ふわふわ、シャリシャリ
夏である。
8月になってやっと長い長い梅雨が明けた。オリンピックで一番不安視されていた暑さが、延期された今年、ほとんど気にならない程度とは……なんだか天候にからかわれている気もする。
しかし、いろいろ問題もあるが、やはり夏は暑い方が良い。夏の季節商品は、みんな暑いことを前提とした物だ。
近所のスーパーでは、4月にはスイカが出てくる。1度興味本位で購入、食べてみたが物珍しさ以上のものはなかった。今は1年中食べられるようになったとはいえ、やはり食べ物は旬に食べるのが良い。
夏が旬の食べ物、甘味はいろいろあるが、何か1つあげろと言われれば、まず「かき氷」である。1番夏らしく、1番涼の取れる食べ物。
真夏の太陽照りつける中、汗でぐっしょり濡れたシャツの気持ち悪さに耐えながらかき氷をかっ込み、すーっと汗が引いていくあの気持ちよさは夏でなければ味わえない。
かき氷と言っても、大きく分けて2種類ある。
ふわふわタイプとシャリシャリタイプだ。両方食べてみれば解るが、これは同じかき氷であっても、全くの別物と言って良い。
シャリシャリタイプは削り方が荒々しく豪快で、ジャンクフード的イメージがある。縁日の屋台で食べるような、削った氷にシロップをかけただけというシンプルな、どストレートな姿がよく似合う。間違ってもフラッペなどと呼んで欲しくない。
味もイチゴやメロン、レモンにブルーハワイなどおなじみのものがよく似合う。宇治金時などという小洒落たものは似合わない。かき氷とセットでスイカがあれば言うことはない。
口に入れれば氷の食感が口の中に流れ込み、一気に食べれば脳に冷感が直撃、キーンという頭痛が印象的。一般にかき氷と言えばこのシャリシャリタイプを指すはずだ。異論は聞こえないふりをする。
終盤、半ば解けかかったのが器の底で1つの塊になってスプーンがかき回すとぐるぐる回る。あれも結構好きだ。
強い日差しとセミの声、祭りの屋台に海の家。
夜の花火、ちょっといらつくバカップルを横目に「羨ましくなんかねえぞ」とかっこむ独り身男子。
高校野球にランニングシャツ姿のおっさん。
ジャンク食豊かな庶民の冷果。
強烈な暑さに対抗するために生み出した豪快な冷食。それがシャリシャリタイプのかき氷だ。
対するふわふわタイプは、強烈な熱さの対抗手段としてはちと弱い。しかし、その分繊細な味わいがある。口に入れるとふわりと溶ける氷の綿菓子。
静けさや、口に溶け込む綿氷。
シャリシャリタイプがシンプルな味に合うのに対し、ふわふわタイプは複数の味を備えたタイプがよく似合う。●●ミルク、宇治金時。ちょっと上品、ちょっと贅沢。
フラッペという呼び方もふわふわタイプなら許せるのではと思ってしまう。それでも呼びたくはないけど。
出すお店も、縁日の屋台にふわふわタイプは似合わない。
風鈴、ちょっと和風の日傘のついた縁台。上品な浴衣姿の女性。小川のせせらぎ。
夏日に似合い、真夏日には似合わない。
涼を取るのではなく、氷を味わいたいが為に食すかき氷。
ふわふわタイプのかき氷には「風流」の言葉がよく似合う。
どちらにも共通するのは「屋外で食べるのが似合う」ことだ。冷房の効いた屋内に、かき氷は似合わない。ほとんど拷問、我慢大会の世界だ。
今年寂しいのは、コロナの影響で夏祭りがほとんど中止となり、縁日でのかき氷が味わえないことだ。
たまに訪れる暑い日でも、屋外ではなかなか店が見つからず、仕方なくファミレスのかき氷で妥協している。
先にも述べたように、シャリシャリタイプのかき氷に高級感は似合わない。ファミレスでも安さが魅力の店が良い。私はよくガストのかき氷を頼む。店舗数が多いので、店を探すのにそんなに苦労しないということもある。
子供舌の私に宇治金時など似合わない。頼むのはいつも苺ミルクだ。できればただのイチゴが良いがメニューにないから仕方がない。
冷房で体が冷える前にかっ込み、終盤、塊になったものをスプーンでぐるぐる回す頃、頼んでおいた別の品がくる。ちなみに私はサイドメニュー2品+ナンという頼み方を良くする。ミニビーフシチューがメニューから消えたのが哀しい。
一方、ふわふわタイプのかき氷は手近な店で味わうと言うことが出来ない。まずそのタイプのかき氷を出す店を見つけて、脳内マップを作らなければならないからだ。面倒くさい。
ふわふわタイプのかき氷で私の定番というか、1番のお気に入りが高尾山にある千代乃家という店のかき氷。高尾山口駅から歩いて2~3分、高尾山に向かう途中にある店で、夏の高尾山では、帰りはここのかき氷を小川に架かる橋の縁台に腰掛けて食べるのが楽しみである。
私のお気に入りはコーヒーミルク。縁台、日傘の作る日陰に陣取とちょうど橋の中央、小川の真上。
そこで氷をスプーンですくい、口に入れる。シャリなどというまもなく、口の中で溶けていく。
「どうだ、風流だろう」
「風流は良いですけど、どうもふわふわタイプのかき氷って、食べたぞーっという満足感が弱いんですよ。あ、千代乃家のかき氷って、ソフトクリームもトッピングできるんですね。こっちが良いな」
「風流のわからんやつめ。わかったわかった。好きなものを頼め」
「わーい。お店の人、氷イチゴ、トッピング全部乗せください。ところで仲山さん。おいらは誰なんですか?」
「私が妄想した話し相手だ。そうだな、名前は定吉とでもするか」
「何か落語のキャラクターみたいですね。さしずめ仲山さんは、すぐ知ったかぶりをする横町のご隠居ですか」
「こらこら、落語のご隠居を馬鹿にするな。根問いものの隠居の頭の回転ぶりはもものすごいし『千早振る』とか『やかん』のご隠居なんかストーリーテラーとしても一流だぞ。百人一首の歌や、やかんの謂われを聞かれ、わずかの間にひとつの物語を作り出してしまう。隠居ではないが『小言幸兵衛』の幸兵衛さんもすごい、息子が1人いる豆腐屋が引っ越してくるというだけで1本の心中話を作り上げた。
作家志望者たちが見習うべき人達だ」
「ストーリーテラーって、ただ話を勢いででっち上げてるだけじゃないですか。根問いものなんかみんなこじつけだし、やかんなんか、川中島の戦いに那須与一を出すんですよ。いい加減すぎます」
「面白ければ良いのだ。そんなことより、お前もかき氷を食べながら心を静めなさい。風流が聞こえてくるぞ」
「なんですか風流って?」
「夏の日差し、川のせせらぎ、風流だろう」
「なんだか『茶の湯』の隠居みたいな事言いますね」
「失礼な。私はかき氷を自分で作る真似はしないぞ」
「ですよね。仲山さんが自分で作ったら、冷蔵庫で作った氷を包丁で削ったり、鰹節削りでガリガリやりそうです。氷イチゴだって、イチゴシロップがないからって赤インクで代用しそうです」
「赤インクとは失礼な。せいぜいトマトケチャップだ。それより余計なことを言わずに雰囲気を味わいなさい。行き交う人々の暑さにへばっている姿を横目で見ながらかき氷を食し涼を取る。風流だろう」
「風流って、性格が悪いんですね」
「黙れ。私の妄想が生み出したキャラのくせに口の減らない奴だ」
耳に入るのは小川のせせらぎ、高尾山に行き来する観光客のざわめき。マスク姿が暑苦しい。
風流である。