タンク職の少年はパーティーに入れない?
「クラスはタンクでしたね……」
ごくりと生唾を飲み込み、ぼくは目の前の女性を見つめる。
緊張の為に手の平は汗でじっとりと濡れていた。気持ち悪いので、こっそりとズボンの裾で汗を拭う。
「あ、あの、その事ですが、タンクはタンクでも少し勝手が違って……どちらかというと、壁役よりも荷物持ちの方が得意なんです。ですので、荷物持ちとして雇ってもらえないでしょうか?」
ぼくの言葉に、女性は少し驚いた顔をした。
綺麗な人だと思う。長い真っ直ぐな黒髪に美貌、身体の線は少し細身だけどとてもスタイルが良い。流石、召喚された勇者様のお一人だ、というしかない。なんというか、存在自体がぼくらのような一般平民とは違うのだと嫌でも理解できてしまう。
普段のぼくなら、ひるんでしまってしっかりと話す事すら出来なかったに違いない。でも、今は違う。色々なパーティーの面接を受けるも、タンク職というだけで弾かれてしまい、まともに話をすることすら出来なかった。
しかし、勇者様は違った。書類だけでは審査せずに、直接会ってくれたのだ。これが、きっと最初で最後のチャンスになるだろう。だからこそ、はっきりと言う事が出来た。
「荷物持ちを進んでやってくれるのはありがたいんですが、いいのですか? 荷物持ちはパーティーメンバーとしては数えられませんよ?」
少し眉を顰めて、勇者様はぼくの顔を見る。
「はい、この際それでも大丈夫です」
「辛いだけで利点の少ない役割ですが、何故自分からそれを希望するのですか?」
さらりと髪を流しながら首を傾げ、勇者様が聞いてくる。
それに関する答えは一つだ。
「ぼくにとってこれが最後のチャンスだと考えていますし、そんなぼくが出来る事で、一番勇者様のお役に立てる役目だと考えたからです!」
言い切る。実際、その通りなのだから、悩む事も卑屈になる必要もない。
「そ、そうですか、そこまで荷物持ちが得意……もしかして、あなたは転生者なのですか? アイテムボックスのチートスキルを持っているとか……」
ぼくの答えに勇者様は少し驚いたようだったけど、何かを思いついたのか質問を重ねてきた。
でも、転生者とはなんだろうか? アイテムボックスというのも分からない、チートがわからないがスキルというからにはスキルなのだろうけど……。
「いえ、ぼくは転生者というものでも無いですし、アイテムボックスというチート(?)スキルも持ってません」
「すみません。今の質問は忘れて下さい」
慌てた様子で勇者様がそう言った。よくは判らないけど、きっと何か機密に関わる事なのだろう。
「えっと、それでは実際にどれくらい荷物が持てるかなど、試させてもらっても構わないでしょうか?」
試験という事だろうか?
もちろん、それは必要な事だと思うし、これから旅に出る事になるのだから実力を確認するのは重要な事だ。
「えぇ、大丈夫です。期待に添えるようがんばります!」
「ちょっと待って下さい。それは、何ですか?」
当日、ぼくは早速勇者様の用意した荷物を背負う準備を行う。まずは、嵩張る水を収納する事にした。必要なのは、水を収納するタンクだ。
自分の中に眠るスキルに意識を集中する。すると、ぼくの望むタンクが頭に浮かび、そしてそれは現実に姿を現す。
「え? 水を収納するタンクですけど?」
用意された水をタンクに流し込みながら、勇者様の問いに答えた。
「タンク職って、そっちのタンクですか……というか、有りなんですか、それ? あの、見た目以上に水が入っていってるようですが……?」
「幾らでも入るから大丈夫ですよ。あ、他にもポーション用のタンクなんかも各種用意してますので、傷によって下級・中級・上級を使い分けることも出来ますよ! それに、スキルで出したタンクなんでスキル内に収納すれば重さも関係ありませんし!」
ぼくの答えに勇者様は頭を押さえながら呻き、そして深々と溜息を付く。そして、小声で『限定的ですが、普通にチートじゃないですかぁ』と呟いているようだ。
「それに、水だけじゃなくて魔力タンクもありますよ! こっちは毎日寝る前にぼくの魔力を貯めていってるんですぐに使えます。タンクから注入するのに、ぼくかタンク本体に触れる必要がありますけど……他にも、タンクに入る物でしたらなんでもいけますよ!」
あ、少し離れたところで勇者様のお仲間の賢者様や聖女様が『えっ!?』って顔でこっちを見てる……美人さんでもあんな顔するんだなぁ。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……普通にチートじゃないですか、もうヤダこの人」
全てが嫌になってしまったかのような深々とした溜息が聞こえたので、そちらに目をやると、勇者様が両手と膝を地面に付け、がっくりと頭を下げているように見える。
あれ?
「あ、あの……ひょっとして何か問題が……やっぱり、タンク職はコスパ悪いから必要無いですか?」
びくびくしながら、勇者様に問いかける。
今まで、幾つかのパーティーの面接を受けてきたが、全てタンク職は必要ないと言われて断られ続けてきた。荷物持ちでもいいと言おうとしても、タンク職というだけで聞く耳を持ってもらえなかったんだ。
「違います! むしろ、あなたをここで確保出来たのは本当に幸運でした。本当に良かったです。もう、本当に」
地面に崩れ落ち、何か落ち込んだような恰好をしていた勇者様だったけど、最後には立ち上がりにこりとほほ笑んでくれた。
こうして、ずっとタンク職だからと断られてきたぼくは漸くパーティーに入る事が出来たのだ。
この後、まさか魔王城まで勇者様達とずっと一緒に旅することになるなんて思っても無かったけどーー。
習作二作目。
一作目を読んでくれた方がいましたら、本当にありがとうございます。
今は一人称書きと三人称書き、自分がしっくりくる書き方はどちらか色々と試行錯誤しながら書いては消し書いては消しを繰り返している状況です。
今考えてる作品は、『装備品のオーダーメイド』を主軸とした、職人さんと冒険者達の試行錯誤を一回一回の完結形式で書くお話になります。
一本の迷剣にも五分の魂。どんな武器でも、それを作る職人とそれを持つ人間の拘りが籠っているのです。そう、例えそれが巨大蟹のモンスターの身を穿りだすための剣であろうとも……
そんな話を書いてみたいと考えております。