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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

仲間に裏切られ、奈落に落とされた元勇者は覚醒したスキル『死者蘇生』を手に、元魔王と共に復讐を果たす事にした

作者: Lauren

 ————お前の『夢』は、何なのか。


 俺がもし、そんな問いを投げ掛けられたならば、きっと間違いなくこう答える。



 人を超えた化け物(モンスター)である魔物のない世界を作る事。

 誰もが傷付かなくて済む世界を作る事。



 その為に、俺という一人の命を役立てたい。

 そう、刹那の逡巡すらなく答えた事だろう。


 ……俺には家族がいた。

 でも、その家族は魔物に奪われた。


 だから、俺は魔物を根絶する事。

 その為だけに心血を注ぐ事に決めた。


 幸いにも、俺には才能があったらしい。

 『聖剣』の担い手として選ばれ、『勇者』となった。


 かつての己のように、家族を失う人間が一人でも生まれませんようにと切に願い、尽力をしてきた。


 そして、その中で仲間にも恵まれた。

 優秀な魔法使いであるアンジュ。

 優秀な戦士であるクリストファー。

 王女の身ながら、民の苦しむ姿を見たくないからと共に行動してくれる事になった優秀な治癒師であるノエル。


 だから俺は、同じ志を持つ彼らを第二の家族のように思っていた。




 思って————いたんだ(、、、、)


 故に、現在進行形で己に降りかかっている現実が、信じられなかった。

 俺の胸を貫く刃が、信じていた筈の仲間によるものだという事実が、どうしても。


「————」


 食道を伝って、俺の身体の中で何かが昇ってくる。それは、金臭い何かだった。

 でも、その何かの答えはすぐに判明する。


 視界に血飛沫が映り込み、水を撒いた際に聞こえてくるような軽快な音が鳴った。

 吐血だった。

 疑う余地のない、俺の口から漏れ出た鮮血。


 ————……どうして。


 洗脳か。はたまた、何かしらの存在に弱みでも握られているのか。そんな事を考えながらも、瞳でそう訴えかける俺であったが、


「あら? まだ、己の立場が分かっていらっしゃらないんですか? 勇者(、、)さま」


 この異常な状況下にありながら、普段と全く変わらない平坦な声音でノエルが答えてくれる。

 ただ、肩越しに振り返り、確認をした彼女の表情は、侮蔑の感情が強く滲んでいた。

 俺の胸を貫く刃を手にするノエルは、どうしてか、俺を憐んでいた。


「貴方はもう、『用済み(、、、)』なんですよ」

「用、済み……?」

「随分と察しが悪いんですね……いえ、だからこそ、今の今まで全く気付かなかったのでしたね」


 身体を蝕む痛みに耐えながら、俺は黙考する。

 でも、一向に答えは分からない。


 ノエルが何を言いたいのかが分からなかった。


「随分と都合の良い展開だと思いませんでしたか? 魔物に襲われた村————その唯一の生き残りである貴方が、偶々『聖剣』の適性者であった事に。そして魔物に深い恨みを抱いた少年は、勇者となり、人々の希望の光となった」


 俺の生い立ちを、ノエルは語る。

 俺は魔物に襲われた村の唯一の生き残りだった。そして偶然にも、村に駆け付けた騎士に拾われ、俺に『聖剣』の適性があると判明した。


 人々の希望の光の部分は、首を傾げたいところではあったけど、彼女の言葉に嘘はない。

 ない、はずだった。


「如何にも、吟遊詩人が好みそうなシナリオですよね————そんな偶然が、あるわけがないのに」


 底冷えした声だった。

 今までに一度として聞いたことの無い声。

 続く冷笑。


「ねぇ、勇者さまは覚えてますか? 貴方が勇者として初めてダンジョンを攻略した時のこと」


 俺の身体を貫いた剣には、毒でも塗られていたのか。

 意識が刻々と朦朧していく事に加えて、痺れまでもが入り混じる。


「……おぼえ、てる」

「苦労しましたよね。あの、魔物にはほんっと。お陰で私はこんな貧乏クジを引かされる羽目になりました。あの魔物さえいなければ、わざわざ『聖剣』の適性のある者を見つけ出し、魔物に深い恨みを抱かせ、こうして長々と手順を踏まされる事もなかったというのに」

「……ノエ、ル?」

「ああ、それと。今だから言いますけど、私達(、、)が嗾しかけられる貴重な魔物(道具)を片っ端から殺されては困るんです(、、、、、)よね。あれは民の忠誠心をあげる事に役立っているというのに」


 頭がその言葉の理解を拒む。


 魔物を殺されては困、る?

 忠誠心をあげる事に役立っている……?



「魔物という脅威から、国が民を守る。そのかわりに、民は国へと忠誠を誓う。ただ時折、不穏分子を感じた際には手頃な村を犠牲(、、)にして、危機感を持たせる。素晴らしい仕組みだと思いませんか?」

「…………」


 言葉は、うまく出てこなかった。

 だけど、朦朧とする意識の中、どうにか理解をした内容を己の中で噛み砕く。

 そして、


「まっ、てくれ。じゃぁ、なんだ。俺の家族は、村のみんなは、お前らに殺されたって、か……?」

「『聖剣』の適性者が一人だけ生き残った? そんなうまい話が、あるわけないじゃないですか。貴方は、あえて(、、、)生かされたんですよ。『聖剣』の担い手たる勇者として、国に利用される為に。その為にあの村には消えて貰いました。だって、その方が勇者様もやる気が出るでしょう? ほら、よく言ってたじゃないですか。『復讐』の為って」


 瞬間、ピシリ、と俺の中にあった『ナニカ』が、ひび割れてゆく音が幻聴された。



 偶然、俺だけが助けられて。

 偶然、俺が『聖剣』の担い手に選ばれた。

 そう、思っていた。


 でも、それは違うのだと指摘をされて、嘲笑われて、結果、ぼろぼろとナニカが崩れ落ちてゆく。

 致命的なナニカが失われていく。

 壊れていく。


 ……じゃあなんだ。

 俺は、家族の仇であった人間を第二の家族と思って接し続けてたっていうのか……?


「ただ、本来の私達の予定通りに事が進んでいれば、貴方はあの邪魔な魔物と一緒に死ぬはずでした。しかし、存外貴方は優秀で、生き残ってしまった。だから、予定を変更したんです」


 ————このダンジョンで、始末してしまおうって。ねえ?


 と、ノエルが残りのメンバーである二人に同調を求めると、これまた嘲弄するような笑みを二人して顔に張り付けた。


 そして、苛立ちをあらわにするように、胸を貫いていた剣がぐりぐりと捻られ、歯列の隙間から苦悶の息が反射的に漏れ出た。


「困るんですよぉ。勇者様に全てを殺されては困るんですよ。魔物が完全にいなくなってしまっては、民を玩具のように扱えなくなるじゃありませんか!!」

「かッ————」


 ぐじゅり。

 胸を刺し貫いていた剣が、奥まで突き刺さる。

 生理的嫌悪を抱く不快音と共に、こみ上げてくる吐き気にたえられず、再度俺は吐血する。


 抵抗をしようにも、身体が痺れて真面に動かない上、武器である『聖剣』は今まさにノエルが握っていた。


「あれ。あれあれぇ? もしかして、民が可哀想とか、ふざけるなとかそんな事思っちゃってます? ふ、ふふふふふ! うふふふふ!! 嗚呼、ほんと。お優しい勇者さま。世の中の穢れを微塵も理解していない愚かな(優しい)勇者さまですねえ」


 神経を逆撫でてくる笑い声。

 しかし、それに反応をしている余裕は今の俺にはなかった。


 どうにかして、目の前のクソ女をぶち殺す手段はないか。限られた時間の中で必死にそれを探し続ける。何か、何かあるはずだ。

 手段はきっと、どこかに。


 こんな奴を。

 こんな奴らを、野放しにするわけにはいかない。だから、せめて、


「これが最後(、、)だから、お教えいたしますけど、貴方が勇者として初めに救ったあの村————大層貴方に感謝をしていましたが、貴方の村を犠牲とする事に誰よりも早く賛同していたのは、あの村の方々ですよ?」

 誘導はしましたけども、魔物に村を襲わせ、それなりの民を犠牲にしながらも、『聖剣』の適性を持つ貴方を勇者に仕立て上げる案。


 これを一番初めに提案してきたのは————あの村の方々なんですよねえ。


 心底嬉しそうに。愉しそうに。面白そうに告げられるノエルのその言葉に、辛うじて動いていた思考さえも、停止に向かう。

 次の瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。


「でも、良かったじゃないか」

「よか、った……?」


 俺と、クソ女の会話に割り込む声。

 それは、亜麻色の長髪を首の後ろで結った魔法使いの女性、アンジュのものだった。


 そして、その物言いと、先程までの嘲りの表情からコイツもノエルと同類であると己に言い聞かせ、睨め付ける。

 しかし、そんな態度を気にした様子もなく、彼女は言葉を続けた。


「ああ。だって、どいつもこいつもクズだったお陰でキミは何の気兼ねもなく死ねるのだから」


 ————ね?


 同意を求めるように、アンジュが小首を傾げた直後、鋭い痛みが腕に走ると共に身体のバランスが可笑しくなる。


「————っ、」


 顔を動かす事なく、視線だけやや左に移すとそこには、鮮血が俺の左腕ごと宙を舞っている光景が飛び込んだ。


「ぁがッ……!?」


 知覚した時には、もう遅かった。


「あぁ、でも、腕だけは僕が貰っていくね。研究に必要なんだ。というより、この瞬間の為だけに僕はこれまでの茶番に付き合ってたわけだし。人造の勇者を作るためにはどうしても、勇者だった人間の身体の一部が必要だったんだよ。困った事にね」

 死んで尚、キミは僕の役に立てるんだ。

 世界の役に立てるんだ。

 キミも、嬉しいだろう?


 アンジュはそう言葉を締めくくり、斬り飛ばした俺の腕を大事そうに拾い上げる。


「あはァ。はは、あはははははハ!! すごい!! すごいよ!! 勇者(ロイ)くん!! 流石は勇者というべきか。斬り飛ばした腕でさえ、これほどの魔力を保有しているとは……!! 見なよ、この潤沢な魔力に満ちた腕を!! あぁ、だからこそ、本当に。実に惜しいよ、キミに洗脳に対する耐性がなかったならば、殺さずにモルモットとして僕が飼ってあげたのに」


 魔法使いであるアンジュは、研究者気質の女性であった。

 たまに行き過ぎたところはあるものの、おっちょこちょいでもあって、愛嬌のある女性だった。


 だがそんな思い出も、斬り飛ばした俺の腕を拾って心底嬉しそうに言葉を紡ぐその姿のお陰で、彼方に消え失せたが。


「……そんなのは、願い下げだ」


 斬り飛ばされた瞬間こそは鋭い痛みが走ったものの、身体を蝕む痺れのお陰か。

 すぐにその「痛い」という認識さえも、痺れによって曖昧なものに変わっていた。


 だから俺は痛みに悶える事なく、言葉を吐き捨て、丁度目の前にいたアンジュへ鮮紅色に染まった痰を飛ばしてやる。


「あっそ。まぁ別に(コレ)が手に入った今、キミがどうなろうと僕の知った事じゃないからいいよ————ただ、人に向かって痰を飛ばす事は感心しないなあ。お姉さん、ロイくんの礼儀正しいところ、好きだったんだよ? 自分の家族を殺した人間にも、礼儀正しいあの馬鹿みたいな姿が、さ、ぁッ!?」

「が、ぁッ!?」


 鋭い蹴りが、腹部に直撃。

 その瞬間に、ノエルは手にしていた剣を俺の身体から引き抜いたのか。

 後方へと、蹴り飛ばされる事になっていた。


 地面に伏す身体。

 しかし、立ち上がろうにも、身体の自由が全く利かず、力を込めてもぷるぷると震えるだけ。


「いやぁ? 勇者サマともあろう人間が、実に哀れなもんだなぁ?」


 そして蹴り飛ばされたすぐ側。

 最後のメンバーの一人であった戦士の男、クリストファーが俺を見下ろしながらそう告げてくる。


「筋書きは……そうだな。ダンジョンにて、不測の事態に見舞われたものの、仲間想いだった勇者が仲間であった俺達を身を挺して守り————しかし、奮闘虚しく、魔物の餌食となってしまった……とかどうよ? 詩人が好みそうなシナリオだろう? きっと、美談で世界中に勇者サマの勇姿は語り継がれる事になるだろうよ。おーおー良かったじゃねえか。なぁ?」

 これで、勇者サマも悔いなく死ねるってもんだ。そうだろう?


 明らかにソレと分かる蔑みの表情を向けながら、クリストファーは破顔する。


「もう随分と毒は回ってるだろうに、意識を未だ手放していないのは流石と言うべきかね? だが、どうするよ。頼みの綱である『聖剣』がないどころか、意識だってどうにか保ってるが、それももう限界にちけえ。片腕も失った。幾ら仇が目の前(、、、)にいるとはいえ、てめぇにゃもう、何も出来やしねえよ」

「あ、だ」


 俺にとっての仇は、あそこにいるノエル(クソ女)だ。にもかかわらず、クリストファーがあえて「目の前」と言った理由は何故なのか。

 庇っているのか。


 そんな事を思った直後。


「おっと、言ってなかったっけか? ノエル様はてめぇの村に魔物を嗾けようとした張本人ではあるが、それを実行したのは別の人間なんだわ。ここまで言やぁ、幾ら察しの悪ぃ勇者サマも、分かるよなァ? いやぁ、実に傑作だったぜ? 誰も彼もが必死に生き延びようとするんだ。まぁ、てめぇ以外は全員魔物の腹の中に収まっちまったが」

「……クソ野、郎が……ッッ!!」

「おぉ、怖え怖え。でも、このダンジョンにのこのことやって来た時点でてめぇの命運は尽きてるんだわ。幾ら勇者とはいえ、『聖剣』も持たず、死にかけの状態で、そこの奈落に突き落とされりゃ、流石に死ぬだろうよ?」


 背後には、見通せぬ闇の洞がどこまでも広がる奈落があった。

 元々、魔物を討伐する為にやって来たというのに、件の魔物はどこにもおらず、奥地にはただ、奈落が広がっていた。

 ほかに異常はないかと周囲を見渡す中————突如として起きたノエルの狂行。裏切り。

 そして、現在に至る。


「恨むんなら、魔物と相討ちで死ぬ筈であったあの時に生き延びちまったてめぇ自身を恨めよ」


 クリストファーの足が、地面に転がっていた俺の身体に乗せられる。


「あの世で、家族と会えるといいなァ? そんくれぇは願っておいてやるよ、元勇者サマ?」


 言葉と共に、クリストファーの足に力がかかる。次いで、俺の身体は押され————はらわたの煮えくりかえる哄笑を聞きながら、俺は奈落へと突き落とされた。



 そして、勇者と呼ばれていた哀れな少年は、そこで命を落とし、人生に幕を下ろす————筈だった(、、、、)



 …。

 ……。

 ………。

 …………。



 ステルススキル(、、、、、、、)が発動します。

 スキル『死者蘇生』が発現しました。

 肉体の蘇生を開始します。

 開始————完了。


 彷徨う魂を発見しました。

 スキル『死者蘇生』を用いて〝魔王〟ベルフェゴールの蘇生(、、)を行いますか————?



* * * *



 ————いい加減、目を覚ましたらどうだ?


「…………」


 粗野な口調で紡がれる気怠げな声に、ゆっくりと目を覚ます。

 そこには、見慣れない女がいた。

 鮮紅色に染まった瞳に、頭からはツノが二本ほど生えている。

 黒曜石を思わせる長い真っ黒な髪。


 と、そこまで冷静に分析をしたところで、うつらうつらとしていた微睡が急速に薄れ消えてゆく感覚に見舞われた。

 そして、がばっと上体を起こし、俺は胸へと左の手(、、、)を伸ばした。


「ふさがっ、てる……? 腕もちゃんと、ある。俺は、死んでない、のか?」


 ……まさか、あれは夢だったのか?


 そんな感想を思わず抱いてしまう。

 しかし。


「いや、お前は一度(、、)死んでると思うぞ。ただ、私を生き返らせた(、、、、、、)能力で自分も蘇生したんだろうさ」


 横槍が入る。


 一度死んでる……? 生き返らせた……? 蘇生?


 馴染みのない言葉の羅列。

 思わず眉根を寄せてしまう。


 というか、そもそも。


「……あんた、誰だ?」

「それはこっちのセリフだ。お前が私を蘇生したんだろうが? それとも何か。お前は、私が誰かも知らないで蘇生をしたのか?」

 だとすれば、愚か極まりないな。

 そう言葉を締めくくり、口の端を吊り上げる彼女を前に、そうだと肯定の言葉を述べる事は少しだけ憚られた。


 だが、即座に返事をしない俺の態度から全てを察してか。はぁ、と深い溜息を吐いたのち、


「……ベルフェゴールだ。千年前じゃあ、知らないヤツは世界に一人としていない程度に売れてた名なんだがな」


 黒髪の女は、ベルフェゴールと名乗った。

 それは、俺でも知っている名であった。


 〝魔王〟ベルフェゴール。


 世界を混沌の渦に陥れた世紀の大悪党であり、多くの魔物を従えた魔の王。

 それが、ベルフェゴール。


 だけど、その名を聞いて尚、身構えるだとか、警戒をするだとか。

 そういった事を俺はする気になれなかった。


「なんだ。私の事を知ってるくせに驚かないのか。つまらんな。もっと慌てふためく反応を期待していたというのに」


 理由は単純で、アレが夢でなかった以上、もう何もかもがどうでも良くなっていたから。

 誰かを守るだとか。

 それらを含めて、ぜんぶ、ぜんぶ。


 だから、魔王が生き返っていようが、次の瞬間に俺が殺されていようが最早、何もかもがどうでも良いと思った。


 むしろ、〝魔王〟の本領を発揮し、世界をぐちゃぐちゃにしてくれるなら、それで良いとさえ思う始末であった。


「しかし、己のスキルに救われたな。上は……数百メートルどころの高さではあるまい。お前のようなスキルでなければまず間違いなく死んでいただろうな————足でも滑らせたか?」


 面白おかしそうに問うてくるベルフェゴールであったが、そこに合わせる気力を俺は持ち合わせていなかった。

 だから、付き合ってられないと言うように返事すらしなかった、のだが。


「そうでないならば……誰かに突き落とされでもしたか? まぁ、死人に口なしとも言うしな。その点、この奈落は絶好スポットだろう。突き落としたが最後、まず誰も生きては戻れない」


 その的確な言葉に、俺は反応をしてしまう。


「なんだ、図星か」

「……五月蝿い」


 何故俺が生きているのか。

 その疑問は未だ晴れてはくれなかったが、身体が動く事を確認し、俺は立ち上がる。


「お前、どこへ行くんだ」

「地上」

「はぁん」


 ベルフェゴールの言葉が正しければ、ここは奈落の底である。

 だが、それでも地上に戻る道はどこかにある筈だ。


 ベルフェゴールに殺されるならば仕方がないと瞬間的に思いはしたが、どうにも彼女に俺を殺す気はないらしい。


 ならば、俺はあのクソ共をぶっ殺しに地上に戻るまで。


 明確な憤怒を滲ませながら、俺は暗がりの中、脱出する経路を探すべく歩き出す。

 しかし。


「まぁ待てまぁ待て」


 そこに、待ったがかかる。


「見たところ〝勇者〟だったようだが、『聖剣』も持たずにその『復讐』とやらは出来るのか?」

「……なんで分かった」


 勇者と一瞬で見抜かれた事実に、驚愕を隠しきれず、問い返す。


「これでも私は〝魔王〟だったんだ。その程度の見分けくらい一瞬でつく。そこでだ。提案がある。お前、メフィスト(、、、、、)を知っているだろう?」

「…………」


 ベルフェゴールが「メフィスト」と口にした途端、己の顔が歪んでいく事が鏡もなしに分かる。

 ノエル・ディ・メフィスト(、、、、、)


 あのクソ女の名前であり、俺が暮らしていた国の名前、それがメフィストだ。


「今のお前の身体には、あの卑怯者(、、、)の臭いがこびりついている。で、その反応を見る限り、お前も(、、、)恨んでいるのか。なら丁度いい。メフィストは、私にとっても仇でもある。この奈落に閉じ込められて以来、生き返る事があったならば、メフィストが関わった全てを『壊す』と決めていた」


 そして、手を差し伸ばされる。


「私と協力しないか? 元勇者(、、、)


 告げられる言葉。


「内容は、そうだな。この奈落を出る事に対する協力と、メフィストへの復讐。加えて、私がお前のその『スキル』の使い方を教えてやろう。なに、案ずるな。これは私を蘇生してくれた事に対する礼だ。何より、メフィストを壊す者は多ければ多いほど良い」


 ベルフェゴールから向けられる混濁した瞳はまるで、己の映し鏡のようでもあった。

 どろり、と歪むソレは、致命的なナニカが壊れた果てに、復讐心に駆られたが故のものであると何故か分かってしまう。


 だが。


「……誰かを、信じる気はもうない」


 信用した結果、どうなった?

 これが答えだ。そう俺は学んだ。


 だから、誰かの言葉に信を置く事はもうしない。それが俺の答え。


 たとえそれが俺の有利に働くものだとしても、それでも俺は、


「ならば、括ろうか(、、、、)


 拒絶をすると決め、それを言葉に変えて告げようとした瞬間、まるで、俺がそう言うと分かっていたかのように、ベルフェゴールは喜色満面の笑みを浮かべてそう口にした。


 ……括るとは、一体どういう事だろうか。


「この内容で、両者ともに反故には出来ないように魂から括ってしまおうかと言った。人に信用を向けられない事については私もお前と同じだ。だが、魔法になら信を置ける。そうだろう?」


 そこで、ようやく理解する。

 ベルフェゴールが言いたい事、それはつまり————〝契約魔法〟。


 契約に背いた場合、死すら生温い痛みが降り掛かるという別名、奴隷魔法。

 かつては奴隷に対して使われていた魔法故に、そう言われていたとか。


「いくら元〝魔王〟の身であるとはいえ、私でさえも、契約には背けない。さあ、どうする? 元勇者。応じるならば、この手を取り、己の名前を告げろ」


 〝魔王〟ベルフェゴール。

 その者の歴史を少しでも知る人間であれば、彼女を信用する、という事は何があってもしなかった事だろう。


 しかし、広く知れ渡っていたその悪名は、この時この場に限り、俺の中では良い方に作用した。

 あのクソどもに『復讐』をするのだ。

 仇をとるのだ。


 ならば、その悪ですらも巻き込んでしまえ。

 利用してしまえ。

 そうした方が、きっと俺にとっても都合がいい。


 だから俺は、差し伸ばされていたベルフェゴールの手を、掴み取った。


「————俺の名前は、ロイ。ロイ・アストレアだ」



* * * *



「千年前、私の先祖が〝魔王〟ベルフェゴールを封じた場所です。万が一、あの勇者さまが奈落の底で生きていたとしても、地上に戻る事は叶わないでしょう。うふふ、ふふふふふふふ!!」


 ロイをノエル達が奈落に落とした理由は、万が一を考えての事であった。

 それ程までに、ロイは勇者として優秀過ぎた。


 培った憎悪の感情も関係していたのだろうが、それこそ、魔物を本当に全て駆逐するような勢いであったのだ。


 当初は、邪魔な魔物を駆逐する為に必要であった勇者であるが、それが終わってしまえば後は邪魔でしかない障害。

 しかし、優秀過ぎたが故に、障害として排除する際も細心の注意を払い、そしてあの奈落へと誘導をした。


 結果、見事に成功した。

 『聖剣』も回収している。


 また、想定外の出来事が起こった際に再び勇者を仕立て上げなくてはいけない。

 だからこそ、『聖剣』の回収は必須であったのだ。


「これで漸く、この面倒臭い茶番も終われます」


 せいせいとした口調だった。

 人を騙し討ちで殺したにもかかわらず、まるで少しばかり嫌な出来事に見舞われたと言わんばかりの物言いでノエルは鼻白む。


「〝魔王〟ベルフェゴールといえば、騙し討ちをして封印したんだっけか? 仲間を盾に、約束も反故にし、奈落に落として封印、だったか。いやはや、殿下の先祖もえげつねえ事をするよなァ」

「ひどいですねぇ。私のご先祖さまは、国の為に、悪を封じただけですよ? 騙し討ちだなんてとんでもない。きっと、悪名高き〝魔王〟も騙し討ちをする機会を虎視眈々と狙っていたに違いありません」


 メフィスト王国の一部のみが知る歴史。

 それをふと思い出したかのように口にするクリストファーに対して、ノエルは心外であると答えていた。


「とはいえ、全て過ぎた話です。勇者さまを始末し、『聖剣』も回収出来たことですし、城に戻りましょうか。二人とも」


 しかし、彼らは知らなかった。

 奈落の底で、復讐心を燻らせ、魂だけとなってまで彷徨っていた〝魔王〟がいる事を。

 そして、スキルによって生き返った元勇者によって蘇生された事。


 彼らが手を組んだ事。


 その全てをまだ、彼らは何一つとして知ってはいなかった。

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