちゃんと教えるわ。ただ、アタシはそこに行くことができないから、アンタたちに自力で見つけてもらわなきゃならないけど」
「行くことができない、って……もしかして、危険な場所なのか? それか、会うのに許可が必要とか……?」
俺たちにはあの国の地理はわからない。てっきり、医者のいる場所まで案内してくれるのかと思っていたのだが。
シアが同行することができないというのであれば、自力で医者を探し当てるしかない。
情報が何も無かった状態に比べれば、現状はずっとマシなのだ。
「……行ってみればわかるわ。あと、顔は隠した方がいいわよ。その子……ヨルも。また兵士に目をつけられたら厄介だから」
「そうですね、シアさんの言う通りです。転移する前に、外套を調達していきましょう」
相談して一度町へと向かった俺たちは、フード付きの目立たない外套を購入する。ついでに、魔法の効果でポケットサイズにまで圧縮できる寝袋と、簡単な食糧も購入した。準備は万端だ。
こうして俺たちは、再びフェリエール王国へと転移したのだった。
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