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15:新規従業員、募集します


「コシュカ、今日はもう上がってくれて大丈夫だよ。お疲れ様」


「お疲れ様でした。それでは、お先に失礼します」


 猫カフェのオープンから数か月。

 ありがたいことに、客足は衰えるどころか右肩上がりで、売り上げが赤字になるようなこともない。

 それは大変喜ばしいことなのだが、その反面で俺は新たな問題に直面していた。

 猫も客の数も増えてきたカフェだが、従業員は俺とコシュカの二人きりだ。何かと手が足りないと感じることが増えてきていた。

 常連が増えたことで、顔馴染みになり話しかけてくれる人も少なくない。

 嬉しいことではある一方で、そこに時間を取られることで、他が疎かになってしまうこともゼロではなかった。


 何より、猫の世話に関しては手慣れたものなので問題ない。けれど、カフェとして営業している以上、客に提供するメニューの数も増やしたいと考えていた。

 今でこそ簡単に提供できるメニューばかりを揃えているが、時間帯によっては、食事のために一度カフェから町へ戻るという客も少なくない。

 一日をカフェで過ごしたいという客にとっては、食事といえるメニューも増やせた方が、売り上げにも繋がるだろう。けれど、俺もコシュカも生憎と料理は得意分野ではない。

 要は、調理担当者が欲しかった。


 そこで、俺は新たな従業員を募集してみることにした。この町はもちろん、周辺の町でもカフェのことはちょっとした話題になっている。

 猫を目当てに遊びにくる人間はともかく、店で働く側に興味を持ってくれる人間がいるかはわからない。それでも、募集してみる価値はあるだろう。

 思い立ったが吉日だ。町の掲示板に張り紙をしたり、情報屋であるクルールの親に宣伝を頼んでから、三日ほどが経った頃だった。


「頼もう!」


「!?」


 突然開いた店の扉の向こうから、道場破りでも現れたのかと思った。声の大きさに驚いた数匹の猫たちは、一斉に外に逃げ出すか店の奥へと引っ込んでしまう。

 現れたのは、目つきの悪い一人の青年だった。青いメッシュの入った灰色の髪に、紫色の瞳をしている。年齢はコシュカと同じか、少し上くらいだろうか?

 元の世界で俺とヨルを襲った不良たちの姿が脳裏を過ぎって、少し腰が引けてしまうのがわかる。けれど、猫を目当てにやってきた客ならばしっかり対応しなければならない。


「い、いらっしゃいませ。ご新規のお客様ですか?」


「客じゃねえ。求人募集出してただろ、アレ見て来た」


 どうやら彼は店に遊びに来たわけではなく、働き手としてやってきたらしい。

 希望者がいたことは喜ぶべきなのだが、募集していたのは調理担当者だ。この不遜な態度の青年にそれが務まるのかどうかは、見ただけではわからない。


「ああ、そうだったんだ。俺は店長のヨウです。もう少しで閉店だから、それまで待っていてもらえるかな? そこの部屋が空いてるから」


 閉店まで三十分ほどだったので、客の入っていない一室を指差す。彼は軽く頷くと、そちらにのしのしと歩いていった。

 猫たちは見たことのない訪問者に興味津々なようで、遠巻きにその姿を観察している。しかし、彼の方は特に猫に興味を示す様子もなく、部屋の中にある椅子にじっと腰を下ろしていた。


(大丈夫……かな)


 彼の方を気にかけながらも、俺は閉店までいつも通りに仕事をする。最後の客が帰った後、掃除をコシュカに任せて青年の待つ部屋へと足を向けた。


「お待たせ。それじゃあ最初に、簡単な自己紹介をしてもらってもいいかな?」


「……グレイ、歳はハタチ。この間まで隣町に住んでた」


「そっか。求人を見て来てくれたって言っていたけど、猫が好きなのかな?」


「猫は…………別に、どっちでも」


 返答にかなり間があったような気がしたのだが、俺の気のせいだろうか?

 口調のせいもあって、かなり態度が悪いように見えるのだが、座り方はきちんとしている。姿勢もいい。


(うちで働きたいけど、猫が好きってわけじゃないのかな?)


 求人内容には、特に猫が好きでなければならないという条件は記載していなかった。

 もちろん好きな方が働きやすくはあるだろうが、猫を毛嫌いしているような人でなければ問題ないだろう。


「うちの従業員は俺と、後はあそこで掃除をしてくれているコシュカだけなんだ。キミには主に調理担当をしてもらいたいんだけど、とりあえず何か作ってみてもらってもいい?」


「……っス」


 接客が主となる店とはいえ、彼を雇うとすれば裏方の仕事がメインになる。たとえ愛想が無くても、料理の腕がそれなりなら良いことにしようと思った。

 そう。普通程度に料理ができればいいと考えていたのだが。


「……うっま!」


 人間用の食材の買い置きがあまり無かったので、今日の俺の夕飯も兼ねて適当に料理を作ってもらうことにした。

 食材と調味料の内容を確認した青年・グレイは、器用な手捌きで野菜を切り分け、フライパンを扱った。そうして出来上がったのは、野菜がメインの出来合いの炒め料理だったのだが。

 冷やかしの可能性も疑っていたグレイの料理の腕は、文句なしのものだった。

 それどころか、これはプロの作る料理なのではないだろうか?


「あのさ、もしかして前にもどこかで料理の仕事とかしてた?」


「前は、酒場の調理場で三ヶ月くらい……その前も、何か所か」


 やはり、調理場で働いていた経験があるようだ。納得した俺は、すぐにでも彼を雇ってもいいと考えていた。けれど、このカフェで彼を雇うにはもう一つ、クリアしてもらわなければならない条件がある。

 それは、猫に好かれるかどうかだ。

 彼ほどの腕を持つ料理人を逃すのは惜しいが、この店で猫のストレス要因となるものは、すべて排除しなければならない。そのために、彼のことをもっと見極める必要があった。


「料理の腕は合格。あとは、明日一日このカフェで自由に過ごしてみてくれるかな。最後の面接官は、この店の猫たちだ」


 そう伝えた翌日、グレイは律儀に開店時間に合わせてやってきた。

 猫に好かれるかどうかなんて条件は、バカバカしいと逃げ出されるかとも思ったのだが。見た目の印象よりも、中身は結構真面目なのかもしれない。

 この店のルールを伝えた上で、宣言通りグレイには客として一日を過ごしてもらうことにした。

 そうはいっても、カフェの隅のスペースで椅子に座る彼は、特に猫と戯れる様子もない。

 猫たちもまた遠巻きで、彼がどのような人間なのかを見極めようとしているかのようだった。


「グレイ、飲み物のお代わりとかいる?」


「あ……ッス」


 手が空くと時々こうして声を掛けるのだが、彼はあまり多くを語ろうとしない。

 猫は好きでも嫌いでもないと言っていたが、どのように接すればいいかわからないようにも見えた。


(雇ってもらうための方便で、本当は苦手だったり……?)


 そこまでして、このカフェでなければならない理由もないだろうに。彼の腕ならば、雇いたいと手を挙げる店が山ほどあるのではないかと思う。


(かなりもったいないけど、別の人を探すべきかなあ)


 そんなことを考えながら、今日の営業もあっという間に閉店の時間が差し迫ってくる。

 最後の客の見送りを終えて踵を返した時、飛び込んできたのは我が目を疑う光景だった。

 ガラス越しで声こそ聞こえないのだが、無関心だったグレイが猫の頭を撫で回しているのだ。しかも、別人かと思うようなとびきりのデレた笑顔で。


「え……?」


 思わずその姿を凝視してしまったのだが、しばらくしてグレイはこちらを見て、飛び上がりそうなほど肩を跳ねさせた。俺に見られていることに気がついたのだ。

 慌てて何事もなかったかのように椅子に座り直しているが、俯く髪の隙間から覗く耳は、可哀想なほど真っ赤に染め上げられている。


(なんだ……そっか)


 どちらでもないと答えたグレイだが、あんな顔を見せられては答えは明白だった。彼は、想像以上にずっと猫のことが大好きなのだ。それを知られるのが、気恥ずかしかったのかもしれない。

 猫たちもすっかりグレイに慣れたようで、素知らぬ顔をする彼の周りには、何匹もの猫たちが集まっている。彼らからも、一日を通じてグレイがどんな人間なのかがわかったのだろう。


「グレイ、仕事の件なんだけど……」


 俺が声を掛けると、グレイはすぐさま立ち上がる。何でもない顔をしているが、色づいた耳までは隠しきれていないようだった。


「キミの都合が良かったらなんだけど、早速明日からでも来てもらえないかな?」


「あ、アザス……! あの、そのことで相談があるんスけど……」


 こうして、猫カフェSmile Catに新たな従業員が加わることとなった。

 彼の希望もあって、通いではなく住み込みで雇う形になったのは予想外だったのだが。

 部屋の空きはあったので問題は無かったし、宿代の代わりにと作ってくれる食事が美味しいので、むしろ得をした気分だ。

 猫たちにとっても新たな遊び相手が増えたことで、良い刺激になっているようだった。


 グレイは新メニューの開発にも意欲的で、つまみ程度だった店のメニューが一気にグレードアップした。さらに、まかないが美味しすぎるあまり、それがメニューに加わることもあったほどだ。

 申し訳程度にしか使っていなかったキッチンには、あっという間に調理器具や調味料が揃えられていく。

 客からの評判も上々で、猫を眺めながら美味しい食事ができるカフェとして、さらに客足が増えたのだった。


「店長、オレの昼飯つまみ食いしましたよね?」


「ん? 気のせいじゃないかな」


「私見てましたよ。口にソースをつけたままのヨウさんが、部屋から出てくるのを」


「コシュカ、それは言わない約束……!」


「やっぱり食ってんじゃねーか! アンタ今日の晩飯は生野菜でも齧ってください」


「そ、そんな……! ヨル、お前からも何とか言ってくれ……!」


「ミャア」


 助けを求める俺の声も虚しく、ヨルは我関せずとばかりに寝室へと引っ込んでいく。

 彼が来た時にはどうなることかと思ったが、どうやら始めは猫たちとの初対面に緊張していただけらしい。打ち解けてみれば早いもので、グレイはよく喋る青年だった。

 お陰で、カフェの中も一気に賑やかになったように感じられる。


 これからどんなカフェに成長していくのかは想像もつかないが、従業員たちとは仲良くやっていけそうだと感じていた。


お読みくださってありがとうございます。

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