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19:猫のためなら出張します


 猫カフェの営業と並行して、野良猫の保護活動も継続している。

 客からは、休まる日が無いのではと心配されることもあるのだが、これは俺のライフワークなのだ。

 それに、グレイを雇ってからは厨房の仕事は彼に一任できるようになった。手の空いたメイドが城から派遣されてくることもあるし、むしろ俺自身の負担は減ったくらいだと感じている。


 だからこそ、俺は新たな活動を追加する余裕も生まれるようになっていた。

 個人の家に行って、猫に関する手伝いを始めるようになったのだ。


「お忙しいのに、わざわざ来てくださってありがとうございます。妻がどうしても、これは店長さんに頼みたいって聞かなくて」


「あら、アタシのワガママみたいに言わないでよね。自分だって、建築士に頼むより猫のことは店長さんに頼めた方がいいって言ったクセに」


「ワガママだなんて思ってないよ……! 僕だって、家族を迎え入れるんだからきちんと準備はしておきたかったし」


 以前、遅刻が原因で喧嘩をして別れ話にまで発展していた、フェインとキーラだ。

 あれからすぐに式を挙げて、新居が完成したというので足を運んでいた。といっても、新築祝いに来たわけではない。

 二人からの依頼で、家の中にキャットウォークを作ってほしいと頼まれたのだ。

 間もなく迎え入れることとなる双子猫(ツインキャット)のために、少しでも快適な家にしておきたいという話だ。それを手伝わない理由はない。


 俺は、主に譲渡会で猫を引き取った人や、これから猫を飼いたいと考えている人のために、時々こうして出張をして仕事をするようになった。

 猫にとって住みやすい環境になっているかの確認や、どんな風に生活をさせればいいかの指導など。俺にできる範囲のことなら、何でも引き受けている。

 仕事なのだからと、報酬を支払うと申し出てくれる人もいるが、出張は無償で行うことにしていた。


 基本的には猫カフェの収入と、国王陛下からの支援で金銭的に困ることはない。

 この世界で生活を続けていくために始めた仕事でもあるのだが、元々お金が目当てではないのだ。貰われていった猫たちが、快適に暮らせる環境を作り出すことが第一だった。


 猫を介して、いろんな人とも知り合いになった。

 始めはどうなるだろうかという不安もあったのだが、営業の仕事で培ったスキルも活きている。

 何より、猫という共通の話題があることで、人との会話に困ることはなかった。それでも沈黙が流れそうな時には、一緒にいるヨルがひと声鳴けば、場はすぐに和やかになる。

 自分にとって、猫はこれまで以上に無くてはならない存在になっていることを実感する日々だった。


 出張は、客からの要望があった時のみなので、保護活動よりも不定期だ。

 今日は定休日だったのだが、珍しく二件の依頼が舞い込んでくる。城から派遣されてきたメイドたちがいてくれるというので、猫たちの世話を任せて俺は出張に出ることにした。

 始めは一人で行くつもりだったのだが、コシュカも同行するという。


「定休日なんだし、コシュカは遊びに出掛けたりしてもいいんだよ?」


「私に着いてこられては困るようなことをする、というのであれば遠慮しておきますが」


「ぜひ着いてきていただけますデショウカ」


 こんなことを言ったりもするのだが、コシュカが俺の負担を考えてくれているのはわかる。出張が早く終われば、それだけ休む時間を確保できるのも事実だ。

 気遣ってくれる彼女のためにも、手早く仕事を終わらせて帰ろうと思っていた。


 依頼された仕事のうち、一件は飼育環境の確認だったので、比較的すぐに終わったのだが。

 もう一件は少し離れた町で、家中にキャットウォークを設置してほしいという依頼だったので、なかなか骨の折れる作業だった。

 どうにか一通りの作業を終えた頃には、すっかり夕方だ。


「本当にありがとうございました! お店にあるみたいなキャットウォーク、うちにも欲しかったんですよね」


「喜んでいただけて良かったです。夕飯までご馳走になってしまって」


「店長さん、お金は受け取ってくれないんですもの。このくらいはさせてほしいわ」


 俺とコシュカは、家の奥さんの厚意で夕食をご馳走になっていた。店では恐らくグレイが夕食を作ってくれているだろうが、厚意を無下にするのも申し訳ない。

 グレイの料理は明日の朝食に回してもらおう。そんなことを考えていた時だった。


「そういえば、店長さん知ってます? 隣町の噂」


「噂? 何だろう、多分聞いたことはないと思いますけど」


 噂話といわれても、すぐにピンとくるような話題は思い浮かばない。コシュカを見ても同様だったようで、ご主人も奥さんも難しい顔をしている。


「いやね、私も近所の奥さんから聞いただけなんだけど。山のふもとにある隣町が、魔獣の群れに襲われたって話があるみたいなの」


「魔獣の群れ?」


「もちろん、私たちは猫がそんなことをしないってわかってるけど……噂話を聞いたのも、一度や二度じゃなくてね」


 キャットウォークの制作を依頼してくるくらいなのだ、彼女たちが猫に怯えているわけではないことはわかる。

それでも、そんな噂が何度も耳に入るということは、隣町には確かに何かがあるのだろう。

魔獣に対する認識は確実に変化してきているが、国民全体とはいかない。そこにも、飢えている野良猫たちがいるのかもしれなかった。


「ご馳走様でした。それと、教えてくれてありがとうございます。俺、これから隣町に行ってみます」


「ヨウさん、今から向かうつもりですか?」


「ああ、ここからなら隣町まですぐだし。コシュカは先に戻って……」


「私も行きます。噂が本当なのかは気になりますし」


 俺が言い切る前に、コシュカは家を出る準備を始めてしまった。言い出したら聞かないので、俺もそれ以上は説得をせずに着いてきてもらうことにする。


「隣町に向かうのなら、コレを使いなさい。この町とじゃ、かなり気温が違うからね」


「いいんですか? ありがとうございます、お借りします」


 手渡されたのは、二人分の厚手の防寒具だった。それを受け取った俺は、コシュカとヨルと一緒に家を後にする。

 その足で、隣町へ向かうこととなった。


 この世界の気候は不思議なもので、元いた世界とは異なる部分も多い。

 俺が猫カフェを建てた町・スペリアは、年間を通じて温暖な気候が続くらしい。日本のような四季は存在せず、一年中が春のような状態なのだ。

 一方で、ひとつ町を跨げば途端に気候が変化する。

 先ほどまでいたカルドという町は、秋のような気候で涼しげだが、台風のように天候が荒れることもあるらしい。

 そして、目的はその隣町・ヴァンダールだ。


「さっむ……!!」


 借り物の防寒具に袖を通したのはいいが、まるで別世界にワープしてきたような気分だ。

 カルドからヴァンダールへ、ほんの数歩進んだだけだというのに、途端に肌を突き刺すような冷気が一面を覆っている。

 秋の肌寒さを考慮した服装で来たとはいえ、元は予定になかったのだ。防寒具一枚があったところで、膝が震えてしまうのを止めることはできない。


「ヨル、おいで。毛皮があったってお前も寒いだろ」


「ミャウ」


 始めは肩に乗っていたヨルも、この寒さは耐え難いものだったようだ。防寒具の前を開いて招き入れてやると、ヨルはすぐさま温もりを求めて滑り込んできた。

 雪が降ったり吹雪いていないのは幸いだが、あまり長居はできそうにない。

 そう思いながら町に到着した俺は、目の前の光景に愕然とした。


「な……何だよ、これ……」


 魔獣に襲われたという噂を聞いて、俺はこの世界に初めて来た時の、スペリアの町の様子を思い浮かべていた。

 確かに猫による傷はあったし、所々が荒らされているような形跡はあった。

 けれど、これはどうだろう? ヴァンダールの町は、想像していた以上に酷い惨状だ。

 家の外壁は鋭い爪によってズタボロにされており、窓ガラスが割れたり、屋根の一部が剥げ落ちている建物もある。

 これまで見てきた他の町とは、明らかに雰囲気が違うように思えた。


「コシュカ……この世界にいる魔獣って、猫だけじゃないのか?」


「いえ、確かに猫だけ……のはずです。家畜として飼育される動物はいますが、それらはこんな風に町を荒らすようなことはありません」


 今まで保護してきた猫たちは、バンを除けば大抵が普通サイズ以下の猫ばかりだった。しかし、あちこちに残る爪痕は、普通の猫よりも大きなもののように見える。

 バンのような猫がたくさんいるということなのだろうか? けれど、バンは身体が大きいだけで争い事を好まない、おっとりとした猫だ。

 それでも、他に魔獣がいないのであれば、これは間違いなく猫の仕業であるのだろう。


「町の人に話を聞けないかな? 猫の特徴がわかれば、少しは何かの手掛かりになるかもしれない」


「そうですね、少なくとも今この周辺には猫はいないみたいですし」


 コシュカの言う通り、見渡す限りではあるが猫が潜んでいる様子はない。これだけ寒い町なのだ、ずっと町の中をウロついているわけでもないのだろう。

 ひとまずは住人に話を聞こうと思ったのだが、町の中には猫どころか、人の姿も見当たらない。寒い町なので、不必要にあまり出歩くこともないのかもしれないが。

 住人を見つけないことには話にならないので、俺は手近な家の扉を叩いてみることにした。


「すみません、どなたかいらっしゃいますか? お尋ねしたいことがあるんですが」


 これが元の世界であれば、いきなり見知らぬ人間の訪問など、居留守を使われても不思議ではない。

 けれど、この世界では勝手が違うようだ。少し待ってみると、中から住人の女性が顔を出してくれた。


「なんだい、お客さんなんて珍しいね。道にでも迷ったのかい?」


 現れたのは、肝っ玉母さんといった表現がしっくりくる、60代くらいの女性だった。

夕食の途中だったのだろう、扉の向こうでは食卓に座る男性と子供の姿も見える。


「突然すみません。とある噂について、お話を聞けないかと……」


「アンタ……それ、魔獣かい?」


「え?」


 人の良さそうな女性だと思ったのだが、俺の胸元から顔だけを出しているヨルの姿を見た途端、その表情が強張っていくのがわかる。

 ああ、この反応にはよく覚えがある。


「ま、魔獣だ……! 魔獣が出たよ!!」


「あの、待ってください! 少し話を……!」


 悲鳴を上げる女性は、咄嗟に家の中へと踵を返していく。

 俺は慌てて事情を説明しようとしたのだが、その悲鳴を聞いた男性が椅子を蹴とばすように立ち上がる。そして、壁に掛けてあった猟銃を手に取った。


「お前ら、魔獣を連れてくるとはどういうつもりだ!? 魔獣の手先か!?」


「違います! 落ち着いてください、俺たちは何も……!」


 子供たちを部屋の奥まで避難させた女性は、怯えた目でこちらを見ている。

 男性の持つ猟銃の銃口がヨルに向けられたので、俺はそれを庇うように背を向けた。


 魔獣の存在に怯える人の姿は、これまでにも見てきた。けれど、武器を取ろうとするような人間には、出会ったことがなかったのだ。

彼らのこの怯えようは一体どういうことなのだろうか?


お読みくださってありがとうございます。

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